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    calabash_ic

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    #キラ門
    Kirawus/Kadokura

    左利き/キラ門「門倉は包丁使うの下手だな」とキラウㇱが手元を覗き込んで言った。まだ芋の一つを剥いたところだった。形の不揃いな芋で、皮が剥きづらく、たしかに分厚く切り落としてしまった部分がある事は否めない。
    「せめてピーラーを使え。野菜が泣くぞ」
     引き出しから取り出したピーラーを手渡され、またシンクに向き直る。皮がシンクにぱたぱたと落ちていく。芽を取るのは苦手だ。隣ではキラウㇱが真剣に玉葱を炒めている。引っ越しの荷解きがあらかた終わり、さて夕飯はどうしようかとなって、「まあ簡単に作れるのはカレーだよな」と言ったのは門倉だ。「たしかにな」とキラウㇱは言って、まだ開けていなかった段ボールからこの芋を取り出した。箱で買っていたのをそのまま運んできたらしい。玉葱も人参も出てきた。結局カレールーと肉だけ買いに出たのでそれだったら惣菜を買っても良かったと思わないでもなかったが、同居して初めての食事が協力して作ったカレーだなんていかにもらしくて黙っていた。
    「スーパーのとこの桜、もう散り始めてたな」
    「あ〜、そうだったね」
    「佐藤さん間に合ってよかったな」
    「ん?」
    「ゴールデンウィークに家族で花見するって言ってただろ」
     佐藤さん、というのはキラウㇱの店の常連客だ。気のいい人物で、門倉と釣りの話題などで盛り上がる事もある。
    「言ってたか?」
    「言ってた。最近は散るのが早いから心配だって」
    「俺のいない時じゃない?」
    「そうかもしれない。門倉ほぼ毎日来てるから」
     剥き終わった芋をまな板に転がし、 人参を手に取る。隣で芋を切っていたキラウㇱが「あ」と何かに気付いて言った。
    「門倉、左利きなのか」
     右手に人参を、左手にピーラーを持っている。無意識だとこうなるのだ。
    「そうだよ」
    「箸は右手で持ってるから気付かなかった」
    「箸と鉛筆と包丁は右手だな。矯正したんだよ」
     口酸っぱく注意していた母の声を思い出す。
    「ふうん」とキラウㇱはまた玉葱を炒める作業に戻った。あまり興味はなかったらしい。
     厳しい人だった。少しでも左手を使おうとすると「利運」と咎め、左手の甲をぴしゃりと叩いた。そういう時代を生きてきた人だったのだろう。トシユキ、トシユキ、とよく叱った。
    「キラウㇱ〜」
    「なんだ」
    「俺の名前、トシユキっていうんだよ」
    「知ってるぞ。リ・ウンだろ」
     キラウㇱは指先で空気に「利運」と書いた。しんにょうの終わりが豪快に跳ねている。
    「それがどうした」
    「いんや、なんでも」
     玉葱の焼ける匂いが濃くなった。換気扇のボタンを押しながら少し笑って、キラウㇱは「早く人参を剥け、トシユキ」と止まっていた手を咎めた。
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    calabash_ic

    MOURNING出会って初めての年末、12月29日の夜
    はじまりにはまだ遠い/キラ門 がらがらと扉が横に引かれ、冷気と共に門倉が入ってきた。肩にうっすら積もった雪を叩いて落とし、慣れた様子でカウンター席の一番奥の椅子を引く。今日はきっと熱燗がいいだろう。水を張った小鍋を火にかけてからいらっしゃいと湯気の立つおしぼりを手渡せば、ああとかうんとか言いながら手を拭き、ついでに顔まで拭いている。軽く吹雪いている中を歩いてきた耳が切れそうなほど赤い。この男が店に来るようになってそろそろ四ヶ月になる。食の好みもなんとなくわかってきた。イカの煮付けあるぞ、好きだろ、と言ってやると「あとは任せるわ」と口の端だけで笑った。今夜は特に疲れている。
    「納めたか?」
    「なんとかな」
     本当なら昨日で仕事納めだった筈なのに、ぎりぎりになってトラブルが続き出社になったと聞いていた。いつものこの時間ならそこそこ賑わっている店内も、他の常連客は既に帰省してしまっているので誰もいない。店も明日からは休みだ。門倉が今年最後の客だろう。疲れ切った目を閉じて背を丸めている姿を視界に入れながら、沸いた小鍋の火を止めて徳利を浸す。いくつかの惣菜を見繕って小鉢によそい、門倉の前に並べる。
    1520