Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    HATOJIMA_MEMO

    @HATOJIMA_MEMO

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 9

    HATOJIMA_MEMO

    ☆quiet follow

    なかなかくっつかないミス晶♀シリーズ最新……の話の1話目?一節目?です。
    これまで以上に長くなりそうなのでモチベ維持の為に小出しにしていこうと思います。

    #ミス晶♀

    タイトル未定 第一話  ミスラは厄災の傷の性質上、常に眠気に襲われている。よく眠れた翌日などはその常から外れはしたが、大抵は眠い。
     そんなミスラが欠伸をするなんてのは日常茶飯事。そんな彼に文句をつけられる者など存在しないし、もしいたら──力で以って黙らせるだけだ。 
     故に、ミスラはくあ、と欠伸をした。ああ眠たい、と思いながら。
     今彼のいる場所が魔法舎でなく中央の国、グランヴェル城の一室であるとか、彼の前に顔を真っ赤にして震える人間がいるだとか、そんな些事には全く構わずに。
     しかし、その赤ら顔を見ていると、今朝魔法舎を出る前にルチルとミチルが見せてきた大量の苺を思い出した。
    (ジャムにするとか言っていたっけ)
     途端に腹が空いてきたような気がして、ミスラは隣を見た。何故か疲れたような顔つきをした賢者と、苦笑しているカインと眉根を寄せたリケが並んでいる。
    「賢者様。腹が減ったので帰りますね」
     言い終える頃には、扉を呼び出していた。カインやリケの制止する声も聞こえたが、ミスラは気にせず扉を潜る。
    「ミスラ」   
     ただ、賢者の呼び掛けには少し振り返った。
     賢者は困ったように眉を下げてはいたが、笑っていた。
    「今日はお疲れ様でした。また後で」
    「……はい」
     その言葉と視線を受けながら、ミスラは扉をゆっくりと閉じる。そして昼下がりの魔法舎の空気を浴びて、もう一度大欠伸をするのだった。
      
     ◆

     消えた扉から、晶はそろそろと視線を動かした。案の定、既に怒りで赤く染まっていた顔が、今や熟れたトマトのようになっている。
    「大丈夫でしょうか、デュボワ大臣……顔が真っ赤です」
     心配そうに小声でリケが呟くのに、カインも苦笑したまま「ああ」と頷く。晶も内心「爆発しそう」と思いながら、引き攣り気味の頬をなんとか引き上げた。
    (ミスラに帰ってもらうの……もっと早い方がよかったかな……)
     魔法舎への依頼は、イレギュラーなものを除けば中央の国の機関を通じてもたらされる。立場的にその筆頭にいるのが、晶もよく知る魔法管理大臣であるドラモンドだ。当然だが一人で膨大な依頼を捌いている訳もなく、大半は彼の部下や色々な役職ある人々がそれらを精査する。
     その中でも重要な──中央含め各国の内情に深く関わっているとされる──ものには、今晶達の目の前に立つ、デュボワ大臣が必ず目を通す。
     そして依頼の書類に目を通す以上、晶の手がける報告書もまた、彼の手を経るのだ。
    「……ぅおほん!」
     大臣は手をわなわなと震わせたまま、わざとらしく咳払いをしてみせた。この部屋に足を運ぶ度に聞くので、癖なのだろうと晶は思っている。その程度の判断がつくくらいには、この部屋を訪れていた。……自主的に、ではない。報告書の内容について聞きたい、と目の前の人物に呼び出される為だ。
