残業本部の地下、薄暗い部屋に掛けられた薄型テレビには、ハワイの真っ青な空と弾ける波、ダブルレインボーが次々と映し出されていた。チカチカと輝く原色の画面が眩しくて、チンはそこから目を逸らすと盤面を睨む。
「自分の番だって忘れちゃった?」
「忘れてないよ」
もじゃもじゃの髭面を一瞥して、さっとコマを動かした。ナイトを右へ。
「うん、そうくるか。じゃあ」
すかさずルークでナイトを取られ、チンは腕組みをして呻いた。
「……やるねぇ」
「まぁ、前から得意だしね。チンは弱くなった?」
「なんだって? 俺だってまだそんなに鈍ってないぞ。これでどうだ」
クイーンで睨みをきかせながら、ポーンを前へ。
「だめだめ、そんな様子見の手じゃ。これでチェック」
そう言いながらジェリーがビショップを大胆に動かして、延長線上にキングを捉えた。
「おいおい、性急すぎないか?……あれ」
「わかった?」
「うわ……ここのポーン動かしても3手先で詰まるし、こっちのルークをここに持ってきても2手で詰まる……」
「悪あがきは無駄だよ」
「なんてこった。こんなに早く負けるなんて」
「すぐ負けを認められるのは上手い証拠だよ。スティーヴなんてこの前、どうやったってもう負けなのに諦めなくて。最後にはキングを俺の駒で囲んでた」
「目に浮かぶよ」
笑い合っていると、チンのモバイルが鳴った。にやりと笑ってジェリーに画面を見せつける。スティーヴと書かれた表示にジェリーも笑った。
「チンだ。……あぁ、すぐ行けるよ、本部にいるから。君たちこそ本部で残業してたの? ……あぁ、俺はジェリーのとこ。……え? ふぅん、いいよ。じゃ、後で」
「なんて?」
チンが眉をひそめながらもニヤニヤと笑っているので、ジェリーが思わず聞くとチンが笑いながら答えた。
「事件があったらしくて、本部に来てくれって言われたんだけど。地下にいるって言ったら、すぐ来なくていい、10分後に来てくれって」
「それって……」
勘の悪いジェリーでも、あの二人が最近付き合い出したことは知っていた。なにせ、あのルーが気付くくらいだ。特にダニーが人前でのスキンシップを過剰に避けるようになっていて、逆に見ているこっちが恥ずかしいくらいだった。
それでも愛し合っているであろう二人が、こんな遅くにオフィスで二人きりで残業していて、しかもすぐ上がって来るな、とは。
ジェリーも困ったように笑った。
「どんな残業だったんだか」
「すぐに行くのは野暮だよなぁ」
「じゃ、もうひと勝負できるんじゃない?」
ジェリーが嬉しそうに駒を並べ始める。
「そうだね。今度は勝つよ」
「どうだか!」
笑顔の二人を見守るように、モニターに映ったサーフガールが満面の笑みを称えていた。