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    のなか

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    のなか

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    ココイヌで、イヌピーが少年院にいる間のココの話。ココがチェスをしています。「トーク・アバウト・ア・ボーイ」11歳〜13歳のイヌピーの話とセットになります。

    #ココイヌ
    cocoInu

    スター・プレイヤー 学校の音楽室の片隅にチェス盤が置かれ、二人の少年がゲームをしていた。
     盤面に向かう少年のうち、一人は中学生の枠を飛び越えるくらい強かった。もう一人、それより劣るもののやはり実力者である少年がいたが、この日はずっと勝負の行方の観戦に徹していた。盤面に向かう残りの一人が、この場所の新顔だった。
     見物者の少年いわく、教室での休憩時間にクラスメイトとチェスの勝負をしており、勝利と共に小遣い程度の賭け金を回収していたところ、同じクラスの九井一がゲームに参加するようになったという。しかも「九井には四回の勝負うち、三回負けた」。
    「レーティングがオレより二百上のオマエも勝率的に同じだろ?九井とどっちが強いのかと思ってさ」
     九井は音楽室に入ってきたときに、チェス盤の前に座っている少年を見て「学年の数学トップじゃないか」と言っていた。九井を音楽室に連れてきたクラスメイトから、その数学トップは全日本ユースの年齢別で優勝しているチャンピオン・プレイヤーだと聞かされ、「へぇ、すごいな」と感心したように言っていたが、気後れした様子はまるでなかった。

    「ハンデはいるかな?」
    「いや、必要ない」

     そこから特に自己紹介なしで勝負が始まった。
     勝負は三局勝負ということになった。
     第一局目、白の先手を譲られた九井は、e4にポーンを進めると、オープニングを定石通りに無難にこなした。
     九手目でキャスリングしてキングの防御を固めると、それからナイトとビショップを駆使して中央を大きく支配し、三十七手目で黒を投了させた。
     九井の勝利だった。

     第二局目は白と黒を交代し、九井は黒の後手となった。
    「九井の戦術は大体分かったかも」
     チャンピオンの少年はそう呟くと、先ほどの九井と同じく一手目でe4に白のポーンを進めた。そして間髪入れずにポーンをd5へ、四手目でクイーンをg4に進め、七手目でキャスリングした。
     そこから後は、自分の駒と引き換えに、執念深く九井の黒のナイトとビショップを惨殺してまわった。勝負は白のクイーンによって三十手目でチェックメイトになった。
    「チェスって思いっきり性格出るよな」
     敗北した九井はそう言って苦笑していた。

     第三局目は九井が白になった。
     一手目で白のポーンがe4に進むと、黒のポーンもe5に進んだ。二手目で白のナイトがd3に進むと、黒のナイトもc6に進んだ。五手目に白がキャスリングすると、八手目で黒もキャスリングした。
     そこから白と黒共に指し手の長考が増えた。互いに、自分であれば相手を打ち負かすことができると思うタイプで、何より負けず嫌いだった。そのために、一手一手を熟考するようになった。
     白が中盤で仕掛け、自分のルークを犠牲にして相手のルークを獲った。そこから、自分の駒を失うことで相手の戦力を削り合う展開になった。白黒共に、ルーク、ナイト、ビショップを一つずつ失った。
     終盤、黒のクイーンが巧みに攻勢に出て、単騎で白の陣営に切り込んで来た。しかしポーンと共に、白のクイーンがキングを守っていた。
     黒のクイーンは白の駒を一つ、また一つと喰っていったが、攻守の役割を果たす白のクイーンに対し、攻め切ることはできなかった。
     長く続いた勝負は五十八手目で引き分けになった。

    「引き分けになる予定はなかったんだけどな」
     チャンピオンの少年は、そう呟いていた。それから気を取り直したように、「一緒にユースの大会に出ないか」と九井を誘った。
     九井はあっさり断った。「そういうのには出るつもりはないんだ」
     チェスの愛好者である二人は顔を見合わせた。クラスメイトの方が「九井はチェスの才能あるよ」と言った。
    「大会に出るようになったら更に強い相手と闘えるし、国際大会もある。九井ならスター・プレイヤーになれると思う」
     九井は再度断った。
    「いや、ここに来たのは暇つぶしっていうか、単に誘われたから来ただけなんだ」
     暇つぶしという言葉に、その場に明らかにムッとした空気が流れた。
     九井はすぐに気づき、「言い方が悪かった」と謝罪し、言った。
    「友達が遠いところに行ってしまって、今は会えないんだ。それで退屈っていうか、張り合いがないっていうか。毎日つまらなくてさ」
    「ウチの学校のヤツ?」
    「いや、幼馴染。別に毎日会ってたわけじゃないんだけど、電話もできないし。退屈しのぎに何かしてみても、結局楽しくないんだ」
     対戦した方の少年が言った。「それって寂しいからなんじゃないか?」
     九井は指摘に初耳だという顔をした。「寂しい?」
    「その友達と会えないから寂しくて、楽しむ気持ちになれないんだろ」
     九井はウーンとうなり、「そうかもしれない」と言った。
    「それなら友達とまた会えるようになるまで、ここでチェスをしたらいいんじゃないか」
     九井は片手でナイトの駒をもてあそんでいた。そして「どうだろう」と言った。
    「ここではチェスのことを考えながら、二人で盤面に向かってゲームをする。でも俺はチェスじゃないことを考えながら、もうずっと一人で別のゲームをしているんだ。欲しいものも、賭けているものも、ずいぶん違う」
     そしてどこか遠くを見るような目をした。
    「最後のゲームだけど、序盤の駒の動きは一手目がe4/e5で、それからNf3/Nc6、Bb5/a6だったよな。じゃあ三手目が、Bb5/Nf6だったら?この一つの違いでも、終盤の駒の動きは異なってくる。結果だって変わるかもしれない。人間もそれと同じで、出会ったのは誰なのか、何が起きたのか、タイミングを入れ変えるだけでも色々と変わってくるはずだ。結果的に生き方だって変わるだろう」
     九井はナイトを元の位置に戻して、チェス盤を見つめた。
    「でも、無限の指し手があると言われているチェスだって、勝つためにはどれかを選ばなければならないだろ。同じように、誰しも、たった一つの何かを選ばなきゃならないんだ。そういう意味じゃ、俺はチェスに出会わなかったと言えるかもしれない。出会わないものに才能とか可能性とかは、そもそも無い。だから、あるはずのないものを惜しむ必要はないんだ」

     九井は「けっこう楽しかったよ」と言って立ち上がった。
    「友達になるべく早く会えるといいな」
    「ありがとう」
     立ち去り際に「本当は会いに行きたいよ」と言って、九井は音楽室を出て行った。
     2003年の冬のことだった。




        
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