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    masu_en

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    第61回燐ひめワンライお題「青春」とちょっと「ハート」
    メル、天城にはちょっとムキになったりしてほしい

    ##燐ひめ
    ##ワンライ

    痛くて青くて眩しい 組んだ右脚の膝頭が長机にがつんとぶつかり、HiMERUは人知れず眉を顰めた。今日ここに座ってから脚を組み直すのは実に四度目だ。
    「ふがっ」
    「……」
     机が揺れた拍子に居眠りから覚醒したらしい隣の男、天城燐音。枕代わりの腕に押し付けていた頬が赤い。冷ややかに一瞥をくれてやると何が可笑しいのか、奴はくっくっと喉を鳴らした。
    「んっふふ、長いおみ足をお持ちで」
    「──馬鹿にしているのですか?」
    「結構痛かったっしょさっきの」
    「うるさいですよ」
     頭を持ち上げた天城は眠たそうな碧い瞳をしばし泳がせ、状況を把握しようとしているようだった。
     HiMERUは天城と違ってずっと起きていた。よってこの男よりもよっぽど現状が分かっている。そろそろ教壇(ここはESの会議室なのでそんなものは無いのだけれど、蓮巳と七種が前に並んでいるとそう見えてくる)に立っている彼らの視線が痛いし、助け舟を出してやるとするか。
    「レジュメの57ページ、セクション8。『SNSの運用ルールについての再周知』○ンスタグラムの項目です」
     ひそひそと耳打ちすれば、天城はぎょっとして「俺っちそんなに寝てた?」と意外そうに言った。
     ええ、四十分ほど。そう答えようとした矢先に異変を感じ口を噤んだ。会議室の一番後ろ、窓際の机を陣取ったHiMERU達の前に座っているアイドル連中が、一斉に頭を庇い姿勢を低くしたのだ。
    「──っ、あま」
    「あでっ」
     気づいたところで時既に遅し。蓮巳が投擲したホワイトボードマーカーが天城の額にクリーンヒットした。
    「おお! 素晴らしい腕前ですな蓮巳氏、ブルズアイであります☆」
    「喧しい。おい『Crazy:B』、説明会の最中にお喋りとは何事だ。貴様らだけ居残るか? 三時間ほど懇々と説教してやっても良いんだぞ」
    「……すんませェん、イイ子にしまァす」
     赤くなった額を擦りつつ肩を竦める天城。蓮巳は眼鏡のブリッジを中指で持ち上げ、「ふん」と鼻を鳴らしてから講釈を再開した。



     ユニットの代表者を二名出せとのお達しに応じ渋々参加しているこの『サミット』による説明会──手元の分厚いレジュメの表紙には『模範的ESアイドルのすすめ』と書かれている──であるが、正直に言うと、HiMERUはとっくに飽き飽きしていた。一週間前にESに所属したばかりのひよっこならまだしも、HiMERUのようなキャリアのあるアイドルが改めて聞くべき内容はひとつとしてない。では何故参加したのかと言えば、「スケジュールの空いている者は必ず出席するように」とのご命令だったからだ。要するに『Crazy:B』は暇なのである。
     いい加減連中の横暴に腹が立ってきた頃、HiMERUの肘をちょんちょんとつつく者があった。天城である。ボールペンを握った手は机の上に広げられたレジュメの端にさらさらと文字を綴っていく。以前から思っていたけれど、こいつは意外にも端正な筆跡をしている。
    (……? “はら、へらねえ?” ……この野郎)
     喋れないなら筆談で話そう、ということか。相手をしてやる義理はないが、この無駄な時間をいくらか意味のあるものにできるかもしれない。HiMERUは天城の手を退けて続きを書いた。
    “そんなことより、新曲の歌詞はどうなっているのですか”
    “進捗は”
     突然仕事の話を始めたHiMERUを横目で見やり、男は拗ねたように唇を尖らせた(可愛くない)。その手がまたペンを走らせる。
    “70%ってとこ”
    “思ったより進んでいますね”
    “まあな。俺っち優秀だし”
    “はいはい。あとの30%は?”
    “いくつか案はある。けど決め手に欠けるんだよな〜〜〜〜”
     『〜』をひたすら長々と横に引っ張り、ついに天城は机に突っ伏してしまう。行き詰まっているのだろうか。どうしたものかと悩んでいると、不意にペンが動きを再開した。

    “好き”

