美少女転生おじさん ごく普通の中肉中背のおっさんだった俺は、赤信号を無視してつっこんできたトラックに引かれたと思ったら、美少女に転生していた。いや、マジで。
そこそこに普通の人生を送っていたおっさんの俺は、とうぜん会社勤めをしていたので、昼休みにコンビニに行こうと財布と携帯を持って出かけていた。そこでまさかの交通事故である。いやぁ、ほんとに人の身体って吹っ飛ぶんだね。跳ね上げられた体は、宙を彷徨った挙句、地面に激突した。痛覚はとうになくなっている。あ、これ死んだわ。
日中のことだったので、大勢の人たちが駆け寄ってきてくれた。その中には同僚も居たりして、せっかくの昼休みを潰しちまったな、なんて申し訳なく思っていた。
救急車を呼んでくれたらしいが、まぁ、これは無理だろうな。
そして俺は美少女に転生していた。いや、マジで。
俺が転生した「乾赤音」ちゃんは、金髪碧眼の、ちょっとお目にかかれないくらいの美少女だった。
だが中身はしょせん俺だ。おっさんだ。パスタより生姜焼き定食。ケーキセットよりビールおつまみセット。もちろん赤音ちゃんは未成年なので飲めませんけどね。月9ドラマより大河ドラマ。ジャニーズよりB‘z。そりゃキムタクはかっこいいなと思うけど、オレのアイドルは永遠に稲葉浩志なわけ。
そんな感じで生きていたので、赤音ちゃんは世間から「かわっている子」として認識されていた。そりゃそうだ。天然の少女たちにおっさんは混じれない。だが寂しさを感じることはない。なにせおっさんなので、ひとりで過ごす術くらい身につけているわけだ。
しかしそんな俺にも癒しはあった。
「赤音、なにしてんの」
「青宗~~~~~!」
赤音の弟の青宗だ。美少女の赤音に似て、こちらも金髪碧眼の美少女、げふんげふん、美少年である。
美少女転生してもマイペースに生きている俺に似てしまったのか、青宗もまただいぶマイペースな少年だった。
「また一人? ともだちいねーの?」
「青宗は失礼だナ。孤独はロマンなんだヨ」
「赤音の喋り方、ヘン。おっさんみたい」
しょうがない。おっさんだからな。
口をとがらせている青宗がかわいくて、俺はぎゅーっと抱きしめる。は~。かわいい。めちゃくちゃかわいい。嫌がる顔もかわいい。いや、マジでかわいいな。
「このゴリラ女! 離せ!」
「は~~~。かわいいナ~~~」
青宗がじたばた暴れるが、小学生が女子高生に適うわけがない。ほっぺたが真っ赤になって、ほんとうにかわいいんですけど。赤音ちゃんによく似た青宗は紅顔の美少年というより美少女で、往来で抱き合う姿に、ご近所様はにっこりである。わかるわ~。写真撮ってもいい? と言われたこともなんどもある。顔見知りのご近所様ならオッケーだが、見知らぬおっさんは丁重にお断りさせていただいる。俺もおっさんなので、癒しが欲しいのはわからんでもないが、同族には厳しいのだ。
「イヌピー! 給食袋忘れている!」
そこに登場したのが青宗のクラスメイトのはじめくんだ。しっかり者のはじめくんは青宗の忘れ物を持って来てくれたのだ。
「いつもありがとうネ」
にっこりと微笑めば、はじめくんは頬を赤らめる。かっわい~。俺はむくつけき男もさわやかイケメンも苦手だが、健気な少年は好きなのだ。別に変な意味じゃない。
途端に青宗が頬を膨らませる。俺の弟がかわいすぎるんだが! いっちょまえにはじめくんがオレに好意を持っていることに嫉妬しているのだ。
「そんな顔しないの。可愛い顔がだいなしだゾ」
青宗はふくれっ面もめちゃくちゃ可愛い。顔面宝具というやつだ。姉の特権でほっぺたをつつくと、ぷにぷにとやわらかい。は~~~~~~~。最高かよ~~~~~~~~。青宗は離せと暴れるが、離すわけがない。
「ココ! 見てないで助けろって!」
「はじめくんもおいで、ぎゅっとしてあげるヨ」
「はわわ、めっそうもない」
はわわなんていう小学生、おっさんでも初めて見たよ。
