少女たちのマカロン マカロンをつまんでいると、珍しく傑が俺の部屋のドアを開いた。手つきはあくまでも優しく、けれど決して逃がさないといったふうに。もしかしたら、彼は夜蛾先生か誰かから、俺を連れて来るように言われているのかもしれない。俺にとってはどうでもいいことだったけれど、彼にとっては大事なことなんだろう。
「あ、傑。何か用?」
振り返りながら俺は言う。すると傑はため息をついて、次のように言った。
「何か用? じゃないよ。学長の呼び出しを無視するなんて正気の沙汰?」
そう言われれば、俺は今朝から昼過ぎに学長室に来るように、大切な用事があると呼ばれていたのだった。理由は知らされていなかったから、また五条家のごたごたか何かだろう。携帯の時計を見ると午後二時になっていた。まぁ、これじゃあ怒られても仕方がない。でも俺にだって用事があるのだ。何でもかんでも怠惰と決めつけて欲しくない。
「それで、今度は何をしてた?」
傑が言う。尋ねられては答えねばならないだろう。俺が今回学長の呼び出しを無視した理由を。
「マカロンを買いに行ってた」
「悟……」
俺の理由が気に入らないのか、傑がまたため息をつく。これじゃあまるで歌姫に怒られているみたいだ。俺にだってちゃんとした理由があるのに、彼女はそれを無視する。傑は違うと思ったんだけどな。やっぱりマカロン、って軽い語感が駄目なんだろうか? こんなに美味しいのにな、と思って俺はマカロンが潰れないように丁寧に入れられた紙箱につけられた、リボンをいじる。
「いや、マカロンを買いに行ったら、並んでた女子高生が肝試しで撮った動画の静止画に幽霊が写ってるって言うからさ。その写真を回収して呪霊を祓ってたんだよ」
そう言うと、傑は珍しく自分が悪かったって顔をして、「それで祓えたの?」と言った。真面目な男だ。もう俺が学長の呼び出しを無視したことを忘れて(いや、忘れたふりをして)、次の事案に夢中になっている。
「いや、祓ってみたけど静止画はそのまんま。ただの錯覚だろうね。錯覚でも呪いが移ることはあるから祓えたってメールは送ったんだけど」
「本当だ、何も感じない。でも、その子の携帯が呪われてた可能性はないの?」
傑はどこまでも真面目に、どこまでも可能性を探しているようだった。でも俺はそれに首を振る。今回は全てが勘違いだと、非術師を守ろうとする彼の姿勢を否定する。
「そんなに気になるんなら女の子たちに会いに行く? まだどうせ街で遊んでるでしょ。学長の呼び出しを無視してさ、行っちゃう?」
俺は小さくウィンクをして立ち上がる。傑の決断を誘う。すると彼は結局俺の誘いに乗って、わざわざ東京の街中にまで出ることを決断したようだった。
「後でちゃんと謝るんだよ」
「はいはい……あ、これ」
俺は大きな箱に詰め込まれた、可愛らしいパステルカラーのマカロンを、二つ取って一つ目を傑の口に押し付ける。そしてそれがキスの代わりになるように、彼の唇をこじ開ける。
「頭を使うんなら、糖分を取らなきゃ。でしょ?」
俺は笑って自分の部屋を出る。学長の呼び出しは、本当にどうでも良かった。こういう細かい任務が平和な世界を作るのだ。だろ? 傑。
俺たちは高専を出て街にゆく。そしてそこにしか居場所のない少女たちから呪霊を祓うんだろう。可愛いものが好きで、流行りものが好きで、誰かと連んでいないと不安になる少女たちを慰めるために。俺は口にマカロンを放り込む。シャリシャリと甘いそれは、少しだけ傑とのキスに似ていた。傑はもう少しだけ、情熱的だけれどね。