月が綺麗ですね/好きな食べ物はオクラ「一氏最近えらい元気なくない?夏バテ?」
お昼休み、お弁当を食べ終わるとそうそうに友人らの輪から抜け出して、小春ちゃんとネタ会議をしている一氏に声をかけた。
一氏とは中学2年生で同じクラスになってからの付き合いで、お笑い好きという接点から仲良くなり、今では小春ちゃんと3人で劇場にも足を運ぶ仲である。
そんな一氏が、ここ最近なんだか急に元気がなくなったような、体が細ったような、そんな気がするのだ。
女子としては羨ましい限りなのだが、夏本番に向けて大会も控えている健全な中学生男子がやせ細るのは少し考えものだろう。
はて、どうしたもんか それくらいの気持ちでなんとなしに声をかけてみた。
『うわっ、なんや急に!!脅かすなや!!!』
随分と集中して話し込んでいたのだろうか、予想していたよりも驚いていたのでちょっとだけ申し訳なくなる。
「あー、ごめん、そんな驚くとは思ってなかったわ ほら、最近なんや見る度細くなってってる気がしてさ 心当たりがない訳でもないしどうしたんかなって」
そう、心当たりはなくもない。
というのも、1ヶ月程前にたまたまテレビでやっていた番組に出ていた、とあるモノマネ芸人さんに魅了されてリアコ1歩手前くらいまで沼にハマってしまい、事ある事に一氏や小春ちゃんにその良さを語っているのである。
それだけならまだしも、こと一氏に関してはスマホでメッセージを送っても頻繁に返ってくる訳でもないので、それをいいことにその人が出している動画やらブログやらのリンクを貼りまくっていた。
そんなことはないと思うが、あれだけの量をテニスやネタ作りにプラスアルファで観ていたらと思うと、完全に私は睡眠を妨害している張本人だろう。
じわり、と冷や汗をかきながら一氏の反応を待つ。
『心当たりって、あーあれか、最近お前がハマってるとかいう芸人』
なんだか少し気まずそうに目を泳がせている。
あ……もしかして………
「あ、あの……つかぬ事をお聞きしますが、もしかして私が送ったリンクのやつ全部見たから寝る時間削られて夏バテになったとか………ですか………?」
うわ…どうしよう…見るとは思ってなかったしなんなら私が後で見返そうと思って軽い気持ちで送っていたのが一氏の健康を損ねていたのか………
流石にいたたまれなくなって次のネタの小道具代奢るか……と考えていると、返ってきたのは思いもよらぬ返答だった。
『は?誰があんな膨大な量の動画見んねん 最初の方ちらっと見てからは見てへんわ』
え?
いやだってさっき明らかに挙動おかしかったやん
なんで私の方がおかしいみたいな目でこっち見るん?
頭の中がハテナでいっぱいになる
まあ違うなら違うでいいんだけども
「え、あ、そうなん?やったらまあええんやけど でもさ、顔色もそんな良くなさそうやしもっと食べなあかんのとちゃう?」
『お前は俺のオカンか!!!全然平気やしなんともないわ』
「なんともない見た目してへんやん!!!小春ちゃんもそう思うやんなあ?」
先程からにこにこしながら私らの会話(?)を聞いていた小春ちゃんに助けを求める
流石に小春ちゃんの言葉だったら一氏も今の状態を自覚するだろう
『せやなあ というか、今も夢主ちゃんがこっちにくるまでその話してたんよ ユウくんもそろそろ素直にならんとなあって』
『こ、小春!!!今その話はやめえって!!!』
小春ちゃんが何やら意味深なことを言うと一氏は面白いくらいに取り乱した。
が、しかし話に全くついていけない私は再度頭にハテナを浮かべることしか出来ない。
「小春ちゃんもああいってるし、大会近いんやろ?スタミナつけなあかんやん そうや、好きな食べ物とかないん?」
口に出してから、そういえば一氏の好きな食べ物ってなんなんだろうか、と考えてみたが何も思い浮かばない。
