ゲドウ⑭ハイラル城への帰り道。
リーバルは背後のうっとおしい視線を煩わしく思い足を止めた。
「何してる。歩け」
追いついたリンクが遠慮なくリーバルの背中を押す。どうしても自分の前を歩けということらしい。
「君は姫付きの騎士だろ。もっと前に行けよ」
リーバルが愚痴ると、リンクはリーバルの背を押したままどんどん他の護衛の兵士を追い抜いてゼルダ姫とインパの後ろに付いた。
ゼルダ姫、インパ、リーバル。そしてリンク。リーバルが文句を言おうと後ろに目をやると、
「後ろ詰まるから」
と飄々と言ってのける。また小競り合いが始まりそうな気配にインパが説教でも始めそうな様子で振り返るので、リーバルはしぶしぶ隊列を崩さないよう歩いた。
城に着くともう深夜ともいえる時間帯で、リーバルは城にとどまることになった。
形式的に滞在届を出しに行こうとすると、後ろに付いて来ていたリンクが「俺が行ってくる」と言ってリーバルを追い越した。
廊下で待っていると、やがてリンクが執務室から出てきた。
「今日の部屋どこだって?」
リーバルが尋ねると、「案内する」と端的に言ってリンクはさっさと歩きだした。
幾つか階段を上がってたどり着いたのは、今までリーバルが泊まったことのないエリアだった。確か客人用のエリアは下の階だけのはず。はい、とリンクが部屋のノブを開けるので、とりあえず中に入るとなぜかリンクも入ってきて、後ろ手にガチャリと戸を施錠した。
「何・・・」
「俺に与えられている部屋だ。ここに泊まってもらう」
「なんでだよ。どこか空いてないのか?最近は人の出入りもめっきり減ってるっていうのにさ」
慣れた様子で奥に入っていくリンク。リーバルは隙を見てドアに飛びつき、ノブをガチャガチャと回した。開かない。さっと振り向くとリンクが首に掛けた長い紐の先に付いている内鍵をひらひらと見せ、すぐに服の中に仕舞ってしまった。
部屋の奥にあるバルコニー付きの大きな窓は開け放たれていて、時折風が吹き込んでいた。
リンクはそちらに向かって、どうぞ、とでも言うように手で指し示す。
リーバルはギリと眉を寄せた。こいつ、気付いていたのか。
電撃を浴びた時間が長すぎたのだ。リーバルの羽根にはまだ痺れが残っていて、とても飛べる状態ではなかった。
「ふざけるな。どういうつもりだ」
リーバルが拳を振るわせると、リンクはつかつかと寄ってきて言った。
「今の君を一人にすることはできない」
「だから関係な・・・」
「関係ある。同じ英傑でハイラルを守る同志だ。だから、・・・関係ある」
啖呵を切った割には自信なさげに尻すぼみで言ったリンクは、入り口に近いところにある扉を開けて中に入った。
だから、そんな大義名分はもうないというのに。
カランを回すキュッという音と水音がして、しばらくすると静かになった。どうやらそこが浴室のようだ。
扉から顔を出したリンクは、リーバルの痺れた右腕を掴んで容赦なく浴室に引っ張り込んだ。
「イッ・・・・ちょっと、馬鹿力!何するんだ!」
リンクは騒ぐリーバルを相手にせず、思ったよりも広々とした浴室で閉めた扉を守るように仁王立ちすると、ほら、と淵から金色のシャワーが生えた猫足のバスタブを顎で指し示した。
確かに今日は容赦なく全身泥まみれになって、リーバルとしても早く湯を浴びるに越したことはない。
リーバルは動かないリンクを見て諦めたように溜息をつくと、自らの防具の留め具に手をかけようとした。
「あ」
困った。リーバルは一定以上腕を上げることができなかった。
どうしたものかと後ろを見ると、リンクはうぐ、と一声呻いて手近にあった白い手拭いを引っ掴んだ。
