いばらとチョコレート 今年のアバンのバレンタインは忙しいものとなった。
というのも、去年の同じイベントの際にパプニカ三賢者の一人、マリンに手作りのチョコを作ってあげた結果、見事に相手を射止め、その状況がゴメッターによって世界中に拡散され、最初は気軽に引き受けたチョコの制作が膨大な数へと膨れ上がったからだ。
バレンタイン本番一週間前、今日もアバンはカール王国の城の中にある、アバン個人に作られた厨房で寝不足の目を擦りつつ、甘い香りに包まれていた。
「何も貴方が目の下に隈を作ってチョコを制作しなくとも、誰かが肩代わりをして表向きは大勇者アバンのチョコとして送りだせば済む話ではないのか?」
せっせとチョコを作る後ろ姿を眺めながら、今はパプニカの親善大使としてカール王国に仮住まいをするヒュンケルが注進した。
「うーん、それは嘘をついて相手にチョコを渡したことになりますから」
「だが、この国の国政もこなし、地方への遊説も孤児院の援助もしている今、チョコ作りもしては体がもたないだろう」
「いえいえ~これが随分といい気晴らしになっているのですよ~。ちなみにヒュンケルはチョコを貰えるあてはあるのですか?」
アバンの言葉に、あからさまに不機嫌の様相を晒した一番弟子だが、すぐさま不敵な笑みを作ると「ない」と答え、だから、自分から贈ろうと思うと言い放った。
「え、それは」
「そうだ、簡単なチョコケーキの作り方を知らないか?」
「えええと、その」
アバンは湯せんに掛けたチョコをヘラでぐるぐると掻き混ぜながら首を傾げる。
「どんな人に贈るのですか?」
「そうだな。大人な、しっとりとした雰囲気の人だな」
「甘いものは好き?」
「普通じゃないかな。寧ろオレの方が甘いものを食べた過ぎて引かれてしまうような」
「嫋やかで優美な空気を纏っているに、その身の奥には頑固な性格が隠れている。世界で一番美しい人だ」
「はあ、そうですか」
ヒュンケルの身の回りにいる女性で、まず頭に思い浮かんだのはレオナだが、彼女はどちらかというと優美というよりは華麗、可憐な感じで、強い意思を秘めた真っ直ぐと伸びる花のような人だ。次に思い浮かべたのはエイミだが、彼女も嫋やかというよりも活動的で、風のように人々の合間を巡って薫風を届け、献身的に人々を助ける職に身を置いている。マリンは去年、アバンが作ったチョコで本命の人と結ばれたので完全に違う。
「誰なんですか、その人。私が知っている人ですか?」
「勿論、先生の知っているですよ」
「そう聞くと、ますます興味が湧いてきましたねぇ。教えてくださいよ」
「知りたいですか?」
「それは、もう!」
にやりと笑う一番弟子に心が騒ぎながらも、アバンは先を促すと、ヒュンケルは「では、告白の場に付き合ってもらおう」というのだ。答えは、その時に分かる、と。
「えええ、そんなぁ」
「いいだろう? 教えないとは言っていないのだから」
「でも、フラれちゃったらどうするんですか? 他人に恋する人から袖なくされる場面を見られるとか羞恥プレイもいいとこでしょうに」
「フラれない」
きっぱりとヒュンケルは言う。
「……随分と自信があるんですねぇ」
「まあな。今は気付いていないだけで、充分にオレへの気持ちは傾いている」
「はあ、自信家ですねぇ」
「努力はしているからな。あ、作業の手は止めるな。何かしらのレシピがあれば、それでいい」
「そうなんですか?」
溶けたチョコを掻き混ぜたボールから顔を上げてアバンが言う。
「これ以上、先生に負担を掛ける訳にはいかないだろう。知恵だけを貸していただきたい。こんなオレでも作れるものを」
アバンは溶けたチョコへと生クリームを投入し、手際よくかき混ぜてから調理台を離れ、棚に並べられている本の中から一冊を手にしてヒュンケルへと渡した。
