誓いの環をその指に「買って、しまった……」
十二月もまだ初旬、たまたま帝都に出たという理由だけで散策して見つけたシンプルな指環。ああ、あいつに似合いそうだと思ってうっかり買ってしまった物だったがこれを渡せる程の関係でもないという事は彼――リィンも分かり切っていた。一応、お付き合いしている関係ではある。だが余りにも空白の時間が長すぎた事、戦後の事後処理に追われて時間が取れない事が相まってしまい未だ実感が湧かないのが現実であった。だからこれは余りにも早すぎるというもので。そっとコートのポケットへと仕舞ったのだった。
「やべぇ、買っちまった……」
同時期、別の男もまた同じ事をしていた。たまたま見つけた最低限の装飾しか施されていない指輪。ああ、あいつの指にはめてしまいたいだなんて思っているうちに買ってしまった代物である。お付き合いを始めてそろそろ三か月、今度こそ手を離さないと誓ったものの状況がそれを許さなかった。彼らは別々の場所で必要とされ、帝国内を東奔西走するような日々である。言ってしまえば魔が差したようなものだと、彼――クロウは思う。なんせ相手は天性の朴念仁で人タラシ、所有痕の一つや二つ残しておかねば相手が近寄ってくる始末だ。その状況に頭を抱えていたのは事実だが、かといってここまでするつもりはまだ毛頭なかった。
――だが状況は月末に一変する。
≪え?リィンの行方?うーん、いつものとこだと思うんだけどなぁ≫
十二月三十一日。朝から全く捕まらなかったリィンの行方を尋ねれば、皆揃って同じ事を言うのだ。――ヒンメル霊園。クロウの墓が“ある”場所だ。しかし何故今更、とも彼は思う。今自分はこうして生きている。だからあの何も入っていない墓を訪ねる必要などどこにもないというのに。
≪クロウ、案外分かってない。リィンにとってはその程度じゃすまない≫
様々な面々から窘められ、背中を押され。サイドカー付きの導力バイクでやって来たそこには確かにリィンがいた。
「リィン」
そう声を掛ければびくりと背中を跳ねさせた後、彼は後ろを向いた。目が合うと、何かに安堵したように目尻を下げて笑う。余りにも酷い顔色でそんな事をするものだから、クロウは堪らなくなった。
「皆から聞いてきたのか?」
「ああ、今日なら絶対ここにいるってな」
「まだあの時の事をうまく処理しきれてないんだ、すまない」
それも当然だ、とはクロウも理解している。だがこのままにしておけばそのうち消えてしまうかもしれない。そんな焦りが出てきた時、ふと自分が買ったものを思い出す。リィンの隣にしゃがむ。
「手、出してくれよ」
左手な、と言えば彼は恐る恐る手を出す。ポケットにしまっていた箱から中身を取り出して薬指に嵌めれば驚いたように目を見開いた。
「お前が消えちまいそうだったから。こうすれば繋ぎ止められねぇかなって」
「クロウ……」
嵌った指輪を眺めながら、自分のポケットに入っている代物をリィンもまた思い出す。今ならチャンスじゃないかとポケットから同じように取り出す。
「俺からもあるんだ。左手を出してくれ」
「へっ?」
クロウは予想してなかったのか、脳が処理しきれないままとりあえず左手を出す。薬指に通された冷たい感触で手に目を向ければ、クロウが嵌めた物とはまた違うシンプルさを持った指輪がそこには嵌っていた。
「クロウもすぐ何処かへ行ってしまうからな。だからこうして繋ぎ止めないとダメだろう?」
余りにも同じタイミングで、二人は笑った。ここまで考えている事が似ていて渡す理由も似通っている。互いに敵わないなと思いつつ、クロウはリィンの腕を引いて立ち上がらせる。
「ここで誓う事じゃねぇけど。でもお前からその不安を払拭するためだ。考えてる場合じゃねぇな」
「クロウ?」
「病める時も健やかなる時も。どんな時であっても俺、クロウ・アームブラストはリィンの手を離さない事を誓います。……お前は?」
当然のように誓いの言葉を言うクロウに驚きを隠せないでいたが、リィンもまた気持ちは決まっていた。
「俺、リィン・シュバルツァーは。やめる時も健やかなる時も。隣に居続ける事を、逃げられても追いかける事を誓います。……これでどうだ?」
「ん、いいんじゃね?もう逃げたりしねぇけど」
そうして誓われたこれからを、二人は運命的で衝動的に買った互いの指輪と共に生きていくのだ。
【終】