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    itono_pi1ka1

    @itono_pi1ka1
    だいたい🕊️師弟の話。ここは捏造CP二次創作(リバテバリバ)も含むので閲覧注意。

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    itono_pi1ka1

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    pixivから引っ越し。惚気るテバともだもだするリーバルの話

    #ゼルダの伝説
    theLegendOfZelda
    #リーバル
    revel
    #テバ
    teva
    ##リト師弟

    とんだ闇夜の烏撃ち 暗澹たる夜空は、多く鳥目のリト族にとっては憂鬱なるものだが、リーバルにとってはそうではない。
     正確には、リーバルのよく知るリトの戦士にとっては、だ。
     その男は、夜の青い闇を指して美しいとさえ言う。そのことを聞くとき、リーバルは胸のあたりがうずくような感覚を覚える。苦々しいものと心地よいものと、行き来するような不思議で落ち着かない心地がするのだ。
     飛行訓練場のバルコニーから、リーバルは暗い夜空を見上げて、ふっとそんな男の言った言葉を思い出していた。

    『リーバル様の翼は夜の色に似ています』

     リーバルは夜がどんな色をしているのか知らない。けれどそんな見えない夜が、美しい色をしているらしいことは、その男の言うとおりに信じていた。
     リーバルは見えない夜空から視線を落として自分の身体を見やる。
     首にひと巻きした青いスカーフは昼の快晴の色。すいっと伸びる“くちばし”は夏の夕方に山の向こうへ引っ込んでいく太陽の黄みが仄かに冴える不言いわぬいろ鈍色にびいろの胸当てに赤いインナー、翡翠の足飾り。そして群青と白の“翼”と“羽毛”。
     よく、リーバルの持つ青の羽根の色は、空の色であると言われる。朝日をすかせば白んだ薄青の色が浮きあがり、昼の日差しの下では深い群青の色になる。夕の茜に照らされれば暗色の紺碧が勝って見え、夜のわずかな明かりの下ではその闇夜に溶け込むように深く暗い青が冴える。羽根の微細な構造が光に応じてさまざまな色を反射させて見せる構造色の青は、まさに空の色をそのまま映したような彩りを持つのだ。
     だから、夜の色をしていると言われることもまたありえる範疇の話だとリーバルの理性的な部分はそう言って先の言葉を受け入れる。
     しかしリーバルの感情的な部分は、自分の翼を夜の色に似ていると言ったその男が、

    『俺の知る美しい人は何故かしら皆、夜の色をしているんです』

     と言ったからだと、そのリトの戦士の言葉をより詳細に思い出して諭してくる。

     ──夜の色をした、美しい人だそうだよ。あの男が添うたのは。
     
     彼の妻、彼の友、そしてリーバルは彼の憧れたる英雄。一人一人全く違うそれら全部をまとめて彼は、美しい人だ、と同じ言葉で言う。
     普段、自分の弓矢の当たらぬまやかし・・・・ものなど信じないとすら言ってみせる自信家の戦士リーバルだが、そうした夜空の美しさについてだけは子らの唄に耳を澄ますように疑う心を潜めている。虹のたもとの宝物も流れ星の願い事も、どれもが都合の良い嘘だと見破れるのに、暗く静かな夜の、鳥目では見通せない神秘らしさだけは、その男が言ったような空想をそのままにしているのだ。
     だから、見えない夜を見上げる度に、リーバルはその美しいひとのことを思い出す。その美しい本人とは会ったことも見かけたことも無いのに、リーバルと同じ鳥目を持つからには夜空の色を見たことも無いはずのあの剽悍な男が、きっぱりと夜の空の色だと語るそのことへの小さな興味と憧れが、リーバルの胸内に靄のような人の像を結ぶのだ。

    「リーバル様」

     呼ばれてふり返ると、くちの隙間からこぼれる息と同じようにほの白い羽毛に黒い模様が入った翼を持つ壮年のリトの男が、ランタンを片手に立っていた。

    「火が点きましたよ。風に吹き消されてしまわないように、そろそろ部屋を閉めなくては」

     言って白いリトはちろりと室内へ目をやった。すっかり暗くなった夜の下で赤々と燃える囲炉裏の火は、吹き込む谷風にあおられて縦横に形を変え、室内に影を躍らせている。この飛行訓練場の東屋は、巨大な鳥籠のような建築様式のリトの家屋にならって、平時はバルコニーも含めて壁という壁が吹き抜けとなっているせいだ。一つだけリトの村の住居と違うのは、布を拡げ持った人の身体が浮き上がる程の天然自然の上昇気流を傍らに置くこの場所では、夜に風除けの布を張る必要がある。
     雪山ヘブラに近く、夜には一気に気温が下がるこの場所では、リトの村の住居と同じように開放的な作りをしていると部屋が冷え込んでたまらない。外の強風が吹き込んで火も消えやすくなってしまう。気候が悪ければ寒さに強いリトでさえも凍えるほどだ。

    「もう風除けは張ってしまったので、あとはこの出口を閉めるだけです」
    「そうか、ありがとう」

     何か気になるものでもありましたかと、白いリトはリーバルのいるバルコニーへと出てきて、隣に並んだ。彼の白い羽毛が灯りを反射して周りが明るくなった分、外の闇が一層暗くなったようにも感じた。

    「そうだね。夜の空を見てた」
    「夜空を、ですか?」

     同じリトの鳥目を知るゆえに、怪訝そうな声が返ってくる。
     
    「たしかに星や月は僕らの目じゃよくわからないが……ほら、遠くを飛ぶメドーの灯りは大きくて分かりやすいだろ。それに……考え事をするには、これくらい見えるものが少ない方が良い」

     はあ、と白いリトはリーバルに倣うようにちょいと上を見上げて何度か目を瞬かせた。そうやって息を吐いていると、白い羽毛に輪をかけて男の顔は白く見える。その白い横顔を見つめて、また美しいと言うのかいとリーバルが尋ねかけようとしたところに、その顔がくるりと此方を向いた。

    「思索のお邪魔はしませんが、ランタンを置いておきますから、せっかくのスープが冷えない内に戻ってきてくださいね」
    「あ、ああ。すぐ戻るよ」

     では、と白いリトは軽く目礼をして室内へと踵を返した。その足音を背にリーバルはつ、とまた夜空へと目をやって、考える。
     あの男が──テバが、美しいと手放しで褒める者とはいったいどんな人だろう、と。

    『俺は、リトいちばんの美人を妻にしたんです』

     テバはよくこう言ってはリトの男たちから冷やかしを食う。彼自ずからみだりに自慢してまわるわけではないが、一人さもしい若い戦士の男と見て何かと下世話な勘ぐりやをかけられると、あっさりとくちに滑らせる。

     ──俺の妻は、リトいちばんの美人で、あの冷えびえとしたあい紺珠こんしゅが一目よこすと、伏したまぶたのすきまっから夜がこぼれるみたいで、ぞうっとするんです──……と。

     リーバルはそれを聞くたびに、もう少し言い様は無いのか、と彼の馬鹿正直さに呆れている。
     いくら本当のことだったとしても、おしゃべり好きのリトたちの前でそんな惚気たことを言ったら、彼らは根掘り葉掘り聞き出そうと色めき立つに決まっているからだ。弱冠十代のリーバル自身でさえ、戦士として名を立てたんなら浮いた噂の一つや二つ流してみせろ、とあれこれ要らぬ世話を焼かれるのだから。
     大厄災の夜に未来から飛んできたと言ってリトの同胞のなかで一人ぽっかり浮いている彼は、年頃もよい案配、実力と気骨の確かな戦士なお蔭で、誰ぞはいないのかと周りが放っておかない。そののことをどんぴしゃりと喋るのだから、なおさらだ。
     リトの戦士テバに妻として添うた人。藍のの君。
     くちぶりからテバの溺愛ぶりは分かる。その妻という人が、リトではめったにみない雛の目をそのまま残したような黒目がちの美人ということも分かる。彼の言葉をかみくだいてよく想像してみれば、ちょいと高嶺なとこのある女性なのだろうというのも伝わっては来る。
     だがしかし、夜がこぼれてぞうっとするとは、まったく意味に悩む。
     夜はリトにとって面憎つらにくい時間だからだ。鳥目のリトには夜というものは視界を奪われ、自由を奪われ、翼の民の誇りをちょっと砂かけられたようにさえ感じる。普通のリトの男ならば、同族を褒めるのに夜をたとえにするなんて、下手をしたら馬鹿にしているとも取られかねないものだ。
     それなのに、テバが藍の眼の君をちろっと語ってみせるくちぶりは、なぜだか気障なところがひとつも感じられない。
     それどころかリトの仲間達はただただその人の美しさをすんなりと思わされて、ほうっとため息をつくのである。いったいテバの話術が巧みなのか、それともリトの男たちの想像力のたまものか。
     とにもかくにも、普段からしてざっくばらんな物言いのテバが珍しく詩人めいたことを言うのがこれに限るので、リトの男たちは毎度、酒の肴と名分をつけて大いにりきを入れてテバの麗しの細君について当て推量をしたものである。

     ──もしかして育ちが良すぎて、すれっからしな冗句が分からないくらいの箱入りのお嬢さんと駆け落ちをしたんじゃないか?

