キスの日ネタでアシュフェリ「フェリクス、君に口づけしてもいいですか?」
ふたりきりの部屋でアッシュがそうおずおずと言った。
*
アッシュに好きだと告白されてじゃあ付き合うか、と言ったのは自分だった。
それから、初めての逢瀬。街へ二人で出掛けて、初めて手をつないだ。手をつなぐだけで幸せそうに笑うアッシュに好きだと、思ったのだ。
今日、誘ってきたのはアッシュだった。部屋でふたりきり。特にいつもと変わらない。課題の分からないところをアッシュが尋ねて、フェリクスがそれを教える。フェリクスの苦手なところはアッシュに教わって。そうして、終わった後に「お茶しません? 良い茶葉が手に入ったんです」とアッシュがお茶の準備をした。それはフェリクスの好みの香りだった。
隣に座り、会話を楽しみ、時間が経つ。ふと、会話が途切れた瞬間アッシュがフェリクスの手を
遠慮がちに握って、口づけを請うた。
「フェリクス」
若草色の瞳が彷徨って、うろうろとしてこちらを見る。はたと目があった。
「僕はしたいんです」上目遣いの捨てられた仔犬のようなそんな瞳。
「君と」
不安げに揺れて「駄目ですか…?」とぽつりとつぶやく。握られた手が、ゆっくりと動く。
「それとも、嫌?」
「……駄目でも、嫌でもない」
そう答えればアッシュの顔が一気に喜びに満ちたものになる。握られた手を握り返す。少し汗ばんだ熱い手。
「目、閉じて」
「ん」
そうっと目を閉じる。アッシュの気配が近づくのが分かる。かかる息がこんなにも近い。
唇に、柔らかくて熱いもの。そうっと。湿っぽくて、初めての感触。
目を開けてアッシュを見る。瞬きを数度繰り返し、ふと唇を緩ませる。
「唇ってこんなにも柔らかいんですね」
僕、初めて知りましたとアッシュが嬉しそうに声を弾ませる。
「俺も、だ」
口づけがこんなにも胸を高鳴らせて、胸をいっぱいにするものなんて。生まれて初めて知った。
「ねぇ、フェリクス。もう一度、いいですか?」
「あぁ」
再び、目を閉じた。
*
唇を離した瞬間、アッシュが「ふふふ」と笑いをこぼす。
「……なにがおかしい?」
「僕、君と初めて接吻した時のことを思い出しまして」
あの時は、手をつないだり、口づけひとつするだけで天にも昇る気持ちで、それだけで胸がいっぱいになって……。
「触れるだけで大層幸せでした」
「触れるだけ?」
「今でもおんなじです」
君に触れることを許されて、君でいっぱいになって。僕を君で満たして。奥の奥まで。
「あの頃のたどたどしく拙い口づけも嫌いではなかったが、な」
「今は上手になりましたか?」
「上達はしたか…。俺はお前の唇しか知らんから他とは比べようはないが」
「僕も、です」
僕も君しか知りません。
アッシュがフェリクスの手を握り、指を一本一本絡めていく。するりとフェリクスの髪に指を差し入れ、梳いて頭を支える。目が合って、そうっと顔を近づけて目を閉じて唇を交わす。
少し開いた唇から舌を差し入れて絡めあう。
そうして、唇がようやく離れてフェリクスとアッシュは目を見合わせて笑う。
「フェリクス、好きです」
「俺もだ。アッシュ、好きだ」
互いの唇から零れ落ちる睦言が、ふわふわと夜に溶けていった。