ゲドウ①記念すべき日だ。最愛のあの人の栄光に一歩近付いた日。
その日ハイラル城に神獣の繰り手一同が初めて集った。仰々しい式典ではなく、内々の顔合わせが主な目的の簡易的な会合だった。
余興として、また今後共闘することになる者同士の情報共有のため、英傑それぞれが自らの技を披露した。
リーバルは演技がかった緩慢な動作で広場の中央に歩み寄ると、膝を着いて意識を集中させた。やがてその周囲には突風のような強い風が集まり始め、固唾を飲んで見守る人々が目を擦った瞬間、もうリーバルは台風の目の遥か上空に弾き出されていた。
そして、一矢乱れぬ正確さで、用意させたあまたの的を目にも止まらぬ速度で射抜いてみせた。
リーバルが気になるのは例の騎士の反応ただ一つ。
全員が演技を終えた後、リーバルはつかつかと金髪の小柄なハイリア人に歩み寄った。
顔を合わせるのはリトの村でやりあって以来。だがリーバルの方は、この数週間で男のことをよく知っていた。
リーバルと互角に渡り合った実力や、ゲルドの街陥落作戦の妨害、撤退を強いられたことが今後確実に脅威になるとして、イーガ団の監視対象となっていたのだ。
だが、リーバルとしては自分と“互角”なんていうイーガ団の評価には決して納得していない。
「…それで?君は僕の技を見てどう思ったの?」
賞賛か、はたまた妬みか。反応の少ないつまらない男だが、あの技を見て何も感じない訳はあるまい。やりあった時は今日ほど高く飛び上がることはなかったし、雨のように降り注いだ矢はいつも以上に正確に的を射抜いた。
翡翠色の瞳を細め見下ろすと、その男、リンクは真面目くさった顔でリーバルを真っ直ぐに見返した。
「あぁ…とても綺麗だった」
はぁ?そうじゃないだろ。自信を無くさせるために大技を見せてやったのに、お遊戯会の感想かよ。
想定外の返答に眉を寄せたリーバルに、リンクはそれ以上話はないといわんばかりにくるりと踵を返した。
綺麗…綺麗か。
リーバルの記憶に、幼き頃の実践訓練が蘇った。
既に的を正確に射ることに関しては共に鍛錬する構成員たちの中で右に出るものはいなかった。しかし対人となると勝手が違う。
「ほれほれ、そんなにお行儀良い軌道じゃ相手に読まれちまうぞ!」
そう言ってあの人はフラフラと踊るようにリーバルの矢をかわし、いつの間にか背後を取ってその首筋に刃を添わせてみせた。
「お前の弓は綺麗すぎる。そんなんじゃあ俺様は殺れねぇなあ」
………
綺麗すぎる技は、相手が手練であるほど裏を返せば読みやすいということ。放った矢は必ず正確にこの場所へ飛んでくる、と。それに読み勝てなければ勝利はない。
だからといって、演技と実践では使う頭が違う。
リンクはもしかして、リーバルに期待していたのだろうか。
悔しかった。勝手に期待して失望するなんて、自分が格上だと思っている証拠ではないか。初めて対峙したあの時。勝負はまだついていなかった。何故手を止めた?勝って、この男に自分の実力を認めさせなければならなかったのに。
その後、城の料理人が腕によりをかけたビュッフェが用意され、美しく手入れされた庭園をより華やかに演出した。
リンクはというと、もっとも上等と思われる同じ骨付き肉だけを皿に山盛りにして、ものすごい勢いでがっついている。
リトの村付近には自生していない艶やかなベリーを一つ口に放り込んだリーバルは、その姿に目を奪われた。
食事の仕方は、その人の情事の際の作法と同じなのだと、仲間が猥談しているのを聞いたことがある。
恥ずかしげもなく開けた大口から、ぬらりと光る舌が見えて、綺麗に揃った歯が躊躇なく肉を引きちぎり、骨まで舐めしゃぶる行為を飽きることなく繰り返す。
そのさまを見ていたら、まるで自分が食い荒らされているような気になって、恐怖と同時に身体がひどく疼いた。
あの軟体動物のような舌に口の中を性急に犯され、頑丈な歯が身体中に容赦なく食いこんで、骨の髄まで貪られるような想像。
嫌な予感がする。あぁ、こいつはダメだ。こいつは良くない。こんなはずじゃなかった。
改めて宿敵と認識し、多いにイラついていたはずなのだ。リーバルは制御できない自分に戸惑い、皿を置いた。