もう彼はいない「ビィーマがおらんではないかーっ!!」
食堂に響き渡ったドゥリーヨダナの声に誰もが顔をそむけ、マスターは無理やり笑顔をつくった。
「ビーマさんなら、ここにはいないよ」
その言葉にドゥリーヨダナは首を傾げた。
「今度こそいるかと思ったんだが。ええぃ、渡したいものがあるというのに、気が利かないやつめ」
ドゥリーヨダナが犬猿の仲だったビーマを探し回るようになったのはここ数日だ。
高難易度編成にビーマがいないのを確認し、シミュレーターにビーマがいないのを確認し、マスターの部屋にまで探しに来ている。
そんなドゥリーヨダナの背後からカルナとアシュヴァッターマンが駆け寄って来た。
「旦那、…きっと行き違いになっただけだ。部屋に戻ろうぜ」
「休息が必要だ、今のおまえには」
そっと声をかけるふたりにドゥリーヨダナはしぶしぶ頷く。
「ビーマさんが来たら、ドゥリーヨダナが探していたって伝えておくよ」
マスターの優しい言葉が食堂から出ていくドゥリーヨダナの背中を撫でた。
そうして、ふたりに連れられて自室へと向かうドゥリーヨダナは唇を尖らせる。
「わし様がこんなにも探しているのに、なんでおらんのだ。あの馬鹿ビーマは」
その文句にふたりは黙って視線を交わした。
「なぁ、旦那。もう探すのをやめたらどうだ?」
「そうだ。あの時までおまえは奴と関わろうとはしていなかっただろう?」
「あの時?」
ドゥリーヨダナの瞳が丸くカルナを映す。
それを真っ向から受け止めてカルナは口を開いた。
「ビーマセーナが、」
「カルナ!!」
アシュヴァッターマンの大声がカルナの言葉を遮る。
その煩さにドゥリーヨダナは瞬きした。
「わし様、思い出した」
ぎくり、とアシュヴァッターマンの肩が跳ねる。それに気づかずドゥリーヨダナは服の合わせから封筒を取り出した。
「この手紙をやつの部屋に放り込んでこようと思っていたのだ!わし様冴えてる!!」
自画自賛して胸を張るドゥリーヨダナにアシュヴァッターマンはまぶたを震わせる。
「…旦那」
「というわけで、わし様あいつの部屋に行ってくる!」
走り出したドゥリーヨダナをふたりは追うことが出来なかった。
ドゥリーヨダナは走る。今まで一度も向かった事がないビーマの部屋へと。
しかし、その足取りは次第に遅くなり、とうとう立ち止まってしまう。
廊下に立ちすくんだドゥリーヨダナは封筒から手紙を取り出した。
手紙には何も書かれていなかった。
「ははははっ」
笑い出した彼の声は虚ろで手紙と共に床に落ちる。
「分かっている、分かっているとも。──おまえがもういないことは」
ビーマの霊基が消滅してから、ドゥリーヨダナはずっと彼を探している。何も書けなかった手紙を持って。