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    last_of_QED

    @last_of_QED

    ディスガイアを好むしがない愛マニア。執事閣下、閣下執事、ヴァルアルやCP無しの地獄話まで節操なく執筆します。デ初代〜7までプレイ済。
    最近ハマったコーヒートーク(ガラハイ)のお話しもちょびっと載せてます。

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    last_of_QED

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    2/1新月🌑執事閣下🐺🦇【マボロシコレクター】さようなら、マボロシ。
    ※モブ悪魔が登場します。また、本作は1/3にupしたものの全編となります。既に前編をお読みの方は中盤◆◆◆以降からご覧ください。

    #執事閣下
    deacon
    #フェンヴァル
    fenval
    #ディスガイア4
    disgaea4

    マボロシコレクター【マボロシコレクター】


     足元のジオパネルは「一撃死」を示している。いかに強大な力があれど、ジオエフェクトは何者にも等しく、絶対だ。アイテム界では最悪「詰み」も有り得る、この地に宿る魔法の力。その力を味方につけた敵は一枚も二枚も上手だったのだろう。俺たちは然るべくしてパネル上に誘い込まれたのだと思い知る。
     ハメられた。小賢しい。それでも、どうしようもなく腹立たしいのは──弓を構え、あろうことか主人へと矢の先を向けている、自分自身。

    「閣下! お逃げください!」

     まさに絶叫と言って良いだろう。喉が枯れるのも厭わずに、叫ぶ。それでも、視線の先にいるその人は微動たりともしない。

    「お願いです! このままでは私は、貴方を」

     この弓で、貫いてしまう。

     弓をひく。矢を放つ。
     ああ、これでさようなら、愛しい人。





    【コレクションしたい!】
    ボクはマボロシコレクター!金銀財宝も良いけれど、最近はマボロシ集めにハマってるんだ。上級悪魔のマボロシを五つ集めて来てくれないかな?報酬は10,000,000HL!

     何気なく見た掲示板にこれ見よがしに貼られているチラシ。それはあまりにも堂々とした犯行だった。誰だ、無許可で張り紙をしているのは。そんな言葉が口から出掛かったが、喉元で止まる。掲げられた破格の報酬に視線を奪われたためだ。これだけの金が入ればこれからの魔界政腐の制圧に際し金策には困らないだろう。そんなことを頭の中であれこれ思えば、マントをはためかせ隣に主がやって来る。

    「どうした、険しい顔をして」
    「閣下。何の申し出もなくポスターを掲示する不届き者がいるようです」
    「……ほう。なにっ、報酬10,000,000HL!? しかし何なのだ、マボロシとは?」

     いかにも怪しい内容に主人と従者は訝しむ。いずれにせよ、無断でポスター掲示したことに対する厳重注意の必要があろうということで、依頼主を掲示板前へと呼び寄せたのが、丁度一時間前のこと。猫耳帽のシーフが一人やってきて悪びれもせず依頼の詳細を語り始めた。

    「依頼、引き受けてくれるんだね!? 助かるよ〜。簡単簡単、このうはうはハンド〈改〉でこちょこちょ〜っとマボロシを掠め取って来てくれれば良いだけだから!」

     これはボクの特注品でね、幻の勲章とハンドを掛け合わせてちょっとした細工を施してあるのさ! ……そう誇らしげに語った彼女へフェンリッヒが苛立ちとも呆れともつかぬ表情を見せる。

    「誰がそんな胡散臭い依頼を引き受けると言った? お前をここに呼びつけたのは、無断の掲示に説教をするためだ」
    「えっ? それじゃあボクってばまんまと怒られにきたってこと!? あはは……ではこの辺で失礼しま〜す……」
    「待たんか! その依頼、引き受けよう!」

     さすがは盗賊の機動力である。一瞬のうちに拠点の端まで距離を取り、時空ゲートをくぐりかけていた彼女に、ヴァルバトーゼが声を張り上げ言った。

    「閣下? 突然何をおっしゃって……」
    「引き受けてくれるなら最初からそう言っておくれよ〜! クエスト受注有難う!」
    「うむ。詳細を聞こうか」
    「閣下」

     調子良く此方へと戻ってきて吸血鬼の手を握りぶんぶんと振るシーフ。それを躍起になって引き剥がし、それでも主の意思がかたく変わらないのを悟るとフェンリッヒは大きなため息を吐いた。





