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    rabimomo

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    rabimomo

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    月誕にもwebオンリーにも大幅遅刻の誕生日小話です。
    エリート島シリーズのその後ですが、何となくで読めると思います!(一応冒頭に説明入れました)
    頭空っぽで読める、ひりつく要素0の、恥ずかしいほどラブイチャしてるだけの月鯉です。
    全年齢ですが肉体関係ありが前提の付き合ってる月鯉の話。

    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    エリート島シリーズ④ 月島の誕生日編前作読むの面倒な人向け簡単な設定
    月島:30代大企業勤務。貧困母子家庭から奨学金で旧帝に進学してる苦労人で黙々と努力する人。上司の鶴見から世話を頼まれた鯉登にほぼ一目惚れした。好きな子と後輩には財布を出させない主義。(🐈‍⬛と🐇は除く)(すぐ調子に乗るから)
    鯉登:大学生。父親は事業経営者で何不自由なく暮らす。名門私立の一貫校からそのまま大学まで進学しているが根は真面目。月島は高校生の時に鶴見から紹介された家庭教師兼相談役兼お目付役のような存在だった。将来はアパレル関係の仕事がしたいと思っている。大学進学以降は一人暮らしをしている。(実家もそう遠くない)高校生の頃から月島が好きだったが、20歳を超えて一緒に飲みに行くようになって→晴れて交際に持ち込めて幸せ絶頂期。
    杉元と白石とアシㇼパ:同じ学校(柔道特待生)の杉元と杉元のバイト仲間の白石とは飲み仲間になった。昼間の食事は、杉元と仲の良い高校生のアシㇼパも交えることが多い。鯉登が困った時はとりあえず彼らに連絡を取ることにしている。


    ↓本文は以下からです↓


    「月島の誕生日を祝おうと思っている」
     半個室の焼肉店にて、待ち合わせの時間から五分ほど遅れて現れた白石が席に着いた瞬間に発した言葉に、三対の瞳が一斉に鯉登を見た。
    「はあ? 知るかよ。んなもん、勝手に祝えよ」
     突き放すような口調の杉元に苛立ちを覚え、胸倉を掴んでやろうと立ち上がりかけたが――そこで鯉登は慌てて座り直す。腹を立てている場合ではない、心底困り果てた末に連中を呼び出したというのに。現金な奴らは、『いつもの焼肉屋に集合、奢る』のメッセージだけで駆けつけてくれるが、せめて食事代くらいの働きはして欲しい。
    「まあまあ。そういうのは、本人に聞いた方がいいんじゃない? 変にサプライズ狙うより、月島さんが欲しいものをあげた方がいいと思うけど」
     いいところに勤めてる社会人だと、持ち物にもこだわり持ってそうだよねーと、もっともらしいことを言いながらも、白石の視線は店員の姿を追っている。ちゃっかり若い女性店員を選んでとりあえずビール! と呼びかけるこの男が役に立つのか立たないのか、いつもながらに判断が難しいところがある。
    「……いや。何が欲しいかは、とっくに聞いた」
     月島の身につけているものは、質も品も良いものが多い。本当はさほどブランド物に詳しくなく、実用性重視なんですよと教えてくれたが、それでも月島はそれなりの企業の名を背負って仕事をしている身だ。スーツや靴、財布や時計に至るまで、相応のものを身につけている。洗練されてはいれども主張は強すぎず、嫌味がないけれども上質な月島の持ち物は、ほとんど鶴見に勧められるがままに購入したものなのだという。シンプルで使い勝手が良いもの以上のこだわりのない月島にとって、外行きの持ち物特にビジネスの場で必要とされる物品は、興味がないが対外的に取り繕うためのものでしかなく、つまり月島自身の趣味や好みはまるで反映されていないのだとそのことに気づいてしまった時、鯉登は途方に暮れたのだった。
