うさぎとオレ落ち着け、焦ったら負けだ。
そう自分に言い聞かせて枕元に置いていたスマホを手にした。表示されてる日時は2023年1月1日だ。それをしっかりと確認したあと、オレは自分が居る部屋をじぃっと見渡した。ふかふかの布団、見覚えのあるポスター、見間違えるはずもない天井。うん、どう見てもオレの部屋だ。昨日、兄ちゃん達と実家に帰って、自分の部屋で寝たんだからそうじゃなかったらおかしいし。
そこまで確認して、ふうっと息を吐き出した。
「……くもん?」
子供の声がオレを呼ぶ。そして顎の下辺りを柔らかな毛並みが擽ったかと思うと、ぎゅうっと腹のところに回ってた腕に力が込められた。
「またどっか行こーとしてんじゃないのか?」
「してないよ」
「ほんとうか?」
「ほんとう」
そう言うとオレの胸元辺りに顔を埋めていた子供は安心したように笑いかけてきた。う、可愛い。つやつやの黒い髪から生えている長い耳をぺたっと寝かせて嬉しそうにしてる。この長い耳はさっきオレの顎を撫でてきた耳で、髪と同じ様に黒くてふわふわした綿毛みたいな肌触りだった。ずっと触ってたいって思うようなヤツ。
安心しきって抱き着いてきている子供は小学校低学年くらいの男の子で、どう見てもオレの知ってる男の子なんだけど年齢が合わないというか有り得ないというか。だってオレの知ってる男の子は小学生じゃないし、寧ろ、
「九門」
「…っ!」
後ろから名前を呼ばれて思考がピシッと遮断された。子供の声じゃない、聞き慣れたオレの大好きな声だ。枕の上で頭を動かして後ろの方に傾けると、これまた見知った顔が不満たらたらといった様子でオレを見つめていた。…そのさらさらの黒髪からは白くて長い耳がピンって伸びてるけど。
「…ソイツばっか構ってんじゃねーよ」
「へ?」
「俺のこともちゃんと相手して」
「うわ!」
腹に回ってる子供の腕の下、腰のところをしっかりと抱き抱える腕がオレの身体を引き寄せて密着を強くしてきた。途端に尻のところに硬いものがぐりっと当たってきて、驚きすぎたのか自分でもびっくりするくらい間抜けな声が出ちゃった。
でも言い訳くらいはさせて欲しい。ただでさえ狭いベッドの上に3人横になってて、1人は小学生だとしてもそれでもぎゅうぎゅうの中でこんだけべったりくっつかれてんだから最初からソコがなんか硬いのは分かってた。分かってたけど、こうもあからさまに押し付けられたらびっくりするって!しかも相手は普段そんな事出来ない男の子だし!
「あ、ああああのね!?お尻になんか、その、硬いものがね…!?」
「お前見てたら…なんか変になる。なあ、どうすりゃいいんだよこれ…」
「待って、擦り付けんのストップ!」
弱りきった声が耳元に纏わりつく。弱々しいのになんか熱っぽくて、そんな場合じゃないのは分かっててもドキドキしてしまう。でも尻に当たるものに割れ目のところでモゾモゾと動かれると、そのドキドキはゾワゾワに変わっちゃうから駄目だ、本当に駄目。だって、これは夢だもん。これは夢なんじゃ?と思ってたけどこれで確定した。これは絶対に夢だ!オレの莇はこんなことしない!って言うか、出来ない!
「くもん、うるさい。ソイツなんて無視していーよ」
「うるせえクソガキ」
「うるさいのはどっちだよ、くもんが嫌がってるだろ」
「あ?」
「待って待って、喧嘩すんなって…!ちょ、耳もふもふするんですけど!」
さっきまで耳をぺたんこに寝かせてリラックスしていた子供が、あざみが、ビンっと耳を立たせて敵意むき出しの眼差しでオレの後ろを睨み付ける。ふわっふわの耳がオレの顔にべしっと当たって痛くはないけどこそばゆいから背中を撫でて宥めると、長い兎の耳はへにょんと垂れてくれた。この子供のあざみが居るのも夢確定事項だろ、そもそも後ろにも莇が居るってこの状況が夢じゃなかったら何だって言うんだ。
「…嫌なのか…?九門」
「嫌っていうか…」
しょんぼりした声が後ろから聞こえる。尻には変わらずに硬いのが押し付けられてるけど。
「いやじゃねーの?」
「そうじゃなくてな…!?そんな顔しないで、あざみ…!」
一瞬驚きに目を丸めたあざみが、唇の端っこを寂しげに歪ませて今にも泣きそうになった。待って可愛い。…や、違う!いや可愛いけども!
