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    jelka87052396

    サークル:不見水

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    jelka87052396

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    果歩さんのばじとら♀小説「珊瑚」(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19785880)の場地視点パラレル小説。
    ♂×♂でr15(触り合いっこ)有。

    #ばじとら
    punIntendedForAHatchet
    #r15

    黒真珠****


     何でもないようなことが、あるとき急に意味を持つようになる。そういうことは時々、あるものだ。

     喪服に袖を通すお袋の後ろ姿。
     うなじの所でネックレスの金具を留め、鏡を前に髪を撫で付けている。

    「それ、真珠。黒いのなんてあんだな」

     ジュズみてぇ。と思ったのを覚えている。あの頃は数珠、という漢字が分からなかったから(今もあいまいだ)、真珠のジュと数珠のズが同じだということも、知らなかった。
     お袋は黒い布地についた白い糸くずを、無造作に手で払った。

    「偽モンだよ。おいケースケ、そこにあるガムテープ取って」

     そこって、と視線をさまよわせる。テレビの横に置いてあるのが目にとまる。紙みたいな、ザラザラの質感のそれを1つ掴んだ。

    「ニセモン?」
    「人工ってこと」
    「ジンコウって?」
    「人がつくったってことだよ」

     呆れ半分に、何てことはないという口ぶりで言う。お袋はべりり、と10センチほど剥がしてペタペタと肩に当ててはクシャッと丸めて床に落とす。また10センチほど剥がし、用済みになった紙クズと一緒にゴトンと床に放る。かと思うと「サンキュ」と言い残してハンドバッグを掴み、慌ただしく玄関を出ていった。
     俺はポツンと部屋に残される。 
     ゴロゴロと転がるガムテープ。仕方なしに拾って、それから口の中で繰り返してみた。

     ニセモン。偽モンか、と。
     それは思いもよらない言葉だった。
     滅多にアクセサリーの類をつけないお袋が着ける、ほとんど唯一といっていいものが偽物とは。
     
     ──ピチョン。

     ふいに滴る音がする。
     見ると流し台の蛇口から水が漏れている。


     ピチョン。ピチョン。

     ピチョン。


     黙って立ち上がり、栓を締める。流し台の中のタライに溜まった水が、トタトトト……とこぼれた。
     心当たりのある感情は見つからなかった。けれど、なんだかその響きは寂しい、と思った。
     

    ***
     

     死ぬな。
     頼む、死ぬな。
     前にもこんなことがあったな、と頭の片隅で考える。道端に落ちていた、瀕死のスズメ。あの時はなすすべもなかった。てのひらの中で冷たくなっていくのを、黙って見ていることしかできなかった。

     寒波を抱く曇天が今にも襲いかからんととぐろを巻いている。一虎から電話がかかってきたのは、そんな冬の日だった。電話口からはびゅうびゅう強い風の音がする。声が聞こえてくる気配はない。 


    「一虎か?」
     
     返事はない。でも呼吸で分かる。一虎だ。

    「いま屋上にいる」
    「どこの」
    「さあ」

     かすかに笑う気配。あやうく掻き消されそうなほど、一虎の声は遠い。ケータイを握りしめる手に力がこもる。

    「海が見たくてさ」

     また一虎が笑う。ビルの上から見える海なんざ、シケてるだろう。しかもこんな、つめたくて凍えそうな日に。言い訳になってねぇんだよ。
     どっかの屋上で何かにヒタッてるのは、前から知ってる。でも、電話なんか一度だってかけてきたことはなかった。

    「見えたかよ、海」
    「うん。濁ってる。海って黒いんだ」
    「そーかよ」

     俺は頭の中で言葉を探す。知ってる単語の中で、いまいちばんこいつに響いてくれそうなのを。こめかみに汗が滲む。バカヤロー、と叫びたくなるのを何とかこらえる。
     一虎はバカだ。でも、別になりたくてなった訳じゃない。そういう生き方しかできない奴なのだ。スズメに海の中を泳げといっても、無理なのと同じで。
     一虎は黙っていた。
     なんでもいいから、戻ってこい。そう言うことができれば、簡単なのだ。でも、きっとそれだけでは駄目だろう。
     ──みすみす死なせるなんて、できるか。