    「マボロシを盗んできて欲しいんだ」

     改まってシーフの告げたことは、次の通り。悪魔の強く願うIF、彼女が「マボロシ」と呼称するものをうはうはハンド〈改〉を使って具現化し、それを瓶に詰めて持ち帰って欲しいということだった。「なるほど、分かりそうでさっぱり分からん!」と清々しく言ってのけたヴァルバトーゼが目に眩しい。吸血鬼と狼男は半信半疑のまま一通りの説明を聞き終え、唸った。

    「じゃ、よろしくね!」
    「待て、まだ話は終わっていない。あまりにも不可解な点が多過ぎる。しかもだ、お前はこの依頼を『簡単だ』とほざいたな。それなら何故自分でやらんのだ。何か裏があるだろう」
    「ボクじゃ太刀打ちできないような悪魔に巡り会うと踏んで君たちに依頼を出したのさ。聞いてるよ、これから大統領府に乗り込むんだって? 腐り切った魔界の世直し、痛快だね!」

     大統領府直轄の権力者たち。さぞや欲望に塗れているんだろうねえ。そんな上級悪魔のマボロシなんて……いかにも何かに使えそうだと思わない? そう言ってシーフの瞳がギラリ妖しく光る。
     地獄では未だ金策に四苦八苦している。装備を整えるにせよ、賄賂に使うにせよ、資金が得られるのは好都合だ。それに加え「マボロシ」の存在を鵜呑みにするのであれば、この依頼を引き受けることは即ち敵方悪魔の弱みや欲望を握ることにもなる。今後の魔界政腐制圧に活かせるだろうという予感があった。
     期待感と疑念の狭間で揺れる狼男の横でうはうはハンド〈改〉を受け取りながら吸血鬼は容易く言ってのける。

    「俺たちは間も無く、大統領府の幾万の悪魔たちを相手取ることになるのだ。小手調べも兼ねて、やるだけやってみようではないか」
    「決まりだね? じゃあ最後にひとつだけ」

     彼女はコホンとひとつ咳払いし、背負っていたアイテム携帯袋から美しいしなりの弓をひとつ、手渡した。これもまたシーフの改造品だろうかと見慣れぬその弓をフェンリッヒは黙って譲り受け、これは何だと目で訴える。

    「マボロシは意思を持つんだ。場合によっては君たちを攻撃してくるだろうし、下手をすれば呑まれてしまう。ターゲットの悪魔はともかく、マボロシには近付き過ぎず特製の弓で遠距離攻撃。弱ってきたところで一気に近付いて小瓶で捕獲、を強くお勧めするよ!」
    「……呑まれる? 何のことだ?」
    「イケナイお薬みたいなものなのさ、マボロシは。得られる快感は格別だけどね!」

     フェンリッヒに首根っこを掴まれながら両手を上げてニャフフとシーフは笑う。

    「君たちにだってあるでしょ。ああだったらいいな、こうだったらいいな、あの時ああしていればこうしていれば……そんなIF。マボロシって言うと響きはロマンに溢れてるけど、幻覚・妄想って言ってしまえば途端に狂人の戯言なのさ」

     いつの間にやらフェンリッヒの拘束する手をするりと抜けてシーフは拠点中央、掲示板の裏からピースサインを送る。「よろしくね〜!」と楽しげに、そして無責任に放って依頼主は地獄を去って行った。その逃げ足の速さに吸血鬼は深く感心していたが、隣では狼男が延々小言を並べ続けた。

    「さて、行くとするか」
    「……本当に宜しいので? 相当に怪しい話ですが」
    「しかしお前も気にならん訳ではなかろう、マボロシとやら?」

     もしイワシが最強の魚なら海の生態系はどうなる!? そんなIFも見られるかもしれん。いや、既にイワシは強いがな! 饒舌に語るヴァルバトーゼのきらきらとした好奇心に折れるかたちでフェンリッヒががっくりと首を縦に振ると、吸血鬼はメーヴェルに時空ゲートの行き先を大統領府前へと設定させた。