「…嫌なんだ」
「違うんだって、一回落ち着こう!?」
大好きな男の子に挟まれて、しかもオレを取り合うようなことをされてて、新年早々なんつー夢見てるんだよオレ…!
前から後ろから色んな感情ぶつけられたオレの頭の中はぐっちゃぐちゃだ。嬉しいけど夢だし、夢だから都合の良いように莇を改変させてるかもしれねーし、そもそもなんだよ子供のあざみまで登場させてるとかオレ大丈夫…!?しかもうさ耳って何!そんな趣味あったんですか!?
「くもんは俺だけぎゅってしてたらいいと思う」
はい可愛い。
「ガキは黙ってろ。…なあ、九門…さっきから変なんだ俺…アンタなら分かるだろ…?」
はい、それはもう。
「うるせー。くもんのこと、困らせる奴はゆるさねーからな」
「許さないとか何様」
「好きなやつのこと、困らせるとかそっちこそ何様だよ!俺はくもんが好きだから困らせたくない!」
さっきから耳がべしべし顔に当たってちょっと困ってるけど、柔らかくて気持ちいいし、あざみが可愛すぎるから何の問題もありません。これ言ったらあざみ泣いちゃうだろうからオレの心のなかに留めておかないと。
「ありがと、あざみ。…莇も、ありがと。二人ともオレが大好きで嬉しい。オレも二人が大好きだし」
小さな背中と、腰にある腕を同じ様に撫でていくと二人とも静かになった。良かった、伝わったみたいだ。
「…こいつより俺のほうが好きだよな?」
「……うん?」
「俺だろ、九門」
「……………うん??」
ばちばちっと何だか火花が弾ける音が聞こえるのは気の所為だろうか。前から、後ろから、圧が凄い。もしかしてオレは新たな燃料を投下してししまったのでは、と思った時には既に遅かったみたいでオレを挟んでの言い争いが再び勃発してしまった。
こっちが聞いてるだけで恥ずかしくなるくらい二人とも如何に自分がオレを好きか、オレが自分を好いてくれてるかを熱弁してて顔が熱くなっていく。子供のあざみは胸元にぴったりくっついて甘えてくるし、後ろの莇は首を噛んだり押し付けてくるのを止めなかったりとあの手この手でオレの気を引いて独り占めしようとしてくる。
嬉しいんだけど、どっちを選べとかそんなのオレには出来ないよ。だって夢でもあざみは莇で、あざみなんだ。オレの大好きな人なんだ。どうしよう、どうしたらいいんだろう。
「九門」
「くもん」
二人に名前を呼ばれて、オレはぎゅうっと目を強く瞑った。どうしていいか分からない。オレの夢なのに一番オレを困らせるのは自分とか笑えない。でもそれと同じくらいには自分に都合が良くて嬉しいんだからどうしようもない。困り果てたオレはつい大声で叫んでしまった。
「助けてあざーーー…うわぁ!?」
ドタッと鈍い音と一緒に打ち付けられる感覚が全身を包んでオレは目を開けた。一番最初に見えたのは、自分の部屋の天井。寮のじゃなくて、実家の。そして寝ていた筈のベッドが真横にある。変にずり落ちた布団も毛布も見える。
「……………わー…」
どうやらオレはベッドから落ちて目が覚めたらしい。寝相はそこまで悪くないし、今までこんな事なかったから新鮮な驚きにちょっと感動してしまった。
カーペットもあったし痛みとかはないみたいだ。のっそりと起き上がって一緒に落ちたらしいスマホを手に取ると、色んな人からのLIMEが届いていて正月なんだなあ…なんて思いながら両手を上げて伸びをした。
「…あ、そうだ」
落っこちたベッドに腰を下ろすと、早速返事をしようとスマホのロックを外してLIMEの画面を表示させる。色んな名前の中から莇をタップして、オレはメッセージを打ち込んでいった。莇はまだ寝てるかな、生活リズム変えたりしないから起きてるかも。早く返事来たらいいなあ。
『おはよ、莇!明けましておめでとう!今年も宜しくね!莇はなんか夢とか見た!?オレは見た気がするんだけど、覚えてないんだよなー…すっごい夢だった気がするんだけど』