     ──いやいや、こいつがそんな口説き文句が言える筈無いだろう。きっと、昔っから面倒を見て貰ってる世話焼きな姉さん女房だ。

     ──わからんぞ、むしろテバを生粋の戦士と見初めて婿に取ってやろうという豪胆なおなごかもしれぬ……。

     からかいぐちも半分な勝手な言い散らかしの全部に対して、リーバルの知る限りテバはいつも同じ答えを返していた。

    『今度、妻に侘びを入れるときの参考にさせてもらう』

     と愉快そうに言うだけだ。
     合っているとも間違っているとも言わない。隠したいのか、見せびらかしたいのか分からない、何とも的を射ない惚気である。
     ああ、惚気だ。これは間違いのない話だ。言っている時のテバはなんと言っても嘴の端が下がっている、あれは気恥ずかしいことを意地張って言うときの彼の癖だからだ。
     そういえば、とリーバルは思い返した。
     さっき、リーバルのためにランタンを置いて部屋に戻った時のテバは、嘴の端の代わりに眉の端が下がっていた。こちらは彼が心配をするときの癖だ。あの男は、思っていることがよく顔に出る。

     ──あんまり心配させるのも良くないか。

     そろそろ部屋の中に入った方がいい。リーバルは足元のランタンを拾い上げた。上昇気流と夜の空に背を向けて、灯りの漏れる風避け布の隙間に身体を潜り込ませる。
     室内の明るさに目を閉じて、籠った熱気を目蓋に感じたところで、ああ!とテバが気が付いたように声をあげた。

    「いま、もう一度呼びに行こうかと思ってたんですが、丁度いいところに来てくれました。もう煮えてますよ」

     言ってテバが囲炉裏に掛けられた鍋の蓋を取る。ぶわっと白い湯気があがって、一瞬テバの姿が見えなくなるも、すぐさま彼の黒く尖った嘴の先がぬっと白い湯気をかきわけて出てきた。テバはそのまま鍋を覗き込む。

    「お、いい具合だ」

     鍋の中身はハートミルクスープだ。赤いマックスラディッシュとゲルド地方の甘味たっぷりなフルーツをふんだんに使った、まろやかなピンク色のスープ。リーバルはそのことを既に知っている。ここのところ飛行訓練場で供される料理はそれと決まっているのだ。
     ただし、そのハートミルクスープは普通よりもずっとピンクの色が濃く、もはやと呼べるレベルの色合いをしていることだけが異様だった。

    「今日のはいくつマックスラディッシュを使ったんだい?」血のように赤々と煮立ったスープを意に介さずリーバルは尋ねる。
    「八つです、八つ。大きいのが二ツに、普通のが六ツ。もう箱の底が見えてましたからね、いっぺんにぶち込んじまいました。」とテバは答えて、部屋の隅の方を見る。
     視線の先には空っぽの木箱が所在無さげに置かれている。市場で青果を並べ売りするのに使うようなその箱には、元は山のようにマックスラディッシュが詰め込まれていた。

    「ってことは、これでようやくあのマックスラディッシュも品切れか。この派手な色のスープを食べるのも今日で最後だと思うと、感慨深いね」

     リーバルの言葉は皮肉ではない。リーバルたちはこの数日、飽きるほどマックスラディッシュを嘴にしていて、その大半がこのようにスープとして食卓に並んだものなのである。

    「まったくです。この赤さにも見慣れちまったのが、なかなか恐ろしい」

     テバは鍋をかき混ぜながら、肩を竦めて同意する。

    「今はどこもかしこも物資がカツカツだから、食べ物に余裕が持てるのは悪いことじゃないけど、これだけ多すぎるってのもねえ。“大妖精たち”にも困ったものだよ」
    「まさか、があんなことになるなんて……」

     二人は経緯を思い出して、はあーっと長いため息をついた
     リーバルもテバも菜食主義者ではない。リト族はむしろ猛禽に似た見た目の通りに肉を好む。箱に山ほどあったマックスラディッシュもまた、わざわざ買ったものではない。
     真っ赤なスープの背景はこうだ。

     ──“いい男たちが頑張る姿に発奮した大妖精が、マックスラディッシュの雨を降らせた”。 

     嘘のようだが本当の話だ。先日、ハイラル連合軍では厄災を退けるための戦いでめざましく活躍した戦士達に対して、感謝の意を込めて鍛冶ギルドに武具を発注し、これを授与した。戦いの最中で大々的な典礼こそ開かれなかったが、各々が拠点に届けられた武器の出来栄えは素晴らしく、リトでは偏屈な弓職人たちが揃って褒めては腕を張り合うほどの業物だった。
     そしてその戦士の中には、リーバルたち英傑やテバら未来からの救援者たちに加えて、ボックリンや導師、大妖精たち、イーガ団の頭領たちも含まれていた。英傑たちのようにそれぞれ集落がある地域を拠点としているわけではなく、あちこちに友軍として飛び回っている後者の面々には、ハイラル王家からの顔役として姫巫女ゼルダが直々に武具を渡しに行くことになったらしい。姫巫女として封印の力に目覚めた後のゼルダは、どこの陣営に行っても戦士達を鼓舞するような溌剌さがある。迷いの森でボックリンに、カカリコ村で導師に、そしてカラカラバザールに忍び込んでいたイーガの総長に盗みをせぬよう釘の代わりに武器を渡して、あとはどこかの泉で大妖精に豪華絢爛な武器を献上するだけ、と言う段になった。
     そのとき気配り屋の姫巫女がこう言ったのだという。

    『せっかく大妖精様に差し上げるものですから、もっと喜んでいただけるように“場”を整えるのはどうでしょう?』

     流石姫様です!とノータイムで跳ねて賛同したはインパだ。執政補佐官という立場を覚えていてかいないでか、姫巫女の発案をここぞとばかりに肯定する。
     そして同意したのがもう一人。

    『ほう……一理がある。今まで儂たちは斯様な神秘の存在とのつながりは薄れ、伝承も危ぶまれておった。大妖精のような者たちへも、もっと親しみと敬意を露にするべきやもしれぬな』

     重々しく頷いたハイラル王である。厄災の復活という危機を乗り越え、ゼルダと親子として和解して後、二人は国策についてよく話し合っているのだと以前にインパが感慨深そうに英傑たちに話してくれた。それ自体は良い事なのだろうが、しかし、である。

    『して、その“場”とはどんなものだと考える、ゼルダよ?』
    『ええ、それは──……』

     ここで姫巫女の研究熱心な性格のたまもの、その英知が光った。古来、神秘的な存在をもてなすには宴と酒、これに尽きる。そしてさらに大妖精の好みのものと言えば、きらびやかな金銀財宝にルピー、みずみずしい草木花実、そして──“美しく強かな男”である。

    『──連合軍の男性たちで、酒宴をもてなすのはどうでしょう?』

     ぎょっと目を剥いたのは彼女の近衛騎士。なるほどのう、と頷いたのはハイラル王。妙案です!とまた跳ねたのはインパだ。一対三。ただでさえ口下手なあの騎士が姫巫女の善意の邁進を止められよう筈もなく、大妖精をもてなす案は姫の言葉そのまま決行されることとなった。──そんなことだから案山子だというのだ、まったく。と巻き込まれたリーバルは後に大いに彼を詰った。
     そして開催された酒宴には、美少年好きの大妖精シーザや、男前好きの大妖精クチューラに大いに気に入られているリーバルたちリトの戦士ももちろん駆り出された。
     戦線を支えている仲間として、大妖精たちに感謝の意を込めてもてなすことには、リーバルだって異はないのである。では何が問題なのか。
     ただ、ヒトならざる彼女等の親愛表現はいささかのが困りものなのだ。
     目まぐるしい戦場でこそ黄色い声援の一つ二つに収まっている大妖精たちのアツいラブコールは、安全な拠点での宴となれば、キス、ハグ、そして何だかよく分からないありがたそうな息吹を吹きかけられる、などなど一気に距離を詰めて来る。これが意にあらずとも人間たちに己の矮小さを実感させ恐れ縮みあがらせてしまう。
     されども宴に集まった男たちも、みな英傑英雄と呼び立てられし猛者たちだ。怖いから等と言って引けはせぬ。ましてや死線を共にした仲間への労いを厭うわけにもいかぬ。さらにはハイラル王、姫巫女ゼルダたっての依頼である。おいそれと断るわけにもいかぬ。
     そうした男たちのプライドと意地にかけて完遂されたもてなしは無事に大妖精たちの御眼鏡にかない──彼女らは踊り狂うように大喜びした。
     そして空からは感激した彼女たちの“愛”がかたちになったもの──すなわちハートの形の“マックスラディッシュ”が降り注いだのである。ちょうど彼女たちが戦場で戦う際に、どこからともなく植物を生い茂らせて攻撃するかのように、虚空からマックスラディッシュが現れた。
     これが、“いい男たちが頑張る姿に発奮した大妖精が、マックスラディッシュの雨を降らせた”真相だ。 
     言葉にしてみるとまったく御伽噺か冗談かのような話だが、事実そうとしか言えないのである。
     まさに天からの恵みという野菜の雨に、ちょうど近くの馬宿に来ていた野菜好きのゾーラの行商人なんかは大喜びして、泉に連合軍の窓口にと多額の献金をしていたそうだ。