    「俺も、見たくなってきたわ。海」


     深呼吸をひとつ。それから、繰り返す。電話口からは風の音が強く聞こえる。

    「今から行くけど。行くだろ?」
    「……ん」
    「んじゃ、行くか。なんかいい感じの海にさ。あったけぇのって、四国とかだっけ?」

     沈黙。呼吸の音に耳をすます。やがて、ため息が聞こえる。

    「馬鹿だろ」
    「テメーがだ、バカ」
    「バカじゃねえ、馬鹿」

     晴海で待ち合わせな。一虎は風のむこう、消え入りそうな声で言った。


    **


     ──ずっと覚えてることがある。
     まだ小坊になってまもない頃。親父のバイクのケツに載せられて東京湾に行った。お袋は仕事で家にいなかった。学校から帰ってきた俺は、親父が出ていく所にちょうど出くわしたのだ。
     ブカブカのヘルメットを被せられて、親父の背中に必死に掴まって、たどり着いたのはよどんだ海。岸にはおっさんが何人かいて、タバコを吸いながら釣り糸を垂らしている。バケツに溜まった海水と、等間隔に嵌った柵。親父の顔はほとんど覚えていない。でも、バイクのケツで必死にしがみついた広い背中を、よく覚えている。

     親父を見たのはあの日が最後だった。俺を団地まで送って、それっきりだ。元々ほとんど家に帰ってこなかった人だし、お袋も諦めたようにため息をつくだけだった。
     いまはどうしてるんだろう──。便りはないけど元気でいる確証もない。だけど、いまだに思い出せる。親父の背中のぬくもりを。それが俺の生きてる理由、かもしれない。うまく言えないし、よく分からないけど。
     だけど、生きるか死ぬかって考えた時に浮かぶのは、いつもきまってあの日の記憶だった。
     一虎はビルの屋上で何を思い浮かべていたんだろう。きっと父親の顔なんかじゃなくて、だとしたらあいつの頭に浮かんでるのは──。
     俺だったらいいのに。俺だったら、あいつにあんな顔はさせない。だから、あいつが望むならどんなことだってしてやりたい。どこへだって連れて行ってやるし、どこへだって一緒に行ってやるのに。いつも独りで行ってしまう背中を、ただ眺めているだけしかできないのか。
     そうじゃないだろ、と俺の中で誰かが叫ぶ。──誰かじゃなくて、俺が叫んでいる。





     ひしめき合うどでかいビル群を抜けて、海沿いの広い道を走る。風は生ぬるく、潮のにおいはしない。
     この辺りは埋立地で、つい数十年前までは殺風景な空き地だったらしいが、まるで想像もつかない。
     バイクをとめ、綺麗に舗装された岸に立つ。空は相変わらず重たい灰色だ。いまにも雨が降り出しそうで、洗濯物を入れて来るんだった、という後悔がよぎる。が、もう遅かった。
     ぴちょん、と雨粒が鼻先に落ちてくる。

    「あちゃー」
     
     顔をしかめる。一虎は無表情で、どんな感情も汲み取れない。けど、きっと俺なんかよりぐるぐる色んなものが渦巻いている。
     その全部が分かるわけじゃない。分かりたい、と思ってはいるのに。
     ふいに一虎がこんなことを言い出した。
     
    「いまはもう使われてない倉庫があんの。行ってみねぇ?」

     分からねぇ、って思っていたはずなのに。
     そこに何があるのか。何のために行くのか。一虎が求めてることが分かった気がした。

    「どこ?」
    「すぐだよ」

     バイクにまたがる。走り出せば何も考えなくていい。すげぇ気持ちよくて、一虎もきっと俺と同じ気持ちだって思える。
     だから、これから一虎が要求することを、俺は拒絶しないだろう。