     鯉登は自分の身につけるものや持つ物にはこだわる質だ。自分の気に入ったものを身につけていなければ、気分も盛り上がらない。自分のファッションにもこだわるが、人のものを見繕うことも好きだ。好きなブランドやテイストがわかれば、相手好みかつ似合いそうなものを考えることも楽しかった。初めて出来た恋人の誕生日に、彼に相応しいと思えるものを贈れればと楽しみにしていたのだったが、しかし物に頓着しない月島とのあまりの落差に気がついてしまったのだ。
     必要なものは一通り揃っている。良いものを持っているだけに、消耗してみすぼらしくなっていることもない。ビジネスとプライベートで持ち物を変えてみたり、その日のネクタイ等のカラーや気分で靴や時計を変えるような使い方はしていない。身につける物を贈りたかったのは子供じみた独占欲もあったのだが、しかし入り込む余地などなかった。
    「何もいらないから、誕生日に一緒に過ごしてくれればそれでいいと言われたんだ」
     何を贈るのが正解かもわからずに困り果て、正面切って聞いてみたのが一週間ほど前のことだ。けれどあなたと過ごせれば他に何もいりませんよと、あの穏やかに響く優しい低音で囁かれ、腰が砕けてしまいそうになったところで触れるだけのキスをされて、抱きしめられ。その後はもう、ベッドの中でひたすら可愛がられて終わってしまった。有耶無耶のままで朝を迎えてそのまま日常に戻ってしまい、途方にくれたからこそ彼らを呼び出したのだ。
    「へえ、鯉登ちゃん愛されてるねえ」
     ピュウ! と口笛を鳴らす白石に溜息を漏らしたところで、杉元の視線が真っ直ぐに突き刺さる。
    「でもさ、確かに月島さんはいい会社に勤めてて、俺たち学生の金で買えるようなものは自分で買えるよな。鯉登は確かに金持ってるけど、言っちゃなんだけど親父さんの金だろ? たぶんそういうのは違うって思ってるんじゃないかな」
     確かに杉元の言葉通りに、鯉登の財布の中に入っている現金は、父親からの仕送りだった。クレジットカードも家族カードで、引き落としは本カードを持つ父親の口座からされている。これでは父親の金で贈り物をしているだけにすぎない――ならば月島にプレゼントを買うなら、仕送りではなくバイトでもして買うべきなのだろうか。
    「ならば、それこそ金ではなく気持ちを込めたらどうだ?」
     男たちの会話になど興味もないと言わんばかりにメニュー表を目で追っていたアシㇼパが、不意に顔をあげた。普段は鯉登たちの話などほとんど聞かずに食事に夢中になっているアシㇼパが珍しく会話に参加をしてきたがために、杉元は満面の笑みでアシㇼパの方へと身体ごと向いた。鯉登など目に入らないと言わんばかりの態度にむっつりと唇を引き結んだが、杉元に目を逸らされたくらいで腹を立てるのも馬鹿らしいかと思い直す。月島にされたのならば悲しいが、月島がそんなことをするはずもない。
    「それはそうだね、アシㇼパさん! 鯉登、お前はそもそも金に頼りすぎなんだよ」
     月島さんなら欲しいものは何でも自分で買えるでしょ、と杉元が口にしたところで不満をぶつけるために開こうとしていた口をつぐんだ。それは確かにその通りで、月島は物欲もほとんどなく、必要に迫られた時にはさっさと自分で購入してしまう。二人で食事をする時にはそれなりの店へ連れて行ってくれるのは相変わらずで、だからこそ逆に誕生日だからと張り切って良い店を予約したところで、あまり特別感もないのではないか。しかも月島は、支払いを一切鯉登にさせてくれない。誕生日にまで食事代を出されてしまっては、誰のための祝いなのかがわからなくなってしまう。
    「……どうしたらいいだろうか?」