「えっと、これなんかどうです? 生チョコ風ケーキ。材料は三つだけで溶かして混ぜて固めるだけです。混ぜる材料の中にラム酒なんか混ぜると、大人のデザートになりますよ」
「それは美味そうだな。有難く借りるぞ」
「場所はどうします? ここを借りますか? ここなら十分広いですし、もし、何か分からない事があって私がいればアドバイスできますし」
時折、料理教室を開くこともあって、アバン専用の厨房はそれなりの規模があった。
「そうだな。材料を取り寄せる手間もなくなるしな。勿論、使った材料に金は払う」
そうしましょうと笑顔でアバンはうなずくと、すぐにでもチョコを作り始めるかと思いきや、レシピを読み込みたいと言ってヒュンケルは退出してしまった。何事にも完璧を求める彼のこと、まずは実践よりも理論からかと懐かしい思いで見送り、同時に胸の奥底で沸いた痛みにアバンは首を傾げた。
それからヒュンケルは毎日アバンの厨房を訪れてはチョコケーキに挑戦をする。最初の内こそ形の崩れたものの味は整っていて、そのことを褒めれば厳しい顔で「まだまだだな」と溜息をついて厨房を出て行く。
「形とかは二の次ですよ。まずは味です。そして、料理に込められた気持ちです」
「だが、相手は料理上手なんだ。その相手に幻滅されない程度には形も整えたい」
「うーん。もしかして生クリームの量が多すぎたかもですね。明日、減らしてみましょうか?」
「そうします」
「で? そろそろ渡す相手を教えてもらえませんか?」
両手を揉みながら笑顔でアバンが問うと、冷たい空気を纏わせてヒュンケルが突き放すように口を開く。
「今日はカール騎士団に槍術の手ほどきを頼まれていまして。先生は?」
「あ、私はまだ依頼されたチョコ作りを……」
「根を詰めねいで下さい。貴方が倒れたらオレがポップやマアム、そしてレオナ姫に叱られてしまう」
「あー……そうですね」
そうして、厨房の片隅にと積み上げられたチョコの箱に視線を向けて溜息を零した。
「来年は引き受けないように手を打ちますよ」
「そうしてください。では」
そう言ってヒュンケルは形の崩れたケーキを抱えて厨房を出て行ってしまった。彼の話から、きっとあのケーキは騎士団の腹の中に納まるのだろう。
(ポップ達に叱られる、か……私自身のことは心配していないということだろうか?)
「いやいや、何を傷ついたようなことを思っているんだか。あの子はそんな薄情な子ではありませんよ? アバン」
己を窘めながらバレンタインチョコ作成は進むが、どうにも気が乗らない。取り敢えずボールの中にあった分のチョコの形成を終えると、気分転換だとばかりにアバンは厨房を出た。
厨房を出て解放されたバルコニーへと出ると、思い切り外の空気を吸う。甘ったるい香りばかり嗅いでいたからなのか、清々しい空気が心地よい。
すると遠くの方から大勢の男の威勢の良い声が聞こえてくる。これはと思い、飛翔呪文で空に浮き、周囲に見つからないようにと注意しながら向かってみれば、アバンの予想通り、ヒュンケルがカール騎士団へとアバン流槍術を教えている所だった。
(剣術はカール騎士団の伝統の技がありますから受け入れられいはのが難しいですが、槍術は新しく入って来たものなので受け入れが早いですね)
ヒュンケルが大勢の人間の前で槍を振って見せれば、真剣な目で騎士たちが視線を注ぐ。その一挙手一投足にはアバンにはない華麗さがあるが、きちんと基本は抑えている所が彼らしいと思う。
『そらで言えるほどに読み込みましたから』
初めてアバンの前で全ての技を披露したヒュンケルの言葉に、アバンは妙に感動してしまい、堪らなくなって抱きしめた思い出がよみがえって、年甲斐もなくはしゃぎすぎた自分を恥ずかしく思うと同時に、抱き締めた瞬間に皮膚を通して感じた相手の筋肉の感触、自分とさほと変わらない身長に居心地の悪い思い出してしまう。
