ホ炎の話ホークスが予約した居酒屋はやはり鳥料理がメインで、案内する道すがら「お前に頼むと絶対に鳥になるんだよな」とミルコは文句を言っていた。そういう彼女は個性のためか肉料理よりも野菜メインの方が好きなのだが、自分が食べたい料理とミルコの愚痴を秤にかけてホークスは食欲を取ったのだった。
だいたいミルコは野菜好きではあるが酒も飲む方なので、野菜スティックなんぞオシャレな料理がある所でカパカパ酒を飲もうものなら金がいくらあっても足りないだろう。飲み放題で我慢してくださいねーと、きっと文句を言うだろう想像のミルコの言葉を右から左に流して店を予約した。そして予想通りミルコは店に着くなり愚痴ってきたが、隣にいたベストジーニストに「ホークスの好みは分かってただろう」と宥められ、大人しく店に入ってくれたのだった。
暖簾をくぐれば焼き鳥の匂いや煙とともに、一斉に客がこちらを見た。ヒーローの5位に入るうち三人が揃っていれば、人の視線を惹くのは仕方ないことだろう。
「おぉ!ヒーローが三人も!ホークス、仕事だったのか!?お疲れさん!」とどこかから労りの声が聞こえてきて、ついで店にいた客たちがそれぞれ「お疲れ」とか「応援してる」と声をかけてくれた。そんな市民に三人とも応えながらも、店員が案内してくれた個室へと向かう。
今日は久々に、ミルコやベストジーニストとのチームアップだった。最初はベストジーニストが関東で追っていた事件だったが、犯人のアジトが福岡にありチームアップの要請が来たのだ。ついでにフリーで動いていたミルコが「飲みにいかねぇ?」と顔を見せたので、そのまま手伝ってもらった。やはりTOP5が三人もいれば事件解決は思ってたよりも早く解決し、武器を外国から密輸していた組織はだいたいお縄になった。あとは警察の仕事となり、三人はミルコの要望だった「飲み会」へと足を向けたのだ。
個室へ入ると焼き鳥やシーザーサラダを頼み、ミルコに「野菜スティックありますよ。よかったですね」と好きなだけ注文させた。そしてベストジーニストが顔を覆うジーンズをずらしてハイボールを飲むのを見ながら、今日の事件のことや最近の知り合いの話などを話題にしながら酒を飲むのだった。
「そういえばさ、お前は今年もインターン取らないのか?」
ミルコがビールのジョッキを持ちながら、問うてくる。ホークスは手にしていた串に刺さったモモを一口食べてから、眉を寄せた。
「体育祭も見てないですしね。それにインターン生の面倒を見ている暇もないし。・・ていうかなんでそんな話を?ミルコさんだってインターン生なんか取らないでしょう?」
「この前シンリンカムイと一緒になってな。向こうは受け入れるって言ってたから。・・・お前は受けたのか?」
ミルコは向かいに座るベストジーニストへと持っていた串を向ける。その仕草にもし自分の恋人がいれば行儀が悪いと怒鳴られるだろうなと、チラリと思った。
「うちは受け入れる予定だ。体育祭は行っていないが、オールマイトが推薦してくる生徒にやる気のない奴はいないからな。しかしNO1とNO2のどちらもインターン生を取らないのはどうかと思うぞ。少し考えたらどうだ?」
「いやぁ、オレはなんにも教えられないですよ。SKが面倒見ることになるし、だいたい他県に飛び回ってるのが多いからなぁ」
「他県っていうかエンデヴァーのトコだろ。数日くらい我慢して後進の面倒見ろよ」
「そういうミルコさんも、跳ね回ってないで事務所決めたらどうですか」
「私はいいんだよ。面倒なの嫌いだしな!」
人には言うくせに、ミルコだって後進を育成しようとは思っていないようだ。
ホークスはツクヨミを事務所に迎えてあと、SKすら増やしてはいなかった。相変わらずSKにはホークスの事務処理をお願いしているが、ツクヨミが来てからは彼に仕事を任せたりもしている。おかげで事件解決率は少し上がり、支持率と合わさってNO2をずっと維持していた。もちろんNO1はエンデヴァーであり、当分はこの体制を変えようとは思っていない。
それにツクヨミが来て休みが取りやすくなったのだ。恋人に会いに行くために血の滲むような努力をしなくてよくなったのは、心底有難いと思っている。一ヶ月に2回ほど定期的に取れるようになった連休を、後進育成に当てたいとは今のところ思えなかった。
そして炎司のところはもっと理由がはっきりしていて、ショート以外を育てようという気概がないのだろう。あとたぶん、忙しいのだと思う。