     知らず知らずに気落ちしていた鯉登の声は、自ずと普段とは比べ物にもならないほどに小さくなった。鯉登には、どうしたところで恋愛の経験値が足りない。鶴見に対する憧れとも初恋ともつかぬ感情を除けば、恋愛感情らしいものを抱いた相手は月島が初めてで、同性とも異性とも交際経験などない。何もかもが初めての経験で、何が正解なのかも未だによくわからないままだ。月島が大事にしてくれているのだとはわかっているが、だからこそ鯉登も良い恋人でありたいのだが――経験値の足りなさに、果たして自分は恋人らしいことができているのか、月島を満足させてあげられているのかもわからずにいる。ただでさえも大人と子供で、しかも月島には過去に女性との交際経験もある。つまらない、もしくは面倒くさいと思われているのではないかと不安にもなるのだった。
    「やはり王道なら手料理じゃないか? 何でも買える人なら、買えないものの方が喜ばれるだろう?」
     力強く言い切るアシㇼパに、なるほどそれは一理あるように思えた。アシㇼパを誘ったのは正解だったかもしれない。杉元や白石に一般的な男心はわかりそうもない。誕生日の食事会も、杉元は可愛いくまさんのパンケーキを出してくれるカフェで大喜びしているような奴だし、白石など酒が飲めればなんでもいいと言い出す男だ。せっかく共に月島より約一月前に誕生日を迎える彼らに祝ってやるから行きたい店を言えと聞いたらこの回答で、何の参考にもならなかったのだということを思い出す。月島がくまさんのパンケーキや安酒の飲み放題で喜ぶはずもない。こいつらよりも、アシㇼパのほうがよほど男心をわかっているのかもしれない。
    「だが、私は料理など作れんぞ……」
     実家では母親と、通いのハウスキーパーの人が家事をしており、手伝いすらほとんどしたことがなかった。一人暮らしをしてからは、潔癖気味な鯉登は掃除と洗濯は覚えたが、料理はハードルが高く結局は外食や出来合いのものに頼ってしまっているのが現状だ。
    「それならば任せておけ! 鯉登は器用だからな、今から教えても間に合うだろう」
     胸を張るアシㇼパの頼もしい姿に、思わず鯉登は両手を掴もうとして――恐ろしく凶暴な顔をした杉元に手を振り払われ、今度こそ鯉登は腰を浮かしかけた。けれどその瞬間に、白石から肩を叩かれる。
    「そうだ、俺いいこと思いついちゃった! 鯉登ちゃんちょっと耳貸して!」
     おかしな意図などなく、ただ感謝の意を込めた握手にまで牙を剥き出すような杉元への苛立ちは残るが、声をかけられた鯉登は素直に白石の方へと身体を傾けた。この男は全体的に信用ならないが、それでも藁にも縋る思いだったからだ。
     遠慮なく身体を寄せてきた白石は、鯉登の耳元に低い声で囁いたが――潔癖気味の鯉登にとっては、月島ではない相手の吐息のかかる距離など鳥肌もので、その上吹き込まれた内容もあわせて思わずのけぞってしまった。
    「おい白石、ふざけるなよ。月島はそんな低俗な男ではないぞ!」
     ヘラヘラしながら、下品な言葉を平然と口に乗せるこの男の坊主頭を引っ叩いてやりたい衝動を、それでも鯉登は飲み込み、抗議だけにとどめた。こいつは杉元の馬鹿と違って、頑丈には出来てない。さすがに怪我をさせてしまっては後味が悪すぎる。
    「大丈夫だぁって! 男はみんなそういうのが大好きだから!」
     そう、決して奴のこの言葉を信じたからではない。ないのだが、思わず手を止めた鯉登は、数秒の間虚空を見つめながら沈黙してしまったのだった。


    『月島の誕生日は、私の家で過ごしたい』

     そのメッセージを目にした瞬間、正直なところ月島は舞い上がったのだった。
     一回りも年下の、まだ学生である可愛い恋人に、高価な贈り物をさせるような無理はさせたくなかった。故に、プレゼントに欲しいものを聞かれた時には、即座に何も要りませんと回答したのだった。何も特別なことをせずとも、無理に贈り物を用意してくれずとも、一緒に過ごしてくれればそれだけで良いのは紛れもなく本音だ。イベントごとが好きな鯉登のことだから、良い店で食事くらいはしたがるかもしれないとは思っていたが、それも支払いは月島が持つつもりでいた。若い恋人に財布を出させるなど、そんな恥ずかしい真似は出来るはずもない。
