Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    amazake_oisii

    @amazake_oisii

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 19

    amazake_oisii

    ☆quiet follow

    もしもの話という歌を思い出して『もしも今すぐに君の元へと行けるならばこの声がなくなってもいいや』がすごく一氏だったので書いてみました。 芸人一氏が女優夢主を迎えに行く話

    お前のとこに今すぐ行けるんやったら、この声がなくなったっていい

    ずっと好きだった幼なじみがいて、なんとなく向こうも俺の事好きなんやろなって思ってた。だけど思春期特有の天邪鬼というか、顔を合わせれば喧嘩腰の言い合いが始まってしまい、とても告白などできる距離感ではなかった。
    まあ、高校に入ったらかっこよく告白カマしたろ、なんて呑気に考えながら今の心地よい温度に甘えていたのだ。だから、夢主が芸能の道を歩むために高校から上京することを知った時、なんというか、全てが崩れ去ったみたいだった。明るく送り出さなければ、互いの未来の健闘を祈らなければ、頭では分かっているのに、涙がとめどなく溢れて、卒業式後の校舎の一角で、まるで駄々をこねる赤ん坊のように夢主に縋り付いて泣いた。向こうはこうなることを見通していたのだろう、今まで見た中で一番穏やかな顔で俺の頭を撫で、『ユウジはお笑い芸人になるんやろ?あんたとテレビで共演できるまで彼氏作らんから、次会えたら私の事貰ってや?』と諭すように呟いた。


    やっとバイトも辞めてお笑い芸人だけで食って行けるようになったはものの、未だ上京する目処は立たず、焦りだけが募っていく。先輩芸人が最近結婚したらしいのだが、嫁さんの方の年齢が24歳だとかで随分急かされたらしい。
    一方、俺も夢主も今年で23歳。クリスマスケーキ理論でいくともうかなり時間が無い。なにより現在、脇役であるものの夢主がドラマで重要人物として出演しており、バラエティ番組では大阪特有のノリを充分に発揮してなかなかの人気だそうで。賞レースで惜しい結果を残す芸人として芸人界隈でのみ名を馳せている自分との差を感じずにはいられない。結婚指輪だの挙式だのの費用として給料から取っておいた貯金は、なかなかの額になっているというのにただ一つ、約束が果たせないのがどうにも歯がゆくて仕方ない。
    それから数ヵ月経ったある日、マネージャーにものまね大会の番組のオファーが来ていると知らされた。それもシード権付きで関西支部3回戦からの出場らしい。なんでも、プロデューサーがものまねを武器に現在大阪で売れている俺を見つけたとかで、ダークホースとして戦ってもらいたいようだ。
    まあ、そんなんはどうだって良くて、その番組で勝ち進んでいけば、なんと年末に東京での生放送特番に出場できるらしい。審査員には、かつてのベテランのものまね芸人やら大スターが固定で埋められるものの、そこには3席ほど女性タレント枠というものが存在し、その年の活躍が目覚しかったモデルやら女優やらが席を埋める。つまり、現在テレビにひっぱりだこな夢主がそこに座る可能性は十二分にあるのだ。
    このチャンスに賭けるしかない。それに、全国放送である特番に出場し、優勝をすることができれば、それを機に上京することだってできる。その大きなきっかけを掴むしかないのだ。
    意気揚々とオファーを受け、夢主に事の次第と お前も絶対席確保しろよ!! と一言付けたメッセージを送ると 当たり前やろ!私を誰や思うてんねん と秒で返信が来た。文面はいつも通りなんの可愛げもないのだが、その返信の速さがエールのように感じられ、ああこんなことすらも愛おしく思ってしまうんかと自嘲した。

