創作 芸人を目指すみたいなやつ正月に放送されるテレビ番組は、まあどこもかしこもお笑い番組で賑わっているのが普通だろう。
うちも例に漏れず、誰かが見るだろうと付けっぱなしにされていたテレビでは芸人のネタやら観客の笑い声が余すことなく放映されていた。
とはいえ、お笑いにさほど興味もないので、惰性でみかんを口に放り込みながら、時々横目でちらりと見やっては、正月のお祝いムードをどこか他人事のように感じていた。
少し寝ていたのだろうか。家族が帰ってきた音で目が覚めた。
出かけるのならば声くらいかけてくれればいいものを、とも思ったが初売りだの福袋だのが滅法苦手なことを汲んだ上で留守番にしたのだろう。明日辺りに初詣に行くのだろうか、などと考えていると、何故か急に意識がテレビに向いた。
この番組では、芸人がネタを披露する前にキャッチコピーが流れるのだが、多分それに惹き付けられたのだと思う。
「3年連続M-1グランプリ準優勝 ついた異名は無冠の帝王『和牛』」
M-1グランプリというのは聞いたことがある。とはいっても友人らとの会話に挙がったことごあるくらいなのだが。
その中のお笑い好きの奴が、確かM-1グランプリについて熱弁していた気がする。何て言ってたっけ。薄らとした記憶の中でも比較的鮮明な情報としては、漫才の日本一を決める、最も神聖な大会ということだ。つまり、3年連続日本2位に輝いたらしいこのコンビがどんな漫才をするのか、どうしようもなく気になってしまった。
帰ってきた家族は、買ってきたものを広げながら これ食べる? と言ってお正月然とした惣菜やお菓子を寄越してきた
のだが、
全くもってそんな余裕などないほど俺はテレビに釘付けになっていた。
なんだ、この芸人たちは!!!さっきまでの芸人らと明らかに格が違う気がする。芸風の好みがドストライクだったのかもしれないが、いや、他の奴らと明らかに違う。間の取り方、表情、声質、所作全てが完璧で、まるで映画でも見てるような心地なのだ。もしこれが元から持つ才能でないのならば、努力により培ったものならば……寒気がした。
芸人といえばコントとか漫才とか一人芸とかでステージにたって、売れてくれば司会者とか帯番組のレギュラーになったりする程度の知識しか無かった。ネタを披露するは売れていく為の過程くらいにしか思っていなかったのだ。それが、ここまで精巧かつ緻密に作り上げられるだなんて、思わず生唾を飲んだ。
さては今までの芸人らもこんなえげつないネタを披露していたのだろうか、片手間に観ていたから気づかなかっただけで最早アーティスティックとも言える漫才をセンターマイク1本でやってのけていたのだろうか。そう思うと先程までの自分にとてつもなく腹が立ち、これからの漫才は1字1句聞き漏らさんとばかりに、家族に生返事を返しながらテレビに張り付いた。
一時間ほど経っただろうか。ようやく番組も一段落ついて、買ってきたのだろう豪勢な夕飯を口に運んだ。
あの後も思わず声を出して笑うほどの芸人は何組かいて、片手間にテレビを観ていた自分を恨んだのだが、美しいと思える漫才には終ぞ出会えなかった。
だから気になったのだ。M-1グランプリという大会の第一線を退いた彼らが何故あそこまで巧みなネタをこしらえることができたのか。
調べてみると、M-1グランプリの規定は、コンビ結成15年以内のみらしい。芸人自体の年齢は関係なく、どうやら昨年60手前のおじさんコンビが決勝進出したとかで一躍有名になったようだ。またセンターマイク1本で漫才を披露すれば特に何をしても問題ないらしく、同じく昨年ステージをのたうち回った芸人が優勝をもぎとったとかで、一部で あれを漫才と認めていいのか と物議があがったらしい。昨年の大会では一体何があったというのだ。想像すら恐ろしくて頭を抱えてしまった。
そして、テレビに映るのは決勝および敗者復活戦のみで、ネタ順は生放送で、とある女優がくじを引いて決まるという。中には敗者復活者のくじも入っており、そのくじが引かれた時点で、事前に行われた敗者復活戦から1組選ばれてステージに向かうらしい。あまりに酷なのではなかろうか。
M-1グランプリのページを読み進めるごとに、その生々しさがリアルに伝わってくるようで変な汗をかいた。これを何年も続けられる芸人のメンタルはどうなってるんだ。
とりあえず百聞は一見にしかずだと思い、お笑い好きの友人に連絡して近々録画してあったらしい昨年の大会を一緒に見ることにした。