     しかし外でのデートではなく、家で過ごしたいとは。もしやプレゼントは要らないと伝えたために、物ではなくたとえばプレゼントは私♡みたいなことをしてくれるつもりなのだろうか――などとおっさんくさい期待を抱いてしまったことを否定出来ない。彼から比べたらおっさんなのだから仕方ないだろうと、胸の内だけで言い訳を重ねていた。欲を言えば普段よりも少し際どい下着姿で、ピンクのリボンを巻いて、ベッドの上でしけどなくポーズをとってくれればなお良い。すけべオヤジそのものな妄想だが、おっさんの願望などそんなものだ。とはいえ何食わぬ顔で真面目に仕事をこなしているときも、可愛い恋人の好む華やかな店で食事をしているときも、秘めた願望などおくびにも出さずに取り繕えている自信はある。月島基は、なんだかんだと言ったところで、仕事にも恋愛にも生真面目に取り組む男だ。
     それでも、誕生日のその当日ばかりは、一欠片の期待を抱いて恋人のマンションのインターフォンを鳴らした。エントランスのモニター越しの鯉登は、玄関の鍵も開けておくから入ってきて欲しいと告げてきた。普段ならば、玄関前のインターフォンも鳴らして鍵を開けてもらっている。防犯的にもその方が安心だからだ。しかし今日は玄関への出迎えがない――ということは、たとえ玄関先でも外に出られないような格好をしているのだろうかと、一気に妄想が加速した。モニター越しの鯉登の顔はいつもより赤らんでいるようにも見えて、それは都合のいい思い込みなのかもしれないが、一気にテンションも上がりそうになり――慌てて深々と息をつく。鯉登からは常々素の月島を見せて欲しいとねだられてはいるが、格好悪いところは見せたくなかった。ましてや、すけべ心丸出しのおっさんくさい姿など論外だ。一発で冷められてしまいかねない。そうしたらこの先何を楽しみに生きて行ったらいいのかもわからなくなってしまう。
     エントランスのオートロックの扉をくぐり、コンシェルジュの常駐する受付と革張りのソファーが並ぶ応接スペースを抜け、中庭の前を通る廊下を抜けてエレベーターの前に立つ。このマンションの家賃はいくらくらいなのだろうか、顔立ちも服装も小綺麗で垢抜けており、一目で育ちの良さのわかるような、しかも美しいあの人が住む場所ならば、このくらいのセキュリティは必要最低限のものだろう。将来一緒に暮らすならば、相応の場所を探しておかねばならないな――いっそ分譲の物件でも購入すべきだろうかと思案に暮れているうちに、あっという間に鯉登の部屋の前へと辿り着く。勝手に入れと言われていたが、念のため礼儀としてインターフォンを鳴らしてから、鯉登の応答を待たずに玄関扉を押した。
     つきしまあ! と、弾んだ声は、リビングの方から聞こえた。寝室で待っているのかと思い込んでいただけに瞬間は面食らうが、明るいリビングで……の方がエロいのは間違いないだろうと気を取りなおす。リビングの扉を潜るその瞬間まで、月島は半裸の鯉登が出迎えてくれるのだと思い込んでいたのだった。
    「思ったより早かったな、月島!」
     振り返る鯉登は、エプロン姿だった。ただし、裸エプロンではなく下にはきっちりと服が着込まれている。エプロンもフリフリのいかにもなものではなく、シンプルながらもおそらく彼の好むブランドのものなのだろうと想像がつくものだ。要するに、チープなコスプレもどきの衣装ではなく、実用的な物であることが一目でわかるような品物だった。そうしてリビングから続くダイニングテーブルに並べられたいくつかの皿に、月島は目を見張った。
     山盛りの唐揚げと、彩りの良い野菜を盛ったサラダボウル。茶碗に山盛りにされた炊き立ての白米が二人分。明らかに出来合いのものではない料理に、ただ茫然とダイニングテーブルの上を眺めることしか出来ずにいた。
    「味噌汁は今よそるから、月島は手を洗ってきてくれ! ……月島ぁ?」
    「えっ……これ、鯉登さんが……?」