     デュボワはドラモンドより幾らか低い背をぴんと伸ばし、その険しく曲がった大きな鷲鼻を一度ふん、と鳴らす。 
    「では、話を戻しますが──」
     細い針金に似た声が、きりきりと鳴る。常に何かを睨みつけているような逆三角の形をした目が、じろりと手元の報告書へと向けられた。
    「まずは、北での賊退治……これはまあ、問題ないでしょう。しかしこの、西での騒動はよろしくありませんでしたな。我が国からの賓客も多い中で、怪我人を出さずに済んだから良かったようなものの……それにこの、東の村の! このように報告も無しに動かれては後々どんな苦情が来るか分かったものでは──」
     はい、はい、と頷きながら、晶はその大半を聞き流していた。何せ、ミスラが退場する前に聞いた内容と殆ど変わらなかったので。
     一番同伴を頼む事が多い、隣のカインも同じだろう。お小言は慣れてるからと笑い飛ばしてくれるものの、申し訳ない気持ちは拭えない。
     晶は、今は中央のタルチュフの屋敷の一件についてちくちくと言及しているデュボワをそっと窺う。
    (最初の頃は、色々言われる度に落ち込んでたけど)
     報告書で誤解を生むような表現をしてしまっただろうか、文字が下手で読みづらいせいだろうか等々、悩んでいたのがもはや懐かしい。後からクックロビンやドラモンドに、デュボワが政治的にはヴィンセントの派閥に属している事、故にアーサーに連なる魔法舎、賢者の魔法使いの活躍をよく思っていない事を聞いてからは、少し平気になった。
     晶自身の落ち度もあるのだろうが、デュボワ自身にも問題がある。それが分かった事で、彼の言葉を全て真正面から受け止める必要を感じなくなったせいだろう。
    (ただ今日は、ちょっとよくない流れかも……)
    「そして何より、先程の北のミスラの態度です!」
     今まさに不安を感じていた点を突かれ、晶はぎくりと肩を揺らした。
    「まるでこちらの話など聞いていない! 私など、目に入っていたかも怪しい」
    「さ、流石にミスラもそこまででは……」
     ない、と言い切れず中途半端な言葉を零してしまう晶。見てはいたと思うが、魔法舎に戻った時点でデュボワの存在を忘れている可能性は大いにある。
    「随分と自信がおありのようだ」
     信用ならないと言わんばかりの皮肉と共に、大きな鷲鼻がふんと鳴らされた。
    「賢者の魔法使いは、賢者様の言う事には従うという話でしたが……ああも自由に振る舞うようでは眉唾ですな」
     お前の力不足だという声が重なって聞こえるようで、晶はやや視線を落とした。
    「──そういう言い方はないんじゃないか」 
     朗々と響いた声に、晶の顔は自然と上がった。そうさせる力が、この声の主にはある。
     見上げたカインの横顔はいつもの気さくな雰囲気を僅かに残していたが、どこか相手を宥めようとする意志が見えるようだった。
    「賢者様の役目は、賢者の魔法使い達を兵隊のように従える事じゃない。導く事だ」  
    「同じ事ではないか」
    「いいや違う。賢者様は俺達に寄り添ってくれる。……俺達の心に。だから、信じようって気持ちになれるんだ。そうでなきゃ、魔法使いは力を振るえない」
     魔法は心で使うもの。もう何度も耳にした台詞を聞きながら、晶は胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。
    「それにミスラだって、晶が頼んでなきゃ大人しくついて来てはくれなかったさ。あいつは、北の魔法使いの中でも気まぐれだからな」
