escortあそこに行こう、あれに入ろう、あんなことをしよう、……いつだってそのお誘いのネタは尽きない。
大概の場合は流行り物の調査を兼ねて……でも2割くらいは関係ない場所へ。
喧騒の中に紛れ込んでしまえるような、少し賑やかすぎるクラブから、ひとっこひとりも居ないどうでもいいビルの屋上だったり。
だいたいのそのお誘いは初手で9割の確率で却下されるけど、そのうちの7割くらいはなんだかんだ言いつつ付き合ってくれる。結構な勝率だ。
HELIOSに入所してからはお出かけよりも出先で出会ったり、談話室にてばたりと出逢うことが多い。それでもたまに外に出ようと誘ってみたりなんかして。……やっぱり毎度なんだかんだ文句を言いながらも付き合ってくれる、それが彼の良いところであり弱い所。
……そして俺のお気に入りなところ。
そして今日の午後は珍しく予定の無い日。
トレーニングやパトロールを済ませたイーストのみんなも出払っているし、そしてDJもオフの日。これはいつものように当たり前にリサーチ済み。最近は部屋を行き来することも多いから、適当に構ってもらおう、なんて軽く考えてまず出かける準備をしなくては、と着替えるためにベッドから立ち上がったところで
♪〜
「ンン?お仕事のご依頼カナ〜……?」
突然大きな声で鳴いたのは愛するハニー。
最近は少しだけ控えだしたとはいえ、仕事の依頼はいつでも入るし、ちゃんとしたものならしっかり受けている。相変わらずお金稼ぎは大事だし、暇だったオフが楽しいお仕事に変わるだけの事。
ハイハイ、とテーブルに置いてあるハニーの画面を覗き込んで、オイラは少し驚かされる事になる。
「……ハァイピザ屋さん、何か忘れ物でもありまシタカ?ポテトのお届けそびれカナ〜?」
「……だから、そういうのイイって言ったでしょ」
お決まりのようにふざけた調子でそのラブコールに答えると、呆れたような、いつもの耳馴染みの良い落ち着いた声。
DJから電話が来る時は、主に何かのご依頼だ。
キースパイセンの事でかかってきたのを最後に、それからは無かったように記憶しているけれど。
「ンッフフ、ラブコールありがとダーリン♡」
「……はいはいっと」
「それでなんのご依頼?DJからのお仕事受けるの割と久々じゃない?俺っちワクワクしちゃう〜♪」
いつものように適当な返しをされることにヘンテコな快感を覚えつつ、今のDJはどんなお仕事を頼んでくるんだろ、なんて勝手に楽しみにしつつ促す。最近のDJは女の子絡みの面倒ごともわりと自分で……解決はいつも出来ないけれど、なんとかして逃げ回っているらしいので、ソッチ絡みの依頼は来ない。まぁ、あまり上手く無い上に優しい彼だから、いつも結局捕まってそこそこに相手をさせられているようだけれど。
単純にそれ以外の仕事ってなんだろう、DJを揶揄えるようなホッコリしたお仕事だったりして。……例えば彼が最近居心地良さそうにしているウエストのメンバーについての情報だとか……、なんて勝手ににまにまとしながらその回答を待っていたら、予想の外側の言葉を投げかけられてしまう事になった。
「……そういうんじゃなくてさ。ビリーが暇ならちょっと出かけない?ま、外に出たく無かったり気が向かなかったら別にイイけど。」
「……?」
「………。……?どうしたのビリー。聞こえた?」
ぽかん。
そんな表現がぴったりな様子で口を開けてしまったのは我ながら少しアホっぽい。
慌ててその誰にも見られてはいない間抜け面を引き締めて、その電話口にまるでワルイコトでもしたかのようにぼそぼそと囁きかける。
「……Pardon?」
「聞こえてたでしょ。茶化すなら切るよ。」
「うわ〜ん!待って待って!!ホントにびっくりしちゃったんだって!だって、DJが!あのDJがボクちんにデートのお誘いなんて〜っ!?」
「うわ、うるさ。……デートって」
