ハッピーセットでハッピーエンド「ココ、マック行こうぜ!いまのハッピーセット、ポケモンなんだ!」
土曜日、オレの家に来るなり、イヌピーはふんすふんすと力説した。この事態はあらかじめ予想していた。なにしろハッピーセットで、しかもポケモンだ。そろそろイヌピーが来る頃だろうとお小遣いの準備もしてあった。
「まぁ、寝癖くらい治して行こうぜ」
「寝癖じゃ死なねぇ」
「オレが恥ずかしいの」
座って、と言うと、イヌピーはおとなしく俺の前にぺたんと座る。イヌピーの髪はふわっふわのねこっけだ。オレとはぜんぜん違う。櫛で梳いてやったが、今日の寝ぐせは厄介だった。
「イヌピー、あらいっぱで寝ただろ。治んねーよ」
鏡を覗き込んで、イヌピーはむっとした顔をして、「サイシュ―ヘーキだ」と言って、ポケットからヘアピンを取り出した。たぶん赤音さんのものであろうピンでどうにか髪を止めようとしている。
「イヌピー、こんなの持ってたんだ」
「一時間くらいしたら落ち着く。学校行く前によく赤音にされてる」
「なるほどね。あ、オレがやってやるよ」
イヌピーの奮戦を見ていられなくなって、手を出しだすと、素直にピンが渡される。ごく普通の、ゴールドのヘアピンだけど。
「なんか新鮮だな」
「そっか?」
いつもと違うわけ目になったイヌピーだけど、それよりハッピーセットの方が気になっているようだ。早くいこうぜと促され、自転車で街に繰り出すことになった。
マックについて、それぞれハッピーセットを頼む。イヌピーはチーズバーガーのセット。オレはナゲットのセットにして、追加でハンバーガーも頼んだ。今回のハッピーセットはランダム性だ。
イヌピーは席に着くなり、さっそくハッピーセットの封を切ろうと奮闘している。こういうところも不器用なんだよな。手を出すと怒ることは分かっているので、黙って見ていると、イヌピーは袋をビリビリにしてポケモンのおまけを取り出した。
「リオルだ!」
イヌピーの顔がぱっと輝く。ピカピカのきらきらだ。きっと一番欲しかったやつなんだろう。
「ココのは?」
「オレのは……ピカチュウだ」
「すげーじゃん!」
おおはしゃぎのイヌピーは、通りすがった女子高生のおねえさんたちに「あの子たちデートかな、かわい~」なんて言われたことにも気づいていないんだろう。たしかに髪をピンでとめたイヌピーはたしかにかわいいけど、イヌピーとオレが、デート?
「げほっ、けほ」
「ココ、だいじょうぶか」
コーラにむせたオレにイヌピーがペーパーナプキンを差し出してくれる。ポケモンコインに満足したのか、イヌピーはにこにこしたままポテトをつまんでいる。
「ココも食べろよ、ほら」
「うん」
イヌピーがオレにポテトをさしだしてくれる。これって、いわゆる「あーん」の構図では。いつもは気にならないのにデートと言われて、急に意識してしまってがちがちに緊張しているオレをイヌピーが笑う。
「へんなの」
けらけらと笑っているイヌピーが憎たらしくなって、「オレたちデートって言われてるんだけど」と言い返してやると、意外なことにイヌピーは黙った。てっきり「そいつが馬鹿なんだろ」くらい言うのかと思っていたから、いっそう恥ずかしくなってくる。
「イヌピー、あの」
「ココ、明日もデートしてくれ」
「へ?」
「ポケモンコイン、コンプリートするんだ。協力してくれるだろ」
「えぇ?」
どういうことなんだよ。恥ずかしがってたんじゃなかったのか。イヌピーを見れば、目をきらきらさせてオレを見ている。あ、これ、ぜったいオレが明日もつきあうって確信している目だ。
「……しょうがねぇなぁ、イヌピーは」
「やった!明日もココとデートだな!」
イヌピー、デートって意味わかってる?失礼なことを思いつつ、オレは差し出されたポテトを食ってやった。