     言い終えたカインがちらと晶をみる。「だよな?」と悪戯っぽく同意を求める日向の色の瞳に、晶ははにかんだ。彼らしい大らかなフォローが嬉しい。
     しかしデュボワはこれまた盛大に眉を顰めて見せた。「敬語!」とカインを短く叱責して続ける。
    「あのような自分勝手な輩に重要な依頼を任せねばならぬとは……何かあれば、采配に関わった我ら中央の国の信用にも関わるのですぞ! お分かりですか!?」
    (あ、そろそろ終わりそう)
     明らかにデュボワはヒートアップしていたが、その様子に晶は却って安心した。彼の話はいつだって「問題が起きて自分が責められたらどうする」という点に着地するのだ。デュボワの「お分かりですか!?」は晶にとって「そろそろ話を締めますよ」の合図に他ならなかった。
     ほんの少しだけ、気付かれない程度に晶が息をついたその時。隣の隣から静かな声が上がる。
    「あの、デュボワ大臣」
     カインの隣で殆ど話を聞くだけだったリケが、ここで初めてデュボワに向かって口を開いた。デュボワは勿論、晶もカインも少し驚く。
     発言した当人はそんな周りの様子に臆する事なく、いつも通りにはきはきと続けた。
    「お話が途中なのにすみません。でも、早く言った方がいいのではないかと思って」 
     謝りつつも、リケは真っ直ぐにデュボワを見つめていた。そこに躊躇いは全く見えない。
     育った環境もあってか、リケは人にはっきりと物を言う。言い辛い事も含めて。そんな彼が、この場で一体何を言おうとしているのか。晶は自然と緊張する肩を意識的に戻した。
     デュボワは一瞬鼻白んだようだが、すぐに「……何だね?」とリケの発言を促してみせる。リケは一つ、しっかりと頷いてから再び口を開いた。使命感や意思で澄んだ若葉色の瞳が、揺らがずにデュボワに向けられる。
    「さっきから大臣がされているお話は、私達よりも北の魔法使いに聞かせた方がいいと思います」
    「えっ?」
    「は?」
     思わず晶が声を出すのと、デュボワが口をあんぐりと開いたのは同時だった。
     リケはその様子に僅かに首を傾げつつ、言葉を重ねる。
    「私も、もう何度も彼らに勝手をしないで下さいとお願いしているのですが、きちんと聞いてもらえない事が多くて……多分、聞き慣れてしまっているのだと思います」
    「き、聞き慣れ……?」  
     衝撃のあまり片言めいた物言いになっているデュボワに、晶は少し同情した。リケはこくりと頷く。
    「本で読んだのですが、同じ人が同じ事を何度も言うより、全く別の誰かを通して一回言われた方が印象に残るそうです。だから」
     そう続けながら、リケはデュボワに笑顔を向けた。名案を思いついたと胸を張るように。
    「スノウ様とホワイト様以外の北の魔法使い達をここへ呼んで、デュボワ大臣からも叱って頂けませんか?」
     一度でいいので、と加えられる条件を聞きながら、晶は何と言うべきか非常に迷った。
    (見ず知らずの大臣に言われて、あの三人が聞いてくれるとは思えないからなあ……)
     話の内容を理解するにつれ、血の気が引いていくデュボワの為に止めた方がいいのは分かる。分かるのだが……きらきらと迷いなく輝いているリケの表情を曇らせてしまうのも躊躇われた。
     何と言って止めようと考えあぐねた末に、隣のカインに助けを求めようと晶は彼を見上げる。しかしそれよりも先に、その口から「成る程」という呟きが零れた。
    「そいつは名案だな!」
    「そうでしょう? ルチルが読んでくれた本にあったお話なんです」
    (カイン──!?)