姉弟の戯れに、はじめ君はますます顔を真っ赤にする。これは青宗が可愛すぎるのがいけない。
「赤音、吸うなってぇ、くすぐってぇ」
「ん~~~~~~」
「あかね、っ、ばかっ」
息も絶え絶えの青宗を堪能して、ようやく離してあげると、はじめくんは棒立ちになっていた。
「やりすぎちゃったかナ」
青宗はされるがままなだけだけど、はじめくんは小学生にしてはませてるからな。青少年の性癖を歪めてしまうのは本意ではない。反省反省猛反省。
などと思ったこともありました。
「赤音さんが好きです」
顔を真っ赤にさせて赤音ちゃんに告白するはじめくん。でもおっさんにはお見通しなのだ。
「チューは好きな人と…だよ」
だってはじめくん、赤音ちゃんのことも好きだろうけど、青宗も好きだよね。これでもそれなりに経験を積んだおっさんですし、はじめくんが赤音ちゃんに好意を持っているのはわかるけれど、それは赤音ちゃんがはじめくんにとっていちばん身近な異性であり、美少女だからであり、なにより青宗の姉だからだ。はじめくんは小学生なりに誠実に赤音さんのことが好きなんだろうけど、青宗とずっといっしょにいたいという願望も含まれているよね。
はじめくんはまだ小学生だし、無自覚だろう。
ぶっちゃけはじめくんの性癖をこじらせたのは俺であるので、責任を持って見守るつもりだった。火事に巻き込まれるまでは。
嘘でしょ。交通事故の次は火事? 俺はふつうのおっさんなんですけど?
あっという間に炎に包まれて、身動きが取れない。いや、俺が死ぬのはいいんですけどね。二度目だし、おっさんだし。青宗が死ぬのはすごく困る。あの子はかわいい俺の弟なのだ。小さいころから見守ってきた大事な大事な弟なのだ。俺はどうなってもいいから、青宗を助けて欲しい。
そこに現れた小さな救世主。
はじめくん、青宗をどうかたすけてほしい。あの子は部屋にいるはずだから。どうか。どうか。
俺の願いが通じたのか、はじめくんが二階へ駆けあがっていく音がした。これできっと大丈夫。あの子たちなら助け合って生きていく。どうか幸せになってね。たまには赤音ちゃんのことも思い出してほしいけど、どうか幸せになってね。おっさんの最後のお願いだよ。そして俺は十七歳の生涯を終わらせるべく瞼を閉じた。
重い瞼をこじあけると、白い天井が見えた。規則的な電子音。病院か、これ。えーと。つまりこれは、三度目の転生か? 赤音ちゃんはたいそうな美少女だった。そのぶんやっかみなんかも多くて、けっこう大変だったのだ。火事もそれが原因かなと思ったり思わなかったり。なのでこんどは普通がいいな。普通のおっさんがいいな。まぁ青宗みたいな弟がいれば話は別だけれど。
なんて思っていたら、部屋のドアが開く音が聞こえた。
「起きたのかよ、この馬鹿野郎」
見覚えのある同僚だった。つまり、ええと、俺はおっさんに戻ったということか。それとも赤音ちゃんに転生したのは夢だったのか。
俺を罵倒した同僚はぼろぼろと泣いている。そりゃ目の前であの事故だもんな。ごめんな、と言えばまだ怒鳴られた。
「俺がどんな思いでおまえを見てたと思ってんだ。ずっと好きだったんだ」
俺は知っていた。
はじめくんの思いはまちがってはいなかったけれど、たったひとりに向けられたものではなかった。ほんとうの恋をした男っていうのは、こういう目をしているものだ。
「聞いてんのかオイ、これからはいっしょに暮らすし、籍も入れるし、逃してなんかやらねぇからな」
しっかり者で、賢いはじめくんなら、いつか気づくはずだ。君がほんとうに好きな人は誰だったのか。いずれ分かるはずだ。この俺もそうであるように。
それから数日後、同僚が暇つぶしに持って来てくれた週刊誌に載っていた「少年たちの抗争! 関東卍會VS東京卍會」の記事に見覚えのあるような後姿をふたつ見たような気がしたが、きっと俺の気のせいだと思いたい。いや、マジなにふたりともやってんの。まぁ無事に生きててくれたら、なんでもいいんだけどね。
「ふたりとも幸せになってネ」