指輪はとっくに用意されてたし、次の日にはもう例のあれは提出された「ねえ、司くん」
ひらり、ひらりと。小さな花弁が、宙を舞う。
「君に、お願いがあるんだ。」
振り向くその顔は、寂しそうなのを、一生懸命隠したような、顔で。
「----------------」
オレは……………
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「……夢、か」
のっそりと、ベッドから起き上がる。
未だに身体に残る疲労感と頭の重さに苦笑しながらも、朝ごはんを作るべくキッチンへ向かう。
本当はもっと寝ていてもいいが、ルーティーンのように日々を過ごしていたから、今更二度寝なんてできないだろう。
インスタントのスープがあるし、確か食パンも買っていた筈。
トーストにして、寧々から教えてもらった蜂蜜を塗ってみようか。
あと、他に作れそうなものは……。
そう、一人で献立を考えながら、キッチンをうろうろする。
ふと、無意識に掴んでいたスマホを見て、自分のワーカーホリックさに思わず苦笑してしまう。
連絡は来ないのだから、置いておいていいのにな。
そう、1人ごちながら、テーブルに置いた。
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類が海外にいったのは、かれこれ3年前のことだ。
オレは、新人俳優。類は事務所所属の演出家。
お互いまだ駆け出しで、期待の新人なんて言われながらも、色んなショーに出続けていて。
でも、オレの演出を類が付けることは、まだできなかった。
まだまだ類1人に任せられることがなかったし、オレもまだ主役になれなかったから。
いつか互いに成長したら、つけたいね。なんて、話していたけれど。
ある日、類の演出が、巨匠の目に止まったと聞いた。
その巨匠は海外を飛び回る本当に凄い人で、類の伸びしろに目をつけていて、是非弟子にならないか、と誘っているらしい。
でも、その人の弟子になるということは、共に海外を飛び回る、ということで。
それだけ凄い人に認めてもらえてることは、オレとしてもとても嬉しい。
それに、類のステップアップにも繋がることなのだ。嬉しくないはずがない。
けれど。
一緒にいられないのは、寂しい。
傍にいられないのは、つらい。
それは、類も同じことを思っていたようで。
互いに、何度も話し合って。
時には、喧嘩したりもして。
でも、最終的に。
類は、海外にいくことを決めた。
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作ったものを一通りテーブルに並べる。
蜂蜜の上にチーズを乗せて焼いたトーストに、焼きブロッコリーとベーコンエッグ。
そしてインスタントのポタージュ。
平日に食べる朝食としては、なかなか豪勢だ。
体調は悪いけれど、お腹はしっかりすく辺り、オレのお腹は正直者だな。
「……いただきます」
テレビの電源を入れてから手を拭き、手を合わせて言うとトーストを手に取る。
寧々から教えてもらった蜂蜜は、喉にとてもいいのだと勧められたものだ。
チーズと合わさったそれは、甘じょっぱくてとても美味しい。
チーズと蜂蜜のマリアージュを堪能していると、テレビのアナウンサーの声が響き渡った。
『ご覧下さい!今年も桜が満開となりました!』
「…………桜」
思わずテレビを方を見て、ぽつりと呟く。
そういえば、久しぶりに夢で見たあの日も、桜が満開の日だったな。
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類が、出発する前日。
オレは、類と過ごす最後の日を満喫するため、朝からデートをしていた。
気になっていたショーを見に行って、2人して感想を話し合って。
ご飯を食べながらも、演出や脚本の話は、全く止まらなくって。
そんな中、類が最後に、見せたいものがあると言ってくれて。
そうして、連れてこられたのは。
人が少ない中、綺麗にライトアップされた。
満開の、夜桜だった。
観光スポットを作る一貫として作成されたものだけれど、まだ作りたてで話題性がないらしく。今なら穴場だからと、連れてきてくれた。
そんな桜を見て、綺麗だとはしゃぐオレに。
類は、真面目な顔で、言ってきた。
「ねえ、司くん。君に、お願いがあるんだ。」