やれやれ、と言うようにため息混じりの声は、呆れてるようで、でもほんの少しだけ嬉しそう。
それを伝えたら今度は本当に電話を切られかねないので、ぐっと堪えておいた。
「行く行く絶対行くカラ♡すぐに準備するからタワーの玄関口でまっててネ、ダーリン♡」
「ちょっと、どこ行くかも聞いてないのに、」
「『どこへ行くか』より、『DJからのお誘い』の方が超ホットワードだヨ⭐︎じゃあほんの少し後でネ!」
勢いに圧倒されて「ちょっとビリー、」なんてまだ何か言いたげだった彼からの電話を興奮気味に切って、伝えた通りすぐに準備をしながらレアでたのしい一日への想いへを馳せた。
*****
「ね、DJドコ行くの!?」
「ん〜……。」
タワーの玄関先で待つ彼はやっぱりなんとなく絵になる様子。また何人かの女の子に捕まっており、ようやくそれを上手いこと言い訳をして振り解いて2人で歩き出す。
先程は行き先を聞かないのか、と尋ねてきたくせに、改めて聞くと意地悪そうに口元を歪めて教えてくれない。
でも、向かう先は彼の馴染みのイエローウエストの方角だ。またお気に入りのクラブにでも行くんだろうか。……まぁたまに一緒に向かうこともあるけれど、大概はお互い別々に行動することが多かったような。
……他にも候補はたくさん。
アカデミーの頃からわりと遊び場にはよく出掛けていた。ボウリング、ダーツやビリヤード。たまにカジノにしれっと紛れ込んで、ほんの少しだけ参加しては毎回負け知らずのDJと、勝ったお金でたまにぱーっと打ち上げ。
あの頃に比べたら、今はお互い割と品行方正にしてる方じゃナイ?なんて笑ってみたりして。
でも様々な候補はどんどん前から後ろに流れていって、DJは立ち止まらずにふんふんと鼻歌を歌いながら少し前を歩く。……なんだかご機嫌だネ?
そしてとある方角に歩き出した時、一応ニューミリオンの誇る情報屋としていち早く気付いてしまった。
「え、エェッ!?DJそっちは、」
「アハ、気付いた?……前に行きたがってたでしょ」
明るく鳴る音楽に、軽快なアナウンス。
人々の楽しそうな声に重なるのは流行りのキャラクターの面白おかしく特徴的な声。
……ここは。
「ムムゥ、あの時は情報収集が目的で……って、DJこういうトコ行かないって言ってなかった!?人混みがどうのこうの〜って。」
「まぁそうだね、普段は行きたいなんて考えたこともないけど。なんとなく……、思い出したから。行くよ。」
「エ、あ、待ってヨDJ!」
くぐったのはこれまた愉快で楽しげなカラフルな看板。入ってすぐのチケット受付のオネーサンに既に顔をじぃっと見られてその頬を染めさせているのに気付いているのかいないのか。DJは熱のこもった手で渡されたチケットを素知らぬ顔でなんでもないようにひとつ俺に渡す。……まさか奢り!?なんてオオゲサにはしゃぐと、まぁねなんて素直な言葉が返ってきてつい口をつぐんでしまった。
……ここは少し前にオープンしたアミューズメント施設。たしかに以前に一緒に行こうとDJにせがんだ事があった。新しくオープンする場所の情報をゲットするのは情報屋として必須!と謳って。その時も半分以上はダメ元でのお誘いで、それで案の定拒否されてしまったのだけれど。
まさかその時のことを覚えているとは、あのDJが。……ま、こんな茶化しも口に出すとせっかく気分良さそうなDJの機嫌を損ねそうなので黙っておく。
普段はそんなのどうだっていいっていうふうで……わりと、大事な所を覚えてるヒトなのは知ってるけど。
「……はぁ、……疲れた。」
「HAHAHA〜⭐︎オイラはどんどんテンションがあがっちゃう〜♪DJってジェットコースターダメなんだネ?」
「別に。そのもの自体はどうでもイイけど、揉め事に巻き込まれるのは勘弁して欲しいよね。」
「あっはは、確かに〜⭐︎ほんとDJは罪な男だネ!」
アトラクションはオープンした当初ほどでは無いけれど、そこそこ混んでいる。それに乗るためにはだいたい数十分は列に並ばないといけない。
