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    somakusanao

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    somakusanao

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    九井テメェ、ヨメ囲うのにマンションなんてひよったこと言ってねぇで、村くらい買ってやれよ!って心の中でマイキーが言っていたので

    #ココイヌ
    cocoInu

    すくいのもり 見渡せど、山、山。山。三方を山に、残りの一方は川に囲まれた小さな村がある。総人口は三桁に及ぶかどうか。山が含まれているので土地は広いが、人の住む面積は少ない。風光明媚と言えば聞こえがいいが、回りをぐるりと山に囲まれた田舎である。
     ふしぎと整備された広大な道を進み、二メートルほどの堀を越えれば、落ち武者伝説がある集落がある。そもそも車が通れるほどの橋は少なく、入り組んだ道に車は不向きだ。人ひとり通るのが精いっぱいという道も多い。石階段は経年劣化して歪み、慣れていても足元を取られそうになる。風情のある不思議な光景ではあるが、観光名所というほどではない。
     だが暮らしてみれば、意外にも住み心地はいいらしい。
     山を一つ隔てた街は交通の便が良く活気がある。そこには駅があり学校もあり病院もある。映画館を擁した大型スーパーもある。街までの道は整備されており、こどもたちは毎日街にある学校に通っている。車さえあれば一番遠い病院も数十分ほどの道のりであるそうだ。そういった土地であるから、どの家にも家族の人数分の車が駐車しているのが当然である。

     青年は郵便配達員である。かの村の配達は、局内で一番若い配達員が配置されるのが常であった。なにしろ集落の一角はバイクですら通れない。となると、徒歩で配るしかない。なるほど体力がなければ難しい仕事である。
     しかしいざ配達をしてみれば、たしかに体力はいるが、村の人々はみな青年に親切であった。道に迷っていれば案内をしてくれる。ときには缶ジュースなどをふるまってくれる。青年は街の出身であるが、村の住民はこころ豊かであるなと感心したものだ。
     青年を縁側に招き茶とお菓子をふるまってくれた老人が呵々と笑って教えてくれた。

    「地主様が立派な方だから、村の者は皆その恩恵に預かっているんだよ」

     聞けば、街までの道が整備されているのも、人気のない路地の石垣がきれいに整えられているのも、空き屋が修理されているのも、地主が金を出し住みやすいように計らってくれているからなのだという。この老人が地主びいきなのは、野生の猪に畑を荒らされて困っていると訴えたところ、柵を無料で整備してくれたからだそうだ。

    「立派な方ですね」
    「先代はなにもしてくれなかったが、孫が引き継いでくれて、ずいぶんとこの町はきれいになった。まだ大学生だったかな。休みの時にしかいらっしゃらないようで、姿を見ることは少ないが、若いのに立派な方だ」
    「ははぁ、それはすごいですね。どこにお住まいなんですか」
    「あのお屋敷だよ」

     老人は村で一番高い場所にある、立派な屋敷を示した。堂々たる瓦屋根の、いまどき珍しい純和風の御屋敷である。
     

     

     地主の御屋敷は、村の高台にある集落の中にある。入り組んだ道のさらに奥にある階段を百段と登らねばならない。老人らが地主様と尊敬しならがも、顔を滅多に見たことがないというのは、この急な階段のせいもあるだろう。青年はふぅふぅと汗をかきながら登りきる。

    「ごめんください、にんにちわぁ、おどとけものですぅ」

     情けないことに、息切れしてしまう。学生時代は陸上部に所属していた。ランニングは日課であったが、このような石階段はいささか勝手が違う。
     瓦屋根が黒光りする堂々たるお屋敷だが、インターフォンなるものが存在しない。もっともこれは村ではあたりまえのことであった。インターフォンがある家は多いのだが、声をかけるのが通例である。なにしろ村の住人すべてが知り合いだ。青年も仕事を引きついた初日は、村に足を踏み入れた途端、じろじろと見られて辟易したものである。

    「なんだ。だらしねぇなぁ」

     からりと開き戸を開けて、出てきたのは若い美貌の青年である。こんな田舎なのにふしぎと垢ぬけている。顔に似合わず口は悪い。どうやら彼は大事故に巻き込まれたようで、内臓のいくつかに欠陥があると聞いている。足を引きずるようにしているのも、そのせいであるようだ。なかなか聞きにくいことであるため、詳細は分からない。交通事故にでも巻き込まれたのかと憶測するのが精いっぱいだ。
     彼は地主の係累で、治療のためこの村に住んでいる。なるほど空気の澄んだこの地は静養するにはいいだろう。こんな田舎で暇ではないかと聞いたところ、家の中にはパソコンやゲーム機器、プロジェクターなどが山とあるらしい。錚々たる屋敷とのギャップに驚くが、いまどき珍しいことではないだろう。

    「九井様に郵便です」
    「オレ宛のもある?」
    「ありますよ。ええと、これです」

     なんとも面白いことに、彼の綽名は「イヌピー」である。本名ではない。ないと思うが、郵便の宛先に九井様方イヌピーくんと書いてあるので、それしか知らない。
     イヌピーくん宛の手紙は三通あった。
     彼は顔をほころばせて読む。友人からであろうか。その表情には親しいものに見せる笑顔があった。
     そして最後の一通。
     彼は大事そうにそれを見つめた。字をなぞる。

    「ココ」

     美形であるがゆえに冷たさを感じる容貌だが、頬に赤みが差したことで、途端に雰囲気が変わる。

    「ココが来るって」

     顔面の迫力に気圧されながらも青年は必死にうなずいた。よかったですね、と青年が言う前に、砂利を踏む音があった。この屋敷は誰かが来ればすぐにわかる仕組みとなっている。
     彼は満面の笑みを浮かべた。まるで花が咲いたようだ。

    「ココ、早かったんだな」
    「なんだ。手紙と同じだったな。意味ねぇなぁ」
    「いいんだ。オレが欲しいっておまえに頼んだんだから」

     このひとがこの村の大地主。九井一だ。たしかに若い。
     青年は彼の名をよく知っている。この屋敷への配達物は、九井が彼に出したものが圧倒的に多いからだ。ほとんどがポストカードで、日本各地の観光地はもちろん、海外からの時も多かった。おそらくこの屋敷から滅多に出ることのない彼を慮って、各地から出しているのだろう。うつくしいポストカードはもちろん、凝った仕掛けのあるものや、ゆるキャラなどの時もある。
     読むつもりはなくともちらりと見えることがある。「もうすぐ帰る」や「無理はしないように」など他愛のない言葉の羅列であったが、彼への愛情が見えた。

    「こいつは?」

     じろりと睨まれた。蛇に睨まれた蛙のように無様に固まる。助けを出してくれたのは彼だった。

    「いまの郵便局員だ。おまえの手紙を届けてくれた。見てただろ」
    「まあ、そうなんだけどね」

     彼らは寄り添いながら屋敷の中に入っていった。からりと扉が開いたのは、自動ドアなわけではなく、傍に控えていた男が開けたからだ。彼はひとりで暮らしているわけではない。護衛と思われる男たちが彼の面倒を見ていた。



     九井一。
     青年は郵便局員になる以前から彼の名を知っていた。テレビやネットで見たことがある。この国の最大の反社会組織・梵天の最高幹部であれば、なるほど恋人の療養のため村ひとつ買う金くらいは彼にとってはした金であろう。
     彼が反社会組織の幹部であろうと、有名な大学の学徒であろうと、恋をするひとりの青年であろうと、郵便物であれば宛先に届けるのが青年の仕事である。
     



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