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    Ac_4265

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    『仲直りは忍者にお任せ』
    ※忍+鉄虎+翠

    喧嘩した鉄虎と翠を忍が仲直りさせる話。

     悪いのは鉄虎くんだよ。
     そう言う翠はばつの悪そうな顔をしていて、忍は思わず苦笑を漏らした。
     2人が言い争いをしているとゆうたから連絡があったのは生徒会の仕事に勤しんでいる最中のことだった。桃李はまたかと言いたげに顔を顰め、真緒は大変だなと言って眉を下げ、弓弦は相変わらず微笑を崩さなかったが、3人共快く忍のことを送り出してくれた。後でお礼を言わなければと思いつつ忍はA組の教室を目指す。
     辿り着いた時、鉄虎は既に教室にいなかった。廊下で待っていてくれたゆうた曰く、突然飛び出していってしまったのだという。追いかけられなくてごめんね、と謝る彼に忍は首を振った。連絡してくれただけでも十分有難いことだ。ゆうたは部活があると教室を去り、夕焼けに照らされたここに残るのは2人のみとなった。
    「何があったか聞いてもいいでござるか?」
    「……今日はオフの日だって俺たち決めてたじゃん?」
    「そうでござるな?」
    「なのに鉄虎くん、しれっと自主練する〜って言って外出ようとしてさ……こういう日はみんな練習しないって約束なのに……。で、引き留めたら滅茶苦茶文句言われたから腹立ってきて……」
    「売り言葉に買い言葉になったと?」
     忍が尋ねると翠はわかりやすく言葉を詰まらせる。みんなからはひねくれ者だと思われがちだが、この友人は案外素直でわかりやすい。それを言えば拗ねてしまうだろうから言葉にすることはないが。
     きっと怒られる覚悟を固めたのだろうが、別に忍は翠を責めるつもりはなかった。今回のことはどちらかと言うと自分が決めた約束を破った鉄虎の方に非がある。無論、翠だってもう少し言葉の選びようがあったはずなのは間違いないが。
    「翠くん、拙者怒るためにここに来た訳じゃないでござるから。だからそんな顔しないで〜?」
     努めて明るく優しい笑みを浮かべれば、胡乱げな空色の瞳がゆっくりとこちらに向けられた。
    「……じゃあ何しに来たの?」
    「無論、2人を仲直りさせるのが目的でござる! ……ということで拙者は鉄虎くんの方に行ってくるでござるから。翠くんはここで待っててほしいでござる!」
     有無は言わせないという声色を潜ませれば、翠はすんなりと頷いてくれた。もっとヒートアップしていたらどうしようかと思っていたが、幸いそれは杞憂だったらしい。翠がこの様子なら鉄虎の怒りもすっかり収まっているだろう。変なところで2人は似ているのだ。
    「あ、あのさ忍くん」
    「何でござるか?」
    「……ううん、なんでもない」
     鉄虎くんのことよろしく。翠はそう言って忍のことを見送った。


     よく考えれば鉄虎の行き先に全く心当たりがないと気付いたのは階段を降りた後のことだった。しかし、不思議と忍の中に不安が湧き上がることはなかった。確かな根拠もない仲間としての勘だが――鉄虎はまだ夢ノ咲学院の何処かにいるはずだ。
     武道場か、いや気が立ってるところを後輩に見せるとは考え辛い。そう思考を巡らせていると、噴水に見慣れた人影を認めて忍は立ち止まった。今日の正座占いは見ていないが、運勢はかなり良さそうだ。
    「鉄虎くん!」
     忍が手を振って声を掛けると、鉄虎は勢いよく顔をこちらに向けた。相変わらずの反射神経に内心感心する。荒っぽいものでないなら是非その秘訣を聞きたいところだ。
    「忍くん……生徒会の仕事は?」
    「抜け出してきたんでござるよ。理由は……言った方が良いでござるか?」
    「いや、いいッスよ。ゆうたくんッスよね」
     謝らないとと言いながら考え込む姿はとても先程まで喧嘩をしているようには見えなかった。切替えの早いところは彼の長所とも言えるだろう。
    「はぁ……翠くんにも謝らないとッスよね」
    「まだ気が収まらないでござるか?」
    「いや、そんなことないッスよ。悪いのは俺ッスし……」
     鉄虎は口を噤み、忍から視線を逸らしてしまう。こういうところが翠の気に触るのだろうなと忍はぼんやり考えた。鉄虎は自分のことより周りのことばかり考えるきらいがある。それは良いことなのだが、その行為は心配する人の気持ちを蔑ろにすることだと気付いていないのだ。――まあ、それは赤の似合う先輩にも言えることなのだが。
    「鉄虎くん、何で翠くんが怒ったかわかるでござるか?」
    「そりゃ勿論俺が決めてたルールを俺が破ったから――」
    「それもあるでござるけど! 翠くんが本当に怒ったのは……無茶をしがちな鉄虎くんが心配だったからでござるよ」
     手を握るとひんやりとした温度が伝わってくる。冬が近付いていることを感じ、改めて鉄虎が早く見つかってよかったと忍は思った。
    「鉄虎くんが丈夫なのは知ってるでござるけど。丈夫だからって体を壊さない訳じゃないでござるから」
    「……うん」
    「心配しなくても鉄虎くんが頑張ってるのはみんな知ってるでござる! それにほら、休息も鍛錬なのでござろう?」
    「……はは、そうッスね」
     ようやく笑みを浮かべた鉄虎は、立ち上がって大きく伸びをした。その瞳にもう迷いの色はない。
    「俺、翠くんに謝ってくるッス。勿論翠くんにも謝ってもらうッスけど!」
    「はは、それが1番でござるな」
    「……忍くん、その……ありがとうッス!」
     今度何か奢るッスよ。そう言う鉄虎はやっぱり体育会系だった。


     ――数日後。忍は2人と共に最近話題のキッチンカーに訪れていた。先日の約束通り、今日は鉄虎の奢りらしい。
    「うわぁ……! 本当に忍者とのコラボなんでござるな!」
    「海外から来る人も喜びそうッスね。……ほら、翠くんも早く選ぶッスよ!」
    「え? 俺は別で買うし……」
    「バラバラで買ったらお店の人に迷惑かかるッスよ。お金は後で請求するッスから!」
    「はいはい……」
     渋々といった様子でメニューを眺める翠を横目に忍はこっそり笑う。――あの日、2人が直接謝り合ったとは聞いていない。おそらくだが、きっと【返礼祭】の時のようにいつも通りに戻ってそのまま寮に帰ったのだろう。だとしたら――これは鉄虎なりの『ごめんなさい』に違いない。
    「素直じゃないでござるなぁ……」
    「忍くん何か言った?」
    「ううん何も! 拙者はこの忍者ドリンクにするでござる!」
     後で写真を撮ったらホールハンズで先輩たちに送ってあげよう。そんな算段を立てながら忍は2人に笑いかけた。
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