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    hisanagiuta

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    hisanagiuta

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    「パージク版深夜の創作60分一本勝負」
    4月9日 第60回 お題「前髪」「春」

    #パージク

    たん、たんと軽く何かを叩く音が聞こえて、パーシヴァルは窓を見上げる。水飛沫が散っていた。いつの間にか雨が降り出していたらしい。窓を開けて辺りを見渡し、脇に生えた樫の木が音の出どころだと検討をつける。葉に溜まった雫が溢れて、葉や幹を叩き音を立てているのだった。
     明るい。空の高いところに、欠けた月が嵩を被っている。雨の一粒一粒が、光を受けて影を作り、空の中できらめいていた。
    季節の上では春と呼んでも差し支えないだろうに、ひどく冷える夜だ。眠る前に少し読書をするつもりが、いつの間にやら日が変わろうとしていた。葡萄酒でも飲んで暖まるか、それとももう休むか。逡巡していると、控えめに扉がノックされた。
    こんな夜更けにおとなう者を、パーシヴァルは一人しか知らない。
    「開いている」
    そう応えて、たっぷり二呼吸は待っただろうか。尋ねておきながら、中に入ってこないのも、いつものことである。ため息をついて、扉を開けてやると、想像した通りの人物が立っていた。
    「ジークフリート。お前、何をしているんだ」
    「もう眠っているかと思ってな」
    俺とて遠慮はする、と冗談めかして囁いた。廊下から冷えた空気が室内に入り込み、パーシヴァルは眉根を寄せる。
    「早く部屋に入れ」
    急かすと、ジークフリートは軽く首を振り、
    「ここでいい」
    と、何かを差し出した。うす暗い廊下では、それが何か判別が出来ない。だが、微かに清涼な香りがした。花開く前の、どこか瑞々しい青さを感じさせる植物の匂いだ。
    「桜の枝が落ちていてな。蕾が重かったのか、風に吹かれたのかはわからんが。土を落として、水切りをしたらなかなか、見られる姿になった。
    良かったら、貰ってくれないか」
    暗闇の中で、桜の蕾が、ほんのりと白く浮き上がって見える。受け取ろうとして手を伸ばすと、ジークフリートの指先に触れた。手甲の感触ではない。確かめるように、パーシヴァルは指を辿り、ジークフリートの手首を掴む。
    「鎧もつけずに何をしていた」
    「散歩をしていただけだ」
    「こんなに身体が冷えるまでか」
    「雨に降られたからな。なに、大したことはない」
    本気でそう思っているのだろう。なぜパーシヴァルの語気が強いのか、戸惑っている様子すらある。口で説得するのを早々に諦めて、
    「早く部屋に入れ。二度言わせるな」
    短く命じた。

    「鎧はともかく、外套すら身につけていないのはどういうつもりだ」
    言いながら、炉の中に火を灯す。燃料が無くとも燃え続ける炎だ。
    「少し、気候を見誤った」
    恥ずかしそうに微笑まれると、パーシヴァルはもう、何も言えない。
    ジークフリートの鳶色の髪が濡れて、頬に張り付いていた。乱れた姿に妙な色気がある。部屋の照明を落としていたのもいけない。揺れる炎が映し出したジークフリートの横顔は、どこか異質な高貴さがあり、見惚れるほどに美しかった。
    「挿し木にしてやりたいんだが、花瓶はあるか」
    ジークフリートは手の内に視線を落とす。綻び始めた蕾と、まだ固い芽がいくつかついた、小振りな枝だ。その些細な仕草すら、絵に描いたように整っている。
    「パーシヴァル?」
    急に視線を向けられて、パーシヴァルの心臓が大きく脈打った。ジークフリートは不思議そうにパーシヴァルを見ている。心のうちを悟られるわけにもいかず、パーシヴァルはゆっくりとまぶたを閉じて、息を吐いた。
    「少し、待て。このままでは風邪をひく」
    まず、クロゼットから清潔なタオルを取り出して身体を拭き、ジークフリートを着替えさせる。簡素な寝巻きだが、濡れたままよりはマシだろう。
    それから、暖炉の前に椅子を置いて座らせ、髪を拭いた。芯までは濡れていない。多少雨に降られただけ、と言うのは、本当のことらしい。
    最後に、花瓶の代わりになるものを探す。
    ロックグラスの、形が気に入っているものを一つ選んで、水差しから水を移した。枝の長さがあつらえたようにぴったりだ。
    「郊外の、今は廃墟になっている場所に桜の大木があってな」
    ジークフリートは嬉しそうにグラスの中の桜を見つめる。パーシヴァルはそんな彼の濡れた髪をタオルで乾かしてやりながら、心地の良い声を聞いていた。
    「見渡すかぎりに花びらが舞っていた。月の下、花の香りのする雪が降っているようで、とても幻想的で美しかった。お前にも見せたかったなあ」
    「俺に?」
    「最近、部屋にこもりきりだったろう。気分転換にでもなればと思ってな」
    ジークフリートはそこで、パーシヴァルの部屋の窓を見た。雨脚は弱まることなく、いまだ窓を叩き続けている。
    「この雨で、桜も散ったと思う。とっておきの場所だったんだが」
    パーシヴァルはグラスの中の桜を見る。廃墟で一人、桜を見るジークフリートの姿を思い浮かべる。夜空には欠けた月が浮かんでいたのだろう。それは儚く、美しく、寂しい景色だったろう。
    「ジークフリート、今宵は泊まっていけ」
    パーシヴァルは立ち上がり、ワインセラーから柘榴酒を取り出す。
    「折れた桜の花見酒には高級すぎる酒だ」
    ジークフリートが困ったように言うのに、
    「価値あるものを知っているだけだ」
    と返し、笑った。
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    DONE「昨日の夢と今日の過ち」
    2021年3月21日全空の覇者17で配布した無料ペーパーに載せたものです。
    貰って下さった方ありがとうございました~!
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    DONEワンライお題「二度目のキス」(時間オーバー)「何を舐めている?」
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     風の無い夜だった。
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    mizus_g

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    「……すまんな、夜更けに」
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     最近、時々こういうことがある。夜も更けてパーシヴァルが就寝しようとする頃、見計らったようにジークフリートが部屋を訪ねてくるのだ。今宵で三度目だ。今日は今までで最も時刻が遅い。
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    DONE5/4超全空で配布した合同ペーパーに載せたものです。
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    5/4超全空無配ペーパー 甘い気配が行き違う。
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    「ああ、……そうだな」
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