Wonder2 爽やかな風が、コンコースを吹き抜ける。
JR秋葉原駅中央口改札前。
天井が高く開放感がある上、改札の前の壁沿いに立てば、待ち合わせに最適だ。
聖地巡礼者、外国人観光客、予備校生、チラシを配るメイド、普通に家族連れなど、さまざまな人種の坩堝と化した電気街口ではなく、こちらを待ち合わせ場所に選んだ自分勝ち組…多分。
五月半ばの日曜日、気温、湿度とも申し分ないはずだったが、ポップとの待ち合わせ時刻が近づくにつれて、俺はだらだらと変な汗が背中を流れるのを感じていた。
まずい。緊張してきた…。
これ以上、改札方向を見続けることなどできはしない!
落ち着け、とりあえず、かわいいもののことでも考えよう。オリゼーとか、猫とか…。あ、少しなごんできた。
いや待て!!かわいいと言えばあれだ、「魔法☆学園☆守護天使フォーチュンポップ」に決まっているだろう!
『魔法☆流星路(マジカル☆スターゲート)☆オープン♪』
マジカル☆スターゲートが開いて、フォーチュンポップが俺に向かって駆けてくる。
今日もかわいい、最高だ
「よっ!」
「うわ!!」
現実と妄想のシンクロ率ほぼ100%…。リツコさんもびっくりだ。
スターゲートとはすなわち改札か?
ホームからここまで、よほど急いできたのか、ポップは息がはずんでいる。
「ごめん、待たせたか?なんか目の焦点あってないけど…」
「いや、俺も来たばかりだ」(嘘です。一時間前に着いてました)
「そっか」
見上げてくるその笑顔を、脊髄反射的に保存した。
脳内ポップ専用フォルダの容量はスパコン並みだと自負している。
俺の大好きな「マジ☆ギム」(絶賛放映中)のヒロイン「フォーチュンポップ」のコスプレで俺の前に現れたあの日、あの夏の祭典での出会いから、いろいろいろいろ(以下略)あって、いまや共に聖地巡礼をしようと誘われる仲に。(嘘です。秋葉よくわかんねえから案内してくんない?と言われただけです)
ちなみに、ポップは立派な大学生男子だ。
ぶっちゃけありえない話だが、本当なのだ。
「ん?どうしたんだよ」
いかん。まじまじと顔をみつめすぎた。
「いや…今日もポップは…かわいいな…と思って」
と、つい脳内台詞がだだもれしてしまった。
「な、何、突然言ってんだよ」
口調は乱暴だが、ポップの頬にさっと赤味がさす。
かわ、いい。
「まさに2.5次元の天使…」
「3次元だろ!百歩譲っても!」
あ、怒って行ってしまった。
オープンしたばかりのアキバ・トリムの向かい、東西自由通路(この「自由」というネーミングはなんなのか)を抜けて、電気街口側に出る。メイドさんたちが待ちかまえ、ビルの巨大看板を見あげれば美少女キャラ達がほほえみかけてくる。もうそこは立派なアキバワールドだ。
「メイドさんって実在するんだなー。まあ会場ではよく見るけど」
ポップが感心したように呟く。
ポップは、友人である姫宮レオナに頼まれて、レオナの超大手同人サークル「王女と下僕ども」の売り子のバイトをしている。祭典に集う猛者たちを相手にして免疫があるのか、たむろするアキバ系男子連中にはあまり驚いた様子はない。本人は少年マンガを読む程度の一般人なのに、バイトとはいえナチュラルに魔法少女コスをしてしまうあたりなかなかの大物。(本人はファーストフード店の制服くらいの意識だったと思われる)そんな本人の自覚はともかく、そのコス姿は前代未聞の素晴らしさであり、その作風はさておき、ポップに「フォーチュンポップ」のコスをさせた点において、俺は姫宮レオナを高く評価している。
有難う、姫宮レオナ。
駅前のメイドさんたちは、十人近くいるだろうか。狭いスペースなので非常に高密度。それぞれ可愛らしいメイド服で、手にはチラシ。にこやかに笑顔をふりまき、お店の宣伝に余念がない子もいれば、所在なくたたずむ子、謎の着ぐるみもまじっていたりして、すでにカオスだ。
ポップがちらちらとメイドさんたちに目をやりながら言う。
「なあ、ニーソックスってやっぱいいもん?」
いや、俺は黒ストッキング派だが、ポップ、お前がはいてくれるなら、俺はニーハイ萌えにもなろう!!