    「あの酒宴は本当に苦労した……リンクの奴が酌をするばっかりで全然喋らないから、僕がずっと場をもたせなきゃいけなかったんだぞ」
    「俺の方はダルケル様が景気よく盛り上げていらしたので、それほどでしたが」

     リーバルとリンクは二人で大妖精シーザのテーブルを担当し、テバはダルケルと共に大妖精クチューラのテーブルを担当して酒を飲んでいた。後の二人の姉妹の方は他の男たちが奮闘していたが、少し離れた場所だったのであまり覚えていない。酒の進むペースはリーバルたちのテーブルの方が早かったが、大妖精というのはヒトとちがって酔わないものなのか、大妖精シーザはいつまでもにこにこと笑んで身体をくねらせながらリンクに酌をさせていた。シーザ曰く『愛って言うのはね……少し離れたところにあるのを長く味わうものなのよ……』とその美貌の黒い瞳をさらに煌めかせてうっとりと酒宴を満喫していた。

    「リトの上戸とゲルドやハイリアの下戸が同じ扱いってくらいには、そもそもの許容量が違うらしいですから、リーバル様も大変でしたね」
    「まあね。その辺は気を付けてたよ。だいたい、君こそそういう危機感が無いんじゃないか? 終わってからダルケルが心配してたって聞いたよ」
    「えっ、俺は何か粗相をしちまったんでしょうかね。あまり覚えが無いんですが」
    「あれ? でも僕、君が泉の中に連れ込まれた!ってダルケルが大慌てでシドを呼びに行ったところを見たぞ。その話じゃないのか。あれは結局どうなったんだい?」

     リーバルの問いかけに、テバはぴたりと固まって、ぎこちなく首をひねる。

    「えっと……そう……でしたっけ……?」

     思い出そうとしているのか、黙り込んだテバの眼が段々と焦点の合わないものになっていく。「ヨロイソウ……ヨロイゴイ……あれはヨロイダケ……本当にヨロイ……?」ぶつぶつと何事か呟き、ますます目が濁っていく。明らかに様子がおかしい。これは何かまずいぞといち早く察したリーバルは「おい、テバ!テバったら!!」と慌ててテバの肩をゆすった。

    「大丈夫です、起きてますよ……」
    「本当なのかい……」

     とても大丈夫そうには見えないが、ぼうっとした様子ながらテバの眼に生気が戻ったので、リーバルはひとまず腰を落ち着けた。

    「どうにも、あの酒宴の時の記憶が曖昧なんですよねえ……」とテバは目をしばたかせてぼやく。
    「君、酒の飲みすぎで記憶が飛んでるんじゃないのか。まあ……思い出さない方がいいのかもしれないけど……」リーバルも何とはなしに声を潜めて言う。
    「リーバル様と延々えんえんマックスラディッシュを箱詰めしていたあたりの記憶ははっきりあるんですが……」
    「いい、もうやめとこう、この話は。喋ってるだけで疲れがぶり返しそうだ」

     とまあ、そうしたわけで現在のハイラルではどこもかしこもマックス料理だらけ。ケーキ屋にならぶ飾り切りの見事な紅白の果肉はイチゴ……ではなく小玉のラディッシュの乗ったベジタブルケーキ。肉屋のコロッケにはラディッシュソース、魚屋の刺身のツマはもちろん赤い表皮がオシャレなラディッシュの千切り。レストランのサラダはもちろんラディッシュサラダ。
     リーバルたちも消費を手伝うために二人で一箱ずつ大小のマックスラディッシュを持ち帰ってきた。半分は村の皆に配ったが、それでもたったの二人暮らしに一箱いっぱいもマックスラディッシュを押し付けられたのだ。
     そんなわけで飛行訓練場ではここ数日、マックスラディッシュをそれはもう豪華に食べ放題。
     二人とも凝った料理など知らないから、とにかく一度に沢山使っていける料理にして、さっさと食べきってしまおうという考えのもと、一週間の献立が毎晩スープに決定された。
     それからは任務から帰ってくる度に、並みよりも赤い色素と繊維質が多すぎるハートミルクスープが鍋をあたためて二人を待っている。

    「しかし赤いねえ。マックスラディッシュは食べ過ぎで身体を悪くするって話はあったかな?」
    「野菜ばかり食べ過ぎて腹を下すくらいの話は聞きますが……マックスラディッシュだからダメというわけでもないでしょう。何事も過ぎれば毒です。不調があったとしても、そりゃラディッシュのせいばかりじゃない」
    「ふうむ。となると大妖精たちが降らしたのがマックスラディッシュで良かったと思っておくべきかな」

     マックスラディッシュを使った料理と言えば、ハイラルでは体力増強や血を作るのによく効くと言われている。物資不足の連合軍にとっては、糧食に加工するにも薬に加工するにもぴったりの食材を補給してくれたと言える。それに加えて、赤くハートの形をしていることが縁起の良いものだと扱われてているこの野菜はそれだけでも、人々の気分を明るくさせるのだ。まあリーバルたちが食べている真っ赤なスープでは、その影も形も見えないほどどろどろに煮込まれてしまっているのだが。

    「今回のマックスラディッシュのおかげか最近は前線の部隊の負傷数が少ないって声も聞くから、大妖精の加護には、僕たちもあらためて感謝をするべきかもね」
    「たしかヘブラにあるのはギシの丘のシーザ様の泉でしたか。戦況が落ち着いたら改めてお礼に伺いましょうか」
    「落ち着いたら、ね。さて……もうそろそろ食べごろなんじゃない?」
    「はい。器を取ってきましょう」
     
     喋っている内に、テバはしゃっきりと正気を取り戻したらしい。立ち上がって器を取り出していく動きは機敏だ。テバが離して空いたお玉を今度はリーバルが取り、鍋をかき混ぜると、意外にもごろりとマックスラディッシュのハート形をした半身がでてきた。

    「あ、珍しい。ちゃんと“ハート”があるスープじゃないか」
    「見つけましたか。こうして浮かせてやるとこの真っ赤なスープでも“ハートミルク”らしくなるでしょう」

     一週間つづきのハートミルクスープだが、リーバルの記憶する限り、今までこんな風に形を残したマックスラディッシュが入っている気の利いたスープが出てきたのは初めてである。いつも大抵、どろどろに形を無くすまで煮込んでしまっているものだった。いくらマックスラディッシュを消費するため、と腹をくくってもビリビリフルーツとヒンヤスイカの甘い味ばかりでは飽きるので、晩御飯の献立は鶏肉や小麦粉が入ってシチューのようになったり、米やチーズを入れてドリア風にしてしまった日もあった。二人からすれば、マックスラディッシュの色と形が料理に現れていて、ミルクの風味がするならば、それでもう十分“ハートミルク”だ。

    「ま、この色じゃどうやっても“ミルク”っぽくは無いけどね」
    「ほう、リーバル様にはもう十分いただいていると俺は思ってたんですが……今更、“仲良くなるため”のスープがご入用いりようでしたか?」
    「冗談、これ以上君の憧れの眼がぎらぎらしちゃったら、いくらリト一番の人気者の僕でも手に余るよ」
     
     軽口に軽口を返して、一瞬視線が交わる。そしてどちらからともなくおかしげに吹き出した。

    「100年前からずっとハートミルクスープのジンクスはあるんですねえ」
    「僕からすると、こんなちゃみ話が100年後まで語り継がれて流行はやってることの方が驚きだ。ヒトの暮らしは案外変わらないものなんだね」

     マックスラディッシュが人々に人気のある理由の一つが、このハートミルクスープにまつわる「一緒に食べた人と仲良くなれるジンクス」だ。ハートは愛の象徴であり、分け合って食べることで愛を深めるだとかなんだとか。地方や種族によってレシピやジンクスの意味合いが変わっていることもあるが「仲良くなる」ためのおまじないの料理というのは共通している。

    「案外、ヒトの作ったまじない何かではなくって、大妖精がこうした恵みと共にヒトに教え授けたものなのかもしれません」
    「ありえそうだな……今度、大妖精に聞いてみようか」
     
     器によそったスープに、昼間に商店で買ってきたタバンタ麦の小麦パンとチキンソテーを添えて、今晩の食卓は完成だ。二人で囲炉裏を囲んで座り、いただきます、と手を合わせてから食べ始める。真っ赤なスープは野菜や果実がほろほろに溶けたやさしい甘味と、少し後から入れたらしいハ―トの形のラディッシュの少ししゃきしゃきとした歯ごたえが重なって深みのある味わいだ。買ってきたパンもソテーも、上手く焼いてあるようでスープとの温度差が気にならない美味しさだった。
     
    「しかし……君がそういう“おまじない”を知ってるだなんて、ちょっと意外だね。弓と翼のこと以外は興味が無いものかと思ってたけど。」
    「まあ、ちょっと。このスープだけは、たまたま作る機会があったから知っているってだけで、俺もさほど料理や色恋の噂には詳しくないですよ」
    「ふうん……君も“仲良くなりたい”相手にスープをつくってあげるようなことがあったんだ?」