    その日から一層練習に力を入れた。既存のレパートリーに磨きをかけるのはもちろん、手数が少ないのでは話にならないので、新規のネタも模索する。魅せ方や小道具も研究し、深夜に家に帰れば、泥のように眠る日々が続いた。
    そんなこんなであっという間に関西大会がやってきた。大阪というホームグラウンドでの大会ということもあってウケは上々、かなりの手応えを感じながら、関西大会優勝をもぎ取った。その夜は仲間が祝賀会を開いてくれ、束の間の休息を楽しんだ。仲間のうちの一人に、どことなく不安そうな顔で、少し声かすれてへんか?と言われたのが引っかかったが、大会後ということ、また酒を飲んだことによる一時的なものだろうと受け流した。
    全国大会も初戦、2回戦、3回戦と勝ち進み、気づけば全国特番である決勝戦のメンバーを決める大会、つまり準決勝に進出した。大阪では人気を博していたもののどことなく井の中の蛙なのではないか、という気持ちもなくはなかったためここまで来れたことに、はっきり言って驚いた。
    準決勝前数日は調整を行うと言うと、いつもの仲間が、じゃあ1週間前の今日 準決勝頑張れの会を開こう などと言い、ほんま酒好きな奴らやなと笑いながら飲みの席を開いてもらった。中には自分が出演する劇場の時間帯や日にちが異なる芸人もいて、祝賀会以来の顔ぶれに多少気分が高まる。
    何話そうかなどと考えつつ、軽く話し始めると、その久々の顔ぶれ組が皆不思議そうにこちらを見つめる。なんだか落ち着かなくてその真意を尋ねると、どうやら声がいつもと違うらしい。低いというかなんというか、とにかく違和感があるようで。そんなこと言ってもこっちは何ともないし、とにかく他愛もない話で盛り上がりたいのだ。気にしなくていいと軽く流して酒を煽った。
    その後は、全員が覚束無い足取りでケタケタ笑いながらなんとか各々の帰路に着いた。
    目が覚めてぼんやりとスマホを開くとどうやら昼を少しすぎているらしい。少し痛む頭を押さえつつ、流石に今日は声を出せないので小道具制作に充てるかと思い、のろのろと布団から出た。
    小道具制作している時というのは、いやでも思考を巡らせてしまうもので、なんとなく昨日、そして祝賀会で言われた 声に違和感がある というのがチラついて仕方ない。ものまねをしている時はそういうことは言われないので、地声の時のみ違和感が発生しているのだろう。しかし、今ここで はい喉を休めます という訳にもいかないのだ。後で薬局でも行っとくかと考え、ミシンに手をかけた。
    そこから本番までの数日間は本当に怒涛だった。自分を追い込み、時間と体調などの兼ね合いも考えつつ、自分の出来る全てを尽くした。
    その甲斐あって、なんと、決勝に勝ち進むことが出来たのだ。どうしようもない喜びをどう発散していいかわからず、とりあえず小躍りしておいた。やっと、やっと全国放送の特番に出場する権利を得たのだ。そしてこの2日後、夢主も席を勝ち取ったとの報告を受けた。
    ああ…本当に長かった。ようやっと、あの時の約束が実現するのである。しかし、あと一歩、その大会で優勝を決めるのだ、そして生放送であることをいい事に、さらにもう一アクションを起こすことも決めている。
    なんにせよ、優勝することに全てを賭けると決めているので、さらに数週間で磨きをかけなければならない。
    決勝は今までのようにお笑い関係の人が判定するのではなく、所謂タレントの審査員が審査を行うので、ネームバリューは大きな意味を持つ。ダークホースという強めの肩書きがどこまでプラスに働くか見通せないが、優勝経験者や準優勝経験者なども肩を並べる大会なのだ、半端なネタで勝てるわけが無い。
    比較的様々な層にわかりやすい芸能人を本番のレパートリーにチョイスしつつ、自分の色もしっかりと残した人選を行っていく。
    技術に磨きをかける時間を考慮するとなかなかに時間が足りず、頭をフル回転させて机に向かった。

    カラオケで練習する日は合間に好きな歌を歌ってリフレッシュするのがお決まりのルーティーンなのだが、いつも歌っている曲が最近なんとなく高く感じる気がする。というより、歌いづらい。地声の違和感も少しではあるが自覚するようになってた。でも今病院に行ってけったいな病名を告げられたとて、こちらとしては残り数日で仕上げなければならないので大人しく医者の言うことを聞くことは出来ない。もう少しだけ頑張ってくれと願いながら最大限喉のケアに努めた。

    そして迎えた決勝当日。舞台のセットは大阪のちゃちなもんと全然違って豪華絢爛で至る所が華々しい。テレビで見ていた芸能人同士の掛け合いが今この場で行われており、少しだけ鳥肌が立った。多分奥の方にあいつがいるのだろう、でも目を向けると余計なこと考えてしまうのは分かっていたから敢えて見ないようにした。
    大会では、まずは各ブロックでの総当たり戦が行われ5名の中から1人が選出される。つまり、ブロック優勝しなければ次に進めないのだ。ブロック表を確認すると、今をときめく若手芸人であったり個性的な中堅芸人、更にはファイナルラウンド出場経験のあるベテランものまね芸人もいる。こいつらを全員が蹴落として絶対に次に進む、そう心に誓い、みなぎる闘志を奮いたてステージに向かった。
    本番では予想を越えて大ウケし、見事ブロック優勝を収め、審査員長からは次代を担うものまね芸人であるとお墨付きを頂いた。ここまで来るともう何が何だかあまりよく分からない。それでもファイナルラウンドに今までの全てを出し切るよう、時間まで念入りに調整を行った。

    そして遂にファイナルラウンド。集中力が限界突破したのだろうか、必要な音しか聞こえない。どの程度ウケているのかなど全く分からないが今までで最高の出来だということだけはしっかりと分かる。ネタ終了後、割れんばかりの拍手が響きわたり、その手応えの凄まじさを実感した。

    ファイナルラウンドにおける得票数には、観客やお茶の間の票数も入る。審査員長が5ポイント、審査員が3ポイント、観客およびお茶の間の得点が1ポイントで換算され、そのポイントの最も多かった人が優勝となるのだ。
    とはいえ、現在進行形で積み重なっていくポイントを見ることが出来ず、目を固く閉じてただただ祈る。どうか…どうか…。