    「逃げるな卑怯者! 『それ』を返せ!」

     魔界大統領府前、ヴァルバトーゼとフェンリッヒは三つ目のマボロシを手中に収めたところだった。情けない声を上げながら必死に追いかけてくる愚鈍な上級悪魔(アイアンナイト)を完全に振り切って、主人と従者は顔を見合わせる。足を止め小さくハイタッチを交わせば双方からにやりと悪い笑みがこぼれた。
     シーフから請け負った依頼は「上級悪魔のマボロシを五つ集める」こと。何も命までとる必要はない。むしろ、殺さずにおいたほうがマボロシが脅しのネタとして生きてくる。故に標的の背後から不意をついてマボロシを盗み、一目散に逃げ去ることをこの間三度繰り返してきた。正々堂々の勝負を好むヴァルバトーゼは当初その盗賊のような策を渋ったがこれまであらゆる戦略を任せてきたシモベからの説得で、今回も遂にはそのやり方に従った。

    「しかしこれは……面白いものだな。一体どういう仕組みなのだろうか」

     手元の小瓶をじっと見る。きつくしめられた蓋が吸血鬼によってきゅぽんと音を立て取り外されれば、不思議な色の揺らめきを纏ってマボロシが溢れ、みるみるうちに人型を象っていく。豊満な胸に多額の紙幣が挟み込まれている妖艶な夜魔族。そんな彼女の尻に顔面を押し潰され、鼻息を荒くして悦んでいるナイトの写し身が現れて、こちらにはお構い無しに何事かをおっ始めんとしている。咄嗟にヴァルバトーゼの両目を手で覆うフェンリッヒは心底軽蔑した表情で毒を吐く。

    「我が主にフケツなものを見せるな! 穢らわしい!」
    「落ち着けフェンリッヒ。これはただの欲望だ。現実ではない」
    「そんなことは承知しております! 閣下、見てはなりません!」

     フェンリッヒはヴァルバトーゼの手から瓶を取り上げ、乱暴に振りかざす。今まで見ていたマボロシは再び小瓶へと吸い込まれ、音もなく姿を消した。

    「なんと低俗な願望でしょうか。しかし、なるほどこれは……確かに政腐制圧には大いに役立ちそうですね?」

     ほくそ笑むフェンリッヒの手元の三つの瓶の内側にはそれぞれ形を持たぬマボロシが妖しい色を帯び、揺らめいていた。

    「使いようはあるな。しかし……この状態だと、何とも綺麗なものだ」

     瓶の中のオーロラの揺らめきに見入ってしまった数秒、二人の間には沈黙が生まれる。ハッとしてフェンリッヒは首を振った。これがシーフの言っていた「マボロシに呑まれる」ということなのだろうか。最後の最後で意味深な言い逃げをして、いけ好かない依頼者だと舌打ちをすると、その音にようやくヴァルバトーゼも我にかえった。

     木々が騒めく。空の低いところをカラスが複数羽、喧しく飛んでいった。日が傾き、空には灼けるようなオレンジが不気味に滲む。

    「さて、また同じ要領でいきましょうか」
    「ああ、大統領府付近まで戻るとするか。クク……先ほどマボロシを拝借した上級悪魔たちとは鉢合わせんようにせねばな。急ぐぞ」

     先を行くヴァルバトーゼに追随するフェンリッヒは、何故、何でもないただの道で躓いたのか、分からない。

    「!?」
    「危ないっ!」

     確かにそこは身を隠すのに適した鬱蒼とした森だった。日も傾き、足元には一部、暗がりが広がっていた。それでも転ぶような要素はなかったはずだった。しかし事実、狼男は蔦に足元を取られてしまったのだ。よろめくと、半歩前を歩いていたヴァルバトーゼを巻き込んでそのまま勢い良く地面へと転んだ。従者を受け止めようと咄嗟に振り向いた主人へと正面から覆い被さる形になって、何とも言えぬ気まずさからすぐに立ち上がり、距離を取る。

    「申し訳ありませんヴァル様……ご無礼を」
    「いや、どうということはない。大丈夫か?」

     湿り気を帯びた土を払い、フェンリッヒは頭を下げて目の前の主人へ失態を詫びた。そして許しの声に顔を上げ、目を開き、驚愕する。何かの見間違いではないかと二度、三度、瞬きをした。目の前で起こる事象を、にわかには信じられなかった。身体が打ち震え、自分ではそれを制御出来ない。

    「ヴァル、様……?」

     フェンリッヒの視線の先には在りし日の、暴君ヴァルバトーゼの姿があった。


    ◆◆◆


    「どうした? おい、しっかりせんか」

     心配そうに顔を覗き込むヴァルバトーゼの姿をフェンリッヒの目は映していない。彼が見つめるのは、数メートル先で佇む長髪の男。かつて忠誠を誓った、その人の姿。
     硬直するフェンリッヒの視線の先にようやく気が付いて、ヴァルバトーゼは息を呑む。

