ココイヌデート! デートをしようと言われたが、本当にデートだなんて思わないじゃないか。
抗争が終わって一か月。そろそろほとぼりも醒めたんじゃないかと言う頃合いだった。乾が住むアパートに勝手に入って来た九井に「明日、デートしよう」と言われた。寝起きであった乾が、勝手に合鍵を作りやがってと呻くと、イヌピーがあけてくれないからだろと九井が嘯く。
「明日からオフなんだよ。デートしようぜ」
離別以降初めてではあるが、以前なんどもデートをしたことはある。九井とのデートコースというのは、ホテルまでの行程のことをいう。九井の都合によって、簡素なビジネスホテルであることもあったし、やたらゴージャスなホテルのときもあった。わかりやすくラブホテルのこともある。時間があれば飯を食いに行くこともある。買い物をしたいと言われたら、つきあう。だがこれらはオプションで、あくまで目的はセックスだった。
「どこに行きたい? イヌピー、どっか行きたいところねぇ?」
「オレの行きたいところ? 駅前の××ホテルでいいだろ」
「は? ホテル?」
「セックスするんじゃねぇの」
「オレ、デートって言ったよね?」
「デートってセックスのことだろ」
「ちがうよ! イヌピーは今までオレとのデートはセックスだと思ってたの?」
乾はちょっと間を開けて、「思ってた」と正直に言った。九井はこめかみを抑え、深くため息をつく。
「ドライブに行ったり買い物に行ったりしただろ」
「そうだったのか」
どおりで妙に遠い場所のホテルにわざわざ連れていかれたり、高価な靴を送られたりしたと思っていた。そうか。あれはセックスじゃなくてデートだったのか。
「今までは遠出を避けてたけど、仕事をやめたからな。どこにでも行けるぜ」
北海道で海鮮、九州でラーメン、四国でうどんもいいよな、と九井は指折り数えている。見た目に反して食い意地の張っている九井らしいセレクトだ。北海道、九州、四国。頭の悪い乾でも飛行機に乗らなくてはいけないことがわかる。めんどうくせぇ。
「……家でいいだろ」
「は? イヌピー、オレの言うこと聞いてた?」
「ブルーレイ見て、飯食って、セックスしようぜ。そしたら、うちの合鍵をやる」
口から生まれたような九井が黙った。九井は勝手に合鍵を作っているが、乾が作った合鍵を手ずから貰うというのは、また別の話なのだろう。賢くて合理的で要領のいい男なのに、ロマンチストなのだ。
「イヌピーずりぃよ」
乾はすこし笑った。知らなかったのか? オレは意外とずるがしこい男なんだぜ。