「あ、やっぱいいわ」
実際に口にしてないのに読まれた。目が語ってしまったようだ。
そういえば、四月からスタートした第ニ期「フォーチュンポップ 2nd School Days」の新コスチュームも白ニーソだった。もしや次のイベントでは…
…はっ。あぶない、また妄想世界にダイブするところだった。
今日の俺は、ポップのガイドなのだ。気をしっかりもて。
「ポップ、どこか行きたい店とかあるのか」
「うーん、よくわかんねえし…お前にまかせる」
「そうか…ではまず基本のラジオ会館からにするか。ポップはアキバ初心者ということだから、ライトなところからだな…コトブ○ヤは一階と二階にショップがあるが、一階は観光客向けのみやげ物屋的要素が強くていまひとつだ。二階のショップへ行こう」
「…なんか言ってることがすでに矛盾してないか?」
ポップのツッコミを受けつつ、いざ出陣だ。
狭い通路に客がひしめいているが、ポップは「ほへー」「うお、すげえ」などと喜んでいる。ダースベイダーや、ゴジラの大型ガレージキットが気にいったようだ。熱心に眺めている。俺はそんなポップを熱心に眺めているわけだが…目の端にフォーチュンポップのフィギュアがうつり、ついそちらも向いてしまう。いままさに人気の商品らしく、ショーケースの棚の一段を占領して、新旧あわせて何体ものフォーチュンポップが並んでいた。
ピン!と跳ね上がった黒髪、マジカル☆ステッキを振りかざすしなやかな腕、風にひるがえるスカートのプリーツ。
どのフィギュアにも、フォーチュンポップの快活な性格が表現されていて、なんともいえない幸福感につつまれる。これはもう芸術だ。もちろんここに飾られている商品は、すでに所有済みだが、あらためて端からじっくりと鑑賞してしまう。そして、『近日予約開始!』の札のついた新商品サンプル、変身後のコスチュームに身を包んだ一体を目にしたとき、思わずため息がもれた。
普段元気いっぱいにふるまっているフォーチュンポップが、十四話あたりからときおり見せるようになった、憂いを含んだ表情を見事に再現している。
柔らかく濡れた瞳、ふっくらとした唇。羽根のように広がる、細い腰の後ろで結ばれたリボン。右足の、ちょうど絶対領域の位置にはまった金色の飾りが壮絶な色っぽさだ。このパーフェクトなフォルム…原型師をチェックすると、やはり俺が神に認定している某氏だった。
神の御業は誉むべきかな。
「お前、ほんとにこのキャラ好きなのな」
気づくと、俺の隣でポップも同じショーケースを覗き込んでいた。
「みんな同じ子だけど…俺はこの子が一番好きかも」
ポップが指したのは、さきほど俺が思わずため息をついた一体だった。
「綺麗だし…他の子とどこか違う。息をしているような感じ」
ポップの言葉に、深くうなづく。
「原型師の違いかも知れないな。実は俺も、この子を作った原型師が一番好きなんだ。同じ人が作った他作品のガレキも持っているが、どれも本当にいい」
「へえ…そうなんだ…見てみたいな」
「家にあるが、今度見にくるか?」
言ってから、はっとする。なんかこれって、下心があるっぽくないか?いや、それは意識しすぎ?
「マジで?約束な!」
そんな俺の葛藤には気づかない様子で、嬉しそうにポップがこちらを向く。
俺が少し屈んでいるので、顔の高さが同じだ。
あの、ポップさん、近い。近いです。
心拍数が一気にあがる。
思わずじりじりとあとずさってしまい、後ろを通っていた別の客にぶつかってしまった。
「す、すみません」
「もう…何やってんだよ」
よろけた俺に、ポップが苦笑を浮かべながら言った。
他のフロアもまわり、ポップは精密な食玩や、模型、トレカなどを堪能したようで、ほっとする。ラジカン(ラジオ会館の略称。しかしあまり使われていない気がする)の締めとして、K−BO○KS(伏せ字になってない)に立ち寄る。とりあえず無難な(いろんな意味で)新館のほうへ。
みわたす限り、コミックス、コミックス、コミックスだ。(もちろんイラスト集やラノベや雑誌・攻略本などもある)
「あ、これもう出てたんだ!ラッキー」
ポップは人気シリーズの新刊を見つけて喜んでいる。いそいそとレジへ向かおうとするポップ。
だが、甘い!!