そこの列で、まぁ予想通りっちゃ予想通りだけれど、DJは明らかに女の子達に注目されていた。
尚、普段はゴーグルをしていることに注目されがちな俺っちは、今回はパークの頭飾りや帽子に紛れて逆に馴染んでいたためか普段より向く視線が少ない。
……その列で、恋人同士で来ていたカップルの女の子の方がDJの隣に乗りたい♡なんて言い始めちゃって、ちょこっとモメてしまったから、DJのご機嫌は少し斜め気味。一応オイラの揉め事解消スキルでその場でちょっとした余興がてらにマジックなんかもご披露しちゃったりなんかして、なんとかその場は収まったけど、無駄に目立ってしまったのは否めない。
逃げるようにその場から離れて、休憩がてらにその辺で可愛らしすぎるモチーフの無駄に高い飲み物を買って、なるべく人の少ない休憩場所でそれを楽しむ。
いくつか人気のアトラクションを渡り歩いてきたけど、その先先でいちいち長時間並んで、その先でまた小さな騒ぎになって。長年の付き合いだし商売にもしてきたから誰よりも知ってはいるけれど、ホントにこの友人は規格外。
冷たいショコラ味のドリンクを、流れる汗をぬぐいつつ堪能するDJは、男の俺っちから見てもやっぱり文句なしに色っぽい。いつもならすぐにいろんなネタになる!なんて写真を撮ってしまうけど、なんとなく今日はそんな気分でもなくてそのこくりと動く喉を見つめていた。
「それも美味しい?」
「ンフ、絶品♡見た目もカラフルでカワイくて話題性もバツグンだよネ〜♪」
「ちょっとちょうだい。」
「ん、イイよ、このクリームの所オススメ〜⭐︎」
「……ん、美味しい。ありがと、ビリー。」
こちらにプラスチックのカップを返して、DJはほんのり緩んだ笑顔をこちらに向ける。……機嫌が悪いのカナ?なんて思っていたけど、そうでもないみたい?
DJは猫チャンのようにころころと機嫌が変わるものだから、よく知っていてもたまに予測つかない時もある。……まぁ、大概は優しいので少し機嫌を損ねても許してくれちゃうんだケド。
……ただ、普段クラブでディスクを回している時を知っているからか、特別に本当に楽しんでる風にも見えなくて、少し不思議になる。
……なんでこんなに今日は付き合ってくれるのか。いつもなら自分の方が無理矢理に声をかけて引っ張っていくのをなんだかんだ文句を言いつつ付いてくる……そんなカンジなのに。
あそこに行こうなんては言わないけど、ひとつ終わるとなんとなく止まることなく次の場所に歩を進ませるDJについていく。こんなこと、何気にとっても珍しい。……きっと、何か意図がある。
対価と言うべき何か……、それを探るのが生業になってしまっている。
DJから返されたドリンクを一気に吸い込んで頭を冷やして考えても、それはまだ思い当たらない。……イレギュラーが多い。まるで、ホントにデートみたいなんだもん。
「……行くよ」
「あっ、待ってヨDJ〜!」
謎についてう〜ん?と頭を傾げていると、飲み終わったドリンクの容器をオイラの共々奪っていって、キチンとゴミ箱に捨てて。
それからまた行き先も告げずにまた先を歩き出す。
……でもその行き先はひとつしかないって知っている。いつのまにかとっぷりと暮れて、パークにも色とりどりの電飾が灯る時間。最後を飾るのは、大概その入り口側の古き良きアトラクション。大きな川を挟んで洗練されたビル街のブルーノースの夜景がバッチリ見えるロマンチックな観覧車。
……まさか、男同士でテーマパークなんて、と零していたDJがそれを選択するとは思ってなかった。相変わらずオイラらしくなく、その意図を汲み取れずにそのままDJについていく。触れもせず、触りもせず。
もう夜なので、テーマパーク内からはお子様連れや若い学生達の姿はかなり減り、観覧車は特に長時間並ぶことも無くさらりと通される。