    そして、ドゥルルルルルルルルジャン とドラムロームが鳴り響き、審査員長の口から優勝者の名前が発される。
    『今年のものまね大会優勝者は………………一氏ユウジさんです!!!』
    え?状況を呑み込めずポカンとしていると両側から紙吹雪が舞い上がり、優勝トロフィーを手渡される。なんや、これ、え、ほんまに俺が、優勝??すると徐々に脳が事態を理解し、それと同時に涙がとめどなく溢れた。
    あ、あかん、今ここで伝えなあかんことがあるんやった!!まだ自分にはひと仕事残っていることを思い出し慌てて声を出す。しかし、緊張の糸がほぐれたからなのか、もう限界を迎えていたからなのか、どうにも声が出ない。ちゃう、まだ終わらんといて、まだやり残してることがあんねん!!!自分に向けられたマイクを奪い取り、あらん限りの声で叫んだ。
    「おい!!!!!!!夢主!!!!!!!!こっち来い!!!!!!!!!!」
    そこで初めて夢主と目が合い、そのあまりの美しさに、ああ本番あいつ見んでほんま良かったわ と思った。
    番組スタッフ陣は、何やら面白いことが始まると察知したのか、5分延長するとのカンペを出した。よっしゃ、今ここで決めたる。
    状況が掴めない夢主は、それでも慌ててステージまで移動し、俺の目の前であわあわしている。もう声も出るかわからんけど、絶対に、絶対に伝えてやるんや。あのとき言えんかったこと
    「お前をもらいに来た。俺と結婚せえ!!!!!!」
    さっきまでものまねを披露していた人間とは思えないくらいしわがれて情けない声だ。マイクの力を借りなければ何一つ伝わっていなかっただろう。
    すると、夢主はかつてのように俺の頭を撫でながら『ええよ、もらってや』と笑った。舞台からはあらゆる所で拍手が響き渡り、鼻をすする音すら聞こえた。

    全てを成し遂げ、脱力した重い体を引きずりながら楽屋に戻るとえげつない数のメッセージやら何やらが届いていた。マネージャーの方も仕事のオファーの電話が鳴り止まないらしく、後はやっておくから家に帰りなと言われ、決死の思いで帰路に着いた。
    物凄い達成感と幸福感に満ちた状態での睡眠はさらに深い眠りに誘い、目が覚めたら太陽が少し西に傾いていた。マネージャーから電話が来ていたようで、かけ直したがなんと声が出ない。向こうは、まあそうだろうと思っていたようでうちに来ると告げて電話を切った。
    これからものまねの仕事の依頼も来るだろうに、どうしたもんかとぼーっと考えているとインターホンが鳴り、マネージャーを家に招き入れた。筆談でいいからと紙とペンを渡されたが、大体は向こうが喋り、こちらは頷いたり首を傾げる程度で事足りた。ずっと思っとったけどほんま有能なやつよなあ。
    マネージャーが言うにはこうである。
    俺はほぼ確実に声帯にポリープができており、摘出しなければならないということ、またその後の回復のため1ヶ月の休養を取らなければならないこと。1ヶ月も休んでる暇あるか!とも思ったが、昨日のプロポーズの場面がなかなか好評を博しているらしく、しばらくはそれで持ち切りになるだろうから心配はいらないらしい。そして声を出してはいけない、つまり沈黙期間は術後5日間だそうでそれ以降はSNSなどで発信していけばいいとの事だ。なるほど、それなら納得出来る。手術の日程も決まっているそうで、あれよあれよと言っている間に手術は終わり、入院生活が始まった。俺がつい喋ってしまわないように5日間はマネージャーのみが出入りするらしい。
    あんな盛大に夢主にプロポーズしておいて、最初に顔を合わせるのがマネージャーというのはいささか気に入らないが、まあ仕方ない。
    そして術後一週間後、とうとう夢主が来た。これ喉にいいもんなんよ~と言いながらはちみつレモンだの各種のど飴だのなんだの取り出していたのだが、ここがどこだか分かっているのだろうか。病院では自由に飲み食いできひんぞ?
    顔も雰囲気も随分大人になったというのにそういう抜けてるとこは変わってなくて、少し笑みがこぼれる。
    『何笑うとんの?あー、あともう無理はせんで?あのあとフラフラしながら戻ってったと思うたら入院やって聞いてひっくり返るかと思うたわ。なあ、そんな身を滅ぼすまで頑張らんといてな?』顔を覗き込まれながら、困ったように笑いかけられ、なんといっていいか分からずただただ頷いてみせる。
    以前のようにとはいかないものの、もうすっかり声は出るようになっていたのだが、今はまだ少しだけ嘘をつかせて欲しい。
    こんなこと、とても面と向かって言えるわけがない。

    お前のとこに今すぐ行けるんやったら、この声がなくなったっていい
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭👏💯💖🌋💞💞💞🙏💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works