(何を馬鹿な。相手は弟子ですよ。それも相当年の離れた……)
それでもアバンの視線はヒュンケルから離れない。やがて彼の動きが止まると、今度は騎士団の中から一人が進み出て槍を構えた――どうやら、ヒュンケルに一対一の勝負を燃し込んだのだろう。
二人は間もなく対峙し、槍を構えて審判の合図を待つ。
やがて審判の腕が上げられ、振り落とされた途端に常人を越えたスピードで二人は交差し合う。なるほど、相手は勝負を挑むだけあって腕に相当自信があるようだった。
最初の内こそ相手が有利に思えたが、じりじりにヒュンケルが押し始めると、形勢はあっという間に自慢の弟子が主導権を握る。
ヒュンケルの槍が相手の獲物を絡め弾き飛ばし、そうして勝負の行方は決まったのだ。
「よくやりました! ヒュン……」
思わず握りこぶしを握ったアバンだが、って物陰から幾人もの女性が飛び出してきて声を失う。高い声でヒュンケルの囲み、飛び跳ねる女性は可愛らしく、その内の一人から汗を拭う為だろう、布を首へと掛けられて、アバンの胸は理由もなく痛み始める。
「当たり前でしょう? だって、あの子はカッコよくて強くて、そして優しいのだからモテるに決まっています」
あの中にヒュンケルのチョコを貰う人がいるのかと眺め、本命はつれない態度ばかりだと言っていたことを思い出して、少しだけホッとする。
(いえいえ、何をホッとしているんですか、わたし)
再び、キャーっという嬉しそうな声がヒュンケルを囲んだ女性の輪の中で沸き起こる。遠くにいるアバンには、それが何を意味しているかは分からなかったが、輝くような笑顔の女性達を見れば、きっと、ヒュンケルが女性を喜ばすような言葉を言っていたに違いないと思う。
(自分には人を愛する事など出来ないと言いつつ、うまくやっているではないですか)
しかし、確かに彼は人を愛しはじめ、その為に贈り物を送ろうと懸命に厨房に立ってケーキ作りに勤しんでいる。
(願わくは、彼の好きな人が彼を好きになってくれますように。そして、戦い、傷ついた彼の心を癒し、彼の手で失った命の代償として身を捧げようとする行為を理解し、支えてくれることを)
きっと、ヒュンケルが選んだ人ならそれが出来る。彼の罪の半分を背負い、遠いいばらの道を共に歩んでくれる人が。
ふと、視界が歪んでいる事にアバンは気が付く。一体、何事かと頬へ手をやると濡れる感触がして大いに驚いてしまう。
「どう、して?」
分からない。分からないままにアバンは体を折り曲げると、喉の奥からせり上がる嗚咽を懸命に堪えていた。
せんせい、先生、アバン。
幼い日から今まで、様々なヒュンケルの面影が思考を覆って何も考えられない。震える唇で溢れる言葉を紡いで、そして後悔した。
「……わたしでは、だめ、ですか?」
ああ、何て利己的でいやしいのだろう。弟子の幸せを祝えないなんて最低過ぎる。
でも、好きなんです。――好き。
大魔王の大戦後、壊滅的なカール王国の復興の為に身を粉にして働いた傍ら、パプニカの使者――レオナ姫の代行としてヒュンケルはアバンと共にあった。
時には上手くいかない時は手を握り、「先生なら上手くやれます」と背中を押してくれた。時には無自覚に切羽詰った自分を叱咤し、気晴らしにと城下町へとお忍びで連れていってくれた。
貴方は私の誇りです。
そう言う度に恥ずかしがりながら、しかし誇らしい笑みで真っ直ぐに瞳を向ける彼が好きだった。
瞳から溢れだした涙は大粒の雫となり、地上へと降り注ぐのを心苦しいものと見たアバンは、そっと自分の心を殺した。きっと明日には、いつもひょうきんな指導者に戻るから、今はもうこのまま消えてしまおう。
その日の夜の夜会にアバンの姿はなかった。
「グーーッド! 素晴らしい出来ですよ」
「そのようだな」