     からかいの籠ったリーバルの言葉に、テバはちょいと片眉を上げて、愉快そうに嘴の端を釣り上げただけだった。あの『今度、妻に侘びを入れるときの参考にさせてもらう』を言う時の、愉快そうな表情だ。リーバル相手でも、そうやすやすとは語ってみせる気は無いらしい。
     リーバルは少し面白くない気持ちになりながらも、二人は満足のいく出来栄えの夕食に舌鼓を打った。

    「ふう。ごちそうさま。美味しかったけど……もうしばらく赤っぽい汁物は見たくないな」
    「俺もです」

     深々と息を吐いてテバが同意する。そのシワの寄った眉間を見て少し笑みを深めて、リーバルは火箸を手に取った。
     腹がくちくなれば、鳥目のリトは夜を長く起きていることはあまりない。見えないのに夜更かしをしても、油や薪も勿体ないからさっさと支度をして寝てしまうのだ。
     飛行訓練場で二人暮らしているテバとリーバルは、毎晩交替で火の始末することにしている。今日の当番はリーバルだ。
     テバが寝床についてから火を消そうかと炭を火箸でつつき、時間を潰していると、寝る準備を終えた筈のテバがそろそろとリーバルの近くに座った。 

    「訓練場の夜間コースが、開設早々から大人気らしいですね」

     テバが言っている訓練場は、王家の金銭的バックアップを経てゼッカワミの秘湯の近辺に新設された訓練施設のことだ。今リーバルたちがねぐらにしているリノス峠のこの訓練場のことではない。複数人が同時にコースに分かれて自分の技を磨くことができ、さらに訓練の後にはすぐに温泉につかって疲れを癒せるという点が戦士達から非常に人気を博している。

    「ああ……厄災の復活したあの夜の戦闘で、自分達の弱点が身に染みた戦士が多かったんだろうね。やる気があるのは良いことだよ。君も、予約を入れてきたのかい?」
    「いえ、俺は遠慮しときます。夜戦にはいくらか慣れていますし、他の奴に機会を回してやる方がいいでしょう」
    「へえ。意外……ってほどでもないか。たしかに、あのときの君は雷雨に暗雲立ち込めるメドーの上でも飛び方に迷いがなかったものな」

     テバが未来から飛ばされてきた当夜の記憶を思い返して、リーバルは納得して頷いた。

    「未来ではもっと夜戦の技術が当たり前になっていたりするのかい?」
    「そういうわけではありませんが、俺は、夜を飛ぶのに昔から慣れていて、どうやら生まれつき他のリトよりも夜目が利くみたいなんです」
    「そいつは何とも……羨ましい話だね」

     リーバルは驚きに目を丸くして、テバの黒い縁取り模様の羽毛が覆う金色の眼を覗き込んだ。
     生態としてのひどいリト族は普通、夜空を飛ぶ事はできない。普通のハイリア人が目をつぶったままでは真っ直ぐ歩けないようなものだ。それもあって、リトたちは夜を厭う。
     しげしげと眺めていると、ふいとテバの方が顔の向きを変えて目をそらしてしまった。

    「そんなに俺の目を覗き込んだって、リーバル様に夜目がってわけじゃありませんよ」
    「それは……そうだね。でも不思議じゃないか。君の目は、他のリトとそんなに変わったところも無いみたいなのに、君だけが夜目が利くっていうのはさ」
    「ああ、それは俺も不思議に思ったことがあって、何度か観察をしてみたんですが、どうもの違いが原因なようなんです」
    ? 君の眼は大体のリトの皆と同じ、金色じゃないか。いったいどこが違うって言うんだい」
    くちではなかなか説明が難しいんですが……」
     
     言ってテバはきょろきょろと辺りを見回した。何かを探しているのかとリーバルもつられて視線をやり、結局分からないままテバの方に向き直ると、彼はどうやらリーバルの背を通り越して外の方にお目当てのものを見つけたらしい。

    「……うん、今晩は月が明るい、これなら……かもしれません」
    ? 」

     首をかしげるリーバルをおいて、テバは弓の整備の手を止め、手早くあたりを片付けてから囲炉裏の火を消してしまった。ふっと室内は暗く、青くなる。壁に設置された燭台の灯りだけになってしまうと、リーバルは少し落ち着かない気分になる。
     テバは、外をぐるりと覆う風除けの布を少しずらして月の光を部屋に入れると、リーバルの近くに座りなおした。

    「ちょいと、失礼しますよ」
    「ん、」

     ずいとテバが身を寄せてリーバルの目の前にその横顔を差し出すようにした。
     直接、目を見ろということだろうか。試しにテバの肩に手を置いてリーバルの方も目と目を突き合わせるように顔を傾けて覗き込んでみるが、テバは顔をそむけた先ほどと違って、まばたきの一つもせず動じない。
     おそらく合っているのだろうと解釈して、リーバルはそのままテバの瞳を注視する。
     つるりとした透明な球面の向こうに、アーモンド型の黒の瞳孔とそれを囲む金色の虹彩とがまるで深い穴の開いてるようにも見えている。黒目の部分に自分の顔の映り込むのが見えるくらいじっと近づいてみて、ふと、ちかっとその金色の虹彩がきらめいたように見えた。
     きらめいたと言っても、テバの眼に新しく灯りが映り込んだわけでも、リーバル後ろの夜空に流れ星が落ちていったわけでもない。きらめきの原因はなんだろうと、リーバルはより注意深く金の眼を観察する。
     あっ、とリーバルは声をあげる。

    「見えましたか?」
    「うん。……君の虹彩は、少しの色がまざってるんだな。ほんの少しだけど。そのせいなのかい? 君の目が、他のリトと違うっていうのは」
    「どうも、そうらしいんです」

     テバが頷いて、すっと身体の距離が離れる。そうするとひやっとした夜風が二人の間を吹き抜けて、何だかさっきまでがいやに熱いくらいだったようにも思われた。
     
    「君の家系に、夜目が利く青い眼のひとがいたのかい?」リーバルが尋ねる。
    「いえ、俺が顔を会わせたことのある親戚では、そういうひとがいたという話は聞きませんでした」テバはすぐ首を振った。
    「それなら、長く継承されてきた形質じゃなさそうだな。偶発的なものに近いのか」

     そのようです、とテバはやはり頷いて肯定する。さっきから首を伸ばしたり振ったりで回答は明快だ。学者ではない戦士の身で思いつくような事柄は、彼自身でも調べた覚えがあるのだろう。
     一つずつ推量をして何度もテバの首が上下に左右にか揺れるのを見ているのも面白そうだが、それでは遅々として話が進まない。
     リーバルが「君の“観察”の成果を大人しく聞いてやろうじゃないか」と目配せすると、テバは「それでは僭越ながら……」と勿体付けてこほんと咳払いをしてから話し始める。

    「俺たちリトの身体は、外目に見える分には人よりも鳥に近い部分が多い。だが身体の中身はむしろ鳥とは大きくちがっていますよね。その理由として信じられているもののうちに、『大昔のリトの元となる種に、ハイリア人の血が混ざったからだ』、という話があります」
    「それ、僕も聞いたことあるな。髪の毛とか、食性とか……僕らとハイリア人とは元を辿れば同じ生き物なのかもしれないっていう話だろ」
    「はい。本当に同じだったかはわかりません。リトにはそういった学者はいませんし、ハイリア人やシーカー族の学者たちだって、リトについては詳しく調べる機会は無かったでしょうし。だが実際に、リト族とハイラルの他の種族とを比べてみてみると、一番よく似ているのはハイリア人なんです。たとえば、ゾーラ族の長命さや水の中でも息をする身体の仕組みは俺たちにはない。岩を食べて消化できるゴロン族も同様です」
    「ゲルド族やシーカー族のように肌や髪の色がこれと決まっている特徴もリトには無いものだね。僕らは羽根や髪の彩りの個性も自慢の一つだもの」
     
     そうですね、とテバは頷いて同意する。彼の瞳の色の金色こそはリトでも一般的な、と言えるものだが、生成りの布地のような白い羽毛や翼に黒い紋様を描き出しているその色合いは彼に固有のものだ。嘴の黄色もリーバルとは違う。他のリト達も親族関係の由縁で似たような色合いの者がいても、その色は一つとして同じものが無い。もっとも、高い視力とカラーセンスを持つリト族同士にしか分からないような微妙な違いであって、他種族の眼からはまるで同じに見える、ということも多々ある。

    「そして、そういった他種族の特徴が無いのは、ハイリア人も同じことなんです。さらに言えば、人によって肌や髪に固有の色を持ち、体型や骨格にも大きく幅があるというのも他より顕著だ。見た目の違いは大きいですが、ちょうど俺たちから空を飛ぶ力を無くしたら、ほとんどハイリア人と同じような生活になるんですよ」
    「へえ……」

     テバの時代には、ハイリア人の新婚夫婦がリトの村をハネムーンの場所として選ぶということがあったと言う。新婚というデリケートな関係性の人々が、長期的な滞在をしても問題ないと考えるほど、ハイリア人とリト族とは生活様式が似ていることの表れだ。
     でも、とリーバルは疑問を呈する。

