「 」は終わりて、「 」となる。ある日の放課後。
窓の外を見やり、花壇の手入れをする類の姿を捉える。
あまりにも柔らかい、幸せそうなその顔に、溜息が溢れた。
神代類が、告白のために使う花を育てているらしい。
そんな噂が流れたのは、夏休みも終わった、ある日のことだった。
なんでも、夏休み中にあった委員会の集まりで、類が育てたい花があると言い出したらしい。
育てたい花があるのはよくあることで特に何も言われずに許可されたそうだがそれは、今まで類を見ないほどに丁寧に育てられているらしい。
それに、類のあの表情。
それこそ、それを使って告白でもするかのように。
そんな噂は瞬く間に伝わり、全校生徒が知っているといっても過言ではないほどに話題となっていた。
でも、矢張りそこは変人ワンツーの片割れと言われるだけあって。
誰1人、類の行動に関して質問できる奴はいなかった。
今日は、ショーの練習はお休み。委員会ももう終わったから、帰ってもいいのだが。
噂の内容がどうしても気になって、帰らずにこうして類を見つめていた。
オレの目から見ても、間違いないと、胸を張って言える。
明らかに、類は好きな人に渡すために、育てているんだろうと。
……きっと、この胸が詰まりそうな痛みは、失恋なんだろうなと。
そう思いながら、天井を見あげた。
気がついたら抱えていたこの想いを、伝える気はなかった。きっと、重荷になってしまうから。
でもこうして、類が誰かを想っているのを見るのは。
……想像していた以上に、しんどかった。
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あれからオレはそう残ることもなく、類に会うこともなく帰っていった。
まあ、あんな顔を見て失恋した後だったから、なるべく会わないように時間に気をつけて帰ったからなんだが。
もうすぐ寝る前だというのに、なんだが、寝れる気がしない。
想像していた以上に、オレはショックを受けているようだ。
(……セカイにいくか)
音を立てずに立ち上がり、スマホにイヤホンを挿す。
そしてそのまま曲を流して訪れたセカイは、いつもの騒がしさは鳴りを潜めていた。
アトラクションは止まっており、明かりも最低限。流れる音楽も、眠りに誘うような優しいオルゴールのような音だ。
休むときは、しっかり休んでほしい。
そんな思いが、形になったんだろうか。
苦笑しながら、歩き出す。行く場所は、もう決まっていた。
ルカの、大好きなお昼寝ポイント。
もとい、多種多様な花が咲き乱れる、花畑。
ここも、オレの思いが反映されているからか、一切枯れることがない。
それでも時期に合わせて、季節の花が消えたり増えたりはしているのだが。
「今日も、綺麗だな。……うん?」
辺りを見渡すと、一輪だけ。ぽつんと咲いた、花があった。
それは、枯れることはない花畑の中で、「茶色」という、異様な色をしていて。
もしかして枯れてるのでは、と近づいて見てみると、生気が感じられるほど瑞々しい花びらをしていた。
「……茶色いコスモスなんて、あるのか」
想定外の色をした花にぽかんとしてしまったが、すぐハッとなりスマホを取り出す。
時たまこの花畑には、思いがそのまま花言葉に反映された花が生えてくるときがあるのだ。
「コスモス……茶色……あった!」
漸く見つかった花言葉のページに、花の名前と色を入れる。
そうして出てきた言葉に、手がピタリと止まった。
「…………は、は。……そうか」
震える口を、無理やり動かす。
「そうなん、だな」
そうでもしないと
「……ここ(セカイ)も、諦めろって言うんだな」
自分を、保てなくなる気がして。
力をなくし、だらりと垂れた手の中で光るスマホは、
「恋の終わり」と書かれていた。
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「……なあなあ、司知ってる?」
「ん?なにがだ?」
「神代、育ててた花が育ち切ったんだってさ!」