     普段のそれに輪をかけて溌剌とした笑顔を、晶は信じられない気持ちで見た。リケは同意を得られて嬉しそうに頬を紅潮させているが、デュボワの顔色はどんどん青くなっている。
     止めなければとカインの服の裾を軽く引けば、気配に敏い彼はすぐに気付いてくれる。
    「あの、カイ──」
    「晶」
     流石に無理では、と言いかけた唇は囁くようなその一言と、晶にしか見えない角度で寄越されたウインクにより閉じざるを得なくなった。
     カインは再び、姿は見えていない筈のデュボワへ真っ直ぐに顔を向けると、恭しく礼の姿勢を取る。
    「デュボワ大臣。大臣の懸念を払う為にも、どうかご協力願えませんか?」 
    「きょ、協力とは?」
     苦手な敬語ですらすらと喋るカインに圧倒されっぱなしだったデュボワが聞き返すのに、カインはにっこりと笑いかける。
    「ええ。『いつも通りに』お話し頂ければ大丈夫かと」
     晶の知るいつも通りとカインのそれが同じなら、間違いなくこの部屋は将来、良くて壁か天井を失い、最悪、主を失うだろう。
    「もし不安でしたら、オズも呼びます。彼なら北の魔法使い達を抑えられますから」
    「僕が呼んできましょうか? オズと一緒ならすぐですよ!」
     より状況が悪化していく未来に、デュボワの顔面は最早蒼白だった。
     そこへ、コンコン、と場違いな程に明るいノック音が響く。
    「な、なんだ!」
     はっと我に返ったデュボワの一声に「失礼します!」と姿勢を真っ直ぐに伸ばした兵士が姿を見せる。
    「大臣。次の面会予定の方が……」
    「は……あ、ああ! そう、そうだった!」
     兵士の一言を聞いて、デュボワの顔に僅かだが血色が戻る。カインはそれを見逃さずに、残念そうに眉を下げて見せた。
    「お忙しいようですね」
    「ぅおほん! ……不作法者達への指導は吝かではないが、私も魔法舎にばかりかまけていられないのでな」
     見る見るうちに立ち直ったデュボワは、胸を反らしながらそう言い放つ。その堂に入った虚勢に晶は遠い目をしてしまったが、リケは本心から残念そうに肩を落としていた。
    「そうですか……」
    「そう落ち込むなよ、リケ。次があるさ」
     その肩に手を置きながら、いやにはっきりとカインはそう言った。一旦は勢いを取り戻したデュボワが「……つぎ?」と小さく零す。
    「今回のミスラのように、書類の確認の為に他の魔法使いを呼ぶ機会はまた来るさ。それでなくても俺と晶は『度々』呼ばれているしな!」 
     同意を求めるようにこちらを見たカインに、晶は「そ、そうですねえ」とぎこちなく微笑んだ。横顔にデュボワの視線がちくちくと刺さったが、何とか振り返らずにやり過ごす。
    「じゃあ来客のようですし、俺達はこれで」
    「わっ」
    「ちょっとカイン、押さないで下さい!」
     カインに背を押されるようにして、晶とリケは扉へと向かう。そしてカインは、扉を出るか出ないかくらいの位置で何も言えずにいたデュボワを振り返った。見惚れるような、嫌味のない笑顔。
    「では大臣──また」
     そうして扉が閉じる重い音を背中で聞き終えてから、晶はカインを振り仰いだ。どこかしてやったり感のある横顔に声を掛ける。
    「カイン……わざとですよね?」
    「何がだ?」
     食えない笑みは彼らしくない。じっとりと見据えれば、それはすぐに崩れた。眉を下げ「悪い悪い」と口にする。
    「でも、そう悪い事を言った訳じゃないだろ? 元々、ミスラを呼べと言ったのも向こうだし」
    「それはそうですけど……」
     デュボワが目をつけた報告書は、どれもミスラが関わったものばかり。次はミスラも同伴するようにという旨を使者から告げられた時、当然の流れだと腑に落ちてしまった。同時に頭も抱えたが。
     結果として「暇だしいいですよ」とまさかの二つ返事で了承され、普段の任務よりスムーズに連れ立って来てもらえた事には驚きだった。ただお陰で「午後から中央の任務を入れてオズに協力願おう」という双子の作戦はお蔵入りとなり、名残でカインとリケも一緒にという形だけが残ったのは申し訳なさしかない。