    「でも、ハイリア人と僕らは飛ぶ力以外にも大きな違いがあるだろう。彼らは夜でも外を出歩いているよね?」

     ハイリア人は夜行性の動物ほど明確に暗闇を視認できるわけではないが、少なくとも夜盲のリト族よりは夜目が利く。ハイリア人の旅人たちがカンテラを持っているのは、リト族と違って夜でも旅を続けることができるためだ。
     リーバルの指摘にテバは「そう、それがキモなんです。覚えておいてくださいね」と言って「ここで、夜目が利くリトに関係するもう一つ別の話をさせてもらいます」と新たに話題を切り出した。

    「昔、俺の爺さんの爺さんのそのまた親父くらいのころのリトに、とても尾羽の短い男が居たらしいんです」
    「尾羽が短い? それじゃ、上手く飛べないんじゃないのか」
    「はい。そのリトはそれで苦労して『子供までそのちんちくりんな尾羽を持ったら可哀そうだ』なんて言われてつがいを探すのにも困ったとか。と言っても、本人は大層器用に短い尾羽を工夫して飛んでいたようですがね」
    「それなら良かったけど……リトで“飛べない”のは嫌がられるものなあ……」

     少数民族であるリトの村の結びつきの裏目を思って、リーバルは少し顔をしかめた。空の支配者としての誇りを重んじる分、“そうでないもの”を区別するような考え方がリトには少なからずある。戦士になれと教育される男ならば、なおさらのことだ。
     
    「まあ、その話は少し置いときましょう。それでもその男はよく働き、よく愛嬌もあって、見事尾羽の短いのを気にせず愛し合う妻と出会い、共に添うことになりました。そして二人は子宝にも恵まれて、三つ子の子が産まれたんだそうです」
    「それじゃ、その三つ子の内の誰かの尾羽が短かったって話なのか……?」
     意気込んでリーバルが尋ねると、テバはあっさりと首を横に振った。
    「いえ、逆です。尾羽が短い子は一人も生まれませんでした」
    「え?散々ウワサをされたのに、結局、尾羽が短い子は生まれなかったのかい」
    「そうです。その子がまた結婚して子を産んで、またその子が結婚して子を産んでも、誰一人としてそのリトのように尾羽が短いやつはいませんでした。そうして代を重ねるごとに『尾羽が短い先祖がいた』なんて話も言わなきゃバレないと隠すようにもなって、リトにゃすっかり『尾羽の短い奴』なんていなかったようにまでなった」
    「へえ……あれ、でも……それはおかしくないか?」
     
     リーバルはテバの話で一つ不自然な点に気が付いた。目くばせするとテバは「言ってみてください」と余裕そうに促す。
     
    「ずっと尾羽の短いリトは生まれてなくって、先祖の話も隠蔽されて……じゃあ君は、その古い時代の尾羽の短いリトについての話を、どうやって知ったんだ?」
    「そこです。実は……俺と同じ代の知り合いに、とても尾羽が短い奴がいるんです。生まれた時から周りは吃驚して、どんな因果があるんだろうと家系図から何から引っ掻き回して調べ尽くした。すると、子どもの日記の、ほんの隅っこのらくがきみたいなところに『お前もどうせ尾羽が短くなる、なんてからかわれた』と書いてあるじゃありませんか。そこから、古い世代の連中の嘴からそういえば、という具合にその尾羽の短い男の話がずるずると出て来る出て来る」
     そんな、とリーバルは目を見張って言う。
    「子供もそのまた子供も、先祖の尾羽が短いところなんて受け継がなかったのに、遠い先の子孫になって初めてその形質が現れたって言うのか?」
    「そう!まさにそれです。リーバル様はやはりご理解が早いですね」
    「でも、そんなことが本当にあるとして……それがどう夜目が利くのと関係が……」

     言いかけて、あ、とリーバルは思い当たった。古い祖先の形質が遠い子孫になって現れるあるリトの一家の話。それがリト族という種全体の話にも当てはまるならば、どうだ。

    「はい──それならリトには、時折、むかしの祖先の時代に混ざったらしい“ハイリア人の血”が濃くあらわれるヤツが生まれると、そう考えることはできませんか?」

     なるほど、とリーバルは得心がいった。

    「『遠い祖先のハイリア人の形質が発現したリト』、それが、夜目が利くリトの正体かい?」

     その通りと、テバは頷いた。戦士の鎧を脱ぎ、夜着に着替えている彼の顔の横には、いつもの編み込みの髪飾りはなく、白い糸束のような髪が無造作に垂れている。鳥の羽毛とは決して違うものであるリトの髪は、テバの言説を信じるならばハイリア人の血に由来するものだということになるのだろうか。
     リーバル自身の後ろ頭にもまた同じように長い髪が垂れている。だが、このような青い髪を持つハイリア人には出会ったことが無い。

    「細かくは、とか言うそうですね。そうしたリトはこうやってちょっとばかし夜目が利いたり、骨が丈夫で重かったりと身体のの方にそのハイリア人の特性が発現する傾向にあるそうです」
    「ふうん……ハイリア人の血、ね」

     呟くリーバルの脳裏には、ぱっとあの姫付きのイケ好かない騎士の姿が浮かんだ。
     女装をしてゲルドの街に難なく潜り込めてしまったという華奢な見た目に反して、燃えず薬をまるで牛乳を飲むように経口摂取し、噂に聞けば岩石を主食とするゴロン族の食事に同席して一抱えもあるロース岩をバリバリと食らっていたという、鉄仮面どころか内臓までも鉄でできているのかもしれない異様なハイリア人だ。
     あんなのと同じ血が流れているとしたら、繊細なつくりのリトの身体も変わるものかもしれない。
     そんなことを考えていると、テバが「リーバル様、リーバル様」とリーバルの手を引っ張る。

    「リンクほど頑丈な身体を持っている者は同じハイリア人でもそうそうはいませんよ。その血が俺たちにちょっとばかし入ってたとしても、リトの基準で頑丈になるだけで、ハイリア人と同じになるわけじゃない。リンクだってパラセールを使って滑空することはできても、俺たちの翼のようには飛べないんですから」
    「べつに、……僕は、リンクのことなんて何にも言ってないだろ」
    「おや、そうでしたか? 」

     まったく悪びれていない顔をして、テバがくすりと笑う。

    「だが、ま、この特性ってのも良い面ばかりじゃない。かえって普通よりも肺が弱かったり、夜目は利いても肝心の視力が鈍っていたり、なんて例もあるみたいですから、一概にハイリア人の形質が出た方が良いとは言えませんがね」
    「……へえ!」
     
     これは良いことを聞いたとばかりに今度はリーバルがにやりと笑う。

    「それじゃ、君の弓矢のなのは、夜目の引き換えに視力が悪いせいだったかな?」

    「そ、れは……」ぎくりとテバが顔をこわばらせる。

    「それなら僕の指導も見当違いだったかもしれないね? だとしたら、これは悪いことをしたよ」

     笑いを含んだ声で言えば、うっとテバが顔をこわばらせて目を逸らす。
     そしてがっくりうなだれて、そろそろと「それは……俺の修行不足に尽きるので、今後ともぜひご指導を……」などと言うので、とうとうリーバルは吹き出した。

    「おや。そうだったのかい。じゃあ、付き合ってあげようかな!」

     意趣返しに成功して溜飲の下がったリーバルは機嫌よさ気に言ってやった。テバは「ぜひそうしてやってください」とため息をして言う。

    「話を戻すと……つまり君の目は、上手いことハイリアの血の良い点だけを貰った幸運の証ってことか」
    「そうなりますね。……とまあ、えらそうに講釈を垂れましたが、こういうのは全部、族長の受け売りなんです」
    「受け売りなのかい」

     リーバルは目をぱちくりさせた。わざわざ言わなければ気付かないものを、テバはリーバル相手にはそうするのが正しいとばかりに自らきちんと白状する。きちんと、というのは彼から無二の憧憬を向けられているリーバルの方のちょっとした優越感からくる誤解かもしれない。けれど人の心模様には慎重なリーバルをして、そんな印象を持つくらいには、テバという男は鷹揚で潔白そうな人物なのだ。

    「はい、俺はこういった細かいことを調べて遡ることはなかなか不向きのようで」
    「たしかに座って書物を開くより、弓を持って駆けまわる方が好きそうだものな、君」
    「仰る通りです」

     神妙な顔をしてテバは頷いた。随分話し込んでしまった。そろそろ寝ようか、とリーバルが声をかけようとしたところで、またテバがおずおずと嘴を開く。

    「ところで、……さっきは何を物思いにふけってらしたんですか」
    「さっき?」
    「夕食前に、外で夜空をご覧になってましたよね?」

     ああ、とリーバルは思い出したように相槌を打つ。
     あのとき思索の邪魔はしないと言っていたテバだが、どうやらずっと気にしていたらしい。もしかすると夜目の話より、こちらが本題だったのだろうか。直截に聞いてくるあたりが素直な男だ。その素直さにつられたのか、リーバルもするりと答えてしまった。