     料理は全然出来ないのだと口にしていた鯉登の家には、つい二週間前に訪れた時には調理器具は一切置かれていなかったはずだ。先週は少し忙しいからと鯉登に告げられたが故に、月島もそれならばと土曜日は休日出勤をし夕方から鯉登と待ち合わせて食事をしただけで解散している。年度初日の誕生日に鯉登との時間を捻出するためには、その方が都合が良かったので、特に疑問をぶつけることはなかった。鯉登の方も四月の年度初めに向けて何かと準備もあるだろうし、休みの最後の週末に会っておきたい友達もいるのだろうと、深く詮索はせずに短時間の逢瀬だけで解散したのだったが――まさかその間に調理器具が買い揃えられているなど、想像だにしていなかった。
    「アシㇼパのお父上のご友人、鶴見さんの古くからの知り合いでもあるアイヌ料理やジビエ料理を出している店で、手伝いをしながら少し教わったんだ。まだ何も作れないから、唐揚げは市販の粉を使っているし、味噌も出汁入りを買ってて、大したものは作れていないが……」
    「……何言ってるんですか。充分ですよ!」
     胸の奥がじわりと暖かくなる感覚に、思わず月島は鯉登の身体を抱きしめていた。下卑た妄想をしていたことが申し訳なくなるほどに、鯉登はどこまでも真摯に月島のことを想い、出来る限りのことをしてくれようとしていたのだ。これ以上にあたたかな愛情も、これ以上のプレゼントも存在するはずもない。
     月島は、鯉登よりは自炊をしてはいたが――正確には、学生時代は少しでも節約するために炊飯した白米のストックや半額の肉を買いだめして食い繋いでいたために、簡単な炒め物程度なら作ることも苦にならないが、就職し仕事が軌道に乗ってからはすっかりとそんな時間も持てずにいた。母親もとっくに亡くなっており、暖かな手料理らしいものはもう何年も食べていない。外食ばかりの生活がそこまで苦なわけではないが、人から振る舞われる手料理は、それも愛しい恋人が己のために真心を込めて作ってくれた食事は、別格だ。鯉登の家の玄関先に辿り着くまでは確かに食欲よりも下心の方が優っていたというのに、急に空腹を思い出す。
     思えば、三十越えの立場ある社会人が四月一日という日に全休を取れるはずもなく、半休扱いで新入社員への挨拶と共に最低限の仕事だけは終わらせてから鯉登のマンションを訪れている。昼食も食べずに急いで全てを片付けてきているため、腹が減っているのだということを思い出し――何よりもまずは食事をしようと手洗いを済ませて席へと着いた。
     振る舞われた食事は、とてつもなく美味しかった。市販の調味料を使えば誰が作っても同じ味になるだろうと鯉登は口にしたが、揚げ物は温度管理が難しいもので月島は家で揚げたことなどない。炊き立ての白米はツヤがあり、炊飯器も米も良いものを使っているのだとすぐに気がついた。物のほとんどない月島の部屋で、炊飯器だけは良いものを置いていたが――それは外に持ち出さないものには一切のこだわりを持たない月島が、家の中で使うものの中で唯一こだわって買ったものだった――炊飯器だけは良いものを購入していたことは鯉登にも気づかれていたのかもしれない。よく見れば、キッチンに鎮座する炊飯器は月島の使用している機種の最新型で、しっかり覚えられていたのだろう。それが愛情でなければ何だというのだろうか。
     今までの人生で、誕生日に対して特別な感情を抱いたことは一切なかった。四月一日という日にちは、子供の頃は春休みの真っ最中で、新入学やクラス替えの年はまだクラスのメンバーすらわかっていない時期に終わってしまう。社会人になってからは、年度の初日で慌ただしく、とてもそれどころではない。自己紹介ではエイプリルフール生まれなのかとネタにされ、学年最後の誕生日であることも含めてあまりありがたくはない日に生まれたものだと思っていた。母親はささやかながら毎年祝ってくれたが、暖かな記憶などそのくらいしか残されていない。
     けれどこのややこしい日を、最愛の恋人がここまで盛大に祝ってくれるのならば、悪い気はしない。むしろこれほど楽しく幸せな誕生日など初めてのことかもしれない。