    (……元々、私ひとりで上手く出来たらいい話なのに)
     こういう時、どうしたって己の力不足を痛感する。
     読み書きに関しては最初の頃より良くなったものの、まだまだ一人で書類を完成させられる技量とは言えない。何やら偉い立場の人達との会話だって、未だにどう答えたら正解なのか分からない。賢者の持つ力が何なのかさえ、理解出来ずにいる。
    (卑屈になるのは、よくないけど)
     それは魔法使いの皆や、晶を支えてくれる人々にとても失礼な態度だと頭で理解していても、その考えを打ち消すのはひどく難しい。こういう時の晶にとっては、殊更にそうだ。
    (私が、もっと……ちゃんと、うまくやれたら)
    「賢者様!」
     凛とした一声に、晶は沈みかけた思考からグランヴェル城の廊下へと引き戻される。見れば、僅かに首を傾げたリケと視線が合った。
    「どうかされましたか?」
    「あ、いえその……」
    「カイン騎士団長!」
     己の不甲斐なさに落ち込んでいましたとは言えず、かといって咄嗟に誤魔化せる程器用ではない。言い淀んだ晶に助け舟を出したのはカイン……ではなく、廊下の奥から彼を呼ぶ声だった。呼ばれた当人が苦笑しながら、彼には見えていない人影へと顔を向ける。
    「その役目はもう俺のものじゃない。お偉方に聞かれたらお叱りを受けるぞ」 
    「し、失礼しました、つい……」
     恐縮しながらも期待に満ちた瞳で、兵士らしき青年はこちらへと近付いてくる。見えない筈なのに、ちっともそれを感じさせない動きでカインは彼に向かい片手を差し出した。何も疑う事なく、相手もそれに応える。
     握手して見えた人物に心当たりがあったらしい。カインは色違いの瞳をぱちりと瞬かせる。
    「確かこの間、訓練場で稽古を頼んできた……」
    「はい! 覚えて頂いて光栄です!」
    「覚えてるさ。いい剣筋だったからな」
     さらりと誉められ、青年は感激している。騎士団におけるカインの人気ぶりが目に見えるようで、晶は相好を崩した。
    「カイン様、本日はお時間ありますか? よろしければまた稽古を見て頂けたらと」
    「悪い。今日は午後から依頼の調査に出るんだ。稽古をつける時間はちょっとないな」
     勢い込む青年に対し、カインはすまなそうに首を横に振りながらもはっきりと言う。「そうですか……」と明らかに萎れた様子の青年が哀れで、晶は思わず「あの」とカインに向かって声を掛けていた。
    「お昼までまだ少しありますし、ちょっとだけならいいんじゃないですか?」
     この後は、アーサーの執務が終わるのを待つ時間になる。きっと多忙な彼の事なのですぐには終わらないだろうし、今日は彼の息抜きも兼ねた簡単な調査だ。問題ないだろう。
     ぱあっと分かりやすく表情を明るくした青年に対し、カインは「しかし……」と少し難しい顔をした。グランヴェル城内とはいえ、晶やリケの傍らを離れるのは躊躇われるのだろう。
    「大丈夫ですよ。アーサーの執務室までの道は覚えてますし、リケも一緒ですから」
    「ええ、お任せ下さい」
     そう言い胸を張るリケに微笑みながらも、カインは少し何かを考えるように口元に手を当てていた。やがてその視線はたった今出てきた扉の警護につく二人の兵士へと向けられる。部屋に入る前に握手を交わしていた彼らも、それに気付いたようだった。
    「すまないが、どちらかアーサー殿下の執務室まで賢者様達を送ってもらえないか?」
    「分かりました」
    「カイン」
     そこまでしてもらわなくても、という意を込めて見れば、ゆっくりと首を横に振られる。
    「誰も付けずに城内を歩けば、事情を知らない人間に咎められるかもしれないからな」
     最低限の処置なのだと告げられれば、晶はそれ以上何も言えなかった。思い返せば確かに、城の関係者以外と訪れた時には兵士がついていてくれた……かもしれない。意識する必要がなかったのは、アーサーやカイン、ドラモンドやクックロビンが代わりに配慮してくれていたからだろう。
