[ミマモ]接着されたからだ さっき洗面台にある鏡で見たが、改めて自分の身体を見ると、古傷が多いものだった。
何百年も残っているような縫い跡ばかりだ。
それもそうで、昔からブッカーは歩兵として戦場にいたからだ。
生まれた国はもうとっくのとうに滅んでいるが、まさに敵国と戦うためにあるような国だった。
「ふむ……」
「どうしたのブッカー」
手首をみながら温泉の中で考え事をしているとすぐ隣にいた、イグジスに声をかけられた。
ここはゴルトオール城下町にある銭湯だが、エミシアと三人でここを訪れ、少年であるイグジスの入浴を介助するのはブッカーの役目だった。
彼も見た目は幼い子供なのだが、古くから残っているような傷やあざが非常に多く、片足は欠損している。
彼の残っているそれらは、「魔女」になるまでの不幸な境遇によるものらしい。
「あまり覚えてねえけどよ……」
ブッカーは自分の手首に注目しながら言った。
「俺が滅びかけた自分の町にいた時、この手がなくなっていたような気がするんだけど」
「あれ、覚えてないの? もうほとんどなくなってたよ」
「え……」
ブッカーは頭を抱える。
はるか昔のこと。
確かに自分は敵兵たちに拘束され、好き放題に痛ぶられていた。
「ていうか、首もほとんど切られそうで、もう死ぬかなーっところだったよ。そこでぼくは誰かさんの願いもあってきみをぼくの眷属にしたんだよ」
「ふーん……」
ついさっきそこも鏡で見たが、ブッカーの首にも、縫いつけられたような傷がある。
ブッカーが見つめていた手首も、もう一方のそれも、そして首の方にある縫い跡も、ほぼ一周しているものだ。
当時はあまりの出血や痛みで、イグジスの言う通り確かに生死の境目にあり、意識が朦朧としていたせいなのか、記憶は朧げだ。
だが少し思い出すことはできる。
確かにあの時、敵兵に拘束され拷問された末に、あの町の広場で急造された処刑台のような場所に上げられた。
どのくらい拷問されたのかは分からないが、敵兵にえげつないことをされたのは確かだ。
しかし敵兵たちの雄叫びが上がる中、忘れることはなかったのは、この様子を見にきていたエミシアの姿だった。
「はぁ、どこまでもエミシアのことばかりだよね、きみは」
「おい、考えを読むんじゃねえよ。例え自分がお前の……お前の、ええと、今なんていったんだ?」
「眷属って言いたかったのかな?」
「……多分そうだ」
ブッカーは細かいところまであまり理解できていないのだが、どうやらこの魔女の魔力によって自分は生かされているようだ。
それはエミシアもそうで、自分と彼女はそうやって何世紀にもわたって活動できるようになった。
「エミシアもそのときは傷がたくさんあったんだよね。彼女は彼女でもうそれは死にそうだった……彼女だってずっと戦っていたんだよ。心ばかりじゃなく、からだにもたくさん傷だらけだった。見た目だけで言えば、えげつなかいことされてたブッカーよりはマシだったけどさ」
「なことは分かってるさ。エミシア様だって自分の為に戦ったのさ……」
自分たちを拷問していた敵兵。
彼らはエミシアの謀反に同調していた連中だ。
つまり、当時のエミシアと自分ははっきりと敵対していた同士。
しかし、ブッカーはそんな立場上のことはどうでもよかった。
最後になぜか広場に来てくれた気がしたエミシアの姿を見て、当時は満足だった気もした。
エミシアは自分でやりたいことをやり遂げたのだろうと思っていた。
何の因果か、自分はあそこでそのまま死ぬことはなく魔女に生かされ、自分までもがこうしてエミシアと一緒にいるようになった。
しかしそれはそれでずっと彼女の傍で、彼女のために働くことができたのだから良かった。
「でも、ふしぎななものだね」
「なにがだ?」
「ブッカーの腕も、首もずっとくっついている。手は完全に取れていたし、首も完全に取れそうになってたのに」
「やっぱり取れてたのか」
「それからずっと、きょうまでエミシアとずっといたけど、ごたいまんぞくだもん。ぼくの魔力ってすごいな」
「……まあすごいとは思うけどな、魔女様って」
イグジスは胸を張るような素振りで言い、ブッカーも細かいところまでの理屈は理解せずとも関心するように言った。
しかしこうした体質について思うことはあった。
あのブレラたちの三人ことだ。
彼らも、イグジスとはまた別の魔女の眷属らしいのは分かるのだが、つぎはぎだらけだ。
彼らはおそらく元々マモノだったことは、彼らの持つ能力からしてなんとなく分かる。
エミシアを守ることばかりに徹してしまったが、最後の自分たちがこの町に絶望を振りまいたのを彼らは火の海にして解決してしまったようだ。
とんでもないマモノだったことはブッカーでも分かる。
「でもぼくがここに出たことで、ぼくが死んだら何がおこるかわからないよね……」
「ん? それがどうしたんだ?」
「……」
イグジスはとても言いづらそうな表情をしていた。
こういう時はどうすればいいか分からなかった。
「ぼくみたいなまじょが死んじゃって、魔力がなくなっちゃったら、つぎはぎだらけのお人形さんのような眷属はどうなるんだろうって思うの。きみもそういうわけだからみんなバラバラになっちゃうんだよね。あーあ、ほんとうに絶望的だよ」
「……」
結局そういうことにはなる。
お節介ガキたちがイグジスを「ナイトメア」と呼んでいた空間から外へ出したことによってもうこれ以上は長生きできなくなってしまった。
まるでバッテリーのように、彼らによって生かされている者はみんな、今までのように永遠に魔力は保全されなくなってしまった。
「そのことについてブッカーは平気なの? 腕とか頭とか、ポロってとれちゃうかもよ」
「ふん、べつに俺はなんとも思ってねえよ」
イグジスは不審そうに見てきたが、ブッカーは言った。
「俺だって、生まれてすぐに兵士として鍛えられ、戦場で戦ってきたものさ。ボロボロになって死んでいく歩兵どもは見てきた。まあ、戦場だからというのもあるが、死ぬってそういうことだろ」
「……」
「それより、エミシア様もそうだというなら、俺はエミシア様の最期に付き添えるまで、傍にいられるようになるまでさ」
「……ふーん」
「どうした? のぼせたか?」
「いや……別に。ブッカーって相変わらずだよね」
そうイグジスは、なぜかそっぽを向いて言った。
一体どういう顔しているのか気になって、ブッカーは言った。
「おい魔女様よ、どうした?」
「べつに~。考え過ぎだったのかなって思っただけだよ」
「元気なさそうじゃないか。ていうか、お前のことだから俺の考えてる事なんて分かってるんじゃないのか?」
イグジスはそう言ったが、ブッカーはなんか納得いかない様子だった。
†
「……あの三人もどうなっちゃうのかな……」
ブッカーがすぐ隣でワーワーと言っている間、イグジスはポツリと言った。
ブレラ、エイダ、ルチアの三人。
「記録の魔女」が持っていた小さな機械が持つ魔力で生かされている彼らはもう限界だ。
いくら大嫌いだった「記録の魔女」とはいえ、彼女はもう死んでいるし、彼らが活動を続ける術は思いつかない。
彼らに対しては複雑な思いもまだあったが、これからどうなるのだろうという不安は拭えないものだった。
自分にとってそういった絶望は美味しいもののはずなのに、何人もの死を、ブッカーみたいな虫たちの目で見たはずなのに。
どうして今更、エミシア以外の自分の眷属のことも、あの三人ことも不安になるのだろうとイグジスは思ったのだった。