目隠しをするようにそれを自らの頭に結びつけたリンクは、リーバルの身体の横にある留め具を手探りで緩めて、背と胸を守る一体化した防具を引き抜いた。
静かな密室にガシャンという大きな音が響く。
リンクの手は布の重なりを探るようにリーバルの身体をまさぐり、抱きしめるように手が後ろに回れば、時折リンクの胸がリーバルの身体に触れた。
リーバルは一体目の前の男がどんな顔をしてこんなことをしているのか気になった。
自分に腕を回すリンクの目隠しを、戯れに嘴で摘んでずり下げる。
「……!」
息を飲み、カッと目を見開いたリンクと目が合う。だがリンクはすぐさま目隠しを直してしまった。
耳まで真っ赤に染め上げた、バカみたいに焦った顔。冗談ではすまなくなるような予感がして、ハハ、とリーバルは小さく笑った。
尾羽根の付け根にある留め具をまさぐられると、リーバルは思わず息を吐いた。ビクリと一瞬固まったリンクは、「…我慢してくれ」と構わず作業を続ける。
リーバルの服をすべて脱がせ終わると、リンクはカランを捻ってシャワーから湯を出した。一仕事終えたリンクは、「はぁ・・・」とため息をつくなりバスタブの淵に腰かけて項垂れている。
リーバルは湯の張られていないバスタブに収まりありがたく身体を洗い流した。
「・・・ねえ、髪を洗いたい」
「はぁ!?」
「取りなよ、そんなもの。なんの意味があるんだい」
ねえねえ、とリーバルが嘴でリンクの頬を小突くと、観念したのかリンクは目隠しをぞんざいに取り払った。振り返るといつの間にかバスタブには湯が張られていて、リーバルは満たされた湯をちゃぷちゃぷと揺らしている。リンクは仰せのままに後ろを向いたリーバルの髪留めを一つ一つ取り外して、編み込まれた黄色いリボンも取り払った。
羽根とはまた違う感触の滑らかな髪がリンクの手に絡む。頭を浴槽の淵に預けたリーバルの髪にリンクは湯をかけてやり、丁寧に洗った。
寝るのだと思っていた。
そういう流れだ。男の部屋に上がり込むということはそういうことだし、リンクはそれに見合う世話を甲斐甲斐しく焼いた。
だがリンクはリーバルを自分のベッドに入れると、どこからか寝袋を出してきて床に敷いた。
「・・・今日はどうしてあんなことをしたんだ」
リーバルに背中を向けたリンクが言う。いつもならばリンクの聞きたがりを相手になんかしない。だが、今夜は話してもいいような気分だった。
「・・・信頼していた人に裏切られたんだ。僕はもう英傑でもハイラルを守る戦士でもない。直出ていく」
「それで・・・俺の目の届かないところで今日みたいに死にたがるのか」
「そうするかもしれないし、しないかもしれない」
リンクは寝袋を這い出すと、ベッドの横にひざまづいて横たわるリーバルを見上げた。
「リーバル。君は誰が何と言おうと英傑だしハイラルを守る戦士だ。どこにも行くな。それに・・・人に何か言われたからと言ってそいつの思うとおりに生きるのか?自分の言葉を持ち、自分の好きなように生きるべきだとその嘴で俺に言った君が?」
いつになく口数の多いリンクに、リーバルは目を瞬かせた。
「・・・君の献身に免じて検討するよ」
そう言うとリーバルは目を閉じ、やがて微かな寝息を立て始めた。
リンクはその夜はまんじりともしなかった。
今まで知らなかった感情が頭の中をぐるぐるとかき乱す。無防備な裸体。預けられた髪。リーバルから感じる危うさは、イーガ団の黒いリトに感じたものととてもよく似ていた。
朝になって、開け放たれた窓から入ってくる寒さにいつの間にか眠っていたリンクが目を覚ますと、寝床にはもうリーバルの姿はなかった。