正面から見据えたその顔は。
寂しそうなのを、一生懸命隠したような、顔だった。
「僕ね。絶対に演出家として、成長して帰ってくるよ」
「だからね。もし、帰ってきた時。その時は……」
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「……久しぶりに来たな」
光が収まるのを待ってから、目を開ける。
軽いめまいを感じて、一度目を閉じてから、再度開く。
久々にきたそこは、相変わらず煌びやかなセカイだった。
懐かしい記憶を思い返して、久しぶりに桜を見に行きたくなったけれど。
かつて話題性がなかったあの場所は、今や人気の花見スポットとなっており、今の時期は人が凄く集まっていると聞いた。
流石にそんな場所に、今のオレが行けるはずもなく。
さてどうしようか、と迷っていた時に。
セカイなら、周りに見つからずに行けるのではないかと、思い至った。
しかもセカイなら、外に出るというわけでもないから、周りに怒られることもない。
ショーのテントから少し離れた、小高い丘となっているところの頂上。
桜の木は、そこに植わっていた。
「……よかった。丁度いい開花加減だな」
綺麗に花開いたそれに、思わず笑みが溢れる。
かつて桜の木がなかったセカイのために、こっちのセカイから桜の苗を持ってくればいいんじゃないかと、そう提案してきたのはえむだった。
こっちの植物を植えるのは始めての試みだったが、年月をかけて、しっかり育ってくれた。
その反面、やはり持ってきたものだからか、咲いたままというわけではなく、
通常の桜の木のように、桜が咲いた後は、散ってしまう。
それでも虫がいない分、花見にはちょうどいいなと言ったら、皆に笑われたんだったか。
見上げた桜は、その殆どが花開いていた。
そういえば昔見たときに、これは八分咲きくらいか?と言ったオレに、
いや、これが満開なんだよと、教えてくれたのは、類だった。
これ以上咲くのを待つと、最初に咲いたものが散り始めちゃうから、これが一番ベストなんだよ、と。
脳裏に蘇る、類の笑顔に、思わず泣きそうになった。
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外国にいってから、類は地方で公演をする度に、オレにエアメールを送ってくれた。
各地をすぐ移動していくから、オレが返信を書く前に別の地方に移動してしまうことも度々あって。
それでも、暫くはここにいると、そう送って来た時には、オレも類にメールを出した。
そんなある日。
類からもらったメールの最後に、こんなことが書かれていた。
『○○さんがね、僕に、教えられることは全て教えられたと、言ったんだ。』
『ここから先は、全部僕次第だって。』
『だから、今やっている公演が終わったら、そっちに帰ろうと思うんだ』
『僕のお願い。覚えていてくれてたら、返事を考えておいてほしいな』
やっと。
やっと、類に会える。
やっと、返事ができる。
手紙を何度も読み返して。その度に、涙が止まらなかった。
早く、類に会いたかった。
でも、そう思っていても。
仕事はなくなってはくれない。
むしろ、オレのキャラがウケたのか。
今のオレは、ショーに加えてテレビにも引っ張りだこで。
こんなオレの姿を見せてしまったら失望させてしまう。
でも、逆に仕事をしていないと、すぐに類のことを考えてしまって。
そんな矛盾した思考のまま、手当たり次第仕事を詰め込んでしまって。
気づいたらオレは、過労一歩手前だと、ドクターストップがかかってしまった。
泣きながら止めるえむや咲希、呆れた顔で説教をする寧々に、オレは正直に考えを伝え。
こうしてオレは、1週間の休暇を与えられた。
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「結局、休めなかったな」
桜を見上げながら、思わず苦笑してしまった。
休んでいるからこそ、日常の色んなシーンで類のことを考えてしまって。
つい、その思い出を辿ってしまう。
そもそも、あんなお願いをした、類が悪いんだ。
『だからね。もし、帰ってきた時。その時は。』
『そのときは、僕と結婚してくれませんか?』
突然のプロポーズに、驚いて何も言えないオレに、返事は待って欲しいと言ったのは、類だった。
『数年後に、同性でも結婚ができる法律が作られるだろう?