ピロンっと高い音が響き、ホークスは慌てて携帯をポケットから引っ張り出す。事務所用ではなく個人用の携帯から鳴った音は、一人だけ設定していたものだ。もちろん大事な大事な恋人からの連絡であり、画面を見れば相変わらず拙い文字の羅列が並んでいる。
『終わった』
『のか』
『どうだ』
『った』
ホークスがスマホを見ても最初の一行しか送られてきていなかったが、それが数分で四行へと増えた。その数分をジッと幸せそうに眺めていると、向かいのベストジーニストが呆れたように「エンデヴァーだろう?電話したらどうだ?」と言ってくる。
「エンデヴァーさん今は仕事中だから、電話したら怒るんですよ。それに声聞いたら会いたくなるじゃないですか」
「あっ・・・そういえばお前!今エンデヴァーと付き合ってるだろう!」
「ミルコさん声が大きい」
扉を閉めた個室の中、隣の部屋や遠くから酒に酔って笑っている声が聞こえてくる。たぶん誰もミルコの声を聞いていなかっただろうが、ホークスは顔を顰めて声を抑えるように促した。
「そうですよ。エンデヴァーさんとお付き合いしてますけど、・・・よく分かりましたね。エンデヴァーさんに聞いたんですか?」
「聞くわけないだろう。私のカンだ」
ミルコは置いていたジョッキのビールを飲み干して、楽しげにホークスを眺める。ベストジーニストも驚きで目を大きく見開いていて、話の続きを促しているようだった。
ホークスは持ち前の速さで恋人に『無事に終わりました!もしかして心配してました?』とスススと返信を送る。本当はもっと言葉を送りたいけれど、炎司のキャパオーバーすると怒ることもあるので、会話は少しずつ進めた。既読がつくのだからスマホを眺めているはずだ。返事を待っている間も、ホークスは幸せでつい顔がにやけてしまう。
「本当にエンデヴァーと付き合ってるのか。よく・・・エンデヴァーがOKしたな」
「それは、頑張りましたからね」
ホークスは満足気に微笑んだ。
炎司がNO1となったジャパンビルボードから数年、連合とのとの大戦の爪痕もようやく癒えてきて市民もヒーローを受け入れるようになってる。この前のビルボードでNO1から落ちた炎司も再度返り咲き、どうにかその行いを認められたと安堵していた。
ホークスはこの数年「エンデヴァー」のサポートに徹して隣についていたのだが、そのおかげで炎司の内にかなり入り込めた。「エンデヴァー事務所」にいるのは当たり前で、夫婦が別居しているため轟家にも出入りするようになっていた。あの広い家で一人で過ごすのは寂しいでしょうと笑いながら炎司の休みに合わせて尋ねれば、そのうち泊まることも当たり前になっていった。
燈矢のことで魘される炎司を、抱きしめて宥める事は難しくなかった。それまでに積み上げられた信頼とどこまでも深い献身は、己の弱さを良しとしない炎司を寄り掛からせるには十分だったのだ。
「オレはずっとあなたの側にいます。あなたの弱いところも沢山見てきたんだから、今更繕わなくてもいいんですよ。だからオレを頼ってください」
数年の時間をかけてホークスは、炎司が己を曝け出せる唯一になっていた。
最初は「エンデヴァーの背中を押したい」という真っ当な理由で側にいたのに、過去の話や弱い部分を見るたびにこの腕で、この羽根でどんな事からも守りたくなっていた。そして己の弱さを認めず隠し続けていた炎司は、一度曝け出して受け入れられるとその心はグズグズに溶けたようだった。あのエンデヴァーの内面が、甘い果実のようだと思いながらもホークスは喜んで手を伸ばした。そして腐敗させないように気を付けながらも、熟するのを待っていた。
轟家の末っ子の凍とが成人すると、炎司と冷の夫婦は話し合いの末離婚することになった。夫婦の間でどんな話し合いをしてのかは詳しくは知らない。ホークスにとっては炎司が独り身になったことが重要だったからだ。
もう恐る恐る人の果物籠に手を突っ込む必要がなくなった。「あなたが一言、『付き合う』と言ってくれたら、オレはずっとあなたの側にいます。オレはあなたの事なんでも知ってますから、今更離れたりなんかしません」と囁き続ければ、誰にも相談できない炎司は頷くしかなかった。
「それにしても、なんでミルコさん気付いたんですか。誰にも言ってないのに」