    「……すみません、私、深く考えずに」
     またしても落ち込む晶の肩を、カインは軽く叩くように触れた。
    「いや、礼を言わせてくれ。ちょうど体を動かしたかったところだ……長話で疲れたしさ」
     そんなふうにこっそり囁いてこちらの笑いを誘うところに、本当に敵わないと思う。
     恐縮しながらも喜びを隠せない青年と共に遠ざかる背中を見送って、晶とリケは見張りの兵士と共に廊下を歩き始めた。
    「お仕事を増やしてしまって、すみません」
    「いえ、謝るのはこちらです。浮ついたところをお見せしてしまい……それに、自分はかのカイン騎士団長の代わりを務められる腕でもありませんので」
     苦笑と共にそう言う兵士は、カインより年上のようだった。しかし衒いなく彼を追われた地位を付けて呼ぶ横顔には、揺るぎない尊敬の念が滲んでいる。
     そう感じたのは晶だけではないらしい。リケが感心したように呟く。
    「カインは相変わらず、とても慕われていますね」
    「はは、そうでしょうね。カイン様に憧れて入隊したという者も多いですから」
    (改めて、カインが凄い有名人なのを実感するなあ……)
     そうやって話している内に、アーサーの執務室へ繋がる廊下へと出た。もうすぐですねとリケと顔を見合わせたタイミングで、二人の前を歩いていた兵士が、廊下の端へと歩みを進める。なんだろう、と晶が前方に視線を向けたのと、大理石の床板を叩く硬い音が響いたのは同時だった。
     ──白。
     真っ先に目に飛び込んできたのは、その色。次いで、それが晶達の目の前に迫る人々が身に纏う装束のものだと理解する。
    (教会の人だって、前にクックロビンさんが言ってたっけ)
     丈の長い白い服──祭服、と呼ぶらしい──を着た人々は、これまで幾度か城内で見掛けた事があった。その時は一人二人程度だったが、今はざっと七、八人程。彼らはこちらへと静かに歩みを進めていた。
     集団の先頭に立つ一人が杖を付いているのに、そこでようやく気付いた。それ故に、兵士は彼らを避けたのだろうと特に疑問に思う事もなく、晶もリケと共にそれに倣う。しかし兵士はそのまま足を止め、彼らが通り過ぎるのを待つようだった。
    (そういう決まりなのかな?)
     城での作法に疎い晶は内心首を捻りつつも、同じように立ち止まる。
     そうして集団が目の前まで迫った時、杖を持った壮年の男性がこちらを見て足を止めた。
    「失礼ですが……もしや、賢者様でいらっしゃいますか?」
    「えっ……は、はい」 
     少し驚くも、そう声を掛けられる事には慣れている。頷いてから「賢者の晶です」と名乗り、改めて目の前の人物を見上げた。
     背はアーサーと同じか、少し高いくらい。見た目は魔法舎の皆よりやや上か。こちらを見つめる枯葉色の瞳がひどく穏やかで、それ以上に老成しているように晶には感じられた。
     彼は「やはり」と微笑んで頷いてから、軽く頭を下げる。肩口で結えられた髪が、それに従いするりと落ちた。
    「司祭のアルセストと申します。宝剣カレトヴルッフの件では、賢者の魔法使い様達に大変お世話になったと司祭長から聞きました」
    「チェーリオ司祭長から?」
     宝剣カレトヴルッフを巡る一連の事件は、晶にとって少し懐かしい話だ。最終的には丸く収まったものの、聖堂に忍び込むというやや強硬手段に出た為、僅かに後めたい気持ちも記憶と一緒に思い出してしまう。
    「アルセスト司祭も、あの夜聖堂にいらっしゃったのですか?」
     隣のリケが、晶の逡巡など軽く飛び越えてそう尋ねる。しかしアルセストはやんわりと首を横に振った。
    「いえ、私は所用で出ておりまして……お陰で、他の者から幾度も亡霊達を祓ったアーサー殿下の勇姿を聞かされました」
     そう言って、少しだけ愉快そうに笑みを零したアルセストはリケを見る。その視線に察しがついたのか、リケは慌てる事なく両手を顔の前で組み、姿勢を正した。
    「申し遅れました。中央の魔法使い、リケです」