    「何をぼけっとしている、フェンリッヒ」

     いつか聞いた、ドスの効いた低い声。フェンリッヒの肌が粟立つ。激情的に湧き上がる、喜びと戸惑い。その肩が僅かに震える。

     突如現れ、フェンリッヒの名を呼んだのは暴君ヴァルバトーゼ。本来、相見えるはずのない偉大な悪魔の姿に見入り、狼男は呆然と立ちすくんでいる。隣では現在の──プリニー教育係としての──ヴァルバトーゼがすぐにその正体を見抜いていた。暴君の正体は実体を伴わぬマボロシである。フェンリッヒが転んだ拍子にヴァルバトーゼが構えていたうはうはハンド〈改〉に接触したことで、偶然生み出された、IF。
     強い願望はシーフの改造品を介し、泡沫ながらに具現化する。これまで自分たちが見てきた上級悪魔たちのマボロシ同様、今目の前にいる暴君ヴァルバトーゼはフェンリッヒにとって強く望むIFなのだろう。そう冷静に推測する吸血鬼のすぐ側で、フェンリッヒは息を呑んだ。

    「ヴァル、さま」

     熱に浮かされたように呟いて、一歩、暴君ヴァルバトーゼの方へと歩み寄る。
     「マボロシはイケナイお薬みたいなもの」と、地獄で依頼主のシーフは語った。つまりは、都合の良い妄想。他者から見ればそうでも、当の本人にはそれを正常に判断出来ない。或いは判断出来たとて、抗えない。その証拠に、追い縋るよう、暴君の元へと狼男は引き寄せられていく。
     もし、あの時閣下が約束など交わさなければ。もし、あの時人間が戦争など起こさなければ。もし、あの時俺が……
     眼前に広がる景色は、そんなどうしようもない仮定が生み出した幻想だと、フェンリッヒ自身、理解していた。この四百年、何度も何度も想い描いた願望。けれどついぞそれが叶うことは一度だってなかった。だからこそ今、目の前のマボロシに抗うことが出来ないでいた。これまでずっと悪い夢を見ていたのではないかとぬか喜びしてしまえるほど、暴君ヴァルバトーゼに焦がれていた。

     ヴァルバトーゼは朦朧とするフェンリッヒの腕を後ろから掴み、引っ張って、振り向かせる。その目の焦点は定まらず、ただ小瓶に詰められていたのと同じ、綺麗な色をゆらり携えている。

    「しっかりしろフェンリッヒ! 惑わされるな! あれはただのマボロシだ!」
    「ああ、ただのマボロシだとも。しかしマボロシは強い望み。こやつが望むのはお前ではない、俺の方だということの証明だ。フフフ……知っているぞ、我がシモベは俺にこの姿を取り戻して欲しいことを」

     度々四百年後の俺(そいつ)の食事に血を仕込んでいるだろう、フェンリッヒ? お前は俺を求めているはずだ。……そう口を挟む暴君ヴァルバトーゼに、吸血鬼は咄嗟に言葉を返せない。

    「ええ、お待ち申しておりました」

     暴君の言葉に誘われるよう、掴まれたヴァルバトーゼの手を振り払う。そして偉大なる悪魔の元へと駆け寄り、跪く。暴君の手が、狼男の頭を恐々と撫でる。顔を上げ、立ち上がれば二人は同じほどの背丈。視線が丁度合うのがフェンリッヒにはむず痒かった。「マボロシに呑まれる」という誰かの言葉が、彼の頭の中、ずっと遠くで虚しく反響した。

     草木が不穏な風を呼び、風は狼男の銀の髪を揺らす。

    「さあ、弓を取れ。お前の見ていた悪い夢は……今ここで終わらせよう」
    「仰せのままに、ヴァルバトーゼ様」

     フェンリッヒが戦意を見せれば、そこはたちまちただの森から戦場(フィールド)へと様変わりする。草の根、岩の隙間に隠れていたジオブロックの効果で足元が瞬時に彩られる。
     暴君が堂々と前に出れば、ヴァルバトーゼも負けじと前に出る。槍と剣とが鈍い音を立てかち合い、魔力の火花が散る。両者は一歩も引くことなく、己が暴を競い合う。
     