バレンタイン当日、幾ら褒めても自らダメ出しをしていたヒュンケルから納得の言葉が出て、一番にびっくりしたのはアバンだった。
「え、あの? 本当に?」
「今しがたグッドと言っていたではないですか。それとも、あの言葉は嘘ですか?」
「いいえ、全然、そんなことは」
「良かった。これで渡すことが出来る」
胸の奥がキリキリと痛み出すが、それを無視する事など容易いことだ。アバンはケーキを入れる為の箱とリボンの色は何色にするか提案すると、その前に、とヒュンケルは真っ直ぐにアバンを見やる。
「オレの好きな人が誰なのか、気にしていましたね」
「……あー、そうでしたね。でも、いいんですよ。紹介は告白した後にしてください」
「告白の場面に付き合ってくれるのではないですか?」
少しだけ不安なヒュンケルに、アバンは笑って肩をすくめる。
「そういう話でしたけど、やっぱり楽しみは後に取っておこうと思いまして」
「オレの告白が失敗すると思ってます?」
「まさか! 成功すると思うからこそ、後にとっておくのですよ。どうぞ、頑張ってください、ヒュンケル。私はここで貴方が素晴らしいお嬢さんと共に私に挨拶に来るのを待っていますよ」
アバンの言葉にヒュンケルは瞳を丸くし、しばし考え込むと、これ以上はない程に柔らかく微笑む。
(ああ、その微笑みは私だけのものじゃなくなるんですね。でも、大丈夫、私は貴方の背を押して、二人の行く末を祝いますよ)
「それではオレの好きな人を紹介します」
「えっ! ちょっと待ってください! まさか、もうこの場に呼んであるんですか? てか、恋人ですと紹介する程に仲が進んでいたんですか!?」
慌てふためくアバンに、ヒュンケルは一つの手鏡を差し出し、アバンはそれを受け取った。
「……と、これは何ですか?」
「言ったでしょう? オレの好きな人です」
「……鏡が?」
「なんで無機物が対象なんですか。そこに映っている人がオレの好きな人です」
と言われてアバンは鏡を凝視したが、そこに映っているのは自分しかいない。
途端、頭が混乱して上手く情報を整理できない。
「えっと、貴方の好きな人は嫋やかで優美な空気を纏って頑固で綺麗な人……ですよね?」
「鏡に映っている人は、まさにその通りだと思うが?」
「頑固、は当たってるかもしれませんが、他は当たりません」
「じゃあ、付け加えようか? 誰にでも優しいくせに自分には厳しく、その上、嘘吐きだ。無茶な事はしないと言いつつ、無茶はするし、死なないと言いつつ、すんなりと自爆しようとする自分勝手な人間だ」
「最初は兎も角、後半は、まあ、その通りで」
「では、納得してくれるな」
「納得はしましたが、心が追い付いてきません」
「アバン」
ヒュンケルはアバンの前にひざまずくと、その手を取って額を押し当てる。
「オレは、貴方に酷い道を示そうとしているのは分かっている」
「……そうでしょうか?」
「オレがこの先、何を目指しているか、先生には分かっている筈だ」
「……罪の償い、人々の救済のために魂を削る程の戦いを望んでいる」
「オレはオレ自身の無知の為に、大勢の者達の命を奪った。オレは幸せになってはならない」
「そんなことはありませんよ、ヒュンケル。貴方は確かに大勢の命を奪いましたが、それ以上の命を救っている。殺された人の命とすくわれた人の命、共に数で相殺されるか否かは神の判断に委ねられるところですが、決して罪ばかりに塗られた魂ではありません」
ヒュンケルはアバンの言葉に顔を上げ、目を見開いてまばたきをすると、だから、貴方が欲しいんです、と続けた。
「オレを闇から救い、道を示してくれる。この先、闇に迷わない為にも貴方の存在が必要なんです」
「それは……師という立場からでも出来る事では?」
「無理なんですよ」
ヒュンケルは立ち上がるとアバンを抱きしめた。
