[ざくアク]ツハコ漂着「じゃあまた帰ってきますからね!」
「おう! いつでも帰ってきていいからな! 友達だって呼んでいいからな、たこ焼きラーメン用意するからな!」
ハグレ王国から南の海に位置する離島、ザンブラコ。
ベルは、時折ハグレ王国からこの島に帰省して、自分を育ててくれたおじさんの家を訪れていた。
ベルがおじさんに別れを告げ、ハグレ王国へ帰ろうとしていたその道中でのことだった。
「……あれ?」
町のすぐ近くの海岸で、人型の何者かが漂着していた。
それは紫色をしていた。
なんなのだろう。
魔物だったら危ないかな。
でも、もし溺れて漂着していたのなら助けなきゃ。
そんな感じでベルは怖がりつつも、海岸へ向かった。
†
少し近づいてから、それが誰かなのか、視覚的にも嗅覚的にも分かった。
ここから少し大陸から離れた海底洞窟に住む「オナガ族」の少女、ツハコだった。
そうと分かると、ベルは慌てるように走って、倒れている彼女も元へ向かった。
「ツ、ツハコさん!? 大丈夫ですか?」
「う、うーん……」
死んではいなかったのは、近づくうちにベルも分かっていたが、意識ははっきりしているそうでほっとしていた。
しかし彼女はベルに開口一番にこう言った。
「うぅ……渦に巻き込まれて不機嫌な中起こされました」
「ご、ごめんなさい」
「いえ、冗談です……ベルさん、声をかけてくださってありがとうございました」
ツハコは立ち上がって、おそらく遮光用であろう装備や身体についた砂や海草を払う。
それからツハコは、人がまばらにいた港町の方を見て言った。
「友人島……ということはベルさん、この島ってザンブラコですか?」
「そ、そうですけど……ツハコさんはこんなところでどうしたんですか? 渦に巻き込まれたって言ってましたけど」
「そのままの言葉通りですよ。ふむ……私は漁場を探していたのです。この島の近くに海流があるとは聞いてましたが、想定以上に強く、踏ん張ったものの負けてしまいました」
「ぶ、無事で良かったですね、本当に」
ベルはぎこちなく言った。
ザンブラコの周りは、規模的には大きくなくても、漁業の際に用心しなければならない海流があると聞いていた。
ツハコは単身で海底に行くらしく、彼女によればあらかじめそのあたりのことは認知していたようだがやはり危ないようだ。
「ええ、本当に」
「でも、ツハコさんだけですよね、こうしてオナガタウンから遠くまで行ってるの。大変じゃないですか」
「大変じゃないわけないでしょ」
「う……」
聞くまでもないでしょう、といった態度でツハコは言った。
「しかし、これはこれで楽しいとは思います。実に『温泉ダンジョン』では『秘密結社』のみなさんとたくさん冒険しまして、オナガ族の冒険家として名を馳せる人生もいいものじゃないでしょうか、と思う今日この頃です」
「は……はあ」
通常「オナガ族」は日光に弱いため、海底洞窟からなかなか出てくることはない。
海底洞窟にある彼らの町、オナガタウンの門番兼受付であるツハコにも同じことは言えるのだが、彼女は比較的丈夫なようで、遮光用の装備は必要ではあるもののこうして遠出して一時的に地上に出ても大丈夫なようだ。
「そういえば、ベルさんはどうしてここに?」
ツハコが聞いてきた。
「え? ああ、ここは僕の故郷なんですよ」
「おや、そうだったんですか……」
「ええ、小さい頃から行商したいと思って、大きくなってから大陸へ行ってハグレ王国に行ったんです」
「なるほど」
ツハコは、町の向こうに見える山を見て言った。
「……さっき冒険家になってもいいかなとは言いましたけど、ちょっとだけ大陸の方に行ってみたいと思うようになったんですよね」
「大陸ですか?」
「ええ、でも難しいものです」
ツハコは悩まし気に言った。
「プッカプーカのように、川や湖を遡上することはできるんですけど、なかなか長い時間地上にいることはできないものでして……」
ツハコは切実そうに言った。
「まず、あなたたちがいる、ハグレ王国や妖精王国に行ってみたいと思うのです」
「ああ、そっか……」
ベルは、あの辺りに川や湖があっただろうかと思い出そうとする。
確かにハグレ王国のすぐ北には海があるが、その間にはやや険しい山があるし、それ以前にあの海は寒いだろう。
自分たちも、ザンブラコやアッチーナまで、デーリッチの「キーオブパンドラ」を使わず陸路で行くなら、南の方まで歩いて海へ出る。
しかしそこまで海に繋がっていそうな川はなく、比較的近い妖精王国でも海岸から距離はある。
ふとベルは気になって聞いた。
「そういえば、夜ってどうなんですか?」
「日光より月光の方がずっとマシではあるのですが、長い時間浴びるのは好ましくないですね。まあ、紫外線でいいのか? そういうものが苦手なのだと思ってくれればいいよ」
「そっか……」
「少年よ、どうにか私のことを案内したいと考えているのか?」
「え? ま、まあ……そんな感じですけど」
「ふふ、いい子ね」
「……」
ベルは照れくさそうに言う。
「あの、ハグレ王国も妖精王国もいいところなので、是非友達になってくれたツハコさんも案内してあげたいと僕は思うんですよ。きっとデーリッチちゃんもヅッチーちゃんも喜んでくれますし」
「そうね……」
ツハコは悩ましそうに言った。
「でも、気持ちはありがとう。やっぱり私のことだし、私がいなければオナガ族のみんな困るもの」
「……大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。これ以上のわがままは言えないもの」
どうにかしてあげたいなあ、とベルは思いつつも、あまり無理してあげられないよなぁ、とも思い複雑な考えをしていた。
「さて、そろそろ私も行かなきゃね」
「あ、行っちゃうんですか?」
「食糧はあるし別に急ぎではないのだけど、さっきの渦と言い何があるか分からないしね……」
「そ、そっか……」
ツハコは海の方に向かった。
「……もう少し、このあたりの海流を熟知してから、この島に行きたいわ」
「う、うん! いつでも歓迎するよ。僕はいるか分からないけど……」
「じゃあね」
「き、気をつけてくださいね!」
ツハコはベルに軽く会釈して、それから海へ飛び込んだ。