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    こみや

    @ksabc2013

    こみやです!
    杏千界の片隅で細々とやってます

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    こみや

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    ただの思いつき
    原作沿い
    兄上死後

    #杏千
    apricotChien

     千寿郎には誰にも言えない秘密があった。何より大切で、信頼している兄にも決して言えない。
     そのくせ「兄上、」と書き出す手紙を、箪笥の奥の奥、余所行きの着物をしまい込み、虫干しの頃にしか触らない底へと隠していた。
     決して抱いてはならない慕情を綴ったものだ。
     あまりに抱え込むことが苦しく、呻くように吐き出しただけのものだった。

     それを取り出したのは、兄の初七日も済んだ頃だった。
     ちょうどこの朝、荷が届けられたのだ。兄が柱になって以降移り住んだ炎屋敷に納められていた私物のすべてだという。
     届けてくれたのはその屋敷付の隠たちだった。
     道中、普段の兄を何度も思い出したのだという。これにて片付けは終わりましたと頭を下げる彼らの目は真っ赤に腫れ上がり、その痛ましさに千寿郎もまた涙をこぼし応えた。
     いいや、そういえば彼らの顔は初めて見た。葬式はそれこそ柱の面々、かつて同期だったという者、以前世話になった隊士だの初見の者で溢れていたが、はてただの喪服で訪れていただろうか。
     思わず尋ねた千寿郎に彼らは首を振った。急ぎ屋敷の片付けをしておりました。不義理で申し訳ないことです。
     そう聞いてますます深く頭を垂れた。何度も何度も。
     彼らを見送る際ですら、その頭が上がることはなかった。

     だがいざ形見を拝もうと荷をほどいて驚いた。まず一番上に千寿郎へと宛てられた手紙があったのだ。
     見間違うはずもない。兄の字だった。
     ならばかの任務に出立する間際に書いたまま出せずじまいだったか。首を傾げながらも手に取り、その下に重ねられた紙切れに目がいった。これは知らない字だ。

     箪笥の奥底に御座いました
     中身は検めておりません

     とたんに胸の奥がざわついた。もしや遺書であろうか。兄も昔口にしていた。かような生活だ。皆自ずと遺書を託す。
     兄もまた産屋敷家に預けていると聞き、そんな縁起でもないとその場は納めたが、こと生前は千寿郎に心を砕いてくれていた兄だ。別途したためていたのかもしれないと至ると、手紙を開く手が震えた。
     だが建前を並べた遺書であればどんなによかったか。
     一行、二行と目で追ってとっさに視線を引き剥がした。
     開け放ったままの障子の向こう、悲しいほどに空は青く、兄のいない世界はそれでも美しい。
     それを目に焼きつけ、夢ではないと飲み込んだところでまた視線を落とした。
     信じがたい思いで時折目が滑る。それでも最後まで読み切り、感慨に耽る間もなく千寿郎は自身の箪笥へと飛びかかった。
     一番下の引き出しだ。それを抜き落とす勢いで開け、きちんと畳んだ服を荒らしに荒らして一通を取り出した。
     わからないはずがない。千寿郎が出すつもりも毛頭なく書き乱した兄への手紙だ。
     それと兄の手紙を畳に押し広げた。
     ああ、と今度は重なる驚愕で腰が抜けそうになった。
     まるで同じことが書いてあった。まさに兄弟だ。見た目もよく似ていると言われてきたが、その実中身までもよく似ていたらしい。同じ想いを同じように抑えに抑え、されど堪えきれぬと筆の先に吐き出した。決して相手にも、誰にもわからぬようにと箪笥の奥底へと押し込んだ。
     兄の誤算はただ、自身がこんなにも早くこの世を去ることになるとは思わなかったことだろう。どうせなら柱を退く時にそっと捨てるか燃やすつもりでいたのだろう。千寿郎もゆくゆくはそうするつもりであった。
     だが何という不幸だろう。千寿郎だけがその秘密を知ってしまった。兄はもはや知るすべすらないというのに!
     それを嘆き悲しみ泣き伏した。通じ合いたいなど思ったことはない。ただひたすらに控えめで、それでいて自分勝手な想いだった。そしらぬふりで兄弟の顔をしながらあらぬ想いを胸の内に納めていた。
     千寿郎は。そしてその兄も。
     ならばどう供養しようか。思っても未だ呆然とした頭ではとんと思い付かず、やがて重ねて、丁寧に箪笥の奥にしまった。読み返しはしなかった。ただの文字となった遺想より、今は兄がもうどこにもいないのだという絶望の方が深かった。

     だが恐ろしいことに、人の死というものは次第に影を薄くしていく。兄の訃報を受け取った日、それこそ身も心もばらばらになり、二度とまともな成りでは生きていけないと悲しみに暮れたはずなのに、四十九日を過ぎ、納骨を終え、ついに初盆を迎える頃になると、千寿郎は降り注ぐ日差しに目を細め、兄と過ごした昨夏を愛しく思い出すほどになった。
     今年はいつもより暑い。そう触れあった笑顔は真夏の白い日差しに朧で、またそれすらも瞬く間に過ぎ去っていく。
     気付けば、夏の衣も片付ける頃になっていた。
     そこで再び取り出したのだ。重ねたままだった手紙を。
     不公平だ。今一度兄の手紙を読み返し、ようやくそれを思いついた。千寿郎は知った。だが兄は知らない。ならば届けてやらなくては。
     思い立つが早いか、箒を手に庭の落ち葉をかき集めた。すでに気の早いものたちが風流を飾っていた庭はあっという間に片付き、こんもりとやや小ぶりの山が出来上がった。
     そこに火をつける。これを教えてくれたのも兄だった。芋を焼こうと二人でせっせと落ち葉をかき集めたのだ。もう少し秋の進んだ頃だったか。
     ああ、芋。思ったところにちょうど父が部屋から出てきた。芋でも焼くのかという。ならばと使いを頼んだ。父を使いにするなど何ということか。さすがの兄も多少難儀を示すだろうか。
     だが千寿郎にはやらねばならぬことがある。火がほどよく燃え上がり始めた頃を見計らい、持ち出した手紙をくべた。己のものとともに。
     薄い紙だ。あっという間に炎をまとったそれは、すぐそばから黒く脆いものへと変わり崩れ落ちていく。
     兄の字も、己の字も。互いに秘めた想いも。
     重なったまま燃え上がり、はらりと欠片を風に奪われていく。
     だが千寿郎の目はそこから立ち上る煙へと移っていく。
     燃えた紙のように黒い煙は灰へ、そしていつしか白く様を変え、すうっと天へと昇っていく。それを見届ければならないのだ。きちんと兄に伝えるために。
     自分が知るならば、また兄も知らなければならない。愛しい恋しいと未だ思いながらも決して、生まれ変わりだの巡りあいだの何も高くは望まず、ただ今生きている千寿郎が抱えたものと、知ったと言う事実を伝えなければならない。
     その一心で煙を見つめる。手紙はすでに燃え尽き、炎の中でもはやどれであったかもわからない。
     だが届くには今しばらくかかるだろう。少しずつ火を落ち着かせながらも考えていたところにちょうど父の帰ってきた気配がある。
     振り返るとその手には丸々と肥えた芋があった。
     あの日、焼こうと兄が持って帰ってきたものにとてもとてもよく似ていた。
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