     激しい攻防をしばらく見つめていたフェンリッヒが昏い瞳でフィールドの直線上、ヴァルバトーゼへと弓を構えると、ジオブロックが悪戯な笑い声をあげ、ひとりでに動いた。動くジオブロックには誰もが翻弄される。しかし、時の運はフェンリッヒと暴君ヴァルバトーゼに味方した。

    「これが、お前の望みだというのか……?」

     地獄の教育係、ヴァルバトーゼの足元のパネルは「一撃死」を示している。吸血鬼が顔をしかめる一方で、もう一人の吸血鬼はほくそ笑んでいる。

    「フェンリッヒ」

     暴君はそう一言放ち、従者に攻撃を促す。従者は頷き、それに従った。
     重心を前方へと預け、膝の裏を伸ばす。下腹部へと力を込め、弓を引く。矢が弓を離れ、ヴァルバトーゼを目掛け伸びていく。そして、その瞬間に狼男は思う。


     嫌だ。


     もし、暴君ヴァルバトーゼがあの時のままで健在だったなら。そんなどうしようもない己の願望は認めよう。この先もきっと、憧憬が、呪いが、消えることはない。それでも、主が選んだ今を否定することは、もっと、


     嫌だ……!


     今俺が仕え、慕うのは。イワシ好きで、喧しい仲間に囲まれた、プリニー教育係のヴァルバトーゼ様だから。

    「閣下! お逃げください!」

     まさに絶叫と言って良いだろう。喉が枯れるのも厭わずに、叫ぶ。それと全く同時に、手元から矢が放たれる。

    「お願いです! このままでは私は、貴方を」

     俺を惑わすマボロシなら、そんなものは消えてしまえ。手元を離れた矢に、そう、強く願いを込める。矢を向けるべきは、認めたくない現実になどではない。己の迷い、己の見ている幻想に、放たれるべきだ。

     そしてその願いは五つ目のマボロシを生み出した。

     フェンリッヒがヴァルバトーゼへと撃った矢。それがオーロラのようなベールを纏い、マボロシと化す様を狼男の動体視力は捉えた。直線上へと飛ぶはずの矢はその軌道を捻じ曲げられ──暴君ヴァルバトーゼへと鋭く向かっていく。暴君は、幻想のたった一矢に、正確に喉元を貫かれる。願いの強さによって、その矢は暴君ヴァルバトーゼにトドメを刺してしまえるほどに強度を増した。

     矢が貫いたのは狙ったはずのヴァルバトーゼではなく、マボロシの方だった。

     目を逸らしたいのを必死に堪え見届けた、かつての主に矢が突き刺さる瞬間。らしくもなく、涙が溢れそうになるのは何故なのか。狼男は必死に奥歯を噛み締める。

    「何故、だ、? フェンリッヒ……」

     膝をつき、問う四百年前の主はそれでも凛と美しかった。それすらも、こうであってほしいという自分自身の願いの表れなのだろうとフェンリッヒは徐々に落ち着きを取り戻した頭で静かに分析する。

    「何度貴方に会いたいと願ったでしょう。何度貴方に帰って来てほしいと」

     跪き、視線を合わせて主人を見る。うずくまる暴君ヴァルバトーゼの手の甲に忠誠のキスを落とせば、それと同時に涙まで、ぽたぽたと落ちた。

    「でも、IFに縋っていては……きっと目の前の大切なものを見落としてしまう」

     折角また会えたのに、さようなら。夢にまで見た愛しい人。俺の絶対の主、ヴァルバトーゼ様。

    「……そうか。そうだな」

     そう一言、己に言い聞かせるように、マボロシはゆっくりと目を閉じた。徐々に実体を失い、不思議な色を纏って煙と化す。そしてフェンリッヒへと何かを告げる前に風に連れ去られ、消滅した。従者は手の感触を確かめるよう、空虚を握る。既に日は暮れていた。

    「フェンリッヒ」
    「ヴァル、さま……ご無事、で……?」

     聞き慣れた声と肩に触れる手の感触で狼男は我に返る。そうだ、自分はとんでもないことをしてしまった。主人へと弓を向けた罰を受けなくては。そんな覚悟で振り返れば思いもよらない言葉が降ってくる。

    「お前の弓の腕前には驚いた。明らかに俺に向けて放った矢だったが……ものすごい曲がり方で暴君(やつ)の元に飛んで行ったな。お陰で俺は見ての通り、無傷だ。フフ、お前に弓適正がなくて助かった」