    「お名前は存じております。貴方もご活躍だったと」
     そう言われ、リケは嬉しそうにお礼を言う。
     それを微笑ましく眺めていたアルセストだったが、何故か微かに表情を曇らせる。
    「こうしてお目に掛かる機会を頂けたのは僥倖でしたが……申し訳ありません。賢者様方に道を譲らせてしまいました」
    「え? えっ⁉︎」
     何故謝られたのか分からず一瞬ぽかんとした晶だったが、こちらに傾けられた頭に仰天する。しかし晶以上に、アルセストの背後に控えていた人々の方がざわめいていた。
    「アルセスト様!」
    「何もそこまでなさらずとも……」
     彼らは同じ白の長衣を纏っていたが、アルセストのそれに比べ装飾が少ない。先頭に立っていた事や敬称で呼ばれている事から分かってはいたが、彼がこの集団では上の立場なのだろう。そんな人物に頭を下げられて平然としていられる程、晶は一般人の感覚を鈍らせてはいなかった。
    「あの、頭を上げて下さい……!」
    「僕達、気にしていませんから!」
    「しかし……」
     リケと二人がかりでそう言い募るも、アルセストは首を横に振るだけで頭を上げる気配がない。
    (どうしよう)
     いまいち状況が把握出来ていないせいで、晶は何と言えばいいのか分からなかった。その時だ。
    「──アルセスト様」
     声と共に、彼の背後で慌てふためいていた集団から影が一つすっと進み出た。青年と少年のあわいの年頃に見える若者は、アルセストに向かい膝を折る。慣れた仕草だった。
    「どうしました、リアン」
    「アルセスト様が頭を下げる必要はありません。──そこの兵士」
    「はっ……はい」
     急に呼びつけられた案内役の兵士が、晶達の隣で姿勢を正す。リアンと呼ばれた彼は、膝を床に着けたままこちらに……より正確に言うなら兵士に向け、冷ややかな眼差しを投げた。
    「賢者様は異界より来られた故、こちらの作法に不慣れと聞き及んでいます。……貴方が安易に道を譲ったが為に、双方に要らぬ手間が掛かっていると何故気付かれないのか」
     平坦な口調が、怒りか苛立ちかで僅かに崩れる。戸惑いの表情を浮かべていた兵士の横顔に、焦燥が混じった。まるでリアンに倣うかのように、彼もまた床に片膝を落とす。しかし相手はアルセストでなく、晶にだった。
    「申し訳ありません賢者様! 伺いも立てず勝手な真似を」
    「いえ、その……!」
     道を譲った。たったそれだけの事がどうしてここまでの事態を引き起こしているのか分からない。こんな事なら、もっと城の作法について詳しく聞いておくんだったと悔やみながらも、晶は兵士の肩に手を添えた。
     立場がどうであれ、人に頭を下げさせたまま話し続けられる精神を持ち合わせてはいない。
    「あの、もう大丈夫なので……どうか立って下さい」
    「ですが……」
     なおも躊躇う兵士の顔を覗き込んで晶は笑う。出来るだけ、困った表情は引っ込めて。
    「そのままじゃ、話しづらいですから」
     それは本音半分、方便半分ではあったが、今までで一番通じたらしかった。兵士がそろそろと立ち上がってくれた事に胸を撫で下ろした晶は、ほぼ同時に耳に届いた「賢者様?」と呼ぶ声に更に胸の奥が軽くなる。
    「アーサー……」
    「アーサー様!」
     晶が漏らした吐息混じりのそれを、リケの弾むような声が追い越していった。
     決して穏やかとは言えない雰囲気を察しただろうに、アーサーはにこりと朗らかに微笑みかけてくれる。
    「お待たせして申し訳ありません、賢者様。リケも」
     近付いてくる自国の王子に、アルセスト達も兵士も黙って道を空けた。すまない、と軽く謝るアーサーの姿に、晶はさっきまでの騒動の原因を見た気がした
    (そうか……立場が上の人に対して、道を譲るのが当たり前だから)
     その道理でいくのなら、道を譲った兵士は賢者である晶よりもアルセストを上位として扱った事になる。それであんなにも恐縮していたのだろう。
