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    のくたの諸々倉庫

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    POIPOI 57

    終わる気がしない

    #鍾タル
    zhongchi

    あるいは喝采、そして慟哭(1) 璃月港のまっただなかに、死んだ男が落ちてきた。
     ——否、死んだ「はずの」男が落ちてきた、という表現が正しいだろうか。脳内の半分を占める現実逃避と共に、ものの見事に地面へと叩きつけられたらしい男へと手を伸ばす。しかし触れた頬は、冷たい。
    「……そうか、やはり再会は……このような形で、か」
     分かっていた。今ここに落ちてきた理由こそ知らないが、胸の奥で何かがひび割れる音を聞く。落下の音を聞きつけてか、集まってきた人々の声もどこか、遠い。
    「うわ、ここどこ!? あっ璃月港か」
     しかし直後、ばちりと開かれた深海の瞳。起きあがろうとして失敗したのか、顔を歪めてもがいている。
     ……彼が今感じている、痛みというものは生命活動において最も重要な感覚だった。つまりそれは、彼の命がまだ続いていることを意味する。
    「……生きて、いたのか?」
    「あれ、鍾離先生じゃん。めちゃくちゃ体痛くてさ、ちょっと肩貸してくれない?」
     刹那込み上げてきた感情の名を、鍾離は長い生の中で理解している。けれどそれが、何かしらの形であふれることはなかった。
    「……先生、なんでそんな顔してるの?」
     おそらくこの青年は、この世界や「自分」に起こったことを知らない。つまりは鍾離のよく知る彼でありながらも、本質的にはそうでないということで。
     結論、テイワットは一度滅亡の危機に瀕したことがある。そしてこの男は、その最中に絶望的な状況で行方不明になっていた——ファトゥス第十一位、「公子」タルタリヤだった。