     冗談めかして愉しげに語った吸血鬼は目尻の涙を指で拭いとる。そして、すぐに真面目な顔で言った。

    「俺はお前に……あんな『もしも』を思い描かせていたのだな、ずっと」

     主人が従者の側へ歩み寄る。従者よりもずっと低い背。細く華奢な身体。魔力はほとんど感じられない。それでも、フェンリッヒを見上げるその目には、暴君にはなかった決意が煌々と宿っている。

    「俺はな、フェンリッヒ。あの時、お前が俺を暗殺しに来なければ。あの時、アルティナと約束を結ばなければ……今こうして共にいることはないのだろうと、時にそんな『もしも』を想像して……寂しいような、恐ろしいような、そんな気持ちに苛まれるのだ」

     畏れを振り撒く存在である貴方が何を言っているのだと、そう思う頭で、狼男はようやく目が醒める。

     暴君ヴァルバトーゼが約束を交わさなければ、今も絶対の力は健在だったろうとフェンリッヒは長らくそう考えていた。
     けれど、ヴァルバトーゼは全く別の考え方をした。約束を交わさなければ、仲間たちとの出会い、そして絆による今の力は得られなかったろうと。かつての力を失ったからこそ、手に入れた力。手に入れた絆が、ここにあると。
     四百年前、ミノトロースを前に「俺たちは仲間だ」とはっきり放ったあの時と同じ眩さに目を細め、受け入れるようにフェンリッヒは息を吐き、そして吸った。
     姿形は変われども……今も昔も変わりはしない。誇り高いままの、我が主。

    「自分が選ばなかった選択肢、選べなかった選択肢の先にあったはずのもの……それに恋焦がれるのは道理だろう。けれど、今ある現実もまた、選び取った尊いものであるはずだ」

     返す言葉を探す従者に、主人は穏やかに微笑み掛ける。

    「矢が風を裂く音と共に、嫌だと、絞り出すようなお前の声が聞こえた。……気がした」

     お前の強い願いがマボロシになって弓の軌道を変えさせたのだろう。……お前には、苦労をかける。
     俯き、詫びたヴァルバトーゼ。狼男は迷わずに、魔力の失われたその手を取り、苦笑する。

    「ええ、本当に。貴方様にはいつだって……振り回されてばかりです」

     フェンリッヒは傅き、白手袋へとキスを落とす。そして今度はヴァルバトーゼの口から紡がれる言葉をしかと聞き取り、微笑んだ。

     薄闇の森に一際強い風が吹く。うはうはハンド〈改〉は砂城の如く崩れ、使い物にならなくなった。これで良いのだろうと二人は顔を見合わせた後、木の陰に身を寄せ、きつく抱きしめ合った。





    「ノーコン過ぎるだろう、狼男!」

     木の幹を叩いて笑うのは、地獄に依頼を寄越した張本人。ヒィヒィと、彼女の笑いは止まる気配がない。腰掛ける、森で一番高いその大木は彼女の笑い声に合わせて微かに揺れた。

    「そりゃ装備適正は拳・斧だなんてことはリサーチ済さ! けど、どんなポンコツが構えたって真っ直ぐに飛ぶはずの弓があんな曲がり方、するかい!? 有り得ない!」

     矢の描いた奇妙な軌道を思い出し、シーフは再び笑い声を上げた。そして直後、大きな溜息をつくと表情を豹変させ、不機嫌をあらわにした。

    「そうさ、マボロシでもなきゃ有り得ないんだよ。"弓が直線上以外に飛ぶ"なんてこと」

     シーフは猫耳帽を被り直し、改めて今回の標的を眼下に睨む。吸血鬼と狼男は木の陰に隠れ、様子をうかがえない。舌打ちをして近くの枝へと八つ当たりすれば、軋む音がして簡単に折れてしまった。

    「あー、クソッ。計算外だった。せめて吸血鬼か狼男か、片方だけでも潰せれば儲けものだったんだけど」

     シーフは足をぶらぶらと遊ばせ、舌なめずりする。マボロシコレクターと名乗った彼女は死神王ハゴスの命により、ヴァルバトーゼの暗殺を目論んでいたのだった。

     ハゴス様になんて言い訳しよっかな……。ばつが悪そうに笑う暗殺者は頭の後ろで腕を組み、愉快に嘆く。そのまま見上げた濃紺の空には、くっきりと上弦の月が浮かんでいる。その曲線にあの時の弓を張りを思い出し、シーフの瞳が細くなる。持て余すよう、手元で銃をくるりと遊ばせたが、遂にはホルダーへとそれをおさめた。