    「それで、一体どうされたのですか? アルセスト司祭も」
    「ええと……」
     こちらを覗く晴れ渡った空色の瞳に乗った気遣いに、晶は何と言ったものかと少し迷った後、こう口にした。
    「私がお城での行儀作法に疎かったせいで、色々と行き違いがありまして……あの、すみませんでした」
     そのまますっと頭を下げれば、兵士からもアルセストの背後の人々からもざわざわと落ち着かない空気が伝わってくる。それでも、晶は慌てて姿勢を戻す事はせず、腰を折ったままでいた。
    (これが正解じゃないかもしれないけど……迷惑をかけずに済ませられたかもしれないのは本当だし)
     何より、晶自身が謝るべきだと感じたのだから、謝りたかった。
     ゆっくりと顔を上げると、こちらを真っ直ぐに見つめるアルセストと視線が交わる。彼は先程出会った時と変わらず……いや、より穏やかな表情を浮かべていた。
     アルセストは再び頭を垂れはしなかったが、代わりに目を伏せ、口を開く。
    「……私どもの方こそ、浅慮でお手を煩わせました。賢者様の、寛大なお心に感謝いたします」
     それではと目礼をして、アルセストは人々を引き連れ元の進路へと戻っていった。波ように静かに遠ざかる姿を見送ってから、晶は改めてアーサー達に向き直る。
    「心配を掛けてすみませんでした、アーサー、リケ」
    「いいえ、解決したのならよかったです」
    「すみません、僕、お役に立てなくて……」
     気にしないでと声には出さず微笑んで、アーサーは気落ちしているリケの肩に手を添える。僅かに良くなった顔色にほっとしつつ、晶は傍に立っている兵士を見上げた。
    「その、貴方も……」
    「いえ……自分の気の緩みのせいです。申し訳ありませんでした」
     兵士は眉根を寄せ、首を横に振る。心なしか先刻より口調が堅い。
    「……まさか、アルセスト司祭と行き合うとは」
    「それは、どういう……!」
     その言葉の意味を尋ねようとした時、アルセストの去った廊下の先に影が差した。
     反射的に身構えてしまう晶だったが、すぐに現れた人物に肩の力が抜ける。相手もこちらを見て、からりと笑った。
    「賢者様、リケ、待たせた。……アーサー殿下も」
    「おはよう、カイン」
     ぱん、と軽く互いの手を打ち鳴らし笑う二人。手を触れるまで姿が見えないなんて嘘のような自然さだった。
    「どこへ行っていたんだ?」
    「頼まれて、軽く稽古をつけてたんだ。……何かあったのか?」
     快活さを少しひそめた面持ちでそう尋ねるカインの鋭さを内心で流石と思いながら、晶はことの次第を掻い摘んで伝える。
    「──という事で、特に何事もなく済んだんですけど……あの、カイン。どうかしましたか?」
    「──ああ、……」
     話の途中から、カインの表情はどんどん険しくなっていった。その返答も、あまりに歯切れが悪い。普段の彼があまり見せない様に、晶は勿論リケも動揺していた。
    「怖い顔になっていますよ。具合でも悪いのですか?」 
    「……いや、違うんだ。悪い、大丈夫だから」  
     深く息を吐いて、カインは視線を落とす。言おうかどうか、迷っているようだった。しかしそこは彼の気質が逡巡に勝ったらしい。持ち上げられた瞳が、真っ直ぐにこちらを見る。
    「アルセスト司祭は……友人だったんだ」 
    「……誰の?」
     そう問い掛けながらも、晶は何故かその先を理解していた。痛みを堪えるような面持ちや、日向色の瞳が翳る様には、見覚えがあったから。
     カインの唇が、ゆっくりと動く。
    「……ニコラス」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👍👏👏👏👏👏☺☺❤❤❤💖👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏💖👏👏👏💖☺🙏💖👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works