……またモメなくて良かったネ、とDJに声をかけると、その言葉には返事がなくて、数人のカップルの後に小さなゴンドラに案内された。
「……。」
「………。」
いつもなら、こんなのはオイラの方から行こうヨ!なんて騒いで嫌々言うDJを連れてくるのがオキマリ。なのに、こんな状況はハジメテだからどうしていいのかワカラナイ。
とりあえず少しずつ高くなっていく外の景色に目をやると、この色付きゴーグルをしているのが少し勿体無く感じる。
ただ、狭い室内に、俺たちらしからぬ沈黙が流れて。……でもやっぱり居心地は悪くなかった。
どんどん高くなる視界は、綺麗な夜景を演出していく。……このひとつひとつの光の元に人がいる。そう思うとなんだか不思議になりつつもあったかくなる。そして、見惚れる。
「……ビリーはさ、普段この景色を見てるんでしょ?」
「んあ?あ〜、そうだネ。」
しんとして、最早ほんの少しの機械音だけ聴こえていた部屋で突然DJに声をかけられて、一気に現実に戻ってくる。……きっと、DJはオイラの能力のことを言っている。街を、ビルを飛び回って、それが俺っちのサブスタンス能力……サイバーストリングス。普段その能力を使っている時は忙しないから、こんなにゆっくり景色を見ることはそんなに出来ないけれど。
それを問うたDJは……ほんの少し優しい顔をした。
「いつかさ、連れてきてくれたじゃん……なんか変な道通っていく所。崖みたいな山みたいな。」
「ンン?」
「ほら……なんだか厄介な人達から逃げた先でさ。ビリーが逃げ道を知ってるからってついていったら、かなりの距離でしかも真っ暗で山道で最悪だったんだよね。」
DJが語ったのはアカデミー時代のコト。
確かあの時……悪口を言うオトナたち、同級生たちに辟易して見えたイライラしていたDJをいろんなちょこっと悪い事に誘い出して……、そう、それでちょっとオイタがすぎてしまった時のこと。
何がどうしたんだっけ、と考えてみても案外思い出せないもので。覚えてるのは帰り着いた時に、その時バカに集めた小金が入っていたポッケに穴が空いててショックを受けたことだけ。
なんだっけ、というとDJは不機嫌そうにしてみせた。
「……ビリーがさ、夜景を……そう、こんなカンジの夜景を見せてくれたんだよ、あの時。」
「あぁ、アソコは俺っちのお気に入りの場所だったから。」
不安な事があったら、人も誰もいないあそこにいって、でもその光の元に人が沢山生活しているのを想像して、ちぐはぐな寂しさを誤魔化した。
なんとなく寂しそうだった当時のDJを連れてくることになったのは偶然だったけれど、一度だけの事だったはずなのにDJが覚えているなんて。
「輝けるとこで輝けるんだって。」
「……!」
「……ハァ、ビリー相手にこういうのは慣れないな。やっぱりナシ。まぁなんでもイイでしょ。とりあえず山はカンベンだから……代わりに今はこの夜景を楽しめれば。」
一瞬、なにかやってしまった!みたいな顔をしてからDJは窓の方に顔を向けた。
……その小さくこぼされた言葉は、元々は自分を慰める為のもの。どんなに足掻いても、なんでもしなくては生きてはいけないのに……生かしてあげられないのに、苦手なことは苦手なままで。挫けそうな時にあの場所で呪文みたいに言い聞かせた言葉、DJは聞いていたらしい。
街の光は側にいると眩しすぎて、でも遠くからみたらただ綺麗なだけで。その時に隣にいたDJの顔を思い出した。
「んふ♡そーだネ、夜景を楽しもっか!」
「ちょっと、なんで隣に座るの。バランス悪くない?」
「いーのいーの、この方が!」
俺たちには丁度いい。
隣から見た顔はあの時とあまり変わらなくて、それでいて少し幸せそうで。
夜景を見るためにこっそりと彼の隣で外したゴーグル。ガラス越しに映された自分の表情だって、なんとなく腑抜けに緩んでいて。
ほんの一日の気まぐれなエスコートは、あの時見えなかった、見ようともしていなかった、ゆめみたいだった。