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リ
ゆ
つゆ
ツユリ、
「栗花落! 戻ってこい!!」
は。
「は……ッ、あ。ッ……」
ひゅう。呼吸を思い出す。ひゅうひゅうと口で何度か呼吸をした後、肺に生ぬるい酸素を巡らせる。浅い呼吸を繰り返す。いち、にい、さん、よん。
「大丈夫か、栗花落」
「う、ズイ……さん」
ようやく喉を震わせる。目の前の人物を確かめて、カナヲは声を出した。うずい、てんげん。屋敷をうろついている、自称元シノビ。
「うずい、さん。僕、おれ、わたし」
「落ち着け、泣くな。何を知りたい」
顔面ににふわふわしたものを押し付けられ(多分タオルだ)、それ越しに何度か呼吸をすれば、心が落ち着いてきた。
「過呼吸だな。落ち着いたか」「……っ、はい」
肩で何度も息を繰り返す。ふと、目前の奥座敷を見れば、あかりは灯っていなかった。
「宇髄さん、ここは?」
「……大池の茶室だ」
ちゃぷ、ちゃぷ。
開け放たれた障子の向こうから、波の音が聞こえてくる。波の向こうから、何かがくる。
「あ……っ、あれ」
「オイ栗花落、落ち着け」
栗花落が震える指で指した先。大池の真ん中に、ちいさな枝がある。
「あれは、」
ぱちん。栗花落の頬を軽くたたく。喉から音を発するだけになった栗花落が、震えている。宇髄は大げさに、呆れた息を吐いた。
「枝だよ。梅の枝だ」
「なかった。そんなものはない。ぜったい。絶対になかった。あんな真ん中に梅が生えているがずがない。宇髄さん、僕は何を見ているんだ」
震える瞳が、否だと告げている。宇髄が大池を見る。そこには、凪いだ水面が広がっていた。上弦の月あかりできらきらと照らされた、鏡のような水面は、まるで星の海であった。
宇髄は言った。
「幻を見てるんだよ」
その声音は、なぜか優しかった。
「ほんとう、に」「ああ」「じゃあ、兄さんと居た水の化け物は」「アレは家のモンだ」「しらない、ひとだ」「俺は知ってる。カナエも知ってるだろうよ」「うそだ」「嘘じゃねェ、あいつは冨岡って言うんだ」「トミオカ」「ああ。潜水が得意な奴でな。水底から色々拾ってくるんだ」「いろ、いろ」
そうだ。宇髄が立ち上がる。話は終わりなのだろう。カナヲは宇髄を見上げる。視線で促され、そのまま立ちあがった。
「あー……」
歯切れが悪い。ぼりぼりと頭を掻いて、言いづらそうに、言葉を選んで、宇髄が口を開いた。