【装備品をあなたへ】 命乞いの悲鳴があがる。しかし赦しの言葉が返ることはない。剣で骨肉を貫く鈍い音、続いて断末魔が響くとやがて周辺には静寂が訪れた。
「口ほどにもなかったな」
「さすがは我が主。鮮やかな剣捌きでございました」
誰もいなくなった毒の湿地帯。吸血鬼ヴァルバトーゼとそのシモベである狼男フェンリッヒは目配せをするとようやく警戒をといた。
構えていた剣、或いは拳をおさめた二人の悪魔の元にはご褒美のアイテムがふわり舞い降りて来る。邪神の慈悲、或いは超常現象か。魔界では「そういうものとして在る」ボーナスゲージの報酬にもはや両名が疑問を呈することはない。フェンリッヒは宙へ手を伸ばすといくつかのアイテム、HLをグローブの手中に収めた。日頃、装備品の管理を任されている彼はそれらのアイテムを携行するものと倉庫へ送るものとに手早く仕分けていく。
「おや、これは……」
「どうした?」
フェンリッヒは拾得物のひとつである「デビルリング」だけを主へと丁重に差し出した。
「ヴァル様、こちらをどうぞ。──『高貴な悪魔が身につける、貴族のシンボル』でございます」
「……地獄にいる悪魔が高貴であるものか」
フェンリッヒの皮肉にヴァルバトーゼはやれやれとため息を吐き、しかし差し出されるままにリングを受け取った。そしてアイテムのステータスを確認した後でおや、と首を傾げる。「らしくない」と思ったのだ。
主よりアイテム管理を一任されているフェンリッヒはその場の状況に応じて地獄党の面々へ装備品他、戦利品を割り振り与えていた。その際、その時点で持ち得る最善最優の武器、防具をヴァルバトーゼへ装備させるのがシモベたる彼の常だった。より良いアイテムを入手すれば当然のごとくヴァルバトーゼへと手渡され、外されたお下がりが今度は別の悪魔へと支給されていく。いつまでたってもランクの低い服を着ている仲間たちを見かね、ヴァルバトーゼは幾度もそのことを諌めたがフェンリッヒは、そして党の悪魔たちさえも首を横に振るのだった。
「閣下、これはわたくしの依怙贔屓によるものではございません。こうすることこそが打倒政腐を掲げる地獄党にとっての最適解なのです。今ある資源を使い、今出来る最大を捧げ……あなた様だけは何としてでも生かします」
ヴァル様の指揮を失っては遅かれ早かれわたくしも党員も黄泉行きでしょうからね、と肩をすくめ笑っていたシモベの姿をヴァルバトーゼは思い出す。
だからこそ不思議だった。今しがた手渡されたデビルリングはこれまでの経験則には反するものだった。無論、悪くはないが最善ではない。最優ではない。特別なイノセントの気配も感じないこのリングをあえてフェンリッヒが寄越したことには何か意味があるように思えてならなかった。
「ヴァル様、お手を」
言われるがままに手を差し出せば白手袋が外される。素肌の指先に狼男の手によって妖しく輝くリングが通される。そしてそれが薬指の根本で止まったのを目にして、ヴァルバトーゼは息を呑んだ。
「フェンリッヒ、お前……揶揄っているな!?」
「揶揄ってなどおりません。例えプリニー教育係に成り下がろうともあなた様の崇高なお心に変わりはないのですから」
「や、そうではなくてだな……」
「?」
「い、いや、良い。忘れてくれ」
頬を赤らめそわそわと落ち着かないヴァルバトーゼとは裏腹に、狼男は顔色ひとつ変わらない。そこにいるのはただ、穏やかな眼差しで指に触れる、甲斐甲斐しい従者だけである。薬指を選んだことに深い意味など無いのか、どうなのか。吸血鬼は真相を掴めない。
「う、うむ! サイズも丁度だ! ステータスの底上げは重要だからな。助かったぞ、フェンリッヒ」
「滅相もございません。全ては、我が主のために」
恭しく頭を下げるフェンリッヒの前でいそいそと白手袋を嵌め直すヴァルバトーゼ。彼らの視界から消えたデビルリングは、しかし不思議と熱を持ってヴァルバトーゼの指に存在を主張した。
「フェンリッヒ」
「はい、ヴァル様」
「もう一度聞くが……俺を揶揄っているのではあるまいな?」
「揶揄う? 何のことでしょうか」
今度は口角を上げて見せたフェンリッヒ。その少々意地の悪い笑みに確信を得たヴァルバトーゼは顔を真っ赤にして、マントを翻す。そして地獄へ繋がる時空ゲートとは真逆の方向へと靴先を向けた。
「ヴァル様? 一体どちらへ……」
「決まっているだろう。やられっぱなしでは俺も気が済まん」
吸血鬼は振り返るとぎこちなく手を伸ばす。
「お前の分がないだろう。──デビルリング、もうひとつ探しに行くぞ」
今度は狼男が顔を赤らめる番だった。