「ポップ、ちょっと待て」
怪訝な顔で近づいてきたポップに、小声で言う。
「コミックスはアニ○イトで買うことををおすすめする」
「え?なんで?どこで買っても同じだろ」
「違う。普通、本屋で新刊書籍を買ってもポイントがつくことはないが、アニ○イトはコミックスを買ってもポイントがつくのだ」
「いや、でも俺、その店のポイントカード持ってないし」
「新規入会すれば良かろう」
「あはは。そんなにしょっちゅうアキバまで来ないって。ちょっと待っててな、買ってくるわ。帰りの電車で読みたいし」
じゃ、という感じに片手をあげて、レジに並ぶポップの後ろ姿。
……。
いいんだ…いまのは、まめ知識。再びポップとアキバを訪れるための布石なのだ。
そう思うことにした(涙)
ラジオ会館をあとにして、ゲー○ーズをひやかし、中央通りにくりだす。
普段は結構な交通量の道路だが、休日は歩行者天国だ。
「おおー。壮観」
大勢の人が行きかう道路の真ん中に立ち、ポップはまわりを見渡す。
電気店、PCパーツや部品を扱う専門店、二次元美少女のきわどいポスターがこれでもかと貼られたゲームショップ。メイドカフェ、マンガ喫茶…まさに渾沌の趣都。
歩道脇には、コスプレ少女とそれを撮影するカメラマン達。アキバ系アイドル(の卵)が歌えば、ヲタ芸が炸裂する。バックパッカーがそれをデジカメに収め、その横を、地元の人が自転車ですりぬけていく。なにげなく飛び交う韓国語や中国語。
俺にはみなれた光景だが、カップルも、家族連れも、外国の観光客も、オタクも腐女子も、いつもより楽しそうに見える。これは俺の心象風景なのだろうか。
隣にポップがいると、普段はうっとおしい人混みも、何かいいもののように思えてくるから不思議だ。
ポップは次はどこに行こうかとキョロキョロしている。
俺は、見るともなしに前方を歩く家族連れを見ていた。若い夫婦に、幼稚園にはいったかはいらないかくらいの女の子。右手は母親の手を握り、左手には電気店でもらったらしい、赤い風船を持ってご機嫌だ。
そのとき、強い風が吹き、女の子の手から、するりと風船の紐が抜けた。
風船は、ゆっくりと高度をあげながら、こちらのほうへ流されてくる。
一瞬のことだったが、思わず俺はそれにむかって手を伸ばした。一歩、ニ歩、三歩目でジャンプして、なんとか紐の端を捕らえる。
女の子がお母さんの手をふりほどいて、こっちに向かって駆けてきた。
と思ったら俺の手前で転んだ。
『え…?』
小さい子は身体が軽くて、頭が大きいせいだろうか…まさにコロンという感じ。
風船を持ったまま、転んだ女の子を目の前にして、俺はなにもできないどころか、思わず後ずさってしまった。
「大丈夫か!?」
ポップがかけよってしゃがみこみ、女の子に声をかける。
女の子は泣くこともなく、むっくりと起き上がった。
「よーし、偉いな」
ポップは笑って、女の子の頭をなでると、上着のすそを払ってやって、突っ立ったままの俺を見上げた。
その目は少しとがめるような色をしていたが、すぐに女の子に言った。
「このお兄ちゃんが、風船捕まえてくれて良かったな!」
俺はようやく我にかえって、女の子のちいさな手に風船の紐を持たせてやった。
「ありがと」
可愛い声でお礼を言われ、何度も頭をさげる両親と、手を振って去っていく女の子を見送る。
ポップは女の子に手を振りかえしている。
何か、言わねば……。
「ポップ……」
「あの子、どこも擦りむいてなかったし、良かったよな」
ポップは、笑って言った。
「なあ、なんかちょっと腹へった!あの『もっふるたん』っていうの食べてみようぜ!」
路地との角にある店を指さす。カウンターには小さな列ができていた。店のまわりでは皆思い思いに山盛りのカキ氷や、もっふるたん(餅をワッフルメイカーで焼いた軽食)をほおばっているのを、ポップは興味津々で眺めている。
買い食いが大好きないつものポップの姿に、俺は少なからずほっとして、うなずいた。
「ガチャ○ン会館」でガチャを回しまくる。俺は目当てのカプセルがでるまで、予算の限界まで百円玉を投入し続けなければないが、ポップは一回めで狙ったものを出すので驚く。「運の良さ」の数値が尋常ではないと思い知らされた。