     くだんの店で分けてもらったのだというイクラの醤油漬けも出してくれて、月島は無我夢中に食べていた。元から白米があればおかずはそれほど必要としない方だったが、唐揚げとイクラなどという米に合うおかずを用意されては、食が進むのは必然だった。二杯目がよそわれた茶碗を空にしたところで、鯉登の呼ぶ声にふと顔を上げた。
    「月島ぁ、まだ腹に余裕はあるか?」
    「もちろんです!」
     このままテーブルに並べられた料理だけでも充分すぎるほどだが、まだ何か出てくるのかと気持ちは上向く。確かに先程に比べれば空腹感は薄れてきているが、可愛い恋人がわざわざ用意してくれたものを断るなどという選択肢は存在しない。
     食い気味に発した返答に、鯉登は柔らかく目を細めてから、立ち上がった。冷蔵庫を開けて――今までは酒とつまみ、それからミネラルウォーターしか入っていなかったはずのそこから取り出された、大きな皿の上に乗せられているものに釘付けになる。
     それは、生クリームと苺がふんだんに乗せられた、ホールのケーキだった。ご丁寧にハッピーバースデーのプレートまで飾られたそれは、パテシエの繊細な飾りつけというよりは、素朴でシンプルなものだった。
    「えっ、まさかこれも鯉登さんが……?」
    「……っ、そうだ。あまり見栄え良く出来なかったんだが……」
     何せ、初めてだから。
     いつでも堂々としていて、自信に満ち溢れているはずの鯉登が、気恥ずかしそうに目を伏せ気味に口にする様に――ドッと、目の奥が熱くなる。
    「えっ、月島? あっ、そういえば月島は甘いものは苦手だったよな? これは私の自己満足だから、見るだけでいいからな! 食べられないなら、私が食べるから……!」
     緩みかけた涙腺に、鯉登は真っ赤な顔で、慌てたようにケーキの皿へと手を伸ばそうとした。不要なものを押し付けられて困っていると誤解されたのだと、そのことに気づくより先に皿へと手が伸びた。
    「――何言ってるんですか。全部俺が食べますよ」
     咄嗟に、皿の両端を掴んで引き寄せる。子供みたいなことをしている自覚はあったが、恥も外聞もどうでもいいとさえ思った。鯉登の前では完璧な恋人でありたいというささやかな矜持さえ吹き飛ぶほどに、夢のような光景を独占したいと願ってやまずにいた。
     俺の、俺だけの。
    「……俺、ホールのケーキなんて初めてで」
     無防備にこぼれた言葉は、いよいよ子供じみていた。ハッと目を見張る鯉登の視線に居た堪れなさを覚えながらも、一度吐き出してしまった本音を握りつぶすことは出来なかった。
    「誕生日には、母親はスーパーで小さなケーキを買ってくれましたが、ケーキ屋のケーキなんてとても無理でしたから。作る余裕もなかったですし……」
     だからこれは、本当に生まれて初めて、自分だけのために用意された、ホールのままのバースデーケーキだ。こんな年になってみっともないとは頭の片隅で思えども、子供の頃にはついぞ得られなかったその光景に胸が熱くなる。無理に祝ってくれずとも、この日を共に過ごしてくれればそれで充分だと思っていたというのに、自分で思っていた以上にわがままだったのだと思い知らされる。少なくとも、このケーキとこの人だけは独占してしまいたいと強く願うほどには。
    「月島ぁ、さすがに一人でワンホールは無理ではないか?」
     型もレシピも一人用のサイズはなかったのだと気まずそうに告げる鯉登の言葉通り、ゆうに直径で十五センチはあるケーキをワンホール一人で食べきるのは、確かに厳しいのかもしれない。あの甘いものをこよなく愛する鶴見ならば、朝昼晩と食事代わりに食べて食べ切ってしまうかもしれないが、米のない食事など月島には耐えられる気はしない。
     ただそれは、冷蔵庫で保存出来る日数で食べ切るならばの話だ。
    「大丈夫です。ケーキはワンカットずつラップに包んで冷凍保存出来ますから。鶴見さんの出張中に生菓子を貰った時は、いつもそうやって保存してるんですよ。いない間に食べ切ってしまうと、あの人拗ねて面倒くさいので」