    「ん、ちょっとね……君の奥さんのことを考えてた」
    「へ、え?」

     予想外だったのか今度はテバが目を丸くして、ぽかりと嘴まで開けている。
     その間の抜けた顔を見て、リーバルは眠気よりも好奇心がむくりと湧いた。──藍の眼の君の話をこの男の嘴から引っ張り出してみようか、と。散々テバの素直な白状を聞いて、今なら──僕になら・・・・、話すんじゃないのか、という奢った気持ちを確かめるつもりも少なからずあった。
     一つ息をつく間リーバルは目を閉じて、頭の中で慎重に話題をった。少し遠回りにするくらいが引き出しやすいかもしれない。

    「ま、冗談はさておいて……夜空を見ていて思い出したんだけど、前から一つ、気になっていたことがあるんだ。……聞いてもいい? 」

     俺にお答えできることであれば、とテバはまだ動揺が抜けきっていない少し恐縮した様子で頷く。

    「うん、と言っても簡単なことだ。──君は、夜が怖くないのかい? リトの戦士がみんな立ち竦んで巣に籠もってしまう、夜の闇が」
    「……どうしてそのようなお考えに?」
    「前に、君が弓の手入れに没頭して、日が暮れるのも気付かずホタルに群がられていたことがあっただろ。そのときから何となくそうじゃないかと考えるようになったんだ」

     未来からやって来たテバがこの過去での生活に馴染んだ頃、彼が弓の手入れをするのに夜だと灯りが足りなくて困るとリーバルに相談に来たことがあった。言われてリーバルはひどく驚いた。普通のリト族は、たとえ灯りを用意しても夜の暗がりの中で弓を触るような精密な作業なんて出来る筈が無いのだ。その時に彼の相談を解決したのは、あのハイリア人の騎士だった。夜に光る性質を持つホタルを灯りにしたらどうだ、と提案して、その通りテバは実行した。リーバルはまた驚いた。リト族は、夜に活動しようとすること自体、普通は考えない。ホタル程度の灯りでは、リト族の夜への恐怖を打ち消す解決になぞならない筈なのに。──テバはまったく夜への怖れを知らないように、暗がりの風景に溶け込んでいた。
     
    「そういう考えの下に思い出してみれば、あの大厄災の夜でさえ、君はまるで昼間と変わらないように恐れが欠片も見えなかった」
    「さっきお話したように、俺が普通より夜目が利くからだ、とは思わないのですか?」
    「そうだね。それもあるかもしれない。でも、。……そうだろ?」

     大厄災、あのハイラルの運命を覆した夜。テバが未来から召喚されたというそのとき、彼の目には嵐と砲撃の音がすさび、闇とそれを引き裂くようなおどろしい雷光しか見えなかったはずなのだ。テバがいくら情に篤く、窮地に立たされた他者を目にして飛び出さずにはいられぬ正義感をもっていたとしても、その他者の存在を認識できないでいては、わざわざ危うい気配の漂う場所に飛び込んでいくことは無い。それくらいの分別はある男だとリーバルはもう知っている。
     それにもかかわらず、テバは不可思議な光の向こうに飛び込んで、リーバルを救った。リーバルはそれをずっと不思議に思い、考え続けていた。
     その答えが、テバの目には、他のリトのように夜自分を呑み込む怖ろしい物としては映ってはいなかったとすれば納得がいくのだ。
     ──そして、それはたぶん『夜が美しい』から、だろう。この正直な男が美しいと手放しでほめるその人が持つ、夜の色がそうさせるものとリーバルはあたりをつけていた。もちろん、そこを気取られてはテバがいつものように嘴をつぐんでしまうかもしれないので、言いはしなかったが。
     確信を持ったリーバルの問いかけに、テバは笑って頷いた。

    「そうですね。怖いと思ったことがないのは本当です。夜は……俺みたいに幸運に預かってる身であっても、リトにとっちゃ何ともやりにくい時間ではあります。だが、だからって俺が行動に躊躇する理由にはなりません。ですが……そう大した理屈でも、ないんですよ。あえて言うなら、強がり、でしょうかね」
    「強がり? 」
    「俺は、今まで夜戦で負けたことはありませんし、これからもありえません。なぜなら、俺をからめ取る夜は、あのだと、先に誓っておりますんで」

     藍の二つ眼。どこかで聞いたことのある話だ。リーバルははたと気が付いた。

    「それ……件の、君の伴侶の話かい?」
    「はい。皆が当て推量をして、さっきリーバル様までもがお尋ねになった、その話です」
     
     テバはいつも『リト一番の美人の妻』のことを言うときと同じようにするりと言って、頷いた。
     リーバルは、狙っていた話題を引き出せたことの感慨よりも、藍の眼の君の噂話が持っている繊細な様子と先ほどのいかにも戦士らしい夜戦の話とがうまく結びつかないことに困惑して、目をぱちくりさせて尋ねる。
      
    「君の伴侶は、何かい、君をしのぐくらいの戦乙女か女将軍かなのかい?」
    「いえ、あれは武器なんぞ持っただけで体中の血の気が引くような、まるで女ですよ」

     はかないときた。かよわい、ではないところが、この男の性格の出ているところだ。
     
    「じゃあ、君がぞっこん惚れこんじゃって尻に敷かれてるってワケ?」

     これにはテバは少し首をかしげた。

    「俺は、あれを泣かせることが多いですね。あれは何かあると、すぐ気を病んでふさぎ込んでしまう。それが自分の身近なことでも、遠く離れたことでも変わらないように傷ついて涙を零してしまう。繊細なつくりの心を持った女です」
    「それじゃ、誰よりも危なっかしい君のせいで奥さんはいつも肝をつぶしてるんじゃないの」
    「殺すんじゃありませんよ、いや、もう殺されてるのか。ああ、そうです。射抜かれたのは、俺の方だ。俺はあの女の夜眼よめに射抜かれて一度、これ以上無いってくらいに参っちまいました。だから、いけません」
    「どういうこと?」
    「俺は、あれに死に方を約束したんです」
    「……死に方?」

     物騒な言葉に、リーバルは思わず目を見張った。
     そう、とテバはいかにも面白がるように頷いて両膝に手を置いて身をのりだす。

    「たとえば、格好ですね。俺は死ぬとき必ず、か、を出して転がってなきゃならんのです。わかりますか? ここと、ここを、こう……」

     説明しながらテバは少し着衣をはだけさせてわざわざその部分を指さして見せた。ちょうど、彼の白黒羽毛の黒い方の部分だ。

    「わかったってば。でもそれはまた……間抜けな恰好になるよね」

     想像してみて、その滑稽さにリーバルは眉をひそめた。胸か背中かの鎧をわざわざ引き剥がして転がる、まるで着替えに失敗した雛鳥のような様相は、誇り高き戦士の死にざまとしては到底不釣り合いな姿に思えたからだ。
     しかしテバは、全くその通りです、と同意しながらも声の調子がますます笑いにじんでいる。

    「そうでなきゃ、ヘブラの雪にこの白い羽じゃ隠れちまって探せないから、俺はかくれんぼの一等賞のガキみたいに黒い羽毛のを外に出して転がってなきゃいけないらしい。だから、胸か背中を丸出しにして寝転んでいろなんざ言うんです」

     やれやれと肩を竦めていじけたように言う嘴ぶりに対して、テバの目付きは穏やかだった。

    「それは、君の奥さんがそう言ったのかい? 」
    「はい、面白い奴でしょう? 俺に戦場に行くなと言えないからって、《・》を|と言う女です」
    「死なずに帰ってこいってラブコールじゃないか」
    「そんなこと、戦士にゃ無理なことだってくらいは、あれも承知してますよ。俺たちは戦いに生きて死ぬ生き物です。奪った命の分の帳尻を合わせる時がいつかは来る」

     あれだって戦士に嫁いだ女ですから、とテバは目を細めて言う。その顔つきは誇らしげにも見えた。しかし、だからこそリーバルは思う。

     ──本当に、そうだろうか、と。

     リーバルはちくりと胸に疑いの芽が突き出た。
     何しろ本当に戦場で戦士が死ぬのを承知なら、そのかくれんぼの要求は、でなくてはいけないのだ。
     黒くては血の染みた色が見えない。黒い色は銀白の雪の中では陰と地面の色と見分けられない。

     ──雪の白の中で目立つのは、“赤色”だ。

     白い羽根に飛び散った、血しぶきの赤こそが、雪の中に倒れ伏す彼を見つけ出す導になるだろう。もし本当に、この心まで真っ白な男の死体を見つけ出したいというなら、黒い羽毛ではなく「白い羽毛に血を塗りたくって倒れろ」というのが一番の正解だ。

     ──だから、僕ならば「最期までその白い翼を拡げて果ててくれ」と言う。

     この白い羽根が赤く彩をまとって折れない矜持に踊り果てる、その最も美しい瞬間を戦場に刻み付けて死ぬように。戦士は戦いに生きて死ぬ生き物だ。空の支配者と憧れても、大地に足をつけて生きるリト族はやはり空に散ることはできないから、最後まで誇り高くあらんと地に踊るのだ。剣を、槍を、弓を取ったときに、そのさだめを選んだ者たちが、リトの戦士だ。
     リーバルはテバと同じ戦士だから、白を望む。戦場で最も輝く赤色を知っている。
     黒を望むテバの妻という人は、きっとそのような生臭い現実からひたすらに遠いところで護られているなのだろう。あるいは全てわかっていて、それでもまっしろくて仕方がないこの男に、鎖をかけてやったのか。

