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    mizuho_hidaka

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    mizuho_hidaka

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    ココイヌ。バレンタイン前の話なのにバレンタイン当日に完成したという体たらく。
    武道と千冬から見たココイヌ。

    #ココイヌ
    cocoInu

    エスコートの秘訣週末の映画館は当然のように混んでいた。
    むしろ混みすぎではないだろうか。
    武道は日向とのデートを延期にして良かったかもしれないと思った。
    当初、武道は千冬や溝中五人衆ではなく日向と映画を観るつもりだったのだが、肝心の日向に「バレンタイン前だからちょっと」と断られてしまったのだ。
    どうやら女の子同士で情報交換やら買い物やら色々とあるらしい。
    随分と楽しそうではあったし「バレンタイン当日とその週末は絶対デートしようね」と可愛らしく言われてしまえば一も二もなく頷くしかなかった。
    しかし、下見も兼ねて映画館に来たのは良いのだが、やはり混んでいる。
    運良く千冬とはすぐに合流できたのだが、他の溝中五人衆はまだ来ていないのかそれとも見つからないだけなのか、姿が見えない。
    「映画館には到着した」というメールは先程受信したから、すぐに会えるとは思うのだが。
    別の映画館か水族館や動物園の方がバレンタインのデートには向いているのかもしれない。
    それがわかっただけでも来て良かったな、と思ったところで隣の千冬が声を上げた。

    「相棒」
    「どうした、千冬」
    「あれ、乾君じゃね?」

    武道は千冬が軽く手で指し示した方へと視線を向けた。
    先日、壱番隊の傘下となった黒龍の特攻隊長。
    乾青宗。
    映画のチケットらしきものを指に挟み、壁際で手持ち無沙汰に佇んでいる様は、単純に元々の見目の良さゆえか、隅の方にいるにも関わらず注目を浴びていた。
    身長も高いし何より顔が良い。
    シンプルな私服姿なのに、そのせいで逆に本人という素材の良さが引き立っている。
    こちら側からはちょうど火傷のような痣が見えないので、知らない人間が見たら本当にただの美形でしかない。
    これが常の特攻服ならば余計なトラブルに巻き込まれないように皆視線を逸らしていただろうな、とどうでも良いことを思う。
    尤も、本人はまるで頓着していないようだったが。
    見られることに慣れているのかもしれない。
    今までタイムリープした未来では必ず隣にいた九井の姿がないが、彼と待ち合わせだろうか。
    聖夜決戦の時のこともあり、乾と九井は共に在るというイメージが武道の中では固まりつつあった。

    「声かける?」
    「何て?」
    「……それもそうか」

    壱番隊の、花垣武道の下につきたいとわざわざ指名してきたことに何か裏があるのなら知りたいと思うが、探りを入れるにしてもまだ大して親しいわけでもない。
    もう少し自然に話す機会が増えてからの方が良いだろう。
    そもそも待ち合わせの相手は九井だと何故か思ってしまったが、彼女かもしれないのだし。

    「武道、千冬! 悪い、遅くなった!」

    マコトの大声が後ろから聞こえた。
    「遅いぞ」と千冬が声をかける。
    振り向くと、ポップコーンと飲み物を抱えたマコトと山岸が早足で近付いてくるところだった。

    「あー、先に飲み物買ってやがる」
    「だってすげー混んでるじゃん。これからもっと混むんじゃねーかと思って」
    「少し寄越せよ、ポップコーン」
    「一個十円な」
    「遅れてきたくせに!」

    もう一度視線を巡らせた時には、人混みで乾の姿は既に隠れていた。
    ただ乾の立っていた場所に、見覚えのある黒髪がジュースとポップコーンを載せたトレイを持って近付いているのが一瞬だけ見えた気がした。



    「あ」

    映画館内で一番大きいスクリーンに入ると、後方の座席に向かって目立つ二人組が階段を上っているところだった。
    九井と乾だ。
    先程見かけた時には乾一人だったのだが、やはりというべきか二人で映画を見に来ていたらしい。

    「……うわあ」
    「千冬?」

    隣の武道はまだ二人に気付いていない。
    ついでに言うと九井と乾の二人組もこちらに気付いていない。
    座席を取るのが遅かったため入口付近の席になってしまったので、通行の妨げにならないようとりあえず武道と他の連中も促してまず座る。
    映画の予告が始まるまでに無くなりそうな勢いでポップコーンを食べ始める、武道を除く溝中五人衆を横目に見ながら千冬は言った。

    「乾君と九井君が後ろの方の席にいた」
    「偶然だなー。二人揃ってるなら声かけておきたいけど、この混み具合だと席に戻ってくるのも大変そうだから無理か」
    「あー、うん。それもあるけど……」

    いつになく歯切れが悪くなっている自覚はある。
    武道が不思議そうに首を傾げた。

    「タケミっち、ヒナちゃんに良いところ見せたいって言ってたよな。デートでちゃんとリードしたいって」
    「うん」
    「俺がアドバイスするより良い見本が後ろにいる」
    「えっ、どこ?」
    「……九井君」
    「あれ、彼女と来てんの? でも千冬、乾君といるって今言ったばっかじゃん。ダブルデートって意味?」
    「いや……その二人で合ってる……もう見た方が早い……」

