過去が見た未来の思い出「はあ? そんなもの食べたら太るでしょ? なぁに?俺に太って欲しいの?」
「小さい頃からこの感じなのですね…」
差し出したスナック菓子の袋を引っ込めた司を睨みつけたあと ふん、とそっぽを向いた泉に、凛月がいつもの調子で問いかける。
「普段は何を食べてるの?」
「サラダ」
「え、それだけ?」
「バレエ選手の食事制限は過酷なの」
やれやれと面倒くさそうな態度の泉。
詳しく聞けば 朝は牛乳のみ、昼は給食を食べずに持参したお弁当を。内容は最低限の栄養がとれるだけの質素なもの。夜は食べない。余分な脂肪どころか、筋肉も必要以上につけてはいけない。細さが命。それと同時に バレエは骨に負荷のかかるスポーツだからカルシウムをとって骨を強くすることも必要なのだという。全てのバレリーナや教室がそういう方針と言う訳では無いが、コンクールに入賞する層はほとんど皆、似たような過酷な食事制限をしていると言う。悲しさを滲ませたまま、けれどそれを悟られないようにかぎこちない無表情を作って教えてくれた。
「たまには自分を甘やかしたっていいんじゃない?泉ちゃん。努力は一日にしてならずとは言うけれど、頑張ってる自分にご褒美をあげる日も必要でしょ? 」
「しつこいな、わかったようなこと言わないで!」
キッと睨みつけるが、瞳には涙が浮かんでいる。
それから自信なさげに俯いて、きゅ と服の裾を握りしめながらこぼした。
「怒られないためにするわけじゃないけど…コンクールで入賞しないと、ママも先生も機嫌が悪くなるの。負けたら殴られるし、いいつけを守らなかった時も殴られる」
「それに、おれだって 負けた時に後悔の種になりそうなことはひとつだってしたくない。」
このご時世に当たり前のように行われている体罰、それを疑わない泉、既に完成された気質、ストイックさ。驚くことしか出来ない。情けなくも、かける言葉が見つからない。遊びたい盛りの子供だというのに、既にこうなのか。
その場にいる全員が思った。
この時期の子供といえば 友達と遊んで、お菓子だって食べて、"体型維持"なんて気にせず過ごしていると言うのに。
瀬名家は、泉はそれができない。
親や先生の期待に応えることがこの子にとっての正解で、目標で、全てなのだ。
同じくキッズモデルだった嵐や、格式高い家柄の司ですらここまで厳しい食事制限はされてきていない。
何も言えずに口を噤むしかなかった。
「ん〜 なんかいろいろあるんだな? それぞれの家庭の事情です!それは仕方ない!でもこんなとこでくっちゃべつててもどうにもならんし、探検でもしに行くか?」
「はぁ? 行かないし。」
月永が言うと、ぷい とまた目を逸らす。けれど、自然と空気を読まない選択をした月永のおかげで重かった空気は急浮上した。
「え〜? 探検楽しいぞ? それに、おまえモデルなんだろ?いいのか? そんな格好のまんまで?」
くい、とサイズの合わなくなった服の裾を摘んで言う。
「あてがあるから着替えよう!綺麗なお前に似合う特別なのを仕立てさせよう〜」
月永がそう言うと、 そんなことできるの? と泉は怪訝な顔をした後、嬉しそうに、年相応な笑みを見せた。