彼方から此方へこの身が歳月を取りこぼし始めたのはいつのころだろうか。
周囲は自分を残したまま変化していく。
移り行く景色を、世界を横目に、時間の流れからはじき出された男が一人瓦礫の山の中を進んでいく。
その腰には使い込まれた刀を差し、長身の男の身の丈ほどの太刀を背負っている。
何人たりとも近づけぬほどに覇気を纏いながらも静の佇まい。
黒みを帯びた紅色の小ぶりの花を手に歩みを進めている。
ここはかつて多くのヒトが己の信念からぶつかりあい、多くの血が流れた移動都市だった場所だ。
今では都市の墓場だと。
そんな噂も耳にしたことがあったな、と足元の瓦礫を踏み越え男は進む。
頭には艶やかだ右側の角は損傷が見られ、左の額からは根本から折れたかのような角の形跡。
長身で纏うコート越しからも分かる逞しい体躯。
そしてそのコートの裾から揺れ動く長い黒い尾が、その男が『サルカズ』であると表わしている。
サルカズの男は花を手にしたまま、今にも崩れそうな『入口』へと入っていった。
入ってすぐに崩れた岩に塞がれたそこは、けれどサルカズの男が首に装着している器具に反応してその『形』を変えて見せる。
『―――登録確認。オペレーター“エンカク”、ご機嫌いかがですか?』
聞えてきた電子音声。
問いかけに、けれど男は応えることなく進んでいく。
周囲は瓦礫に覆われているが、エンカクと呼ばれた男が進む場所はまるで建てられたばかりにビルのように真新しい。
真新しいというよりも、ヒトの手がほぼ入っていないまま遺された場所だ。
遥か彼方ともいえる過去の日から。
エンカクが進めていた足をようやく止めたのは行き止まりともいえる最奥の部屋。
入口のパネルの前に立てば、入り口同様機械が『エンカク』を認識し、その固く閉ざされた扉を開けていく。
ひんやりと冷たい空気がエンカク迎え入れた部屋の中央に、台座のような場所が鎮座していた。
エンカクがその台座へと近づけば、まるで呼応するように台座が『目覚め』ていく。
中央の台座。
ともすれば『棺』のようなその中から、冷気と共に横たわるヒトの姿が浮かび上がっていく。
『脈拍正常。呼吸問題なし』
聞こえてくる電子音声。
エンカクはその台座に横たわるヒトに、手に持っていた花をパラパラと降り注いだ。
『―――おはようございます『ドクター』』
まるで、その音声を合図にするように。
台座に横たわっていたヒトの瞼が震え、そしてゆっくりと押し上げられていく。
ぼんやりと光を灯さぬその双眸は、幾度かの瞬きとともにゆるく左右へと揺れ流れ、そうして自分を見下ろす燈色の双眸に気づくと綻ぶように笑みを浮かべてみせた。
「・・・・・・おはよう、エンカク」
私の『武器』。