付き合うという了解はもらったが、どちらの行動も今までと変わってないはずだった。連絡は取るが電話がどちらも仕事が終わってなければしないし、会うのだって一ヶ月に2度の連休がせいぜいだった。セックスだって片手で数える程度しかしてないのに、バレる要素がどこにあったのだろうか。
「だからカンだって。この前シンリンカムイに会ったって言ったろ、お前たちアイツらとチームアップしなかったか?」
「あぁ、しましたね。オレが追ってた外国のヴィランですけど、群馬の山中に逃げ込んでて応援お願いしたんですよね」
「お前そこでシンリンカムイのSKになんかしただろ」
「え〜、何ですかそれ。人のとこのSKになんもしませんよ。声もかけてない・・・あ・・・」
「ほら、思い出したか!お前、エンデヴァーに話しかけたSKを睨んでたんだって?シンリンカムイが『うちのSKがなんかしたか』って心配してたぞ」
「・・・そういえば、そんなことが」
自分の行動を思い出し、思わず顔を片手で覆ってしまう。その様子を見いてたミルコは笑い出し、ベストジーニストは苦笑していた。
思い出してみれば、作戦終了後に報告のためにエンデヴァーから離れ戻ってみれば、参加していたヒーローの一人がエンデヴァーに話しかけていたのだ。それくらいならよくある事なので気にも止めないが、まるでファンサでもするようにエンデヴァーが手を差し出し、そのヒーローが両手で握りしめたのをみて思わず眉を寄せてしまった。
これまでファンサで握手するなど見た事はあったのだが、その相手がヒーローというのは久々だった。
「オレの炎司さんになんばしよっと?」と思い浮かんだ感情に我に返り、いやいや心狭すぎだろうとすぐに表情を収めた。だがエンデヴァーの元に舞い降り、握手を喜んでいた新人への表情はあまりよくなかったのだろう。思わず息を呑み目を見開く男に、貼り付けた笑顔では心情を隠せなかったようだ。剣呑な様子で立ち去って行ったが、自分のボスへそれとなく問うてみたのか。それが回り回ってきたというわけだ。
「あ〜、いえ、怒ったわけでは」
「エンデヴァーに近寄ったから腹立ったんだろう。お前そういうとこあったが、付き合ってんならもっと酷いことになってそうだな」
「ひどいことってなんですか。・・・どういう意味です」
「荼毘の件のあと、お前はエンデヴァーに近づく者にそうとう警戒していただろう。事件の矢面に立たされていたから仕方なかったが、お前にとって市民も他のヒーローも同じだったな」
ベストジーニストは数年前の事を、まるでついこの前の事のように話した。アジトと病院の襲撃から始まった作戦は、数ヶ月経ってようやく終結した。あの人々の憎悪と懐疑の煮詰まった数ヶ月は国民を疲弊させていたが、それを一身に受けていたエンデヴァーの心身はかなり酷いものだったのだ。ホークスは心無い言葉を投げ掛ける者達からエンデヴァーを遠ざけたかった。そのために市民はもとより面識のないヒーローですら、なるべく近づけないようにしていた。
事件が終結し日々が戻り国が復興の兆しを見せている今、罵倒する者は少なくなっているがホークスの心配は消え去ることはない。そして付き合い始めると、独占欲までもが重なり前より重症と化している気さえしていた。
「そんなつもりはなかったんですけど、あの人どんな言葉も真剣に受け取るから心配になるんですよ」
「くそ真面目だもんな。罵倒されても大人しく聞いてたし。いっそどっかに閉じ込めておいたほうが、お前の心配はなくなるかもな」
「ミルコ」
冗談めかして言ったミルコに、ベストジーニストが嗜めるように呼ぶ。ホークスは間に受けることなく笑っていたが、つい「あぁ、そうか」と思ってしまった。
なるほど誰にも会わせないようにすれば、心ない言葉に傷付く事も、そして自分が心配する事もなくなるかと思ってしまった。
誰も来ないような山奥とか、できることなら二人の事など知る人もいない海外はどうだろう。そこで何もかもを忘れて余生をのんびり過ごすなど、なんて素敵な夢だろうか。
まぁ、思いついて口に出せたとしても、冗談で片付けられてしまう夢物語ではあるけれど。生涯を人々と家族の償いに費やすと決めた人には、この国を離れる選択肢など爪の先ほどもないだろう。
「オレがあの人を閉じ込めるなんて、できるわけないじゃないですか」
ホークスが僅かに背中の羽根を震わせて答えれば、ミルコは安堵したように「そうだな」と笑った。同じようにベストジーニストも目を細めたことで、オレは答えを間違えてないなと思いながら、ホークスは再度ぴこぴこ鳴っている携帯へと視線を落とす。