普通になんでも食べてるイメージがあるんよな。好き嫌いとかなさそうやし、なんならたまに購買で売られているよくわからないゲテモノパンを涼しい顔で頬張っていることもあった気がする
『は?好きな食べ物?』
「そうそう、お弁当とかにそういうの入ってたらテンション上がるやん?入れられるもんかは知らんけど」
『あー好きな食べ物、ちょお待って』
そういうと一氏は顎に手を当てて、あーだとかうーだとか唸り始めた。
「いやいやそんな考えるもんやないやろ……さっと出てこんの?たこ焼きとかお好み焼きとか…」
『全部粉もんやん』
「大阪っぽい食べ物好きそうやんか」
そういうと、やっぱり一氏は黙りこくって、というか何かを思い出そうとするように明後日の方向を向いて思案していた。
そうして、たっぷり2分ほど考えてからやっと口を開いた。
『………オクラ』
「オクラ???そんなに考え込んでオクラ???あんたオクラの名前すら出てこんくらい暑さにやられてたん??」
『はあ?そんなんと違うわ!!!もうこの話は終わりや はよせんと予鈴鳴んで!!!』
そう言われてちらっと時計を見ると本当に予鈴が鳴る時間を示していた。
そして、時間が経つの早すぎやろ…と少し名残惜しく思いながらも渋々席に着いた。
学校が終わり、帰宅するとお昼休みに話していたことを思い出した。
一氏が そんなんと違う と言っていたのはどう意味だったんだろうか、気になったらいてもたってもいられなくなり、オクラについて検索をかけた
「日本に輸入されてきたのは明治以降で、最初は観賞用だった……へえ、そうなんや」
今後使うかも分からないオクラの知見を得ながら画面をスクロールしていく。
「あ、オクラにも花言葉ってあるんやな~」
スクロールを続けていくと、花言葉の項目に目が止まった。
花言葉ってよう知らんけどロマンチックよな~なんて思いながら、画面に映る文字列に目を通していく。
「花言葉は 恋の病、恋で身が細る………」
身が細る………?
どこかで聞いたような言葉である。さては一氏………恋をしている?
そう思い立つと、小春ちゃんとの意味深な会話にも全て合点がいった。
そうか、あいつ恋をしているのか!!!
それでやせ細るなんて見た目に反して乙女やんな~なんてにやにやしてしまう。
どうせだし、明日オクラの簡単な料理でも持って行って恋バナを聞いてやろうじゃないか
そうして、高揚した気分のままオクラやその他必要なものを求めてスーパーに駆け出した。
キーンコーンカーンコーン
4時間目終了のチャイムが鳴る。ようやく待ち望んでいた時間が来た。
いつもお昼を一緒に食べている友人らに断りを入れて、ルンルン気分で小春ちゃんと一氏のもとにいく。
『え…なんで来たん……』
明らかにゲッ…という顔をしている奴がいるがそんなこと知ったこっちゃない。
「ほら、昨日オクラ好き言うてたやろ?食べさせたろ思うてなあ」
『オクラくらい食べさせられんでも自分で食うわ』
「でも、今日のお弁当入ってへんやん ほら和え物作ってきたから口開け?」
そう言いながら保冷剤をくっつけたタッパーを取り出し、それ専用に持ってきたスプーンでこれでもかというほど掬って一氏の口に放り込む。
『むぐっ !!!』
大量のオクラをぶち込まれた一氏は、大きく口をもぐもぐさせながら咀嚼している
ふふっ面白………
「そうそう、あれからオクラのこと気になって色々調べたんやけど、なんやオクラにも花言葉があるらしいなあ?」
『ン"ッッゲホッゲホッ』
やはり図星か
目の前で赤くなったり青くなったりとわかりやすく動揺する一氏が可笑しくてさらに続ける
「いや~一氏も恋煩いしたりするんやな~」
『はっ………なんのことや!!!』
やっと飲み込んだであろう一氏がこちらをキッと睨んでいる。おおこわいこわい
「隠さんでええよ 一氏も人の子やってんな~」