そんなクラスメイトの言葉に、一瞬食べる手を止めそうになった。
それでも悟られないように手を動かし、「そうか」とだけ返す。
あれから、数日。
セカイでも突きつけられた現実は、思ってたよりもショックだったようで。
ベッドに入っても、上手く眠れなくなってしまっていた。
ショーのときは何時も通り動けている気がしているが、それ以外ではボーっとすることが多くなってしまい。
心配そうに声をかけてくる3人に、大丈夫を繰り返すしかなかった。
それでも、窓の外から、類を見るのをやめることはできなかった。
練習がお休みで、類にバレないような日は、何度もこっそりと覗いていた。
ここ数日は、見ることができていなかったが。
いつの間に、咲いていたのか。
でも、そうか。
(いっそ玉砕でもしてしまったら、元に戻れるだろうか)
類が告白してしまって、付き合って。
そうすればもう、こんな思いもしなくていいのかもしれない。
(きっと成功すれば噂にもなるし、すぐわかる)
そうと決まれば、と気合を入れる。
きっと告白するとしたら、放課後だろう。
今日は委員会の集まりもあるし、限界まで残っていればその間に告白も終わる。きっと。
……だからそれまでは、類を見ないように、会わないようにしておこう。
思いが、溢れてしまわぬように。
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「お、司!お疲れー!」
「ああ、ありがとう。そっちは部活か?」
「おー!ちょっと居残り練したくってな!……それより司、聞いたか?」
「??何をだ?」
内心、きたと思った。
最初の噂を教えてくれたのも、育ち切ったのを教えてくれたのもこいつだ。
こいつなら、類が告白したかどうか、成否も教えてくれるだろう。
「神代な、まだ誰にも告白してないらしいんだ」
「……え。……そう、なのか?」
「ああ。なんか渡したい人が見つからないーって言ってるみたいでさー」
「そ、うか」
まだ、だったのか。
それなら、もう少しだけ残っていた方がいいか。
「じゃあ、オレは先に帰るな」
「おー!また明日なー!」
手を振ってくれるクラスメイトに、同様に手を振って教室を出る。
空き教室にでも入ってセカイにいって、締まるギリギリまでいれば、それまでには終わるだろう。
教室に入り、スマホを取り出す。
と、えげつない量の通知が入っていた。
「う、わ。なんだ……?類……?」
通知の大半が類なのはわかったが、文章とスタンプを交互に送っているためか、開かないと内容がわからない。
……でも、ここで開いてしまうのは、気が引けた。
類の告白現場から逃げるために、類を避けているのだから。
「……帰るときにでも、謝罪と一緒に聞けばいいか」
沢山の通知が届いたそれを無視して、いつもの曲を流す。
それが一番の間違いだったなんて、気づきもせずに。
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「……ふう」
ゆっくりと目を開け、いつものセカイであることを確認し、そっと息を吐く。
が、後ろから聞こえた声に、思わず息が止まった。
「やあ、司くん。待ってたよ」
「っ…………類?」
一瞬固まってしまい、慌ててそちらの方を向くと、きょとんとした顔の類がいた。
「おや?どうしたんだい?てっきり読んだからここに来たのかと思ったんだけど」
その言葉にハッとなる。
あれは、ここに呼び出す連絡だったのか。
「い、いやなんでもない。それより類、何か用事があるから呼んだんじゃないのか?」
「え?……ああ、うん。ちょっとね」
苦笑しながら言う類に、首を傾げる。
「というか、類。オレにこんなに時間つかっちゃダメじゃないか?」
「ん?どうしてだい?」
「だって類、今日は大切な用事があるんだろ?」
「………特に、大切な用事とは誰にも言ってないんだけど。どうしてそう思ったんだい?」
突然雰囲気が変わった類に、オレは慌てて弁解する。