     月島の言葉に、鯉登もふっと苦笑いのようなものを浮かべているところを見るに、彼にも心当たりがあるのだろうか。社内でだけならばともかく、鯉登の家でまでわがままを通しているのだとすれば本当に困った上司だ。とはいえ悪くは思われていないのならば、そこも愛嬌で乗り切ってしまえる鶴見の人徳なのかもしれないが。
    「作られたのは鯉登さんですから、今日は二人で食べましょうか? でも残りは全部俺のものです。持って帰って大事に食べますから」
     この幸せの象徴を家に持ち帰り、大事に大事に楽しみたい。職場に持って行って昼食後に食べるのもいい、出勤中にある程度解凍されるだろうし後は休憩室の冷蔵庫に入れておけば昼にはちょうどいいだろう。世界中に自慢したいほどに可愛い恋人の愛情が込められたものを、誰かに分け与えてもいいと思えるほどの寛大さなど持ち合わせていないが、それでも自慢してやりたい気持ちはある。甘党の上司に見つかれば絡まれるだろうが、絶対に一口も分けてやる気はない。
     ケーキと、ケーキを前にした鯉登の写真を思う様に撮影し(鯉登からは誰が主役なのかわからないと抗議されたが、自分の写真など欲しくないのだから仕方ない――鯉登のスマートフォンに一枚だけ撮られた写真だけが月島が写ったものになった)、甘く柔らかな鯉登の愛情を口に運んだ。ケーキを口にしたのは久しぶりのことだったが、見た目からの想像よりも甘さは控え目で、スポンジも柔らかで軽くしつこさはあまり感じられない。苺の自然な甘さが引き立てられているそのケーキは、月島が今まで食べたどのケーキよりも月島の好みに合っていると感じられた。
    「すごいですね、これ甘すぎなくてとても美味しいです」
    「良かった、なるべく甘さを控え目にしているレシピを選んだつもりなんだが、砂糖の分量が少なすぎると膨らみにも影響するらしくて、あまり月島の好みに作れなかったかもしれないと心配だったんだ」
     一応、生クリームは減らせるらしいからそっちは控えてみたのだが、とはにかむ鯉登に、またもや心臓を鷲掴みにされるような心地だ。どこまでも、月島のことばかりを考えて作ってくれたのだというその事実に、何度でも目頭が熱くなる。大切に育てられ、家事などしたことのないこの人が、自分のために奮闘してくれたというその事実だけで満たされるが、話を聞くにたかが数週間の間にここまでのものを作れるようになるのはさすがだ。鯉登の話では、家庭料理は味や火加減の微調整に慣れが必要だからと市販の調味料で味を整えることが出来るものを選んだが、菓子作りはレシピ通りに分量を計りオーブンの温度と時間の設定さえ間違わなければ火の加減も覚える必要がないので、コツを掴めばそう難しくはないとのことだったが、初めて作って何もかもが上手く出来るはずもない。もちろん鯉登が器用なせいもあるだろうが、月島のために一生懸命に練習してくれたのだろうとは聞くまでもないことで、この人のことを、今まで以上に大切にしなければとより一層強く決意を固めるのだった。
    「ところで月島ぁ、今日は食べ終わったらゆっくりしよ? 先週は少ししか会えんかったから……」
     後半は語尾が小さくなり、俯きがちな鯉登の頬は赤い。鯉登の美しい愛情におっさんの下卑た妄想など打ち消されかけていたが、上目遣いの艶っぽさに一気に飢えを思い出す。腹は満たされた、精神的にも充足を得られているが、けれど二週間のお預けを喰らった身体は飢えたままだ。
    「そうですね、今日はまだ時間もたくさんありますから、ゆっくりしましょう?」
     がっついているように見えないよう、なるべく平静に言葉を紡ぎながらも、目線は寝室のある奥の間へと走らせれば、真っ赤に頬を染めた鯉登の指先が月島のてのひらを僅かに掠める。
    「今日は、月島の誕生日だから……好きにして、良かよ?」
     そうして発せられた小さな小さな囁き声に、月島は天を仰ぎながら今日という日に感謝をするのだった。
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