幸せのブルーローズ ピピピっと音が鳴ったのを聞き、作業の手を止めてスマホのアラームを消す。固まっていた体をほぐすように背筋を伸ばして、手早く出掛ける準備を済ませてリビングへと向かう。
「司くん、そろそろ出掛けよう……」
食品や日用品の買い出しに行こうと話していたので、彼も準備を終わらせているものだと思っていたが、ソファーで気持ち良さそうな寝息を立てていた。
「無理させちゃったかな」
今日は久しぶりにオフが重なったから、昨日の夜は司くんに少し負担を掛けてしまったと思う。このまま寝かせておきたいけれど、夕飯の食材があるかどうか微妙なところだ。
「そういえば」
冷蔵庫に向かえば、ドアの所に購入する予定の品物が書いたメモが貼ってあった。これがあれば僕だけでも問題ないだろう。野菜の鮮度の見分け方については不安が残るが、司くんならどうにかしてくれるはずだ。
ブロックメモに買い物に行ってきますと書き、リビングのローテーブルに置いて家を出た。
「これで、大丈夫かな」
買い忘れがないようにしっかりと確認をしてから、セルフレジで会計を済ませてスーパーを出る。スマホを見てもメッセージは入っていないので、司くんはまだ夢の中だろう。
「今度、僕でも作れそうなものを教えてもらおう」
いつまでも頼ってばかりじゃ、いつか愛想を尽かされてしまう可能性もなくない。中身が詰まったエコバッグの持ち手をグッと握り締めて、これから頑張ろうと気合を入れる。
早く帰ろうと歩くスピードを上げようとした時、花屋が目に留まった。買う気などは全くなかったが、何となく気になってしまったのだ。
「あ」
その花を数本だけ手に取るとレジに向かい、プレゼント用にラッピングしてもらう。店員の挨拶を聞きながら家へと急いだ。
帰宅してリビングを覗くと、司くんはまだ眠ったままだった。これ幸いと買ってきたものを片付けて、花束から一本を抜いて棘のない茎を短めに切る。
眠る司くんの左耳を花で飾ると、言いようのない幸福感に包まれた。
「早く起きないかな」
左頬に口付ければ、司くんから小さく声が漏れる。
「ん……る、い?」
「気持ち良さそうに寝てたね」
「えっ、今。何時⁉」
勢いよく起き上がった司くんは、掛け時計が示す時間を見てガックリと肩を落とした。僕が買い物してきたなんて知ったら、もっと驚くだろうな。
「買い物……」
「済ませて来たよ」
レシートを渡せば、司くんの目が輝いていく。
「凄いな! 類! 助かった!」
「どういたしまして」
早く気付かないかなと気が急いてしまうが、こちらからバラしてはつまらない。落ち着いてきたのか、司くんは違和感に首を傾げていた。
「ん、なんだ?」
左耳へ手を伸ばして、飾られた花をつまんだ。
「青い薔薇?」
「帰る途中で見つけてね、君にピッタリだと思ったんだ」
青い薔薇の花言葉が、【不可能】や【存在しないもの】だったのは過去の話。
バイオテクノロジーの発展により、青い薔薇は現実的なものとなった。それに伴い花言葉も【夢かなう】や【奇跡】【不可能を成し遂げる】に変化。それと、もともと【一目惚れ】という花言葉を持っている。
「それと、これ」
「青い薔薇の花束だ」
司くんの視線は、花束とこちらを何度も行き来して不思議そうな表情をしている。花束にしてもらった、青い薔薇の本数は九本。
「あなたを想っています」
「え」
司くんの目が僕だけに向けられる。
「その花束に込められた意味だよ」
それと、もう一つ。
「夢が叶うようにいつも応援している」
きっかけは咲希くん。そして、今の司くんは皆の笑顔のためにスターを目指し頑張っている。そんな彼の事を誇りに思い、背中を押したい。
だから、僕も頑張れる。
「いつか君に贈りたいとは考えていたんだ」
「類~!」
「フフ、泣かせてしまったね」
ボロボロと零れる涙を拭うと、司くんの頬が緩んで幸せだと伝えてくれた。それを見て、僕も幸せな気持ちになれる。
「ありがとう、類!」
「それはこちらのセリフだよ!」
腕の中に飛び込んできた司くんを抱き締めると、青い薔薇を包んだ紙が乾いた音を立て、薔薇の香りが僕達を包み込んだ。