【孤独な羅針盤と星雲旅行】「カイト、あの南東に位置する星の名だが…」
「アルタイルだな。先ほど本で教えたばかりだろう」
「……再度反芻しようとしただけだ、細かい男だな相変わらず!」
「どうだかな」
微かに零れた笑い声を受けながら、ミザエルは夜風に当っているのに火照った体温を誤魔化すかのようにカイトへ視線を向けることはしなかった。
いつからか夏に近づく頃から少しばかり外へ出て、殆ど毎晩のように行われる二人の秘密。
誰も居ない公園の高台で天体の図鑑と本を開き講師の如くページを捲るカイトは、天空を眺めるミザエルを見守りつつも彼があらゆる物に興味を抱いていることが好ましかった。
この世界は素晴らしい。だからこそ多くのことを教えられるならば、彼の手を取りその歩む手助けをしたいと思ったのは、ミザエルに過去の自分を重ねてしまっているのも気づいていた。
贖罪ではない。
ただ、同じことを繰り返す必要がないだけなのだ。
しかしカイトは、ミザエルがそんな彼に対してあらゆる感謝と感情を素直にぶつけていることを気が付きながらも、人間が吐き出す呼吸の数を数えないように其の度に笑って躱してきた。
応えてやれないわけではない、素直にミザエルに対して伝えてやればいいのだろうが、そんな残酷なことをする必要も感じられないだけで。
かさついた指先に触れるページの色が自分の身体に染み渡ることがないように、カイトにとって自分自身のあらゆる影響がミザエルの中に根付くことを拒否していたのだ。
だからこそ、彼にこうしてあらゆる世界を教え、終いには一番初めに忘れる言葉はオレの名前で在って欲しいという願いを隠して言葉を紡ぐ。
「ミザエル、明日は少し遠出しないか」
図鑑を閉じながら語るカイトに、ミザエルはそれまで夜空を見上げていた眼を初めて寄越しながら、頭上に輝く星々のように煌めいていた瞳は細められる。
ミザエルのそういった表情をするときは、ああ、気づいていたのか、と。カイトも言葉も無いままに、視線を逸らすことなく笑って誤魔化せば、苦虫を噛み潰したような顔で彼は零す。
「その顔は嫌いだ。 カイト、――いつまでだ」
「……さあな。今かもしれないし、明日の朝かもしれんな」
「ならば、約束することは出来ん」
星々のさざめき埋もれてしまうほど震えるままに小さく零されたミザエルの言葉は、カイトには届いていたからこそ。
彼の頭を撫でてやれば、どうやら雨が零れて来たようだ。
軋むのは心より少し下に輝く星だったらしい。