    小声で千冬は相棒に後ろを見るよう促した。
    素直に武道が首を回す。
    どの席に座っているかわかっていないようだったので、アルファベッドを伝えて見当をつけさせると目立つ二人ゆえか「あ」とすぐに声が上がる。
    そして固まった。
    やっぱりか、と息を吐きつつ千冬も怖いもの見たさで横目で後方の座席の様子を伺う。

    「うわー……」

    先程と同じ声を出してしまう。
    中央の席に座っている二人はとにかく目立っていた。
    座ったばかりらしく、九井はまず二人の間のドリンクホルダーにトレイをセッティングして、乾側に向けてやっている。
    膝には二人分のコートを丁寧に畳んで載せていた。
    長い腕を見せつけているのかそれとも照明を落としたら肩でも抱くつもりなのか、隣の乾の背もたれに手を置き、顔を覗き込みながら優しく微笑んで何か声をかけてやっている。
    恐らく「寒くないか」とか、そんな気遣うような言葉だろう。
    少女漫画に出てきそうな完璧なエスコートだ。
    武道は見ていないだろうが、座席を見つけた段階で乾からコートを受け取る動きも手慣れていた。
    龍宮寺も佐野に対して献身的だったが、九井の乾への接し方も同等か下手をすればそれ以上で、妙な雰囲気があるというか、早い話が二人の世界だった。
    空気にあてられたのか、混んでいるはずの空間で二人のところだけ空いているような気がする。
    そして二人はそんなことに全く気付いていないようだった。
    特段、人目を憚らずいちゃついているということはない。
    男同士の割に距離が近いとは思わないでもないが、それでもまあ、多分、親しい友人の範囲内なはずだ。多分。恐らく。きっと。

    「相棒。オレにあのレベルは無理だ」
    「あー……うん、そうだよな……オレも無理だわ……」

    というか、ほとんどの人間には無理なのではないだろうか。
    照れた様子の一切ない動きはあまりにも自然で、日常的なものなのだろうということが容易に察せられた。一朝一夕に身につくものではない。
    そしてそれはエスコートを受ける方にも同じことが言えた。
    照れも恥じらいもなくごく普通に九井の言動を受け入れている乾も、周囲を全く気にしないタイプではあるのだろうが、それにしても距離が近すぎやしないだろうか。

    「あ」
    「……えー……」

    ポップコーンを食べて腹が膨れたのかそれとも最初から眠かったのか、乾が小さく欠伸をする。
    すかさず九井が何か───恐らく「眠いのか」とかそんな類のこと───を囁き、自分のコートを広げて毛布のようにかけてやっていた。
    映画見に来たんじゃねぇの? それやったら熟睡コースじゃねぇ?
    盗み見ていた全員がほぼ同じことを思っただろうと千冬は確信していた。
    しかも乾のコートではない。九井のコートである。流石の乾も首を傾げて何か言っている。
    が、再び九井に何事か囁かれ、あっさりと頷いた。
    そのまま首元までコートを引き上げている。完全に寝る体勢だった。
    映画館デートどころかおうちデートを覗き見しているような気分になってくる。
    流石にそろそろ見ていられなくなって目を逸らそうとした瞬間。
    九井と目が合った。
    気のせいでは済まないほどにしっかりと。
    咄嗟に隣の武道を見るが、既にキャパオーバーだったらしく、今までの出来事を見てもいなかったと言わんばかりの様子で溝中組と楽しげに話していた。
    裏切り者、と心の中だけで絶叫しつつ千冬は恐る恐るもう一度九井の方を見た。
    胡散臭い笑みを口元に貼り付かせた男は目だけ笑っていない笑顔で数秒こちらを見た後、何事もなかったかのように隣に優しげな微笑を向ける。
    その顔は千冬に見せたものとはうって変わって穏やかだ。
    邪魔するな、という無言の圧力に千冬は素直に屈することにした。
    もう相手が見ていないことは承知で頷き、前を向く。
    馬に蹴られて死ぬような目には遭いたくない。

    「相棒」
    「なんだ、千冬」
    「この映画館に来ている知り合いは俺達だけだ。他に知り合いは来ていない。見かけてもいない。見たとしたらそれは他人の空似だ」
    「……そっか」
    「そうだ」
    「……」
    「……」
    「……」
    「……千冬」
    「どうした」
    「後ろの方にいた知らない人、確かにお手本にはできないけど、参考にはなったよ。相手だけ見て、楽しく笑ってりゃいいんだよな、きっと」

    確かに、二人ともとても楽しそうだった。
    もしかしたらあれが二人の素で、九井はそれを見られることこそを嫌がったのかもしれない。
    独占欲強いタイプなんだな、九井君って。
    違う、後ろの人は知らない人だった。
    マコト達から回ってきたコーラに千冬は有り難く口をつける。
    ただのコーラで、しかも氷が溶けてきて薄いはずのそれがやけに甘く感じたのは気のせいだろう。

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