     ──それならやはり、彼の人は、この男のことをよく承知している。

     やはりテバの妻は、テバのことを心から想っている人なのだ。当の想われている男が少し鈍くても、これほど深くその愛情深さを感じるほどに。美しい心根をしている、思った通りのことだ。予想していた答え合わせをしているようなものなのに、なぜかしらリーバルの胸にはあの、夜の美しさを思っていたときの苦いものが過った。

     ──良い、夫婦だ。良いことじゃないか。

     それを微笑ましく思う胸中の裏側に、さっきに生えたがするする蔦を伸ばしてからみついてくる。心の臓を掴まれているような心地がする。リーバルは、この蔦に棘が生えたら痛いだろうな、とぼんやり思った。

    「あいつは気位は立派に高いが、心配性で、すぐ胸に思い病んじまう。戦場に探しになんて来させたら、雪の下のあるかも分からない血の跡を思い浮かべるだけで、きっと憐れみで一歩も動けなくなっちまうでしょう。だから俺は、ちゃんとあれの近くで死んでやらにゃならんのです。それだけは俺の矜持を天秤にかけても絶対に守りきらなきゃいけない約束事だ」

     まるで正直にテバは夫婦の誓いにも聞こえる話を明かしてしまう。それは聞いているのがリーバルだからだ。リーバルが、彼の真っ白い憧れの先にいるにんげんだからだ。これは、自惚れではない。そうだ、だから、嫌になる。リーバルは自分の好奇心が裏目に出たことをようやく悟って、大きくため息をついた。
     
    「君は……どうして、僕にはそういう風になるんだ」リーバルは唸るように言った。
    「そういう風、と言うと?」分かっていない様子のテバに、リーバルはますます焦れたようになる。
    「君はっ、僕だけにばかりはそんな夫婦めおとの約束事のようなことまで答えてしまうのはなぜだ。なぜだい。きちんと考えてみたことはあるかい。他のリトたちに比べて、いや。君は、君の未来の誰もかれもをおいて、僕にだけ、そんな風にまるで信じたっきりだ!──たしかに僕はリトの誰にも信用されるような高潔な人物かもしれないさ。僕のプライドも、理想も、美しいものだからと憧れることも、良しとしようじゃないか。リトの同胞に許すそれを君だけ許さないとは言わないよ。……けどね!」

     やがて胸中に芽生えた疑いは鮮やかな緑の色をして、リーバルの視線に乗った。

    「けれど、僕が、君の傍に居る人が、君のその底抜けのを許すことと、君が君自身のそのを許しておくことは違う、全然違うんだ。気付かないようだから言ってやる。それがどれほど愚かで、君の周りにいるだろう人を不安にさせることか分かってるのか?」

    「リーバル様がリーバル様だから、では理由になりませんか?」テバはするりと答えた。懸念通りの答えだった。
    「そんなの、あんまりにも、程があるってものだろう!」

     リーバルはとうとう呆れ果てて言ったが、テバは「ほう」と興味深げにつぶやいてリーバルの方をまじまじと見た。

    「何だよ?」リーバルは苛立ちを隠さずにつっけんどんに言って返した。
    「いえ、同じことを言われちまうもんだなあ、と思いましてね」
    「……同じこと?」
    「『』ってところです。俺は、前にもそう言われたことがあるんですよ。昔馴染みの友や妻、それに俺を戦士として鍛えてくれた師にもまた。俺を深く知る誰もが、俺のことを指してと言うものだな、と」
    「そんなの、君が血の気が多くてすぐ無茶をするばっかりな危なっかしい戦士だって、戦う姿を見てれば分かることじゃないか。珍しくもない」
    「そういうところもありますね。だが、リーバル様が仰ったは、それとは“違うもの”でしょう?」
    「……へえ」
     その嘴ぶりに、リーバルはもう少しだけ彼の言い分を聞く気になった。テバは少しばつの悪そうな顔をする。
    「あの、こうは言っても俺がリーバル様の御心を読んだってわけじゃないんですよ。リーバル様よりも前に俺をと言った者たちが、皆同じようにそう俺を説き伏せるから、『違う』ということをそのまま理解しているだけで」
    「それじゃ、なおさらが悪いな」
    「それも、よく言われます」

     はは、と困ったような顔をしてテバは笑う。実際、困っているのだろう。自分を詰る相手が自分のどこに腹を立てているのかは分かっても、どうしてそれが相手を苛立たせているのか、肝心のところをこの男は理解していないのだから。
     ──それなのに、分かっていないのに、手を伸ばそうとするから、この男は。

    「君は、君自身のあやうさを知らないから、簡単に踏みとどまれるだなんて思っているんじゃないのか?」

     しかしテバは、これには頷かなかった。

    「いや。それは少し違います。俺は……俺は、こうしてあなたと共に過ごしてみて、あいつらの言っていたことがようやく分かったような気がしているんですよ」

     その静かな言葉を聴いた瞬間、リーバルはざあっと体中の血の気が引くようなざらざらとした胸騒ぎがした。緑の蔦がまた臓腑にからみつくような。おそらくこの先は聞かない方がいい。蔦が、伸びてゆくから。

    「たとえばね。たぶん───俺は、たとえ既に終わったお伽噺の英雄であろうとも、リーバル様。あなたと共に生きてみたかったと、ずっとそう思っていたんです」
     
     リーバルは知れず息を詰めて、「……僕と?」ようやくそれだけ聞き返した。

    「俺は、あなたと共に生きてみたかった。あなたという戦士の夢が、確かにこの手が届く先にいる時代で、魂を燃やすように生きてみたかった──……」
     
     テバの声は驚くほど静かだった。うつし鏡の向こうにちゃんと自分の姿が見えているかのように。かえって惑ったのはリーバルの方だ。
     リーバルにはその告白がふうっと風に溶けていくように聞こえた。そしてそれと同時にリーバルの胸には啓示が下りたように一つの確信が覆い尽くした。

     ───この男は、もしも今のまま僕と共にあり続けたなら、ただ一人の憧れた英雄への敬慕と理想を胸に燃やし尽くして死んでゆくのだろう、と。

     もし現実に、リトの英傑たるその人と同じ時代に生まれ出会ったのなら。そして請い願ってその人に師事し、その言行に一喜一憂し、けれども心酔はゆるがぬままいつまでも子供のように青々と燃やす理想を遂げんとするならば。

     ───きっとこの男の命の灯火は、強い風の煽りを受けてごうと勢いを増して燃え盛るそのまま、あっという間に尽きてしまうよ。

     それもきっと、師である僕のいないところで、だ。リーバルはそのような折の悪さに奇妙な確信があった。たとえば、どこかの街を賊が牛耳り、そこに住む人々がその暴虐に困窮しているとする。間違いなく彼は怒りに奮い立ってすっ飛んでいくだろう。その白い翼が赤く染まるのも厭わずに、戦士の誇りを取り戻すまで止まない荒つ風になるだろう。
     その敵が、魔物を何千何万と従えていたとしても。諦めきった街の人々が、誰も彼に味方しなくても。彼は一人でも戦い続けるだろう。それが誇り高き戦士のするべきことだ、と。
     傍にあれば引き留められるやもしれぬ。共に戦場へと行ってやることも出来さえすれば、きっとリーバルはテバの命の手綱を取ってやるだろう。だがきっと───その肝心要かんじんかなめの時にどうしても自分はいないのだ。
     たとえ心配して、自分が手が離せない分を先に遣いを出しておいても、その遣いの者が引き留めるのも聞かずに彼は戦場に飛び込んでしまう。そして、その遣いは結局最初の憂慮どおりの彼の訃報をリーバルの元に持って帰る。そんな噛み合わない歯車のような運命らしきを、リーバルはまるで一編の物語でも見たかのように悟ってしまった。
     羽根の上を滑り落ちる雨雫、射手の手を離れてしまった矢のように、指先が掠めても動き出したそれを止める術はない。誰もかも、何もかも後味のむなしい結末だ。哀れにもうるわしき師弟の話とみるならば、だが。
     リーバルには、それらが容易に想像できてしまったのだ。
     さらには自分の中に、それが満更でもないと許してしまう浅はかな心地があるのを見た。

     ──テバが、ただ一つ自分への憧憬を胸に抱いて一途に死んでゆくのが──悪くない、と。

     そんな結末も、いずれ来る別れの惜寂に比べれば然程穏やかに受け入れられるものに感じられる羨望が、そう許しているのを見てしまった。

     ──これが、胸騒ぎの正体か。

     自身がそれほどこの男の掲げる敬慕に骨を抜かれていたことに驚愕するとともに、どこか納得のいったような気持ちもあった。
     苛立ちをぶつけるようにこの男にそのあやうさを糾弾したことも、戦場で輩の下へと駆けつけるこの男の翼にまるで運命のような抗いがたいふしぎな安堵を覚えていたことも、──美しい夜への憧憬を信じ込んでいることも、すべてがこのためだったのだ。
     すべては、夢見る想念に命の限りを傾けてしまうこの男のあやうさに、自分もまた引き合わされていただけのこと。
     
