踊ってください、愛し君「あれが例のターゲットか」
「そうみたいだな。さぁて、どうしてやろうか」
帝国のとある貴族邸にて。一時期帝国とクロスベルを行き来していた偽ブランド商がこの屋敷にて開かれる夜会に紛れてどうやら密談を行うらしい。そこでクロウとリィンには穏便な形での取り押さえるという依頼が舞い込んできたのである。相談した結果、ターゲットが女性である事とクロウ曰く二人そろって見目もいい事から凝った変装は必要ないだろうという事になった。ただリィンの場合は顔と名前を知られすぎているので、一工夫必要だとクロウの手によって好き勝手され。ラウラやユーシス、時間が出来たからと顔を出したミュゼの審査を受けてようやく目的地に辿り着いたのだが。如何せん、そこまでの振り回されたこともあって少々疲弊していた。潜入捜査に男二人は流石に目立たないだろうかとは思ったものの、その手のプロから珍しい事ではないとのアドバイスをもらったので女装させられるよりはましかと腹を括った。
「依頼はこっからだぜ、頼むぜ、ローデリヒ君?」
「ああ、こちらこそ頼むよ。ジークフリードさん?」
その呼び方はやめろ、とクロウはため息をついた。潜入の為に態々用意した偽名だったがこれに関しては正直彼も異議を唱えたかった。なんにせよ、それも全てこの調査が終わってしまえばいいだけの事。早くこの名を名乗る事から解放されることを願いながら二人は屋敷に足を踏み入れたのだった。
「……囲まれているな、あいつ」
いざ夜会が始まると、クロウは特に人の目を引きやすい事もありすぐに囲まれていた。あしらいには慣れているのだろうが、リィンは正直気が気でなかった。基本的に彼の性癖はノーマルだ。何をどう間違えて自分に惚れたのかは彼にも一切見当がつかない。だから女性と仕事でとは言え話している姿を見ると、自分が同性である事に気後れしてしまって自信を持つことが出来ないでいた。
「そろそろ彼女も動き出すか」
クロウを横目に、気付かれないよう彼女を監視する。そろそろダンスが始まるか、そんな頃合いになるとターゲットは動き出した。こちらも追わねば、と動き出そうとすると、どこからか腕を引かれた。後ろには先程までに女性に囲まれていた筈のクロウがいた。流れるように手の甲に口付ける。するとしたり顔でこういうのだ。
「Shall we dance」
ふと目が合うと、彼は一つウィンクを飛ばす。う、と言葉を詰まらせる。流石に男二人は目立つだろうし、何よりターゲットを負わなくてはいけない。
「ターゲットはどうするんだ?それに二人とも男だろう?」
「ああ、さっき偶然ゼリカと出くわしてな。あいつに任せときゃどうにかなるだろう。んで、お前は女性ステップも出来るって聞いたし。返事は?」
クロウの言葉に、リィンは頷かざるを得なかった。
――距離が、近い。腰を支えられている事もあって目線を間近に感じる。緊張してずっと鼓動がうるさい。目が合うと愛おしそうに微笑むのだ。
「っと、ゼリカの奴取り押さえたっぽいな。……リィン?」
「えっ、ああそうだな」
そこまで頭が追いついていなかったリィンは今足を踏まないようにステップするだけで精一杯だった。
「っくく、すごく緊張してやがるな?」
「あ、当たり前だろう!覚えていたのは否定しないが、まさか行き成りやる事になるとは思わなかったんだ」
それでもリィンは一度もステップを踏み間違えてないのだから大したものだと、クロウは思う。回るたびに靡く特徴のある黒髪が、彼の目と心を奪う。周囲の事に気を配っていないと自分がどうなるかが予想付かなかった。
「そろそろ曲も終わるな。身柄引き渡しに行こうぜ」
顔を真っ赤にしながら頷くと、そのまま手を引かれて会場を後にした。
「フフ、依頼達成だね。ありがとう、クロウ君もリィン君も」
アークス越しにオリヴァルトから礼を言われ、正規軍に引き渡すとそのまま今回の依頼は終了となった。真っ赤になった顔は冷めぬまま、屋敷を後にした。勿論、一部協力をしてくれたアンゼリカにはからかわれもしたのだが。
「リィン、いい加減落ち着いたか?」
「……まあ、流石に」
一度深呼吸して落ち着いて改めて目を合わせる。――さっきの甘さはまだ余韻を残しており、再びリィンの顔に熱が集まった。
「ったく、可愛いな」
「え……?」
「お前さ、さっき寂しそうに俺を見ていただろ?」
お見通しか、とリィンは更に冷静になってため息をついた。より一層愛しさを隠さないクロウは額と唇にキスを落とす。
「やっぱ後で抱くわ。いつもと雰囲気違うお前を抱けるってのも悪くねぇ」
覚悟してろよ、と耳元で囁くクロウにリィンが逆らえる筈もなく。翌日リーヴスに帰ったのは最終列車だった事だけは、ここに記しておく。
【終】