浮かれポンチすごかった…、と滝川は1人、車内で脱力した。
昨夜、最近ようやく恋人になった安原の部屋に泊まった。もちろん下心はあった。安原も同じようだったので、自分が初めての恋人らしい安原には展開が早すぎるかもしれないと思いつつまあいいかと喜んで流された。
途中までは良かった。滝川は少々暴走気味だったが、笑い話の範囲だろう。ただ、ほとんど初めて見るくらい本気で血の気の引いた顔をした安原に、頭を殴られたような衝撃を受けた。
彼と初めて出会った緑陵高校の件で、自覚のないままに行使された学生たちの呪詛を返す話になった時にはさすがに顔色が悪かったけれども、基本的に安原の精神は強靭で打たれ強く、また非常にマイペースだ。命にかかわる可能性を示唆されても毅然としていた。
その安原が紙のように白くなってしまったのだから、滝川の内心の嵐は筆舌に尽くしがたいものだった。
しまった、失敗した、早まった。
後悔で一杯になり安原を安心させようとした結果得られた答えが『滝川が男相手に本当にその気になるのかどうかが不安だ』であった。
いやお前、俺がこれまで何回お前をオカズにして抜いたと思ってるんだ――などと口から出そうになって、慌てて唇を引き結んだ。そんなこと安原は知るわけもないし、あまりにもあんまりなセリフなので自重したのである。
不安の正体がそれならば、とさっさと滝川は安原を力尽くで納得させることにしてその後はずいぶん首尾よく進んだのだが。
寝て起きて、安原手作りの朝食を食べさせてもらった。炊きたての米にわかめと卵の味噌汁、作り置きだというきんぴらごぼうに、茹でた鮭。丁寧な朝ごはん、といったそれに思わず「結婚してくれ」などと口走ると、安原は笑って「このあとオフィスまで送ってくれるならいいですよ」と言った。午後からバイトなので、と。それはつまり、安原がバイトに行くまでの時間は一緒に過ごそうという誘いでもあった。
食事を終え、手分けして洗い物を済ませると安原は手際よく炊いた米を小分けにして容器に詰めた。米を冷凍する用に販売されているものらしい。料理を始めてから、ラップが案外高いことに気付いて購入したという。ゆくゆくは元が取れるでしょう、と。
その後ろ姿を見て、滝川はどうにも触れたくてたまらなくなってしまった。
学ラン姿で、平気で高圧的な教師と渡り合っていた安原。ナルのふりをして調査に参加し、胡散臭い自称霊能者たちのなかで平然と所長として振る舞っていた安原。危険な除霊現場に、どうあってもついていくと一歩も譲らなかった安原。
――喰えない男代表のような彼が、小さなキッチンで料理をし、作り置きをしている姿が、なんとも愛しくかけがえのないものに思えて、心臓が鷲掴みにされたような錯覚さえ起こした。
そもそもだ、寝て起きたとき腕の中には裸の恋人がいたというのに、米が炊けたからという理由で一旦は断腸の思いで我慢したのだ。腹がくちて、後始末やらなにやらを済ませるまできちんとお預けできたのだから寧ろ褒めてほしいくらいである。
手を洗って振り返ろうとした安原を背中から抱きしめ、「シャワー、一緒に浴びよ」と下心100%のお誘いをしてしまったのも無理はないだろう。
安原はちょっと考えて、頷き、もちろん非常に楽しいシャワータイムとなった。
一般的に、セックスをした仲の人間というのは距離が縮まるものだ。普通に生活していたら他人には見せないようなところを見せ、粘膜まで触れ合わせればある程度馴れ馴れしくもなるだろう。ご多分に漏れず滝川と安原も、この部屋に来る前より格段に距離が縮まった。残っていたすこしの遠慮が抜け、互いに触れてもいいのだと肌で知ったことで、それはなんでもない態度にも反映される。
グラスを手渡すときに触れる肌の面積、隣に座る時に開ける距離。くだらない話をしていても声が甘い。
可愛いな、と思った時には唇を重ねていた。
戯れのような、慈しむようなそれがだんだんと熱を増し、舌を絡めるようになり、結局また素肌に触れることになった。昨夜に一度、今朝に二度だ。元気なものである。
その後はさすがに体力と時間の兼ね合いもあり、調査中の話をし、最後にキスをしてから早めに安原のアパートを出た。泊めてもらった礼にと昼食を奢り、オフィス付近まで車を出して、バイトに向かう安原を見送って今に至る。
「最っっっ高…………」
エロい処女っていたんだ、と滝川は思った。