「いや、その。噂で、な」
「……噂?どんな?」
「…………その。……類が、告白しようとしていると」
ビシ。といった効果音が似合いそうなくらい、見事に固まった類に、オレはため息をついてしまった。
「花を育てて、告白しようとしていたんだろう?」
「……いや、まって。なんでそこまで、」
「花を育てているときの雰囲気がダダ漏れだと、噂だったぞ。オレもチラッと見たがあれはわかりやすい」
「…………………そうかい」
恥ずかし……としゃがんで頭を垂れる類に、思わず苦笑してしまう。
当の本人だけでなく、こんなショー仲間にまでバレてしまっては面目丸潰れだろう。
「ま、そういう訳だ。だからオレへの用が済んだら、すぐ行くといい。花も枯れてしまうだろ?」
本当は、こんな言葉。言いたくなかった。正直、こんな形になるなんて思わなかったから。
泣きそうになる気持ちを堪えながら、そう笑いかけると、類はピクっと反応した。
「……誰に告白するとかは、噂にならなかったのかい?」
「ん?ああ。ならなかったな?」
「そうかい。……なら、いいか」
ん?と思いながら、類の方を見る。
オレに近づいた類は、そのまま傅くと。
「司くん。君が好きです。付き合ってくれませんか?」
そう言いながら、手をくるりと捻る。
ポン、と軽い音を立てて現れたのは。
赤と白の花で飾られた、花束だった。
「………………な………んで……」
目の前の現実が受け止められず、固まってしまう。
そんなオレに、類は苦笑しながら言った。
「同性だからと、迷惑をかけてしまうと、そう思っていたんだけどね。
それ以上に、君が。君のことが、大好きで。
そんな好きな気持ちで、潰れてしまいそうだったんだよ。
決して、付き合いたいという訳ではないんだ。ただどうしてもこの思いを、伝えたかったんだ。」
「ショーの演出で、とも考えたけれど。
確かに得意分野ではあるけれど、演出である以上、きっと司くんにはしっかり伝わらないと思ったからね。
ベタだけど、一番シンプルなこれにさせてもらったよ」
そう言いながら、そっと立ち上がる。
「これは、ベゴニア。花言葉は、「愛の告白」。
……答えなくてもいい。どうか、受け取ってください」
そう言いながら、頭を下げながら、差し出されたそれ。
あんなに愛しそうな顔をしながら、丁寧に世話をして、拵えてくれた、それが。
愛しくない、わけがなかった。
「…………類は」
「…………………??」
「類は、ベゴニアの他の花言葉を、知ってるか?」
「…………???いや。知らないけど……」
頭を下げたままの類は、突然のオレの言葉に困惑しているのがわかる。
でも、まだだ。もう少し。
「………ベゴニアには、こんな花言葉もあるんだ」
「幸福な、日々。」
その言葉とともに、差し出された花束を受け取る。
ハッとしながら顔をあげる類に、オレは笑いかけた。
「……オレも、類のことが好きだ。……共に、幸福な日々にしていこう」
次の瞬間、類が勢いよく抱きついてくる。
潰さないようにと、咄嗟に花束を落としてしまったが、正解かもしれない。
「信じられない……本当に、嬉しい。ありがとう、司くん」
「いいや、オレも……あの噂を知って、失恋したと思ってたからな。あの花もあったし」
「……あの、花?どれのことだい?」
抱きしめたまま、疑問を投げかけながら、優しく頭を撫でてくれる類の手に寄りかかりながら、応える。
「茶色の、コスモスだったんだ。花言葉は、「恋の終わり」。……てっきり、セカイにも失恋しろと言われてるのかと思ってな」
苦笑しながら言うオレに、類はいや?と答えた。
「それ多分、僕の思いじゃないかな」
「……類の?なんでだ?」
首を傾げると、類はそっと離れて。俺を見つめながら、言った。
「一方的な「恋」はやめて、君を「愛」したかったからね」
顔を真っ赤にしたオレのことを、類は嬉しそうに抱きしめてくれた。
そんなオレ達を横目に、茶色いコスモスがもう一輪増えたと気づくのは、もう少し後のお話。
「恋」は終わりて、「愛」となる。