『禁じられた遊び』⑥乾青宗 ちいさな青いスコップで土を掘る。固い土は掘りにくく、満足のいく深さを掘るのに、予定外の時間を要した。土を盛って、割りばしで作った手作りの十字架をふたつ刺す。かなり不格好だが、いちおう十字架には見えるだろう。乾はそっと息を吐く。
「それは誰の墓?」
背後に男のひそやかな声があった。
「ココとオレの墓」
ふぅん、と九井が乾の横にしゃがみこむ。高そうな、実際高いのだろう、コートに土につくが、九井は気にした様子もない。先日きた警察に寄れば「存在しない男」だそうだ。おかしなことを言うものだ。九井一がいないなんて、馬鹿なことを言う。
「金魚はもうとっくに土に還っただろ。この中にはなにが入っているんだ?」
「アジトの鍵」
「バイク屋にした時に、ドアはあたらしく付け替えただろ」
「ああ。だからもう何の役にも立たない鍵だった」
でも、ずっとオレの宝物だったよ、と乾は囁く。
街灯が射す光までは遠く、公園にいるふたりを照らすものはない。暗闇のなか、九井は泥に汚れるのも構わず乾の手を取る。
「オレたちが入るには小さすぎる墓だな」
「広い方が良かった?」
「いや、これでじゅうぶん」
九井の手はつめたくて、こごえていて、まるで死人のようだ。ぎゅっと握りしめると、指を絡められた。つめたいのに、ちからづよい。九井の在り方そのものを彷彿させる。乾が額を寄せると、九井が頬を寄せる。声はお互いにしか聞こえない。
「九井一は死んだんだって?」
「ああ、死んだ」
「じゃあ、オレの前にいるのは誰なんだ」
「イヌピーが名前を付けてくれたら、なんにだってなる」
「責任重大だな」
うすくわらうと、その息を奪うようにくちびるが重なった。
「二代目九井一でいいんじゃないか」
「安直」
「好きな男の名前なんだ。大事にしてほしい」
「それなら、まぁ、しかたないか。オレもあんがい気に入っている」
九井は横目で歪な墓を見下ろした。
ちいさな黒い金魚になれば、あの墓に埋めてもらえるだろうか。でも、それでは乾にキスもできないし、乾を抱くこともできない。
「なぁ、イヌピー。オレといっしょに来てくれないか」
「奇遇だな。ドラケンに退職届を出して、受理されたところだ。マイキーがいなくなったから、ドラケンも心の整理がしたいと言っていた」
「まじか。用意がいいな」
「最高だろ」
「最高だ」
くすくすと笑いあって、もつれるうちに、墓を踏みつぶし、十字架を倒してしまう。あーあ、失敗。不謹慎な遊びもこれでおしまい。ついでに盛った土も無くしてしまう。もう鍵はどこに行ったのかわからない。永久に見つからない。
「イヌピー、またオレの墓を作ってくれる?」
「ココは墓が好きなんだな」
「こんどはオレの骨を埋めてね」
「じゃあ、オレの骨は誰が埋めてくれるんだよ」
「鶴蝶に頼むか。あいつには恩を売ったしな。イザナの縁もある」
「あいつ、生きているのか」
「どこかで生きてるだろ」
こどもに還ったかのように、くすくすと笑いあって、土で汚れた手と手を取り合う。さぁどこにあそびにいこうか。きっとすてきな旅路になるだろう。ちいさな青いスコップを置き去りにして、ふたりはどこかへ行ってしまう。