    「ま、面白いマボロシが見れたから良しとするか! 大統領府に戻っても気まずいばっかりだし……今日はアイツらからくすねたイワシでも食べて野宿だな。にゃはは!」

     しっかしプリニーでもないのに安イワシなんか食ってるって……好敵手も堕ちたものですね、ハゴス様? こんな奴ら、わざわざ闇討ちなんかする必要ないですよ! だから、ね? 許してくださ〜い♡

     彼女は陽気にひとり芝居をうち、森の中でその姿をくらました。

     月がまた、満ちていく。


    fin.
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    👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏😭😭💖💖💖💒😍👍🙏💖💖💖👏💘💘❤👏👏👏👏👏😭😭😭😭😭
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    last_of_QED

    MOURNING世の中に執事閣下 フェンヴァル ディスガイアの二次創作が増えて欲しい。できればえっちなやつが増えて欲しい。よろしくお願いします。【それは躾か嗜みか】



    この飢えはなんだ、渇きはなんだ。
    どんな魔神を倒しても、どんな報酬を手にしても、何かが足りない。長らくそんな風に感じてきた。
    傭兵として魔界全土を彷徨ったのは、この途方も無い飢餓感を埋めてくれる何かを無意識に捜し求めていたためかもしれないと、今となっては思う。

    そんな記憶の残滓を振り払って、柔い肉に歯を立てる。食い千切って胃に収めることはなくとも、不思議と腹が膨れて行く。飲み込んだ訳でもないのに、聞こえる水音がこの喉を潤して行く。

    あの頃とは違う、確かに満たされて行く感覚にこれは現実だろうかと重い瞼を上げる。そこには俺に組み敷かれるあられもない姿の主人がいて、何処か安堵する。ああ、これは夢泡沫ではなかったと、その存在を確かめるように重ねた手を強く結んだ。

    「も……駄目だフェンリッヒ、おかしく、なる……」
    「ええ、おかしくなってください、閣下」

    甘く囁く低音に、ビクンと跳ねて主人は精を吐き出した。肩で息をするその人の唇は乾いている。乾きを舌で舐めてやり、そのまま噛み付くように唇を重ねた。
    吐精したばかりの下半身に再び指を這わせると、ただそれだけで熱っぽ 4007

    last_of_QED

    DOODLEディスガイア4に今更ハマりました。フェンリッヒとヴァルバトーゼ閣下(フェンヴァル?執事閣下?界隈ではどう呼称しているのでしょうか)に気持ちが爆発したため、書き散らしました。【悪魔に愛はあるのか】


    口の中、歯の一本一本を舌でなぞる。舌と舌とを絡ませ、音を立てて吸ってやる。主人を、犯している?まさか。丁寧に、陶器に触れるようぬるり舌を這わせてゆく。舌先が鋭い犬歯にあたり、吸血鬼たる証に触れたようにも思えたが、この牙が人間の血を吸うことはもうないのだろう。その悲しいまでに頑なな意思が自分には変えようのないものだと思うと、歯痒く、虚しかった。

    律儀に瞼を閉じ口付けを受け入れているのは、我が主人、ヴァルバトーゼ様。暴君の名を魔界中に轟かせたそのお方だ。400年前の出来事をきっかけに魔力を失い姿形は少々退行してしまわれたが、誇り高い魂はあの頃のまま、その胸の杭のうちに秘められている。
    そんな主人と、執事として忠誠を誓った俺はいつからか、就寝前に「戯れ」るようになっていた。
    最初は眠る前の挨拶と称して手の甲に口付けを落とす程度のものであったはずだが、なし崩し的に唇と唇が触れ合うところまで漕ぎ着けた。そこまでは、我ながら惚れ惚れするほどのスピード感だったのだが。
    ……その「戯れ」がかれこれ幾月進展しないことには苦笑する他ない。月光の牙とまで呼ばれたこの俺が一体何を 3613

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    last_of_QED

    Deep Desire【悪魔に愛はあるのか】の後日談として書きました。当社比アダルティーかもしれません。煩悩まみれの内容で上げるかどうか悩むレベルの書き散らしですが、今なら除夜の鐘の音に搔き消えるかなと駆け込みで年末に上げました。お許しください…【後日談】


