『愛してるからきみがほしい』「やぁ、カイン」
ネロに作らせたボールいっぱいの生クリームを食堂で食べていたオーエンは、突然、ムルにそう言われて。猫のようなその男を睨みつけた。
「僕は騎士様じゃない。見ればわかるでしょ。とうとうイカれた? ああ、イカれてるのは元からか」
オーエンの言葉にも、ムルはうっそりと笑うだけだ。
「見たらわかるよ。ほら、この、きみの片方の目はカインのものだ」
ぴっと指差すのは、オーエンがカインから奪った、甘い甘い蜂蜜色だ。
「だからなに」
「きみの中に、カインが入ってる」
「そうさ、奪ってやったんだ。嫌がらせだよ。あの時の騎士様の顔ったら、なかったな」
「じゃあ、もう片方の目も入れ替えたら、どうなるのかな?」
空惚けた様子で、ムルが言う。オーエンは一瞬止まり、そしてムルを睨め付けた。
「……は?」
「腕も、足も、内臓も入れ替えたら?」
「僕は僕だ」
「例えば、きみの肉体の容積の『半分以上』がカインの肉体になった、その時はどうなるのかな? 何をどこまで入れ替えて。半分どころでなく、脳以外、全部入れ替わったら? では反対に、身体はそのままでも、脳だけ入れ替わったら? 身体だけでなく、脳も含めて全て、入れ替わったら? その時、『きみ』は誰なの? きみの意見を聞きたいな」
「……。」
「例えの冒頭で、『半分』と言ったけれど、そもそも『半分』だから、と定義するのもおかしい。『半分』じゃないなら、どこまで減れば『違う』ことの証明になるのか? 50%から、じゃあ49%の時はカインじゃないのか? その1%ってなに? 48%なら? 47%なら? そして片方の目、だけなら? きみはカインじゃないの?」
すぅ、とオーエン瞳が細くなる。
「僕は僕だ」
「それは質量や物質の問題じゃないね。精神の問題かな?」
「殺されたいの」
ぞ、とオーエンが殺気だった瞬間、夜闇のビロードのような声が響いた。
「インヴィーベル」
ぎくりと目を見張ったムルの顔が歪み、星空を写したマントも溶け、床でぐちゃぐちゃになって、収束して。やがて、床の上で、ころりと硬質なかけらになった。
オーエンは黙ってそれを見下ろしていた。
食堂の入り口から、シャイロックがゆっくりと入ってくる。
「やれやれ、厄災の傷にも困ったものです」
座ったままのオーエンが、じ、とシャイロックを睨みあげる。シャイロックはかけらを拾いながらにっこりと笑った。
「魔法舎の野良猫が、失礼しました」
「おまえの飼い猫だろ。ちゃんと躾けろよな」
「飼ったおぼえはなかったはずなのですが」
苦笑する様子のシャイロックが、頬の横の髪を撫でて、耳にかけた。
「内緒ですよ」
そう言うと、オーエンの前で、ムルのかけらを口からごくんと飲み込んだ。
さすがのオーエンも驚いて、目を見張る。
「先ほどのムルに、後で聞いてやって下さい。『お前は誰だ』と」
うっそりと笑って見下ろすシャイロックを下から見上げたまま、オーエンが言った。
「お前は誰だ」
「おや、今ですか?」
「お前らって、ほんと気持ち悪い」
「つまらない、よりは、気持ち悪い、の方が褒め言葉でしょうか。光栄です」