     ガタン。危うく椅子からずり落ちそうになった。七種がこちらを見ている。
    (こ、告白された? 何? な、何故?)
     HiMERUの動揺をよそに、隣の男はすらすらと文字を継いでいく。真っ黒ではなく、青みがかった綺麗な色のインク。
    “って言葉を使わずに恋してるってわからせる歌詞、意外と難しくてさ”
    (……)
     目元を覆って天を仰いだ。自分は今何を考えた?
     ──そうだ、次の新曲はラブソングだ。アイドルらしく、かつ『Crazy:B』らしいラブソング。その歌詞に頭を悩ませているという話の流れだったではないか。動揺する場面じゃなかろうに。
    (……、“後ほど聞きましょう”)
     それだけ返事をしたら、今度はHiMERUが机に突っ伏す番だった。



    「メルメル、おいメルメル」
     肩を揺すられて目を開ける。HiMERUとしたことが、居眠りをしてしまっていたらしい。周囲のざわめきから察するに今は中休みだろう。
     行儀の悪いことに机に座った天城が、親指で会議室の出口を指していた。
    「抜けようぜ♪」
    「は? まだ半分しか終わっていないのでは?」
    「なんか今なら歌詞できそうな気がしてよォ。おめェも付き合え」
     HiMERUは考える。これ以上ここに座っていても何かが得られるわけじゃなし(せいぜい『サミット』連中の点数稼ぎになる程度だが、それも今更だ)、こいつの誘いに乗るのもやぶさかでない、と。
    「──良いですよ。付き合いましょう」
    「そうこなくっちゃなァ」
     廊下を歩く道すがら、天城はやけに上機嫌だった。「授業サボんのってこんなかんじなンかなァ?」などと宣いながら。
    「知りませんよ。HiMERUは授業をサボったことなどありませんので」
    「へいへい優等生」
    「茶化さないでください、まったく。歌詞手伝いませんからね」
    「わ〜りィって。なんか青春ぽくてはしゃいじまったンだよ。ノートの隅で内緒話とかすんだろ? 俺っち学校行ってねェからわかんねェけど」
    「しませんって」
    「あっごめんメルメル友達いな」
    「殺しますよ」
     HiMERUは歩調を早め、のんびり歩く天城を追い越した。
     青春なんて、HiMERUだって知らない。普通の青少年らしい青春なんて。だからこそ、天城の言うことが理解できてしまう。憧れるのだ。ドラマや映画で見たような、ベタで痛々しく、けれど眩しい青さに。
    「青春なんて今からだってしたらいいじゃないですか、ほら」
     奴の手元から丸まった冊子を奪い取る。その裏表紙にHiMERUは、ペンでささっと殴り書いた。満足するとそれをぽいと投げ返し、ずんずん歩いて行ってしまう。
     HiMERUによる相合傘(傘の下に天城/HiMERUと書いてある)を見た彼は、開口一番に「いや古くねェ!?」と言ってゲラゲラ笑った。
    「ハートも書き足してあげましょうか?」
    「ぶははいらね……いややっぱ書いて」
    「高くつきますよ」
    「金取ンのかよ」
     青春なんて知らない。けれど別に、これまで自分達が『それ』を知らなかったからと言って、『それ』を諦めなければならないかと言えばそうではないと思うのだ。だってほら、今の自分達だってじゅうぶんに痛くて、青くて、眩しい。

     さて、新曲の歌詞はどうしようか。たまには“『Crazy:B』らしさ”を一旦横に置いて、恥ずかしくなるくらいの真っ直ぐな恋を歌ってみるのも良いかもしれない。それこそ青春みたいに。
     HiMERUはステップを踏むように軽い足取りで、ボーカルルームへと急ぐのだった。

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    masu_en

    MOURNING2022年3月発行『キヲスクアーカイブ2』のBOOST御礼ペーパーだったものです。これもHiMERU(兄)の名を要だと思って書いています。『スカウト!白虎舞』の燐音×『スカウト!ロマンチック?デイト』のHiMERUの謎パロ。すこし大人向けの表現があります。
    BOOSTしてくださった方、改めましてありがとうございました。
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    「──不法入国者というのはあなたですか」
    「ええまァあんたらが話聞いてくんねェからそういうことになってますけどォ」
     大理石の床に跪かされた俺は、首だけを動かして階段の上の玉座──またそこに超然と座す男──を見上げた。
     彼のためだけに誂られた豪奢な衣装には色とりどりの宝石が散りばめられており、細かな刺繍が施された深紅のサッシュに至っては派手すぎて目がチカチカしてくるほど。しかし何よりも俺の目を奪うのは、煌びやかな装飾に包まれてもなお内側から発光するかのように存在感を放つ、彼自身の持つ美しさだった。
     唇を舐める。左右から押さえつけてくる屈強な兵士たちが睨みを利かせている。ろくに身動きが取れない。
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