     落下の衝撃によりあちこち骨が砕け、内臓も危うい。なぜべらべらと話せるか不思議なほど、タルタリヤの身体的ダメージは大きいものだった。
    「治るまでは俺の家に住め。他に頼るところもないだろう」
    「ああ、それは別にいい……んだけど。璃月港ってもう少し、賑やかで繁栄したところじゃなかったっけ……?」
     医者に適切な処置をされた後、鍾離の家に搬送されたタルタリヤは現在、鍾離の寝台の上にいる。言うべきかは少し迷ったが、隠し通すことはできないだろうと鍾離はペンを置いた。
    「……その前に確認だ、お前はここに来るまでどこで何をしていた?」
    「え、そりゃ璃月で散歩してたら突然足元に穴が空いて……うん、結構長いこと落ちてたと思う。それこそ落ちるのに飽きるくらいね」
    「その後は?」
    「気付いたら目の前に先生がいた。落ちた瞬間はさすがに意識が飛んでたけど、さほど大きな抜けはないと思うよ」
    「……モラクスという名に、どのような感想を抱く」
    「え、岩王帝君のこと? そうだなあ、強いて言うならかっこいいなーってくらい?」
     嘘をついている様子はない。鍾離は全力のため息をついた。
    「……お前は、この世界の時間軸よりももう少し前から来たようだな」
    「えっ、つまりここって未来の璃月?」
    「お前からしたらそうなるな。詳細は省くが、以前この璃月だけでなくテイワット全土を巻き込んだ戦いがあって……その際、この世界の『お前』は奈落の底に落ちたきり行方不明だ」
     しん、と部屋の空気が凪いだ。寝台の上、鍾離をまっすぐに見つめる瞳としばし見つめ合う。
    「……まあ、そんな気はしてたよ。あんたは俺のこと知ってる風なのに、世界の有様は大分違ったし……第一声が『生きてたのか』ならまあ、そういうことだよね」
     そしてふぅ、とため息をついて、直後体の痛みに悶えている。このタルタリヤはまだ、鍾離の正体を知らず——世界がどのような結末を辿ったのかも知らない。
     囲ってしまうなら今だと、鍾離の中で何かが囁く。けれど違うのだ、この青年は「彼」ではない。伏せた瞼の向こう側、わらう姿は愛しい声は、けれど今ここにはなく。
    「……先生さ、『俺』のこと好きだったでしょ」
     だから問われて、鍾離は素直に頷いた。もはや問いというよりは確認のような物言いをする辺り、時が違えど同一人物なのだ、と。
     理解してなお、落ちていく彼を思い出す。満身創痍の傷を負ってなお、戦い続け足場の崩落に巻き込まれた。おそらく生きてはいないだろう。
     ……落ちた先に辿り着くことは不可能だった。死体の確認をしていない以上、可能性がないとは言い切れないけれど。戻る術がないであろうこともまた、鍾離は痛いほど理解している。
    「だが……お前も知っている通り、お前は俺と共に過ごした公子殿ではない。故に何も、お前が心配するようなことは起きない」
    「はは、大丈夫だよ。そもそも先生はそういうひとじゃないだろ」
     いつか「彼」を騙した身としては心苦しいが、曖昧に頷いた。まだ何も知らず、鍾離が人間であると信じていたあの頃のタルタリヤ。別世界の鍾離の掌で、今まさに転がされていたであろう人の子。
    「とはいえお前のことは、他の誰かに任せたくない。どうか俺を助けると思って、保護されていてくれないか」
    「助けられてるのは俺なんだけどね。でも帰る方法が見つかったら、その時は帰ってもいいよね?」
    「もちろんだ。その辺りの調査も、お前の怪我が治り次第行おう。
     見たところお前が落ちてきた穴は、今も塞がることなく残っているが……落ちるのに飽きるくらい、かつ世界を跨ぐとなると遡ることは不可能だろう。仮に遡り、一度戻れたとしても、時間軸の違う世界に干渉することができない以上重力に従って逆戻りもあり得る」
    「うわ、それはさすがにご遠慮願いたいな……」
    「とはいえお前のいた時間軸との、現状唯一の繋がりだ。異変があればとある友人に依頼して塞ぐことにするが、しばらく様子見でもいいだろう」
     だから今は安め、と続けるつもりだったが、案の定タルタリヤは起き上がろうとして撃沈したようだった。
    「いててて……せ、先生、怪我が治ったらその友達を紹介してもらうというのは……」
    「無理だ。それこそ璃月や世界滅亡の危機、とでもならない限りは表に出ることすらないだろうよ」
    「え、それなら俺が璃月を危機に陥れれば」
    「やめろ」
     いつかのタルタリヤが仕出かしたことを思い出して、鍾離はまた深く息をついた。もちろんそのような友人に心当たりがない……わけではないが、鍾離が言っているのはモラクス、まあ結局は自分のことだった。言えるわけもない。
    「……もちろんお前には、何かするつもりはないが……好いた相手と同じ姿で、苦しんでいるお前は見ていて苦しくなる。
     だから今は、体を休めてくれ。頼む」
    「はは、熱烈だね。でもまあうん、信頼してるよ」
     そして閉じられた瞼に、今日何度目かの息をつく。ほどなくしてすうすうと寝息を立て始める辺り、そう簡単に人を信じるな、と言うべきか順応性が高いと褒めるべきか。
     書き物に戻る。内容は今までに集めた、タルタリヤに関する情報のまとめだ。
     たとえ忘れることはなくとも、改めて書き出せば見えてくるものもあるだろう。そう思い、さらさらペンを走らせるものの——ほんの数行で行き詰まる。
     今までは、意図して調べないようにしていたのだ。いつかタルタリヤの口から、全て話してもらいたくて。そうしてようやく、鍾離はタルタリヤの心を本当に掴めるような気がしていた。
     ……だから、最後の戦いが終わればプロポーズするつもりでいた、などと。今からもしも、その事実だけを伝えられたとしたらタルタリヤはどんな反応をしただろうか。
     遅すぎると、笑われるだろうか。それともあるいは、縛り付けようとするなと一蹴されただろうか。もしくはまた、別の反応があったか。
     今となってはもう、全て鍾離の妄想でしかない。声が聞きたい、抱きしめてそこにいることを確かめたい。もう一度その両目で、まっすぐ自分を映してほしい。
     今更だった。いっときの彗星を愛したのだと、割り切るにはあまりにも、重い。
    「……公子殿……」
     自分はこんなにも、か細い声を出せたのか。そんなこと知りたくなかったな、と思うことすら、思い出として愛せる日がもし来るというのなら。タルタリヤと共に、世界が滅んでいたって構わなかったと思うのは、誰にも言えやしないけれど。
     眠る「公子殿」へと目をやる。記憶の中の彼よりは、少しばかり幼い印象があった。
     ……喪うなんて瞬きの間に、起こりうることなのだと。いくら自分を慰めようと、吐き気にも似た感覚は鍾離を蝕み続けている。
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