棺いっぱいの彩りを ──
奇妙なサブスタンスを回収した。
一目で他とは違うと判断できるそのサブスタンスは、おそらく新種と思われるもので、特に怪我もなく回収を終えてラボにそのコアを届けたところ、ヴィクターがそれはそれはうれしそうにしていたのを覚えている。
まるでイルミネーションのように全身の色を次々と移り変わらせていくその奇妙なサブスタンスは、他の低レベルなサブスタンスとは違い、それなりに回収が難しくはあったものの、どうにか無力化をさせ、コアを取り出すことには成功した。
ただ、コアを取り出すその瞬間。
サブスタンスが発した、極彩色の奇妙な光を、直に。
イーストセクターのルーキーである、グレイが、その身に浴びてしまった。
それだけだ。
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異変は翌日、現れた。
「……っひ!!?」
早朝、グレイの怯えるような悲鳴が聞こえ、ルームメイトであるビリーが目を覚ます。
「……んん、……ぐれ、ぃ……?」
冷え込む時期。ビリーは身を震わせ、寝ぼけ眼を擦りながら布団からのそのそと這い出た。
時計は早朝を示す数字ではあれど、日の出はまだ拝むことができず、部屋の中は暗闇。
手探りで常夜灯のスイッチを入れ、グレイのベッドがあるスペースへと声をかけた。
「……どうしたのぉ、……?」
呂律が上手くまわらないまま本棚と彼との共用であるソファーの側まで歩を進めると、
「っ!び、びりぃ、くん……!!」
助けを求め、縋るようにビリーを呼ぶ、グレイの声。
何かに強く怯えているのか、身を縮こませて啜り泣く気配が伝わり、ビリーの未だ睡眠を求めて回転が鈍くなっていた脳は覚醒した。
「グレイ……?」
おそるおそる、彼のスペースに足を踏み入れる。
常夜灯の薄暗い橙色の明かりが、ベッドの上のグレイを、照らし出した。
「……っ!!?ぐれ、!えっ!?なに、それ……!!?」
ビリーの目に飛び込んできた、光景は。
「ビリーくんっ!ビリーくん!!ど、どうしよう、っ!!」
部屋着の袖を捲った腕から
植物のツルと、葉と、花を、生やす
異様な姿のグレイであった。
──
非常灯とフットライトのみが光源となる暗闇の居住スペースを飛び出し、いくらか明るさの調整された少しばかり暗いタワーの通路を駆ける。
何が起こるかわからない。
何がどのように作用するかわからない。
その恐怖の中で、グレイにほんの少しでも負担や刺激を加えぬよう、ビリーはストリングスでグレイを包み、絶対安静の状態で宙に浮かせ、自身もストリングスを使用しながら前へ前へと跳躍、着地を繰り返した。
時間が時間故に普段なら遠慮をするのであろうが、今は緊急事態、並びに異常事態だ。
ビリーは夜間でも煌々とライトが光る、救急の医療チームのもとへと飛び込んだ。
「助けて!!グレイのこと!助けて!!!!」
静かな空間に、ビリーの切実な叫びがこだました。
────
運良く既に活動時間であったヴィクターも参加し、グレイへと検査を施して。
およそ30分後。
グレイが運び込まれた緊急の処置室から退室したヴィクターが、ビリーへと問いかけた。
「昨日、新種のサブスタンスを回収した際、何か異常はありませんでしたか、ビリー」
「……あっ、た……!変な、色の、ひかり……!虹色じゃなくて、いろんな色の、変な眩しいひかり!グレイが、その光を、浴びた……っ!」
「……やはりそうでしたか」
ビリー自身も混乱しているのか、途切れ途切れになりながら、昨日の奇妙なサブスタンスについてを述べていく。
「っ何、か!わかったの!?グレイは!?グレイは今っ!」
「落ち着いてくださいビリー、現時点で判明したことは、グレイの体は今、その新種のサブスタンスの影響を受けている、ということだけです」
ビリーの目が大きく開かれる。
昨日、グレイは念のため体に不調がないかの検査を受けた。その時には何も異変は見られなかったが、しかしどれほど問題や異常がなくとも、時間経過で症状が現れるケースや、異変が起こったという事例が、いくつか存在しているらしい。
極めて、類い稀な、
潜伏期間。
「……あの光の、せい……?」
「おそらくは。腕から植物が生えている、となると、体を構成する遺伝子に何かしらの異常が起きている可能性があります。ノヴァに連絡を入れましたので、直にこちらへ来るはずです。ラボへと場所を移し、彼の力を借りながらより精密な検査をする必要がありますね……」
遺伝子に、異常。
医療の知識に決して明るいわけではないビリーは、それがどれほど重大なことで、どれほど危険な状態であるのかが全くわからない。
わからないが故、全ての要素を最悪の想像へと結び付けてしまう。
やがて到着したノヴァや研究チーム、増援の医療チームの後ろ姿を見送り、ビリーは真っ青な顔で壁に背を預け、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
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