    「──だから、なるほどの言うことは正しかったのだと思ったわけです」

     はっとリーバルは息を呑んだ。
     テバはただ「俺は、“のだと」と繰り返した。
     自分のあさましき心を読まれたかとリーバルはしばし喉奥に浅く息をしていたが、何のことはない。テバは先の「理想に殉じかねない己」の話を続けているだけである。
     どれほどあやぶまれようとも、現にこうして彼自身を客観的に見つめ直すことのできているテバは、決してそのように青い夢に溺れはしないということを証明し続けている。

    「俺はあなたと共に生きてみたかった。その夢が、欠片でも叶った今が、楽しくって仕方ねえんです」

     リーバルがその仮定の空想に自らの凝りついた執心をあばかれて愕然としていることなど、露とも知らぬままテバは敬虔な村童の顔をして照れ臭そうに笑っている。
     
    「こうして奇跡か不思議か本物の英傑リーバル様にまみえて。リト最強の戦士の有り様をこの目で確かめてみて。──俺はやはり、“あなたと共に生きてみたかった”と、つくづく惜しく思うんです」

     俺が、もう百年早く生まれてあなたと同じ時代に生きていられたなら。あるいは、あなたがもう百年遅く生まれてくれていたなら──……。
     テバは詠嘆するように言って、フッと笑う。リーバルは張りつめた表情でそれを聞いた。
     くだらない仮定だと切り捨てるには、テバと過ごしている日々はリーバルの中で安穏とした心地よさと共に深く根付きすぎている。

    「追って、越されて。追い抜かし返して。毎日腕が上がらなくなるまでずっと弓を引いて羽ばたいて、あなたと競ってゆく。──きっと、夢のように楽しくって、命が尽きても足らないくらいの刺激的で面白おかしい日々だ」

     テバはまるで実現の叶わない遠い夢物語を言うようだ。その夢想と今とにどれほど違いがあるだろうかとリーバルは思う。

    「羨まなくても、今だってそうしてるじゃないか」

     これからだってそうするのを続けたって良いと、そう続けたいのをリーバルは言えなかった。夜の闇がそこら中から見つめていた。
     リーバルの指摘にテバは、「そうなんですよ、それがまた難儀なことなんです」と、困ったように眉を下げて笑う。

    「俺はこの過去の世界にやってきて、目の前に世界の存亡がかかった大戦があって、家族の元に帰れる保証もなくって。本当なら、他にもっと心配をして然るべきです。だのに俺は。見て聞いて、肌で感じるすべてが面白くってたまらないんです。本当に、夢みたいに浮かれちまってる」

     テバは眼光鋭くぎらぎらと熱意を宿した目でリーバルを見る。彼は何か沸き立つものを堪えるようにぐっと片手を握りしめ、その拳は彼の上擦る声のように微かにぶるぶる震えている。見つめられたリーバルはぞわぞわと彼の興奮がうつった気さえして、背筋が粟立つような感覚がした。

    「戦いに、リトの英雄への憧れに、何がきっかけにあったとしても、とにかく“熱”がのぼせりゃ、俺っていうにんげんはこうなっちまうと分かってはいたんです。昔っからそうで。──だから、だからでしょうね。俺は、あれと添うと決めたとき、最初に約束したんです」
    「……何を?」分かり切ったことと思っていても、リーバルは尋ね返した。
    「共に死ぬことを。俺はきっといつまでもリトの英雄の憧憬を追う。その生き方を変えられないのだから、代わりに死に方を約束したんだ。俺は、そんな無茶なやり方しか分からん男なんでしょうね」

     はっきりとした答えだった。約束したその日を思い出すかのように遠くを見つめるテバの琥珀の眼が、暗い夜を映している。彼はこの大厄災の狂闇のなかに飛び込んでも、決して進むべき道を見失わないのだと、ふとリーバルはそんなことを思った。

    「……と、ね。ああ、照れ臭い話をしちまった。俺はこういうところがいかんのです。あやういのだと言われてなお、どうにもに引っ張られて動くことを止められない」

     照れを振り払うようにテバが大きくかぶりを振る。

    「だから俺は……やはり、あなたと共にあれたなら、といつまでも思ってしまうんですよ。そして、それこそが、俺をきちんと地に戻してくれるんです」

     最後にそう繰り返して、男は無邪気に笑った。リーバルはとうとう眉をひそめてそれを見た。
     今言ったのと同じことを、町屋の小娘にでも言えばその“まずさ”が分かるだろうに、この男はリーバルを相手にすると、酸いも甘いも忘れた子供のように明け透けになる。何て奴だ、とリーバルは恨めしささえ思った。わかっていたことだ。だがその信が、この男にとってのリーバルの特別さをそのまま表したようにまっすぐで美しくって、目が離せない。

     ──恨めしいが、でも、それが焼けつく己の胸をかきむしりたくなるほどうれしくて、苦しい。

     どうか。どうかこの男には。それを気づかせたい、いや気付かせたくない。胸の内に矛盾した思いが錯綜する。どれだ、──どれを言ったら僕はきちんとこの男の信に応えられる?
     ねえ、と声を出したっきり、リーバルは黙ってしまった。どんな言葉を続けても、それが決して合理な仁慈じんじによったものではないと、この真っ白い男に見透かされてしまいそうな気がして、喉につっかえてしまうのだ。

    「リーバル様?」

     いぶかるようにテバが首をかしげて此方を見る。その視線から逃れるようにリーバルは顔をそむけた。

    「いや……ああ、何でもないよ……少し、空気が籠ってるな」

     言い訳をするように言ってから、雪に閉ざされたへブラ山の膝元にある飛行訓練場にいながら本当に妙に息苦しい熱気を感じて、リーバルは夜風が欲しくなった。

    「ああ、火が強過ぎましたかね。風を入れますか?」
    「いい。僕がやる」

     立ち上がりかけたテバを片手で制して、後ろ手に隠した方の指先でくるりと北風をたぐる。思い切り雪路ゆきみちを通ってきた風が良い。雪礫ゆきつぶてを一緒に連れ込んできて、体温にぬくんだ羽根の上にぽたりと雫をつけるくらいの、冷たい風が。そうして幾つか風の流れを探って目当ての風を見つけると、ぐっと手を握り込んでそれを引き寄せる。
     風が吹き込んだ瞬間に、二人の嘴にひたひたと雪礫がくっついては溶けた。指先で雫をぬぐいながら風を操り勢いをゆるめていく。
     すうっと屋内に風が行き渡ると、頭が冷えて、息苦しさが少しマシになった。

    「ねえ、テバ」
    「はい」
    「……君はさ、」

     ふっとろうそくの火が風にさらわれた。星月ほしつきの明かりのぼうっと青い夜で部屋が満たされる。青白い月光の下で、リーバルの紺青の羽毛は夜闇にとけ込むように深く、暗く、藍にひかった。

    「君の目は、僕のこの翼でも夜と見極めることができるのかな」
    「はい。リーバル様ならきっと見つけてみせますよ。一番大事な……最初の一度ができたんですから、俺はきっとあなたを見失いはしません」

     一瞬少し嘴の端を下げてからそう言い切ってはにかむ男に、リーバルは目を細める。もちろん明かりが落ちていては、鳥目のリーバルからは男の顔は見えない。視覚ではなく、声の調子、伝う空気の振動が、その表情を朧気おぼろげに教えてくれるだけだ。

     ──ああ、僕の今の顔もあちらには見えているのかな。

     どんな顔をしているか、リーバルは自分でもわからなかった。ただ目がぎらぎら光っているだろうことはうっすらと感じた。彼の真っ白い信愛にあてられた目が同じ色をしているだろうと。
     伏せたまぶたの赤白の彩羽は夜の闇に色褪せて、下に隠れた翠緑の瞳がホタルの光るように淡く煌めきをこぼして。ずっと幻に見た戦場の赤い色が目蓋に焼き付いて消えないみたいだ。リーバルと違って、琥珀の眼に青を隠しているこの男には、夜の暗闇のなかでも、その緑がよく見えていることだろう。

     ──ああ、ちくしょう。僕だって、夜を見てみたいに決まっているだろう。

     君と同じものを。君のように。そう言えばきっとこの男はまた、はにかむように笑うだろう。
     だからだ。言ってはいけないのは。それをいつまでもこの男は気付かないで「リーバル様」と言うのだ。
     そしてきっと、彼は見間違えない代わりに、見失うことも決してない。意地を張って、言ったとおりに。また、苦みと喜びだ。相反するのに同時にあるその想いが、今晩二人が話してきたもしもの仮定、ありえたかもしれない夢想と一緒に、リーバルのなかで積もっていく。しんしん、しんしんと腹に落ちては溶けてゆく。あまり降られては、腹が冷えてしまいそうだった。風が、雪を連れ込みすぎたのだ。

    「ねえ。僕もさ──僕も、君と共に生きてみたかったと思うよ」

     そして一緒に死んでみたかったのだ、と言うことは、のど元まで詰まった憧れが許さなかった。

     

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