そういうと今度は空気が抜けたように机に突っ伏した
『全部…気づいとったんか………』
「全部?いやあ流石に好きな子まではわからんよ 3組の〇〇ちゃんかな~とか5組の△△ちゃんかな~とかはあるけど」
『はあ?!!!』
学年の面白くて可愛い子を思い浮かべながら列挙していくと、一氏はガバッと起き上がって叫んだ。
隣では小春ちゃんが肩を震わせて笑っている。
「え?もしかして私が知らんとこで一氏の好きな子って広まってたん?私そういうの疎いから全然知らんのやけど」
2人の挙動が理解できなくてやっぱりハテナを浮かべてしまう。
絶対核心をついたと思ったんやけどな~
一氏は、唸り声を上げながらバタバタ悶えていたかと思えば、意を決したように声を荒らげた。
『………夢主!!!』
「うわっびっくりした………何よ急に」
『放課後、教室で待っとれ!!!』
「へ?」
『ええから待っとれ!!!動いたら承知せえへんからな!!!』
なんやこの暴君は………
まあ用事ないし、ええけど そう思い、返事をするとちょうど予鈴が鳴り、ドタバタお昼休みは終わりを告げた。
授業も掃除も終わり、いよいよ放課後である。
放課後の教室ってあんまり来ないけど、まだ日は全然高いから、どちらかといえば夕方よりも昼下がりって感じだ。
何を言われるんやろか、なんて考えながらぼーっとしていると例の暴君が教室に入ってきた。
『昼のことやけど……』
「単刀直入やな」
『ええから黙っとれ』
そういうと一氏は目を瞑って大きく息を吐いた。
『その…俺が好きなやつは………お、おおおお前や!!!!』
ん?
え?
今なんて?
しんとした教室の中、グラウンドの運動部の掛け声だけが薄らと聞こえてくる。
それにしても理解が追いつかなくて、耳から入ってきた情報が脳まで送られてこない。
見上げると、顔を真っ赤にした一氏が決まり悪そうにそっぽ向いている。
「あっ………えっと………」
絞り出した言葉はなんの意味も成してなくて、余計に気まずさを加速させた。
『は、はようんとかすんとか言えや!!!』
「ちょっと待って………理解が追いつかんくて…………っていうかいつから?恋煩いするほどのことした?」
『あああもうええわ!!!一から説明するから耳の穴かっぽじってよお聞いとけ!!!』
そこから、中2で出会ってから今に至るまでの経緯をクソでかい声で説明された。
大まかにはこうである。
最初出会った時は、お笑いの話が出来る女子として新鮮なやつやな~くらいに思っており、そこから仲良くなるにつれて好きだと自覚していたということ、また少し前から私に推し芸人ができて、リアコ同然のメッセージが送られてくるもんだから、日々頭を悩ませていたということらしい。
『分かったらはよ返事しろや!!!』
完全に開き直った一氏は仁王立ちで腕を組みながらこちらを見下ろしている。
「気持ちはすごく嬉しいよ、ありがとう せやけど、なんやろう 友達としか見たことなくって恋愛対象として見れるかわからんっていうか」
これは素直な気持ちだ。
一氏と話すのは楽しくて、それこそ時間を忘れるくらい大好きな時間だった。
けれど、あんなに3人で…というかおおよそ私と一氏でどんちゃんしていたのに急に好きと言われると、なんというか、わからなくなる。
ひと呼吸おいて見上げると、すごく不安そうな顔があった。
あ、ほんとに私のこと好きなんやな………
「せやからさ、ちょっと我儘言うてもいい?」
『へ?』
予想に反したことを言われたのだろう、今度はきょとんとしている。
「私のこと、惚れさせてみてよ」
あえて挑発的に言うと、意図をくみ取った一氏が、あちらも挑発的な顔をして叫んだ。
『望むところや!!!人生惚れさせてモン勝ちやからな!!!!!』
そこから一氏の猛烈なアタックが始まり、1週間後にはクラス公認の漫才カップルになったのでした。
めでたしめでたし