    「やめ……フェンリッヒ……!」

    閣下との「戯れ」はようやくキスからもう一歩踏み込んだ。

    「腰が揺れていますよ、閣下」
    「そんなことな……いっ」
    胸の頂きを優しく爪で弾いてやると、我慢するような悩ましげな吐息でシーツが握りしめられる。与えられる快感から逃れようと身を捩る姿はいじらしく、つい加虐心が湧き上がってしまう。

    主人と従者。ただそれだけであったはずの俺たちが、少しずつほつれ、結ばれる先を探して今、ベッドの上にいる。地獄に蜘蛛の糸が垂れる、そんな奇跡は起こり得るのだ。
    俺がどれだけこの時を待ち望んでいたことか。恐れながら、閣下、目の前に垂れたこの細糸、掴ませていただきます。

    「閣下は服の上から、がお好きですよね。着ている方がいけない感じがしますか?それとも擦れ方が良いのでしょうか」
    衣服の上から触れると肌と衣服の摩擦が響くらしい。これまで幾度か軽く触れ合ってきたが素肌に直接、よりも着衣のまま身体に触れる方が反応が良い。胸の杭だけはじかに指でなぞって触れて、恍惚に浸る。

    いつも気丈に振る舞うこの人が夜の帳に腰を揺らして快感を逃がそうとしている。その姿はあまりに 2129

    last_of_QED

    CAN’T MAKE十字架、聖水、日の光……挙げればきりのない吸血鬼の弱点の話。おまけ程度のヴァルアル要素があります。【吸血鬼様の弱点】



    「吸血鬼って弱点多過ぎない?」
    「ぶち殺すぞ小娘」

    爽やかな朝。こともなげに物騒な会話が繰り広げられる、此処は地獄。魔界の地の底、一画だ。灼熱の溶岩に埋めつくされたこの場所にも朝は降るもので、時空ゲートからはささやかに朝の日が射し込んでいる。

    「十字架、聖水、日の光辺りは定番よね。っていうか聖水って何なのかしら」
    「デスコも、ラスボスとして弱点対策は怠れないのデス!」
    「聞こえなかったか。もう一度言う、ぶち殺すぞアホ共」

    吸血鬼の主人を敬愛する狼男、フェンリッヒがすごみ、指の関節を鳴らしてようやくフーカ、デスコの両名は静かになった。デスコは怯え、涙目で姉の後ろに隠れている。あやしい触手はしなしなと元気がない。ラスボスを名乗るにはまだ修行が足りていないようだ。

    「プリニーもどきの分際で何様だお前は。ヴァル様への不敬罪で追放するぞ」

    地獄にすら居られないとなると、一体何処を彷徨うことになるんだろうなあ?ニタリ笑う狼男の顔には苛立ちの色が滲んでいる。しかし最早馴れたものと、少女は臆せず言い返した。

    「違うってば!むしろ逆よ、逆!私ですら知ってる吸血鬼の弱 3923

    last_of_QED

    CAN’T MAKE11/5新月🌑執事閣下🐺🦇【俺の名を、呼んで】今、貴方を否定する。
    「呼んで、俺の名を」の後日談。お時間が許せば前作から是非どうぞ→https://poipiku.com/1651141/5443404.html
    俺の名を、呼んで【俺の名を、呼んで】



     教会には、足音だけが響いている。祭壇の上部、天井近くのステンドグラスから柔い光が射し込んで、聖女の肌の上ではじけた。神の教えを広め、天と民とを繋ごうとする者、聖職者。その足元にも、ささやかな光を受けて影は伸びる。
     しんと凍えそうな静寂の中、彼女はひとり祭壇へと向き合っていた。燭台に火を分け、使い古しの聖書を広げるが、これは決してルーチンなどではない。毎日新しい気持ちで、彼女は祈る。故に天も、祝福を与えるのだろう。穢れない彼女はいつか天使にだってなるかもしれない。真っ直ぐな姿勢にはそんな予感すら覚える眩しさがあった。

     静けさを乱す、木の軋む音。聖女ははたと振り返る。開け放っていた出入口の扉がひとりでに閉まるのを彼女は遠目に見つめた。風のせいだろうかと首を傾げれば、手元で灯したばかりの蝋燭の火が揺らめき、何者かの息によって吹き消える。不可思議な現象に、彼女の動作と思考、双方が同時に止まる。奏者不在のパイプオルガンがゆっくりと讃美歌を奏でればいよいよ不穏な気配が立ち込める。神聖なはずの教会が、邪悪に染まっていく。
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