そんな俺をあわれに思ったのか、ポップは自分の出した「フォーチュンポップ」のクリアバージョン(シークレット)をそっと渡してくれた。優しい。
それからも、自販機で「おでん缶」を買ってみたり、積み重ねられたレンタルショーケースの中身を吟味したりしているうちに、日も傾いてきた。
いまは、和泉橋近くのファミレスでテーブルを挟んで向かいあっている。
ポップは、フライドポテトと「照焼きチキンのグラタンとサラダ+スープセット」を平らげ、デザートの「スイートパインパフェ」にとりかかっている。
気持ちいいくらいによく食べる様子を、食後のコーヒーを飲みながら眺める。ガチャのお礼におごる、と言ったとたん、あれもこれもと注文しはじめたところも可愛い……と思う。
ポップが気にいっている四月から始まった深夜アニメ(姫宮レオナも注目しているらしい)の話が一段落して、少しの沈黙のあと、ポップが言った。
「そういや、今日さ……」
「なんだ?」
「風船を、捕まえただろ?」
あのときのポップの目の色を思い出して、ぎくっとする。
「意外に運動神経いいんだな。かなり高く飛んでたぜ、あのジャンプ」
「え…」
まわりの奴らがすげえな、って言ってたの聞こえなかったのか?俺もそう思ったし、と笑う。
転んだ小さな子を助け起すこともできず固まっていたのを責めるでもなく。
ポップはそういうところがある、と思う。相手の気持ちを自然に読む。良いところがあれば見つけて、認めてくれる。さりげない言葉で。
「ポップ、あのときはすまなかった…あの子になにもしてやれなくて」
「なんで?あやまるほどのことじゃないじゃん」
ポップはにしし、と人の悪い笑顔を浮かべる。
「それに、おまえみたいなのが幼女をだっこして起したりしたら、訴えられるかもしれないしさ」
幼女言うな!というか、それはなにげにひどくないか。俺涙目。
「言い訳にしかならないと思うが…」
恥のかきついでなので、思いきって俺は口を開いた。
ポップは、パフェ用の長いスプーンをくわえたまま聞いている。
「…俺は、小さいときからある武道をやっていて、力が他の子より強かったが、あまりその自覚がなかった。幼稚園のとき、花が好きな女の子に、園の庭に咲いた花を早く見せてやりたくて、手をひっぱって連れていったら、痛い、とひどく泣かれてしまって…」
情けなくて、だんだんうつむきがちになる。コーヒーの飲みのこしをみつめながら、ようやく言った。
「変な話だが、それ以来、まったくさわれなくなって…その、小さい子や、可愛いな、と思ったりする相手には…」
普通そんなことでさわれなくなったりしねえよ!と笑われると覚悟して目をあげたが、ポップが思いのほか真剣な目でこちらを見ていることにどぎまぎして、また下を向いてしまう。
「近づきすぎたりするのも苦手か?」
「…ああ」
「その子のこと好きだったんだ」
「…そうだな」
ふーん、とポップは呟いた。
おそるおそる目をあげると、ポップはなにか考える様に、ソファに背中をあずけて天井から吊り下がったランプのあたりを見ていた。
そしていきなりがば、と身体をおこして言った。
「よっしゃ!」
なにがよっしゃなんでしょうか…。
怯える俺に、ポップは今日見せたなかでも、最上級の笑顔をうかべた。
そのままテーブルに手をついて、身を乗り出してくる。
「ちょ…ポップ…」
だめだ、後ろが固定されたソファなのでこれ以上さがれん…!
「今日は、すげー楽しかった。今度はおまえんちだな!」
そうですか、それは良かったです…。わかりました、わかりましたから下がってください…。
近い。近いです。ポップさん。
「コト○キヤではちょっと傷ついたんだからな」
息もたえだえな感じの俺に、人さし指をつきつけると、ポップは満足気にまたソファに腰を落ろし、溶けかけの甘そうなパフェをかたづけはじめた。
いまのは何だ…?
え?もしかして…?
えー!?
こうして、俺とポップのはじめての聖地巡礼もとい、アキバデート(言い切った)は終わった。
しかし、いまだ戦いは行方知れず。
予約してきっちり入手した、例のフィギュアを眺めつつ、俺は勇気を出してケイタイを手にとった。
ポップにメールする。
「うちに、遊びにこないか?」と。