その時にしっかり申請をしたいから、それまで返事は待っていてほしいな』
勿論返事はわかっているけどね?と、茶目っ気たっぷりに微笑んでいて。
オレは、照れ隠しに類をぽかぽかと殴ることしか、できなかった。
既に、法律は作られた後だ。
類が帰ってくれば、オレは類と結婚ができる。
こんなの、浮かれない方がおかしいのだ。
……まあ、浮かれた結果が、今の体調不良だし、まだ治ってもいないんだが。
きっと、類はこうなったオレにびっくりして、説教して。そして、甘やかしてくれるんだろうな。
3年前と変わらない、あのとろけるような目で、オレをデロデロにしてくるんだ。
否、3年ぶりだし、結婚もするしで、更にパワーアップしていそうな気がする。
「……そういえば、」
ふと、頭をよぎった疑問が、口から漏れた。
結婚する以上、同性とはいえ名前は変わらないといけないだろう。
まあ人それぞれかもしれないが、オレは類と同じ苗字になりたい。
オレのとこは咲希がいるが、類は1人っ子だし。きっとオレが神代になるんだろうと、考えていたけれど。
「口上、変わってしまうんだな……」
テレビでも結構話題となっている、オレの口上。
『天翔けるペガサスと書き、天馬!世界を司ると書き、司!』
『その名も----天馬司!』
まさか高校時代から変わらないこの口上がテレビで話題になるとは思わなかったが。
でもこの口上も、結婚したら使えなくなるんだと、今更ながら気づいた。
「……神代、だから。神に、代わる……か?某月にお仕置きするあれを彷彿とするが……」
うーむと唸りながらも、色んな言い方を考えながら、スマホにメモしていく。
どうにか出来上がった口上に満足しながら、すくっと立ち上がり、いつものポーズを決める。
「神へと成り代わると書き、神代!この世を司ると書き、司!」
「その名も-----神代司!!!!」
久しぶりに出た大声が、セカイに響き渡る。
完成度に満足していると、ふらりと身体が傾く。
(しまった、本調子じゃないのに声を張ったから、身体が……っ)
受身をとってもしても下は芝生だから、そこまで痛くはないだろう。
それでもくるであろう痛みに、ぎゅっと目を瞑る。
「全く、君は本当におバカだねえ」
ぎゅ、と身体を包む、暖かくたくましい腕。
そして、聴き慣れた、でも久しぶりに聞く声に、変わらない香り。
まだ顔も見れていない。
どうしてと、聞きたい。
でもオレは、そんな久しぶりなことがてんこ盛りな状況に、涙が止まらなかった。
「………っ……な、んで……」
「ああ、ほら。泣かないで?折角帰ってきたんだから、笑顔で出迎えてほしいな?」
ぎゅ、と強く抱きしめながら言われた言葉に、目元をぐしぐしと拭って、振り返る。
そこには、予想したとおり。
ほんの少しだけ大人びた雰囲気を纏った、類の姿があった。
「……っ、おかえり!」
「うん、ただいま。司くん」
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落ち着いて、改めて向き直り、話を聞く。
こっそり帰って驚かそうと、えむに連絡を取ったそうなのだが、オレが過労寸前で休んでいることを知り。
向かうも反応がないから、慌てて渡していた合鍵で入ったら、オレがいないという事態を目の当たりにして。
そうして考えた結果、セカイにいるだろうと結論づけて、今に至ったらしい。
「それにしても、来てみて驚いたよ」
「ん?何がだ?」
今は、オレは類の膝の間に座って、お互いに抱きしめあっている。
久しぶりに会えたし、充電。というやつだ。
「帰ったらすぐに返事を聞こうと思っていたのに、あんな形で返事が聞けるなんてね?」
「あんな、形……?……ハッ!」
全く意味がわからなかったが、言われて漸くハッとした。
『その名も-----神代司!!!!!』
「結婚した後の口上も考えているだなんて思わなかったなあ」
「い、いや!あれは、その、ちょっと、思いつきで、」
「ふーん?思いつきでやった割に、スマホに沢山メモが書かれていたみたいだけど?」
「う、うぐぐ……。うおっ!?」
相変わらず、類に口で勝てた試しがない。
唸っていると、急に身体が宙に浮いた。
「さて、そろそろ帰らないとね。僕のせいでこうなってしまった司くんを労らないと」
「お、おい!お姫様だっこはやめろ!というか、何故それを知って……!」
「おやおや。タイミング的にそうかなと思っていたけれど、やっぱりそうだったんだね」
「う、うー……」
ぷしゅ~と、顔が赤くなるのを感じて、類の首筋に顔を埋めるようにして隠す。
類は、そんなオレの姿に笑いながら、頭を撫でてきた。
「ふふ。カマをかけてごめんよ。でも安心するといい」
「……え?」
「僕のことを想って、たーっくさん働いた司くんを、今日は僕がたーっくさん、甘やかすからね?」
にっこりと笑う類に、オレは思わず口がひくつくのを感じた。
(……類の甘やかしとか、オレが溶けてなくなる未来しか、見えないんだが……!?)
類の甘やかしは本当に砂糖増し増しってくらい甘くて、ただでさえ十分も持たないほどなのに。
体調不良で逃げられない、しかも3年ぶりなんて、どれだけ甘くなるんだ……
思わず内心、カイトに助けを求めてしまった。
様子を見に来た寧々とえむに、でろでろに溶けたオレが見られるまで、あと。