『心配なんぞ』
『してない』
『仕事に』
『戻る』
時刻はすでに9時を回っているが、まだ帰宅できないようだ。あちらもヴィランの摘発で動いていたようなので、気になるところだけど。
『気をつけてくださいね。終わったら何時でもいいので連絡ください』
既読はつくが返事はなかった。だがきっと律儀な恋人は無事に仕事が終われば返事をくれるだろう。
「そうだ。エンデヴァーさんに写真送ろう。写真撮っていいですか?」
二人に聞けば快く頷いてくれた。
ホークスは羽根で器用に携帯を動かし、『三人でご飯食べてます』と言葉を添えて写真を送ったのだった。
酒を飲んだ日は飛ばないようにしている。
帰りに事務所に寄り、夜勤のSKに挨拶をしてから私服に着替えた。鞄に羽根を詰め込んで、軽い足取りでマンションまで帰ってくる。玄関から入ろうとしたけれど、今日は窓から出たためにドアは施錠していたのだと思い出して仕方なく短い羽で10階まで飛んだ。夜も遅いためにどこの部屋もカーテンがかかっていて、誰にも見られることはなかった。
この本宅は気に入っているからできることなら長く住みたいと思っていて、帰ってくる時はいつも気をつけている。周りには他に高い建物がないから見晴らしがよくて、炎司と二人並んで朝日も夜景も眺めたりするからだ。
「ただいまー」
少し酔って熱い息を吐きながら、カラカラと窓を開く。羽根を飛ばして明かりをつけて、カーテンを引けばようやく一息つけた。リビングには大きめのソファーとテレビが置かれていて、電源を入れればすぐに音声が流れてくる。どうやらちょうどニュースの時間だったようで、九州地区のヒーロー達の活躍の様子が映っている。
それを横目で見ながらドサリとソファーに座った。炎司のために買い替えたソファーは、一人で座るには広すぎてときどき寂しくなる。
携帯を取り出して返事を確認するが、写真を送った後、既読はついたが返事はなかった。すでに12時を回っているのだがと、少し心配になってくる。
「ただいま、エンデヴァーさん」
恋人の返事を待っているのが寂しく思えて、ダブルベッドに置いてあったエンデヴァー人形を羽根で大事に持ってくる。幼い頃から必死に抱きしめていたそれは少し汚れて解れもあるけれど、今でも手に取れば寂しさが和らいだ。
ホークスの「ただいま」は常にエンデヴァーに向けられたものだった。
公安に「保護」されてから、戸籍も家も与えられて母親と暮らしていたけれど情緒不安定な彼女はホークスの面倒をあまり見なかった。依存していた父親を失って部屋に引きこもってしまい、見かねた公安からホームヘルパーを紹介されたほどだ。小学校から帰ってきても母親の顔を見るのは数える程度だった。だから「ただいま」の言葉はつねにエンデヴァーに向けられていた。
ようやう母親がメンタルを持ち直したのは中学年に入った頃で、ホークスは彼女に何かを期待することをやめていた。そして母親のほうも、「親」であることを半ば放棄しているようだった。ただ「アンタは私から逃げんでね」と、2度と会えない男への言葉を息子へと向けるようになっていた。
まぁ、結局逃げ出したのは、その彼女のほうだったけれど。
中学では公安に近い中学へ進学し寮に入り、高校では一人暮らしをしていた。母親には時々連絡をしていたが、学校や公安での厳しい訓練で忙しく思い出すことが減っていった。そしてヒーローとしての拠点で公安が選んだのは生まれた福岡で、家からも母親からも遠く離れた場所だった。
名前を捨て家も肉親も手放した。手の中にあるのはエンデヴァーの人形だけだが、『ホークス』にとっては十分だった。「ただいま」を言える相手がエンデヴァーだけで、満足していたのだ。
だけれども、今は、まるで夢を見ているかのような心地になる。エンデヴァー人形で満足できると思っていたのに、自分は個性と同じ「ごうよく」だった。
手を伸ばして掴めるならば、躊躇いなどなかった。あんなに強く猛々しいと思い憧れていた人の弱さを前にして、この腕と背中の羽根で守りたいとすら思ってしまった。NO2としての実力と、公安で培われた洞察力で意外と素直な人が何を必要としているのか、機敏に察して与え続けた。
