猫と仲良くしようとしたときの表情 これは昔のある日の、ゴルトオールという国の城下町のこと。
日が傾いていた時、ペンタの前には、散歩でもして休んでいるのか、道端でゴロンと転がっている一匹の猫がいた。
夜に猫に会うと、暗い中光っている目のせいか怖いと思うこともあったが、明るいときにこうして日向で休んでいる姿はかわいい、ともペンタは思っているのだった。
なんとかペンタは、そっと猫に近づいて、その姿を見てから、そっと頭の方に手を近づけようとした。
しかしその瞬間、猫は目を開け、ペンタはドキッとするくらいに驚いた。
静かに近づいていたつもりだったが、せっかくの休息を邪魔してしまったのだろうか。
猫はお腹を地面にくっつけたまま、ペンタをじっと睨むように見つめてくる。
なんだか、その目は自分に対して怒っているように見えた。
それからペンタは自分について、嫌だな、なんて思ってしまった。
かわいいと思っていたのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
「あ……」
しばらくすると猫はその場から立ち上がって、ペンタのそばから離れていった。
自分が見てきたから嫌になってしまったのだろうか。
それなら申し訳ないことをした。
猫はそのまま、南の方にある階段を降り、路上で遊んでいた子供たちのところにやってきた。
「あ、猫さんだ!」
「撫でていいかなー?」
猫は子供たちに絡まれたが、どこか嬉しそうにそのばでごろんと、お腹を空に見せて寝転んでいた。
ペンタはそんな様子を、ただ真顔で眺め、そしてそっとため息をついた。
どこか、こわい思いをさせたのではないだろうか。
猫に触れようとしたとき、自分なりに優しい顔を作って接しようとしていた。
しかし表情が硬くなりがちな自分のことだ。
実際のところどうだったのだろうか。
用事も既に済んでるんだし、帰ろうかと、ため息をつきながら思った時、後ろから声が掛けられた。
「おーいペンタ! 何してんの!」
「……お師匠様」
後ろから元気よく話しかけてきたのは、最近見習いの画家として師事していたオクタルだった。
「元気ないねー」
「そうですか?」
「お猫様を撫でられなかったからかい?」
「さっきまでのこと、お師匠様は見てたんですか?」
ペンタは少し不満そうに言った。
この男のことだから、さぞかし楽しそうにその様子を見ていたのかもしれない。
「いやー、面白いものを見れるかもなーって思っただけで。ちょっとペンタとお猫様が仲良くなるところを見たかったなって」
「……」
「絵になるかにゃー、って思ったんだけど」
「悪かったですね、何もできなくて」
ペンタはそっぽ向いてボソッと言った。
「ペンタは猫と仲良くなりたかったのかい?」
「……仲良くなりたいというか……でも私って猫には白けた態度をとられがちな気が……」
ペンタは恥ずかしそうにそう言ってから黙って、じっと手のひらを見る。
もやもやした心は消えっこない。
そういえば詳しいことは分からないが、猫なんて触ってたら、ノミとか着いたりするかもしれない。
その服装や手で、オクタルのアトリエに行き、彼から借りている筆を持ったりするのはどうなのだろう、と思うことにするつもりでいた。
「ふむ……ペンタはもう少し顔を柔らかくできないかな?」
「大きなお世話です。これについては……」
「まあ。別に猫って、不愛想かそうでないかで懐くものなのか、いまいちよく分からないけどにゃあ」
オクタルは話すときによくにゃあにゃあ言っているが、これは以前からのことで、別に自分をからかっているわけではない。
どうも彼は猫が好きなのか、猫をあしらったグッズを彼の道具や服装につけたりしている。
「動物の気持ちってぼくもよく分からない気もする。ぼくだって、猫に撫でさせてもらったことはあるけど、さっきのチミみたいに、猫に逃げられることがある。ただ、犬に会うとだいたい吠えられるんだけど、なんでかにゃ?」
そもそも、師匠も猫のようなお方だ。
獲物を捕らえようとしている姿ばかりで、警戒はされがちなのかもしれないが。
しかしそうは思いながらも、オクタルの目が怖いと思ってるのも自分だけなのかもしれない。
そう思うとペンタは分からなくなる。
「……それは私も分かりません。私もよく接近されるから苦手なんですけどね」
「お? 犬には好かれる感じなの?」
「分かりません。警戒されてないだけかもしれませんし」
ペンタはため息をつきながら言った。
「でも、さっき猫に近づこうとしたときの、きみのかおはちょっと素敵だったかもね」
「え?」
「硬いっちゃ硬いけど、ぼくの前ではなかなか見せない笑顔が見れた気がする。そのうちお猫さんとも仲良くできるようになるよ」
それは本当なのだろうか。
ペンタはいまいち、師匠の言葉が信じられない。
「ふふふ、ああいうペンタも笑顔も、本当に絵にしてみたいものだねえ」
「そんなにですか?」
「うむ、ぼくからすれば素敵な表情だった」
「好きにしてください」
そんなにいいものだったのだろうか。
それはそれで悪い気分はしないし、むしろ嬉しいかもしれない。
しかしどうしても、本当に彼はそう思っているのか、そこだけペンタはとても気になってしまった。