目には目を歯には歯を、地上での任務中、偶然哨戒に出ていた男と出会った。
装備状況を聞かれたので正直に今の装備と弾薬の残数を告げれば、ついてこいとばかりにトレンチコートが背を向けたのが数時間前のこと。
今いるのは『オブリビオン』の有する補給拠点の一つ。
浄水システムが生きているが、危険エリアなために一般の人間はここには駐留していないらしい。
いるのはオブリビオンの兵士ばかり。
全身に張り付いていた砂埃を簡易なシャワーブースで洗い流し、濡れた髪を拭いながら借りたシャツを纏って男の待つ部屋へと戻った。
「こんな砂漠のど真ん中でシャワーを浴びれるとは思わなかった」
「ここは砂漠だが、世界が崩壊する以前は街があった場所だからな」
「へぇ」
時間と共に砂に飲み込まれた、忘れられた場所。
オブリビオンにとってみれば拠点にするには最高な場所だ。
指揮官がシャワーを浴びている間に、このオブリビオンのリーダーたる男が自ら最低限寝泊りのできる状態にしてくれたのか。
有難いと思えばいいのか、それとも恐縮すればいいのか。
ふと、上げた視線の先に見えた植物の植えられた鉢。
見覚えがあるなぁ、と眺めていれば「あぁ……」と記憶からその植物の名を掘り起こした。
「思い出したら、腹が立ってきたな」
「指揮官?」
「いや、なんでもないよ」
にっこり笑って誤魔化してみても、構造体の集音センサーでばっちりと拾っているだろう。
指揮官の視線と、そして漏らした言葉が何を意味するか直ぐに察した男は少しだけ苦い笑みを浮かべて見せた。
「思ったより執念深いな」
「リーフの件もあるからな」
「それはもう謝罪したはずだが?」
「あれが謝罪かぁ」
わざと驚いた顔をしてみせれば、下した髪をゆるりと揺らして男がゆっくりと近づいてくる。
伸びる指先。
双剣を巧みに、そして鮮やかに振るうその手が指揮官の顎を捉えた。
近づく鼻先。
掠めて重なる唇。
せめて可愛い小隊の部下たちのセンサーに拾われないように。
目の前の男に声も、吐息も全て押し付けた。
昨夜の情事をきっちりと着込んだ戦闘服に隠し、グレイレイヴン小隊とオブリビオンのリーダーが滞在していた拠点から東に離れた砂の丘に佇んでいた。
「―――ところで、聞き忘れていたがお前たちの任務はなんだったんだ?」
「私たちは、……」
「それは愚問では?」
問に答えようとしたリーフを遮り、リーが「何を言っているんだ」とばかりに応えた。
オブリビオンのリーダーたる男が分からないわけではないだろう、と含むように。
だが、それにしてはなにか嫌な予感を覚えてワタナベがリーへと向けていた視線を指揮官へと向ける。
その視線に、それはもう軍議で浮かべるような薄っぺらい笑みを張り付けて。
「近々空中庭園の部隊がこのあたりに降下し、ここを拠点に東の方へと作戦を展開することになっている」
「……ほう」
「そこで、我々グレイレイヴン小隊はとある『哨戒任務』としてここに訪れていた」
サクリ、サクリと砂を踏みつけて昨夜のように互いの距離を詰める。
上着のポケットから紙布に包んでいたモノをとりだし、見せつけるようにソレを口に含んだ。
トレンチコートの合わせを掴み、自分より少し高い顔を引き寄せる。
口内で咀嚼し苦みの溢れでたそれを押し付けて、指揮官はゆっくりと身を離した。
「っ……指揮官ッ」
「ということでワタナベ」
「っ……」
「ちょっと手伝ってほしいんだ」
言いながら懐から己の最たる二丁の銃を取り出し両手に構える。
既に小隊の三人は臨戦態勢に入っているのを横目に、指揮官とワタナベは数秒静かに見つめ合っていた。
「……貸しにしておこう」
「オブリビオンのリーダーに貸しを作るのは怖いなぁ」
「指揮官‥…」
「そろそろくるか。行こう」
笑みを向けて指揮官はルシアの方へと向かう。
離れていく背を見送って溜息を洩らしながら、腰に佩いた双剣を抜いた。
とても不機嫌そうなリーも同じく銃をその両手に構えている。
「お前のとこの指揮官、もう少しなんとかしたらどうだ」
「出来たらとっくにやっている。言われなくても」
そんな会話を交わす間に、砂の中を移動してくる物体の気配。
フロート銃を展開しながら、リーフが出現ポイントを計算している。
送られてくる予測ポイントを回避しながら、次の夜は覚えておくといいと、そう静かに宣戦布告を告げた。