対人において不器用な人の、気の置けない相手となるのに時間はいらなかった。大戦最中での同行やコンビプレーに加え、持ち前の愛嬌と優しい言葉で包み込んだ。時々漏らすようになった小さな弱音を残さず拾い上げて、「オレだけは、ずっとあなたのそばにいますよ」と囁き続けた。
だから、オレから逃げないで下さいね。
母親が、自分にかけ続けていた言葉が脳裏に浮かんだ時は笑ってしまった。両親のようにならないようにと生きてきたのに、1番大事なところで繋がりを感じて可笑しくなったのだ。だが否定する気などおきず、ただ己の欲望に忠実に動いてしまう。
だってオレは「ごうよく」で、欲しいものは我慢できないのだから。
生まれからどん底だった人生で、好きなものはたった一つ、そして欲しいものもたった一つだった。一個だけなんてとても慎ましく思えるけれど、その一つを手に入れるなどなんて冒涜的なことだろうかと思う。
だけど、後悔などない。
あの人さえこの手で抱きしめられるなら、他のものなどいらない。
ピコンと一人だけ設定している音が鳴り慌てて携帯を覗き込めば、愛しい愛しい恋人からの返事だった。
『今おわ』
『終わった』
ぜったいに無事だとわかっているけれど、どうしても心配してしまう。
すぐさま『電話していいですか?』と間髪入れず返信すれば、既読の表示と共に画面に『エンデヴァーさん』との表示が光る。
「炎司さん!今終わったんですか!大丈夫でしたか!?」
『誰に聞いている。問題ない』
「そうですよね!・・・・でも、心配はさせてくださいよ」
弱々しい声を出せば、向こうから小さく「ムッ」と唸る声が聞こえた。言葉に詰まっているのだと察して笑い、愛おしく思いながら「怪我はないですか?」と聞けば『ないから、心配するな』と柔らかな声音が聞こえた。
「週末にはそちらに行きますから、怪我してないか確認させてくださいね」
『どうせ嫌だと言っても見るのだろう。わざわざ聞くな』
「同意って欲しいじゃないですか。オレはあなたに許されたいんです。良いよって言ってほしいなぁ」
『・・はぁ、好きにしろ』
呆れを含んだ声だったが、それだけで十分だ。まるで己の信仰にも似た気持ちを捧げた人が許す行為に、胸の内がじんわりと安堵で温かくなっていく。
オレは、この人に手を伸ばすことを許されているのだ。それはなんて、幸せなことだろうか。
「炎司さん、早く会いたいです。今すぐにでも」
『週末なんてすぐだ。我慢しろ』
「わかりました。我慢しますので、ご褒美くださいね」
『・・・・食事か?何が食べたい?』
どうも可愛い恋人は、ご褒美といえば食べ物だと思っている節がある。確かに行きたい店をピックアップはするけれど、自分が甘やかすという意識はないようだ。ただキスも一つでもしてくれたら、それだけで満たされるというのに。
「食事もいいですけど、・・・会った時におねだりしますね」
『・・・わかった』
どこまで理解してくれているのか。それでも頷いたからには潔く受け入れてくれる様が浮かんで、ついくふくふ笑ってしまう。
『ところで写真を見た。楽しそうだったが・・・ミルコに何か言ったか?飲みに行こうとか連絡が入ってたぞ』
「えぇ!?ダメですよ!ミルコさん酒癖悪いから、ぜったいに絡まれて大変なことになりますよ!断ってください!」
『大声を出すな。行かんと返しておいた』
「よかった。オレと一緒ならいいですけど、二人だけは絶対にダメですからね」
『二人でなど行かん。なんの心配をしてるんだ』
電話口でため息が聞こえてきそうだった。だが最近は性格が穏やかになってきた恋人は、時々誰かしらに食事に誘われたりする。その筆頭はオールマイトだったりするのだけど。話を聞くたびに落ち着かなくなるのだけど、様子を見るに向こうには友情らしき感情しかなさそうなので我慢している。
『もう切るぞ』
電話の向こうでエンデヴァーを呼ぶ声が聞こえた。どうやらまだ現場にいるようで、事後処理の中電話をかけてくれたのだろう。
炎司も声が聞きたかったのだろうかと思うと、ついむず痒く感じてしまい顔が緩んでくる。
「えぇ・・愛していますよ、炎司さん」
『・・・・あぁ』
同じ言葉を返してはくれないが、受け取ってくれるだけで胸がいっぱいになる。こんな言葉を捧げることを許されるなど、なんて幸せなのだろうか。
ブツリと切られて甲高い機械音が響き、ようやくホークスは携帯をオフにした。そして腕の中に収まってくれていた大事なエンデヴァー人形をぎゅぅと抱きしめて、「愛しい人に早く会いたい」と小さく笑った。