クウラの秘密
月明かりが辺りを照らし出す夜。
自分と夜番しか起きていないことを確認したクウラはそっとアジトを抜け出した。
目指す先は数km先。バイクで行けばあっという間だが、あいにくと数年前からガソリンは空だ。
そして、その確保の優先順位はかなり低い。
空っぽの小麦袋。ボロボロの衣類。すぐ底を尽く火薬類。壊れかけの家具。移動手段はそれらを全てクリアして、初めて悩む必要のある贅沢品だ。
そして、それは恐らく、この先一生手に入れることのないものだろう。
ぐっと砂を踏みしめながら、一歩一歩前に進む。砂漠の夜は寒い。もう一枚羽織ってくれば良かったという後悔と、そんなものどこにあるのかという自嘲が混ざって、乾いた咳になった。
ふと、夜空を見上げれば、降ってきそうなほどの満天の星が静かに輝いていた。パチリと瞬きをする間に、小さな星が一つ流れていく。
(願わくば、どうかアイツの夢が叶いますように)
リーダーの馬鹿馬鹿しい夢が成就すれば、きっと飯に困ることはなくなる。夜に柔らかな毛布を被って、敵の襲来に怯えることなく、穏やかに朝を迎えられるに違いない。
だから、俺は。
大きく深呼吸をする。目的地はまだ遠い。のんびりしている余裕はなかった。
星が行先を照らす。その先がいつもよりマシな地獄であるように祈りながら、クウラは先を急いだ。
「おお、来たか、クウラよ」
「遅くなりました。…相変わらず豪華な部屋ですね」
「私にかかれば容易いものだ。……して、今回は何を望む」
「――、――」
「ははっ、お前も飽きないものだな。その代償が、どれだけ大きいか分かっているだろうに」
「承知の上です」
「そうか。では、こちらへ――」
空が白み始めている。
夜番が余所見をしている隙に、クウラはアジトの扉をそっと押し開けた。
ドサリと背負っていた荷物を降ろす。これだけあれば、しばらくはやり過ごせるだろう。胸の内に広がるのは僅かな安堵感と、それを上回る嫌悪感だ。
あとは、これを倉庫まで運べば、
「クウラ、」
「っ! な、なんだよ、……居たのか、リーベル」
静かに自分を呼ぶその声に驚き、飛び上がる。見れば、ボロボロのソファでリーベルが寝そべっていた。出かけた時は居なかったように思うが、いつの間に移動してきたのだろう。
「ああ。お前が出かけていたみたいだから、待っていた。……それは?」
寝ぼけているせいか、眉を顰めながらリーベルが指さす。そこには、クウラの持ち帰った大きな袋があった。
「あ、ああ、ちょっとした戦利品。もう、小麦がなくなってただろ」
「盗んだのか」
「違うよ。それはもうやらないって約束したろ」
冷や汗が流れるのを感じつつ、努めて冷静に言葉を返す。返答を間違えば大変なことになる。昔、小麦袋を商人から盗んでいたのがバレた時は大目玉を喰らった。一ヶ月ケツ叩きの刑はもう勘弁して欲しい。
「なら、どうした」
「お前がいつだか助けた金持ちいたろ。ソイツが時々、お礼にってくれんだよ。直接は恥ずかしいからって」
嘘と本当を織り交ぜて、平然としながら言葉を紡ぐ。そうすれば、人を疑うことを知らない我がリーダーは「そうか」とだけ呟いた。
「そういうつもりじゃないんだがな。貰ってばかりも悪いし、今度直接礼に行こう」
「いいって。俺が向こうの手伝いしてるから、駄賃でもあるんだ。ま、小麦一袋なんて破格の礼だけどな。そこはリーベル様の日頃の行いのおかげってことで」
ペラペラと喋りながら、小麦袋を再び抱える。そのまま、倉庫まで行こうと足を進めて。
「クウラ」
すれ違いざま、リーベルに名前を呼ばれ、思わず足を止める。……止めてしまった。
「首の赤い跡はなんだ」
静かに、ただ一言かけられた問いに、クウラは逡巡することなく答えた。
「ないしょ」
そのまま、リーベルの顔を見ることなく、部屋を去る。追いかけられることはなかった。
そう、内緒だ。リーベルには言えない、トップシークレット。だが、それでいい。
アイツがまっすぐ生きて、俺たちの指標になってくれるなら。俺は泥を啜って這いつくばってでも、アイツの困難を取り除けるのだから。