「オレだって何度も考えた。このまま師と弟子との関係を崩すことなく未来を共に歩む方がいいんじゃないか、と。でも、ダメだ。そう割り切るにはオレの中にある貴方への感情が大きすぎるんです。貴方が他の人間に振りまく笑顔に声に、感情に、心が掻き乱されるんです! 出来る事なら何処かへ閉じ込めて、オレ以外は一切合切、誰にも会わせたくない!」
「それは……怖いですねぇ」
「アバン! オレは真剣に話をしているんだ!」
ヒュンケルはアバンの瞳に訴えかけようと、体を引き離して顔を覗きこみ、その瞳に浮かんだ水の膜へと気が付いて言葉を失う。
「それは……私も同じことなんですよ、ヒュンケル。私の愛しい子」
アバンは震える手を上げ、ヒュンケルの頬へと触れると大切なもののように包み込んだ。
「きっと、貴方には貴方に相応しい、いばらの道を共に歩んでくれる伴侶が現われる筈。私はそれを祝福して送り出す立場なのに……欲しいと思ってしまう。貴方の笑顔も吐息も、落ち着いた声と体温、そして心の内に流れる涙も……ああ、やっぱり、私、自分勝手なんですね」
「オレだけに自分勝手になればいい。あとの虚像は貴方を慕う者達に見せればいい」
ヒュンケルの言い分に、アバンは目を見開いてクスクス笑う。
「ホント、貴方だけは今もって私に対して手厳しいですね」
「それが望みだろうに」
「ホントに……容赦がない」
ヒュンケルは己に触れていたアバンの手を取ると、大切な誓いのようにアバンの頬へとキスをする。
「オレの行く道は修羅の道だ。だから無理にとは言えないし、貴方にはカール王国で幸福な暮らしが出来るのを知っている」
「私には貴方が険しい道を歩くのを知っているし、どうか、私を杖にして歩んでほしい、付いていきたいと願っているんです」
「アバン」
「はい、ヒュンケル」
視線は絡みあい、どちらからともなく目蓋を閉じると二人は唇を重ねた。まるで結婚の儀式のように神聖な、荘厳な気持ちのままに。
「――愛の告白が厨房って、どうなんでしょう」
「いいんじゃないか? 他の場所では人の目があるからな」
くすくすと笑い合い、再びキスをすると、唇の合間に「ケーキ、どうしましょう?」とアバンが問う。
「本当は一日寝かして、冷やした状態が美味しいんですけど」
「折角だ。今、この場で食べてしまおう」
「それなら天気もいいし、バルコニーで食べませんか? 甘くてラム酒の入ったケーキによく合う紅茶を見繕ってきてあるんです」
「それは随分と用意周到だったな」
「貴方へのプレゼントのつもりだったんですよ。どうぞ、このお茶で彼女と一緒にケーキを食べてくださいってね」
「彼女を恋人と言い換えれば、予測は当たっていたことになるな」
「何とでも。貴方に好きな人がいるって分かって、悶々とした一週間を返して欲しいものです」
「オレの全身全霊で詫びはする」
真っ直ぐ真面目に返してくるヒュンケルに笑いながら、アバンは出来上がったケーキを持ってバルコニーへ行くように言うと、自分は湯を沸かして紅茶の準備をする。
優美な形をしたコップを二つ。ポットには紅茶の葉を入れて、コットンで出来たカバーを被せてバルコニーへと歩いていく。
「アバン」
光の降り注ぐバルコニーにはヒュンケルが立っていて、テーブルの上には極上のチョコレートケーキと素朴な花々が飾られている。
輝く風景の中でヒュンケルはアバンへと振れ、その唇を指で辿って、もう一度重ねようとする。
「外では人目があるから……ではなかったでしたっけ?」
「キスごときで糾弾するなら、逃げてしまえばいい。オレは貴方が一緒ならそこが修羅の底でも構わない」
アバンの頬へと掛る髪を指へと絡めて遊ぶヒュンケルに、アバンは仕方がない人ですね、と笑い、そして一歩、距離を縮める。
「魅惑的なお誘いですね」
そうして二人は唇を重ねる。互いの熱と欲情を交換しながら、永遠の誓いを繰り返すのだ。