     俺は一虎が好きだから。
     ずっとこのまま、一緒にいられればいい、って思っているから。

     一虎もそうならいいのに、って願ってるけど。一虎にとってはそうあるための何かが足りないらしい。だったら、埋め合わせるしかないんだろう。

     開けた公園から出て一虎が案内するとおりに行くと、見るからに放ったらかしの古びた倉庫があらわれた。
     壁には雨水のあとが幾筋も垂れて、赤っぽい染みになっている。潮風のせいで塗装の剥げかけた鉄のドアは、鍵がかかっていなかった。

    「埃っぽいね」

     一虎がこふこふ、と小さく喉を鳴らす。セメントが剥き出しの床に、ほの白く塵が積み重なっている。
     まわりはがらんとして薄暗く、岩のようにごたごたと色んなものが並んだりしている。まるで底なしの洞穴みたいだ。


    「死にてぇな」

     ぽつりと呟く声。
    それは音の層をなして、小さく、どんどん小さくなる。消えちまう、と思うと、カッと頭に血がのぼった。

    「死なせねェ」

     焦りのせいで手に汗がにじんでいる。
     繋ぎ止めておかないと。そんな考えがよぎり、自然に唇が重なる。そして、俺たちは舌を絡ませ合う。


    「ん、……」


     溶け合いたい。
     溶けて、ひとつになれればいいのに。
     ひとつになって、そのままひとつの塊になれたらいいのに。かたくて、二度と元に戻らない。
     離れられない、一個の意思に。


    「ふ……ぅ、う……」

     一虎が苦しそうに喘いで、俺は唇を離す。

    「ン、……やわらけぇ」
    「ん、ぅ……。あったかい、あったかいよ……」

     白い吐息が重なる。
     夜が近づき、取り巻くものすべてが凍てつきそうな寒さがじわじわと肌を刺す。
     たまらず抱き合うと、体の内部に互いの灯火がほんのりと感じられる。その僅かな温度を分けあうのが、心地よかった。


    「はぁ、はぁ、……」

     また唇を重ねて、唾液と舌を絡ませる。すごく満たされて、気持ちよかった。あったかくて、本当にひとつになれる気がした。


    「……人工じゃない黒真珠はさ」

     吐息の合間。こもる熱を抑えきれず、俺は一虎の股間に触れる。思った通り、そこはかたく、あつかった。

    「汚れてないあったかい海でしか育たねェらしいんだ」
    「ん……」

     俯きながら頷くと、リンと耳元の鈴がゆれる。チャックを引き下ろし、トランクスの間から窮屈そうな竿を外に出してやる。ピク、と一虎の肩が神経質に跳ねた。

    「だから、行こうぜ。いつか。なァ」

     芯を持つ竿の先。
     涙のように濡れた感触をたしかめて、ぬるぬると全体にすり込むように優しく撫で可愛がる。腰がヒク、ヒクッ、ともどかしげに揺れていた。

    「……興味ないよ」

     見つめてくる瞳は幾層もの薄い膜に遮られて、底を見透かすことはできない。
     覗き込めば最後、どんどん引き摺り込まれそうになる。でも、それでいいと思える。

    「なんでだよ」
    「知らねぇの?真珠って劣化するんだって。最初は綺麗でも、いつかは色褪せちまう」

     だから、そんなもんいらない。一虎の瞳はそう言っていた。哀しげな空洞。
     
    「褪せないって、約束する」

     本物とか偽物とか、お前は証明しなくていい。
    お前が本物だと思えるものだけ、信じればいい。
     ただ、それだけでいい。
     それだけでいいのに。


    「だから、行こう。な」

     やわらかな頬にひと筋の涙がこぼれ落ちる。一虎は黙ったまま、ゆっくりと頷いた。



    〈了〉
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